梗 概
サキカノ
ログライン
3日後と1年後と3年後から、未来の彼女がタイムスリップしてきてしまったので、未来に送り返す話
狙い
2025年に売れる小説のキーワードは
- 家
- 部屋
- 海
- 明日
- 編集
です。
過去10年分のベストセラーランキングベスト10(日販調べ)の本文から、最も登場頻度※が増えている単語(名詞・動詞・動名詞・形容詞・連体詞)ベスト5を調べ、その単語からストーリーを考えました。
(※最小二乗法で傾きの大きいものを登場頻度が増えているとした)
登場人物
- 夏雄
- 海辺に住む平凡な高校生の男の子
- 秋野ミノリ
- 夏雄と同じクラスの高校生
- 秋野ミノリ(3日後)
- 夏雄の彼女と主張する
- 秋野ミノリ(1年後)
- 破局済み
- 夏雄のことが嫌い
- 秋野ミノリ(3年後)
- 夏雄のことは好きでも嫌いでもない
- 夏雄とミノリ(1日後/1年後)を子供扱いする
- カメ
- 海岸でいじめられているところを主人公に助けられることになっている
あらすじ
ある日、一度も喋ったことないクラスの女の子・秋野ミノリが家に押しかけてくる。彼女は、自分は3日後からきた、お前の彼女であると主張する。
そこへ1年後のミノリがやってくる。1年後には破局しているらしく、1年後のミノリは夏雄をとても嫌っている。
さらに3年後のミノリもやってくる。
3日後のミノリによると、夏雄とミノリは3日後にたまたま海岸でいじめられているカメを一緒に助けたことがきっかけで付き合い始めるらしい。なので、夏雄は絶対にカメを助けにいけと言いつけられる。
1年後のミノリは、夏雄と付き合う未来が気に食わない。3日後のミノリとの間で
「こんなやつと付き合うな気色悪い。一生後悔する」
「年増の意見なんか聞いてない」
と口喧嘩。
2日後。それはそれとして、3日後のミノリによると、この日たまたま大事なオルゴールが壊れてしまい、残念な思いをしたという。そこで、今からミノリの部屋に行って安全な場所に移すことに。ただし、その日ミノリは自宅で夏雄に会った覚えがないので、絶対に顔を見られるなと言いつけられる。
ミノリの家で今日のミノリに鉢合わせしかけ、パニックに。
その時、夏雄がオルゴールを壊してしまう。
罪悪感からミノリとの接触を避ける夏雄。自分はミノリと付き合う資格がないからと、カメを助けに行かないことにした。その態度に3日後のミノリが怒り、姿を消してしまう。
それでも、3年後のミノリに励まされ、なんとか海岸に行く。そこには今日のミノリがいるはずである。しかしいない。カメはいじめられていたのでとりあえず助ける。
そこで夏雄は気づいた。このカメがミノリなんだ。
夏雄は、ミノリの家があった場所に行く。カメがついてくる。もちろん家なんてない。カメがミノリに姿を変え、夏雄にお礼を言うと、3日前に消えていく。
事情がわかったので、1年後のミノリに経緯を説明しにいく。この後二人はどうなるか、3年後のミノリは教えてくれない。
3年後のミノリは亀の姿になって海に戻っていきました。
文字数:1199
内容に関するアピール
らんま1/2のシャンプーさんやタッチの新田由加さんのような押掛け女房ものを時間SFで、という試みです。
元カノの対義語『サキカノ』が新機軸ではないかと思います。
未来の彼女同士の口喧嘩が楽しいシーンになるはずです。
昔の自分たちを懐かしそうに眺める3年後の彼女も、大人の読者の感情移入先にできる気がします。
テキストマイニングについては、他にもこの十年で
- 「クマ」の出現頻度が増えている
- 「就職」は減っているが「仕事」は激増している
- 「高校」と「小学」は激増していて、「大学」と「中学」は激減している
- 「?」が増えて「!」が減っている
など、面白いことがいろいろわかったので、気になる方は話しかけてください。
文字数:295
サキカノの絶縁状
「冬奈と復縁しにいく」
夏雄は新しい手帳の一行目にそう書いた。
