梗 概
国家資格「マンキャット検定第1級」玉吉の生涯
ベーシックインカムが一般的になり、AIの進歩で人類が労働から解放された世界。余暇を持て余した人々の一部は、人間であることの重みから逃れるために、猫になることを求めた。
この時代、人類以外の野生の動植物は激減し、保護された動物しか残っていない。その代わりに、人類の中で希望者は、遺伝子操作でデザインされた動物の身体を与えられ、動物として暮らすことを認められている。ただし、人間としての自我を持ったまま動物として生活することには困難も多いため、それぞれに必要な研修を受け、国家試験を受けることが義務付けられている。
主人公の玉吉は猫になった元人間で、野生の野良猫と共に生活している国家資格第1級の人猫(マンキャット)である。人猫としての日々を楽しんでいたが、あるとき、定期研修の場で「実地研修指導員」として後輩の指導に当たってみないか、との誘いを受けたときから、玉吉の平穏な日常が少しずつ狂い始める。
猫としての穏やかだが何も起こらない毎日と、人間として認められたい、高みを目指したいという気持ちのはざまで揺れる玉吉。ついには「指導員」として、多くの人間たちに猫としての所作、生態、本能、人猫としての倫理など、様々なことを教えるようになる。
横浜の人猫界隈で一目置かれるようになるが、膨らんだ欲望はそれだけでは満たされなかった。全国人猫ネズミキャッチ選手権での優勝、世界大会での惨敗を経て、目指すべきマンキャットの在り様や、猫としての理想の所作に苦悩し、己を追い込んでいく玉吉。
人猫初のアメリカグランドキャニオン無補給単独横断や、ヨセミテ渓谷のエル・カピタン単独フリークライミングなど、猫の身体能力の極限を試すことに取りつかれた玉吉は、とうとう猫の身でありながら神をも恐れぬ所業に手を出す。
動物に転化した元人間たちが殺しあうアンダーグラウンドでの賭け試合である。第3試合で人スカンクの放った刺激臭に鼻と目をやられた玉吉は、続く試合で人アナグマの獰猛な前足での一撃を避けることができず、意識を失ってしまった。
横浜の人動物病院で目を覚ました玉吉は、医者から脳へのダメージで発語と記憶に一部障害が残っていることを伝えられる。昔のことはありありと思い出せるのに、昨日のことはすぐ忘れてしまう。人語は発音しづらくて、ほとんど使わなくなってしまった。それでも食べて寝るだけの日々に、玉吉はこの上ない安らぎを覚えるのだった。
これこそ、彼の思い描いていた理想の猫の暮らしだったのだから…。
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内容に関するアピール
3回目の投稿にして、また猫が出てきてしまいました。
独身の頃飼っていたというのも大きいと思うのですが、猫から見た世界、というのを想像することが好きです。
一歩進めると、「モノの見方が変わる瞬間」というのが好きなのだと思います。
カウンセリングをしていても、発達心理学の授業をしていてもそうした瞬間が好きで、「人類が生理的早産という現在の生存戦略を選んでいなかったらどんな動物になっていたか」、「お腹の中の胎児は本当に進化のプロセスを追体験しているのか」、「胎内や乳幼児の頃の記憶を覚えている人がいるというのはどういうことなのか」、などなどを学生たちと議論しているのが楽しいのです。
それってSFだよなあ…と思うのですが、作品という形に落とし込むのは思うように行きませんね。
ただ、子どもの頃、「アルクトーゥルスへの旅」という作品を読んで、主人公が、人類が知覚できない色を異星人の身体で体験する…というくだりに感動してSFにのめりこんでいったことを思い出しました。
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