時に2030年代後半、日本はかつてない『ラーメン戦国時代』に突入していた。
　日本経済が冷え込む中、外国人観光客相手やら、ふるさと納税の返礼品の需要目当てやら、地方創生やら、企業経営の多角化やら、何やらかんやらで「おらが村のラーメンさ、でっち上げて、一発逆転！　大儲けするべ！」とばかりに、官民、地方自治体などがこぞってラーメン業界に参入し、いわゆる『ご当地ラーメン』を乱立させたのだった……。

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「やあ！　改めて自己紹介するでござる。拙者、ドイツで、ニッポンのラーメンを扱ったWebマガジンを発行しとる、アンゲーリカ・アインホルンだよ。お気軽にアンって呼んじゃっても構わないんだからね！　ニッポンの変わり種ラーメンのガイドよろしくおたの申す、もの申す！」
「遠路はるばる、ようこそ、アン。椎名未子です。私のことはミコと呼んで下さい。（比較的）日本語お上手ですね」
「ニッポンのアニメや時代劇で、覚えてくれましたよ～！」
「そうですか。じゃあ車、出しますね」

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「ミコ、こちらは？」
「赤穂の腹切りラーメン。モツと唐辛子をふんだんに使い、浅野内匠頭の切腹の際に、飛び出した臓物と地面に広がる血の海をイメージしたそうです。辛いので、気をつけて下さいね」
「ヒィ～、舌が！　舌が！　焼けるが如く痛みまする～！」
「辛いもの好きには、好評なんですよ、アン」
「武士が切腹、大変痛いと聞き及びまするが、今まさにお侍さまの苦痛を追体験でござる～！」

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「アン、こちらが永田町や兜町で評判の『いんせきラーメン』です」
「いんせき？　空から降ってくる、あの隕石を使いまくるですか？」
「いいえ。引責辞任した政治家や企業のトップたちの涙が、隠し味だそうです」
「ショッパイ……。負け犬たちの涙の味が心に染みまする～！」

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「宮崎のダチョウ・ラーメンです。丼はダチョウの卵の殻を半分に切ったものです。煮卵は勿論、ダチョウの卵で、鶏の卵の25個分相当です」
「麺より煮卵が多すぎなラーメンって、何か間違っとりますね！　まさに麺末転倒！」

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「こちらは下関のふぐラーメン、別名・走馬灯ラーメンです」
「ソーマートウ？」
「人間が人生の終わりに観るフラッシュバックですね。10グラムが致死量と言われる、ふぐ毒を１千倍に希釈して、スープにしています。毒に当たるも八卦、当たらぬも八卦。当たった場合は、漏れなく走馬灯が観られます。ふぐの肝のラーメンで、肝試しって粋（いき）じゃないですかね」
「私、ニッポンのワビサビ、よくよく理解はしかねますが、さすがカミカゼの国という気もしないでもなかね～。そういえば、ニッポンの有名な歌人も言ってましたね、”肝（きも）死にたまふことなかれ”！」
「……与謝野晶子ファンが聞いたら、怒りますよ、それ」

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「最後は、飛騨はカミオカンデ名物・ニュートリノ麺です」
「ミコ、箸で、麺がすくえないでござ候～」
「ニュートリノは透過性が非常に高い素粒子なので、箸で取るのは不可能ですね。カミオカンデ運営のお布施だと思って諦めて下さい。麺以外は、ただの飛騨ラーメンなので、普通に美味しいですよ」
「麺がすくえないなんて、救い難し、まっこと罪深いラーメンなり！」

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「ミコ、お陰様で神秘の国・ニッポンの変わったラーメン、骨の髄まで味わい尽くしたような満足感に、今まさに襲われています！」
「ドイツのラーメン・ファンによろしく。また来て下さいね、アン」
「ダンケシェーン。ドイツにもケーゼシュペッツレ言う麺料理あるです。ミコが渡独ございましたら、私が案内しまするよ～！」
「私、日本のラーメンに人生を捧げてますので、他の国の麺料理はイイかな……」
「ウーバーラシュトゥ！　神に仕える女性をニッポンでは、『巫女さん』呼びと聞き及びまするが、名は体を表す！　天晴れ、ミコはラーメンの神に仕えまくる『巫女さん』なり～！　おめでとー、おめでとー！」
「あの、空港で拍手するのはやめて下さい。恥ずかしいから」
「麺そーれ、麺そーれ！」

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　～アンが帰国後、ウェブで発表した日本のラーメン探訪記は、後に『東方”麺”聞録』のタイトルで書籍化され、ドイツで一大ベストセラーとなった。
　同書に『ラーメン神に仕えし巫女』と紹介された椎名未子は偶像化された。彼女を模したキャラクターは、ドイツの（日本ほどは隆盛を極めていない）同人誌上で、あんなことや、こんなことやの大変な目に遭うのだが、それはまた別の話であるし、日本に居る本人の耳目に触れることがなかったのは、あるいはラーメンの神の菜箸……もとい采配であったのかもしれない。
　アー麺。