中学生の頃に半年ほど付き合っていた彼女ともう一度やり直す。それが高校三年生の夏雄にとって今、一番重要な目標だった。気持ちを高めるため、8月の終わりなのに手帳を買ってきた。
海岸に近い崖の上の古びたベンチ。潮騒の響きが耳に心地よかった。日は傾いて、夏の終わりを感じさせるような柔らかさ。
ふと、視界の隅で何かが揺れ動く気配がした。夏雄は手帳から目を上げた。目の前、地上150センチほどの高さの空間が、いきなり歪んでいるように見える。そこだけ景色がシワシワと波打ち、中心に黒い円が開いたのだ。穴だ。大きさは人ひとりがギリギリ通れるほど。回り込むように横から見てみるも、厚さが全く感じられない。断面だけがそこに浮かんでいた。
「なんだこれ」
次の瞬間、その穴から何かが飛び出してきた。女の人だ。髪型は肩よりやや短いボブ。
「よいしょっ」
女が掛け声と共に着地した。だが、足では勢いを殺しきれず、背中を打ちつけた。くぐもった呻き声をあげて痛がっている。
「え、大丈夫?」
夏雄は顔をしかめる女性の顔を覗き込んだ。どこかで見た覚えがあった。よく考えて思い出した。同じクラスにミノリという女の子がいる。その子によく似ていた。しかし、目の前の女性はミノリに比べて大人びて見える。
「ミノリのお姉さんかな?」
そういう結論に達した。
思わずそう問いかけると、女性は真顔で言った。
「私はミノリだ。ただし三年後から来た」
「タイムマシン。意外と早く実現するんだな……」
納得できないものを無理やり飲み込む。異常な事態なのは明らかだ。
「どうして未来人がこの時代に来るんだよ?」
しかしミノリは急かすように「時間がない、早く逃げるよ」と言って夏雄の腕をつかんだ。
「もうちょっと早めに来れば良いのでは、タイムマシンなんだから」
ミノリは強引に夏雄を木陰へと連れ込む。
「もうすぐ別のワープホールが開く」
ミノリは緊張した表情で周囲を見回す。すると、さっきまで夏雄が座っていたベンチの上空に再び黒い穴が開いた。
穴から出てきたのは女子高生のようだ。今度は頭から地面に落ちた。
「あれ、もうちょっと低くできないの?」
夏雄は思わず声を上げたが、ミノリ短く言った。
「人に当たったら危ない」
「あんな高いところから落ちる方が危険では」
地面に崩れ落ちていた女子高生は立ち上がりキョロキョロ辺りを見回すと、商店街の方へ走っていってしまう。
「あれは誰?」
夏雄が尋ねると、ミノリは苦々しい顔をした。
「あれは今から見て三日後の私」
夏雄は思わず脱力する。三年後から来たミノリと、三日後から来たミノリがこの”今”にいる。同時に二人存在しているのだ。いや、よく考えたら現在この時代にいる”本来のミノリ”もいる。合計三人だ。
「余程強烈なラベンダーでも嗅いだんじゃん」
「ラベンダーは嗅いでない。幼稚園の頃、階段から落ちた記憶はある」
未来から来たミノリは困惑する夏雄をじっと見つめさらりと言った。
俺は改めてミノリに聞いた。
「君は何をしに来たの。もしかして俺に用?」
ミノリは夏雄を見つめ返した。表情を変えず、だが少しだけゆっくりと言った。
「私はお前の未来の元カノ。久しぶりだな」
「いや、初対面だけど」
ぎょっとする夏雄。
「未来の元カノって、俺は君と付き合った覚えないけど? あ、つまり俺は将来君と付き合うのか。でも、元カノということは三年後にはすでに?」
困惑する夏雄に、ミノリは冷たく言った。
「私は、私がお前と付き合わないようにするために来た」
「なんで。まさか戦争に巻き込まれるとか機関に消されるとか」
「お前、嫌い」
冷たい。
「普通に別れりゃいい話じゃ」
「付き合っていた過去、抹消するべき」
「めちゃくちゃ嫌われてるんじゃん? 俺未来で何したんだよ」
夏雄は思わず自分の手帳を握りしめた。元カノと復縁するって書いたらサキカノが絶縁しに来た。
「ウソエイトオーオーかよ」
ミノリは体を背け、厳しい口調で言った。
「お前、絶対に今の私と三日後の私には近づくな」
「気をつけるけど」
「絶対だ」
