連結融合型巨大生物 八岐大蛇ヤマタノオロチ

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連結融合型巨大生物 八岐大蛇ヤマタノオロチ

「聞いてたのと違う」

素戔嗚《すさのお》は思った。待ち構えていたのだ、伝説の大蛇を。八つの頭に八つの尻尾。八つの谷と八つの丘に跨る程の巨体で、ホオズキのような真っ赤な眼。どんな武勇を誇る神でも、戦うのを躊躇する存在。超自然的な力を体現した、神知をも超えてくる怪物。そう聞いていたので、対策を練った。無い知恵を絞って、周到に準備したのだ。

そもそも何故こうなったのか。居たのだ、「娘を生贄に差し出さなければいけない」と泣く老夫婦が。話を聞くと、既に七人も娘を差し出しているという。「おのれ〜」という気持ちになり聞いていると、最後の子だという娘がやって来た。
キュートだった。なにかぐっとくるものがあるというか、胸の奥が熱くなる感覚を覚える。こんな感覚は天照大御神おねえちゃん以来で、しっかりと目を合わせる事が出来ない。クシナダヒメを名乗る娘は、涙声で請うた。

「お願いです、高天原たかまがはらから降り立ちし尊いお方、私をお救い下さい」

素戔嗚は無意識の内にサムズアップし、「うへへ」という承諾を意味する言葉を発した。

それから老夫婦と協力し、素戔嗚は酒を作った。八回繰り返し醸造し、八回酒甕さかがめの周りを回った。そして出来たのは物凄く強い酒で、匂いだけで酔いそうになるし、心なしか目もしぱしぱする。
素戔嗚は、老夫婦の家の周りに丸太で垣根を作り、その垣根に八つの門を作った。そして門ごとに酒甕を置いた。
これを飲ませようと思うのだ、八岐大蛇に。飲ませて昏倒させ、寝込みを襲ってやっつける。手段を選んで倒せる相手ではない。クシナダヒメを守らなければいけないのだ。

「お守り頂くのでしたら、素戔嗚様に私を身につけて頂き、常にお側に居るのが最も安全に思います」

一瞬、求婚かと考え素戔嗚は慌てたが、その言葉には一理ある。素戔嗚は神通力でクシナダヒメを髪飾りに変えた。質素な爪櫛つまぐしにするつもりが、「こちらの方が可愛いので」というクシナダヒメの意見が反映され、赤いリボンとなった。

 ※ ※ ※

夜、素戔嗚は待ち構えた。その手には刀剣・天羽々斬あめのはばきりを、頭には大きな赤いリボンを身につけ、草むらに隠れる。

「来ました」。リボンから言語中枢に直接、クシナダヒメが伝えてくる。遠方から聞こえる地響きは、徐々に大きくなってくる。月明かりに照らされ、その姿を視認した素戔嗚は驚愕した。二匹いる。尋常ではない巨大な赤い生き物が二匹いるのだ。
八つの頭に八つの尾、ではない。八本の足と大きな頭部を持つ、巨大生物が二匹。その足で地を踏み締め、ズシリズシリと近づいてくる。これはおそらく、地上の生き物ではない。これは巨大海洋生物クラーケンなのではないか? 素戔嗚が問うと、クシナダヒメが応えた。「まだです。これからです」。

その言葉の直後、巨大生物の一方の頭部が大きく割れ、もう一方の頭部を咥え込む。繋がった二つの頭部はグリグリと捻れ出し、胴体を形成。そして、片側の八本足は尻尾となり、その反対の八本足の先端には、八個の頭部が形作られた。それぞれの頭にホオズキ色の眼が二つずつ飛び出し、その下方に裂け目が、そこから舌がチロチロと現れる。
融合した直後は尻尾と頭で別々の意思を感じさせた八岐大蛇だが、まもなく筋肉の収縮が完全に同期する。

「これが連結融合型巨大生物、八岐大蛇ヤマタノオロチです。この状態のこの生物は、もはや二匹の別個体ではありません。神経レベルで高度に融合した、単一の個体と考えた方がいいでしょう」

これが神知をも超えた怪物か。素戔嗚は息を呑む。思ってたのと全然違う。

隠れて様子を伺う素戔嗚の前で、八岐大蛇は動き出す。芳しい酒の香りに引かれ、垣根の門に頭をつっこむ。そして酒を飲み出すと、あっという間に飲み干して、眠ってしまった。

通用するのか、講じた対策が、本当に。素戔嗚は草むらから出ると、八岐大蛇に近づこうとする。が、足が前に進まない。刀剣を握る手が震える。

「素戔嗚さまを持ってしても、やはり怯みますか?」

クシナダヒメが言う。素戔嗚は大きく一呼吸、そしてもう一呼吸してから応える。

「たわけ。私は天照大御神おねえちゃんの弟だぞ?」

素戔嗚は、天に向け天羽々斬あめのはばきりを振り上げると、八岐大蛇の首を切り落とした。

 ※ ※ ※

発見があった。八岐大蛇が非常に美味であったことだ。元が海洋生物的だったせいか、煮てよし、焼いてよし、生でもコリコリして美味いと、非の打ち所がない食材だった。「これほど素晴らしい食材、ぜひとも天照大御神おねえちゃんに献上しなければ」。そう考えた素戔嗚は八岐大蛇の首を一本、高天原たかまがはらに持ち帰ったというが、それにより天照大御神が再び天岩戸あまのいわとに引きこもってしまったことは、『古事記』にも『日本書紀』にも記されていない。

文字数:1999

内容に関するアピール

前回の講評とダルラジの方の意見に感化された結果、「古事記やギャルをベースに掛け合いを書くべきなのかもしれない」という思いが強まり、今回の提出作になりました。書き終わった直後は高揚したのですが、翌日読み直した際に「こういうことではないのでは…」となり、難しさがありました。

今回のテーマは『過剰』な訳ですが、漫画講座の方がイラストにしてくれる可能性がある今回の都合上、『絵になる』が自分にとって重要なサブテーマとなっています。だって描かれたいし。描かれて〜。

『過剰』な掌編で真っ先に思い浮かんだのは『クソデカ羅生門』でした。過剰な装飾。そういうのも書きたかったのですがあれは凄いので、この度このようになっています。よろしくお願い致します。

文字数:317

課題提出者一覧