「そう言われても、同じクラスだし、向こうがどこにいるか全然知らないし」
夏雄はそこで少し考えた。今のミノリと三日後のミノリはここにいる三年後のミノリに続いている。ということは。
「わかった。君は自分がどこにいたか覚えているのか。それを教えてくれたら会わないようにするよ」
しかしミノリは、少し俯いて首を振った。そして憤りの混じった声で言った。
「それはできない。あっちの私も対策している」
なんだ、対策とは。夏雄は考えた。
その時、夏雄は彼女の上着のポケットに見覚えのある手帳を見つけた。自分の手帳と全く同じデザインだ。夏雄は理解した。これから自分はこの手帳に起こった出来事を書いていく。そして、このミノリはそれを読みながら先手を打とうとしている。夏雄は強烈にその手帳を見たかった。未来に何が起こるのか知りたかった。気がついた時には手が動いていた。手帳をそっと引き出す。
「どうかしたか?」
ミノリが急に振り向いた。夏雄は咄嗟に手帳を後ろ手に隠し、「いや、なんでもない」と誤魔化した。
ミノリは怪訝そうな顔をしたが「私は用事がある」と言って立ち去った。
彼女が見えなくなったのを確認して、夏雄は彼女から抜き取った手帳を開く。するとそこには。
『バ〜カ』
偽物だった。夏雄はメモ帳を叩きつけた。向こうは未来人だから夏雄の行動は全部知られていたのだ。
そして気づいた。ズボンのポケットに入れていたスマホがない。盗まれていた。馬鹿にされていると気づき、悔しさが込み上げる。
スマホを取り返せないとだいぶ困る。どうやって取り戻そうか。考えているうちに、妙案が浮かんだ。自分の手帳に『13:00 ソフトクリーム屋で三日後のミノリに会う』と書き込んだ。その出来事が”未来にとっての過去”になる。すると、三年後ミノリはそれを阻止しようと現れるはず。これでスマホを盗んだミノリを誘き寄せられるはず。
◆
海岸におりソフトクリームのキッチンカーへ向かう。綺麗だが無名で客の来ない海岸だ。
店先へ行くと予想どおり三年後のミノリが待ち構えていた。警戒心を露わに腕を組んでいる。
「スマホ返してくれよ」
夏雄が要求すると、ミノリは憮然とした面持ちで答える。
「それは私が困る」
「自分のスマホあるでしょ?」
「私のiPhone16。まだ技適が通ってない」
細かいこと気にするなよ。ミノリは誤魔化すように話を変えた。
「場所を変えよう」
夏雄はミノリの焦りを感じ取った。どうも、自分がこの場にいると彼女は何か困るらしい。
「返してくれたらね」
突き出した手のひらをくいくいさせていると、ミノリが苛立っていく。
そこへ、ぬっと割り込むように現れたのは、あの三日後のミノリだった。頬に泥がついているのは、先ほど穴から落ちたときの名残だろうか。
「ようやく会えたな。愛しているぞ」
そう言うなり三日後のミノリは夏雄の肩を抱き寄せる。あまりに馴れ馴れしい仕草に、夏雄は思わずたじろいだ。
そのミノリ(18)にミノリ(21)が言った。
「お前、そいつから離れろ」
ミノリ(18)は少し年上の女を指さして夏雄に聞いた。
「この女、誰だ」
「そちらは三年後の君らしい」
ミノリ(18)は一瞬面食らったが、すぐに挑戦的な目つきで三年後の自分を見据える。
「お前に命令される筋合いない」
「私はお前だ。お前のために言ってやってる」
「うるさいぞ年増。そうか、お前には夏雄の素晴らしさがもうわからないのか。可哀想なやつめ。帰って年相応の夏雄に遊んでもらえ」
「じゃあお前、こいつのどこがいいのか言ってみろ」
「……雰囲気」
「お前はまだバカで幼稚なんだ。身の程弁えろ」
自分同士なんだから仲良くして欲しい。
夏雄が二人の扱いに困っていると、突然目の前にソフトクリームが差し出された。注文もしていないしお金も払っていないのに。驚いて顔を上げる。ピンクストライプのカッターシャツを着た店員さんだ。髪が長くて、落ち着いた雰囲気の、やはりミノリだった。推定二十代後半か。
「何人いるんだよ」
大人のミノリは人差し指を唇に当て、軽く微笑んでウインクした。
彼女がシャツの襟を少し下げると、星型のほくろが覗く。
「いや、知らないんだってば」
大人のミノリはくるりと背を向けた。
ミノリ(18)が、夏雄の手帳をひらひらと振って見せた。
「お前、これ欲しいだろ」
誘うような口ぶりに、夏雄は思わず喉が鳴る。あれを見れば未来がわかる。たとえば冬奈への交際再会の申請が通るかどうか。もし成功するのなら安心して突撃する。失敗するなら黙っておけばいい。
夏雄は「欲しい」と叫んでいた。ミノリ(18)は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「追いかけて来い」
言うが早いか、くるりと身を翻し走り出す。驚いた夏雄は思わず自分の手に持っていたソフトクリームをミノリ(21)へ押し付け、とにかく後を追った。
ミノリ(18)はちょうどやってきたバスにするりと乗り込み、扉が閉まる。あっという間にバスは走り去った。
「もうちょっとだったのに」
時刻表を確認する。そして絶望。次のバスは1時間30分後。そしてその時、もっと重大な問題に気付いた。財布がない。いつからだ? 思い当たるのはミノリ(18)に抱きつかれたとき。二人とも手癖が悪すぎるぞ。
◆
それからたっぷり1時間歩いてようやくアパートに戻った夏雄は、棚の奥にある古いiPhoneを取り出した。幸い、財布にはAirTagをつけている。ミノリ(18)の位置はバッチリわかった。二駅先だ。夏雄は部屋を飛び出した。
SIMが入っていないiPhoneでWi-Fiスポットを巡りながら接近していく。コンビニ、図書館、電話ボックス。ネットに繋がるたびにミノリ(18)はちょっとずつ居場所を変えている。いったい何をしているんだろう。
1時間ほど彷徨っていると、不意に大きなクラクション音が響いた。数台の車が鳴らしているらしく、音は何重にも重なっている。何事かと急いで方へ向かう。そこは住宅街の細い交差点。四方向から車がやってきて、ちょうど真ん中で睨み合う形で膠着していた。その真ん中に、体操座りの女。しかも、何故かその場でぐるぐる回っている。
「なにやってんの!」
ミノリ(18)はルンバの上に座っていた。しかも目にタオルを巻いている。ルンバは一方に向きを定めると、まっすぐ走り出す。もちろん車にぶつかる。また方向転換。またぶつかって方向転換。クラクションの阿鼻叫喚。
夏雄は慌ててミノリを抱え上げ、道路の隅に退避させた。
「なに考えてんだ!」
「夏雄。絶対に私に場所を知らせるな」
「はあ」
「三年後の私に今の私の居場所を知らせないためだ」
とりあえず夏雄は目隠しをしたミノリ(18)の手を引いて歩く。
「ところでさ、お前、俺とどうやって付き合うことになるんだ?」
気になっていたことを聞いてみた。
「三日後、お前は海岸でいじめられている亀を助ける」
「そこでミノリに出会うのか」
「そう。そして私に熱烈な求愛をする」
ミノリはなぜか自慢げだった。夏雄は未来の自分の脈絡のなさに呆れる。
たどり着いた公園の大きな貝殻のような遊具にミノリを押し込む。
「ようやく二人っきりになれたな」
タオルを外したミノリが妖しく笑った。一目で何か企んでいるとわかる。手帳を取り出す。
「くれ」
夏雄が手を差し出すと、胸の内ポケットにしまいこんだ。
「ならいうことを聞け。今日の私は今日髪を切る。だから、帰ってきた私に似合ってると言え」
「めちゃくちゃ面倒くさいじゃん」
「要らないのか」
「行くよ」
そう言いつつ、夏雄の中で反発がこみ上げる。ついカッとしてしまったのだ。夏雄は思わずミノリを押し倒した。馬乗りになり、両腕を足で押さえつけた。そうして強引に胸ポケットから手帳を引き抜いた。ミノリは冷めた目で一言いった。
「それでいいのか」
手帳を開く。そこにはまたしても『バ〜カ』。夏雄は手帳を叩きつけた。
「夏雄はズルい男だからな」
ミノリは鼻で笑った。
その時だ。背後から誰かが夏雄の名を呼んだ。慌てて振り向いた夏雄は驚愕した。
「冬奈!? なんでここに……」
夏雄の動揺をよそに、冬奈は心底呆れた様子で言う。
「あんたが呼んだんじゃないの?」
「呼んでないけど」
冬奈は二人を見ていった。
「へえ、私に伝えたいことってこれね」
そして踵を返して行ってしまった。
「おい冬奈!」
しかし、ショックで言葉が続けられない夏雄。その足にミノリがしがみつく。
「去る者追って意味がない」
夏雄はさらに混乱した。自分の知らないところで、また別のややこしい事態が起こっている予感がする。
やむなく、夏雄はミノリの家へ行く。
「今からちょうど帰ってくる。ここで待っていろ」
と言われ、住宅街の十字路で待つこと十数分。塀の角から覗いていると、ミノリが自転車で帰ってきた。
「ほら来たぞ」
夏雄はため息をつく。
「似合ってるって言えばいいの?」
「ちゃんと名前を呼んであげろ」
ミノリが夏雄の背を力任せに押した。夏雄がタタラを踏んで道路に飛び出す。ミノリは自転車を駐車場に入れるところだった。
「よ、よお」
ミノリが睨む。
「誰?」
まっすぐ向けられた敵意に背筋が伸びる。しかし引き下がれない。
「ミノリ、髪、切ったんだね。すごく似合ってるよ」
不自然なほど朗々とした声を出す夏雄。ミノリは瞬時に「はぁ?」と気味悪そうな表情を浮かべた。そして「どうも」と呟いて家に入っていく。鍵のかかる大きな音が聞こえた。
「本当にこれでいいのか? だいぶ嫌そうだったぞ」
三日後のミノリは「喜んでただろ」とよくわからないフォローを入れた。
突然、ミノリがグエッとカエルのような声を出した。見るとミノリ(21)がミノリ(18)の襟を後ろから掴んでいた。
「帰るぞ」
「離せ老害」
しかし、力では勝てないようで、ミノリ(18)は引きずられて行った。
◆
二人は我が物顔で部屋に上がり込んできた。ちなみに夏雄は事情があって一人暮らしをしている。
ミノリ(21)が冷蔵庫を勝手に開けて言った。
「お前、私のオムライス好きだったな」
「食べたことないよ」
「その元カノヅラ、ウザいな」
「元カノに嫉妬する今カノかよ。僕からしたら二人ともサキカノだから」
運ばれてきたオムライスを無言で食べる三人。
「そのパジャマ、まだ来てたんだな」
「買ったばっかだよ」
「また元カノヅラ、ウザいな」
「だから君もサキカノだよ」
そんなことよりとても大事なことを思い出した。
「iPhone返してくれ」
それを口にした途端、夏雄の脳内で輪が繋がった。ミノリ(21)はミノリ(18)がAirTagを持って逃げることを知っていたから、それに対抗して夏雄がiPhoneを使えないようにしたのか。だんだん、この二人のバトル観戦のコツが掴めてきた。いや、傍観している場合ではないが。
「ないと不便」
そう言ってミノリ(21)は夏雄のスマホを取り出し、パスコードを解除した。
「8931か」
ミノリ(18)がミノリ(21)の手を覗き込んで言った。
「なんで知ってるんだよ」
するとミノリ(21)は不思議そうな顔を浮かべミノリ(18)を指さした。
「私がこいつの時に私から聞いた」
「じゃあ最初に教えたのはいつの誰なんだ」
脳内のベルトコンベアにミノリ(21)とミノリ(18)が順番に流れている。右から左に8931と耳打ちしている。その伝言ゲームには始まりも終わりもない。
「説明不可能なタイムパラドクスが発生してるじゃん……」
ミノリ(18)はそんなこと興味ないというふうに、ミノリ(21)からiPhoneを取り上げた。そしてカメラアプリを立ち上げ自分の写真を何度も撮る。
「寂しくなったら私をみろ。ホーム画面にしろ」
「だいぶ厚かましいんだね君」
夏雄がミノリ(18)の手からiPhoneを抜き取る。今度はミノリ(18)が自分のiPhoneを取り出し、夏雄の写真を撮る。
「やめろ」とミノリ(21)。
「ははん。まだ写真消してないな」
「消した」
「毎日見返してるな」
「いい加減にしろ」
「そうか。また好きになっちゃうのが怖いのか」
ミノリ(18)は写真を撮り続ける。
「バカじゃないか」
夜はふけていく。
とりあえず、布団を二人に貸すことにした。夏雄はタオルの上で寝る。8月だから大丈夫だろう。
「もう少しそっちに寄れ」とミノリ(21)。
「お前が場所取りすぎなんだ」とミノリ(18)。「さては太りすぎて振られたな。情けない」と続けた。
「お前の行く末だぞ」
「お前を見てて反省した。私はこんなみっともない大人にならない」
うるさくて眠れない夏雄であった。
「なあ、お前」ミノリ(18)が小さな声で囁いた。
夏雄は自分が呼ばれたのかと思ったがミノリ(21)が「なんだ」と答えた。
「お前、今好きな人いるのか?」
修学旅行かよ。
「自分で決めろ。その時に」
「……ずるい」
寝息が一つ聞こえてきた時、ミノリ(21)が枕元にやってきた。
「何?」
ミノリは夏雄の足の方を眺めクスリと笑う。
「ひっくり返せば延命してやれるかと思った」
「もうすぐ寿命なのかよ」
夏雄はずっと知りたかったことを聞いた。
「俺はこの後、冬奈とどうなるんだ?」
「なぜ私に聞くか」
「だって俺に興味ないんだろ」
「聞いてどうする」
「そりゃ、冬奈に会いに行くよ」
「じゃあ、私は滑り止めか」
ちょっと申し訳なくなった。
「お前、私と一つだけ約束しろ」
「なに」
「明日、何があっても私の家に近づくな」
「なんで?」
「お前は知らなくていい」
「まあいいよ」
「絶対だぞ」
「うん」
「早く寝ろ」
そう言って三年後のミノリは布団に戻った。
ふと、肩をゆすられて目が覚めた。まだ真っ暗だった。二人のどちらかかと思ったら、ソフトクリーム屋で会った、推定28歳のミノリだった。
「ちょっと、外に出よう」
彼女はそう言い夏雄を玄関の外に連れ出した。夏雄は、彼女と別れるときは確実に合鍵を回収しようと心に決めた。
ミノリさんは夏雄をまじまじと見つめていった。
「やっぱり懐かしいな」
その顔は、どこか寂しそうでもあった。
「今のミノリさんには、俺のことどう見えてるんですか?」
「18歳の私ほどいい人だと思ってないけど、21歳の私ほど悪い人だとも思ってないかな」
「ねえ、俺たちなんで別れたんですか?」
「聞いてどうするの」
「これからの参考に」
ミノリさんは笑った。
「別れたくないって気持ちがあれば別れないよう。そうね、夏雄くんにその気持ちがなくなったから別れたのかもね」
夏雄はちょっと申し訳ない気持ちになった。突然、ミノリさんが夏雄を抱きしめた。そして耳元でそっと囁いた。
「心配しないで」
何を?
「今のあなたと同じように、今の私もかけがえのない時間を過ごしてる。私は未来でとても幸せ。だから」
だから?
「あなたは自分を責めないで」
夏雄にはまだ理解できなかった。でも、これがもし元カレに会えたら言いたいセリフなんだろう。大人のミノリは何秒も夏雄を抱きしめた後、すっと離れた。
「最後に一つだけ、魔法のアイテムを差し上げます」
準備してきたようなハキハキとしたセリフだった。そして、1本のペンを差し出した。夏雄がそれを受け取る。こすると消えるフリクションだった。初歩的なトリックか。
「じゃあね」
最後の声が聞こえた時には、ミノリさんの姿は見えなくなっていた。
◆
翌朝9:00。夏雄が玄関の外で待っていると、身支度をしたミノリ(18)が現れた。
手帳にボールペンで『9:00 ミノリ(18)と出かける』と書き込んだうえで、昨夜もらった消えるインクのペンで”9″を”8″に書き換えたのだ。三年後にはインクが消えていて、ミノリ(21)は9時まで寝てるだろう。冬にホッカイロでもプレゼントしてあげればいいかもしれない。
「どこへいくんだ」
ミノリ(18)がいう。
「競馬で一儲けしよう」
「相変わらず俗だな」
夏雄は、どうしたらもう一度胸を張って冬奈に会いに行けるか考え、お金持ちになろうと考えたのだ。
「俺とミノリのデート資金だよ。未来に向けてね」
そういうとミノリ(18)は納得した。
「俺が手帳に書いておいた数字の羅列は覚えているよね」
「任せろ」
もちろん、夏雄の手帳にはまだ何も書いてない。これから書くのだ。するとミノリの手帳にはもう結果が載っていることになる。
どのウインズに行くかミノリ(21)に絞らせないために、ノイズキャンセルの強力なヘッドホンと、前が一切見えないサングラスをつけさせ、腕を取って電車に乗せた。適宜無駄な乗り換えを挟む。
完璧な作戦だと思ったが、しかし、ウインズの入り口には警備員が立っていて、二人の入店を頑なに認めなかった。これでは馬券が買えない。入り口から少し離れたところで夏雄が頭を抱える。すると、ミノリはヘッドホンを外し、突然通りすがりの知らないおじさんに話しかけた。
「次のレースは絶対に5番が勝つ。5番を買え」
夏雄は知り合いだと思われないようにその場を離れる。変な女子高生に話しかけられたおじさんは、ニコニコして「5番……7番人気か。ま、そうするよ」と答え、ウインズに入って行った。
しばらくするとおじさんが勢いよく出てきた。
「君すごいね」
「大したことはない」
「これはお小遣いだ。君のおかげだからね。とっときなさい」
おじさんはそういってミノリに1000円札を握らせようとした。
しかし、ミノリはいらないとあっさり言った。
「いらないのかい?」
「いらない。次のレースで3番を買え。神のお告げだ」
おじさんは頭を掻いて「まあ、そういうなら」と、またウインズに入って行った。もちろん、おじさんは大喜びで出てきた。
「次は16番だ」
もうおじさんは信じ切っていた。
夏雄は、店から漏れ聞こえてくる実況音を聞いて、ただ無心で手帳をつけた。
夕方。ホクホクのおじさんはミノリに札束を渡した。
「これは君の分だ。おじさんもよく儲けさせてもらったから」
そして逃げるようにどこかへ去って行った。
これで冬奈に高価なプレゼントを用意できると、夏雄は内心拳を握りしめた。
「帰ろうか」
「私の家に寄れ」
夏雄は昨晩のミノリ(21)との会話を思い出した。
「だめだよ。三年後のミノリに来るなと言われたんだ」
「なんでだ」
「理由は教えてくれなかった」
「あいつの話は聞かなくていい。戻らないといけない」
「なにがあるの?」
「私、今日パパの大事な腕時計を壊してしまう。私はとてもショックだった。過去を変える」
ミノリの見たことないほど真剣な眼差しに夏雄はうろたえる。
「パパの時計を安全な場所に避難させる。それだけ。何も心配はいらない」
夏雄の心は揺れた。どちらの約束を守るべきか。しかし最終的には頷くことにした。今日一日ミノリ(18)を利用した罪悪感が優ったのかもしれない。
ところが、行くとミノリ(21)が家の前で見張っていた。夏雄はミノリ(18)に囁いた。
「ミノリ、ここで待ってて。俺がいってくるよ。二人で行動すると、俺の行動が三年後のミノリに記憶されちゃう。後ろを向いていて」
「わかった。今日の私に会わないように気をつけろ」
夏雄はミノリの家に忍び込む。塀を乗り越える。勝手口が開いていた。土足のままリビングに上がる。ミノリに聞いていた場所である、戸棚に時計がかかっていた。これを安全なところに移すのだ。
夏雄がそれを手にした瞬間、今日のミノリの声が聞こえた。
「あれ? ママいるの?」
まずい。
夏雄はとっさに時計を戸棚に戻そうとした。しかし手が滑った。落ちていく時計に対し空中キャッチを試みる。しかし、弾き飛ばしてしまう。運悪く、それは扉の前へ落ちる。その扉の向こう側には、すでにミノリが来ていた。夏雄は慌てて大きなソファの裏に隠れた。ミノリが扉を開けた。
金属が潰れる嫌な音がした。
「え?」
ミノリの声。
夏雄はそっと顔を上げる。ミノリは、ドアとドアストッパーの間を見つめていた。呆然としていた。ミノリはゆっくりしゃがみ、それを拾い上げる。しかし、チェーンを手のひらに残し、文字盤が指の間からこぼれ落ちた。部品が四散した。ミノリは膝をつき、何十秒も固まっていた。涙が溢れていることにも気づかない様子だった。
「パパ!」
突然叫んだ。机の上に置いてあったスマホを掴み、慌ただしく操作する。それを耳に押し当て怒鳴る。
「パパ、パパ、大変」
ミノリは走って2階に上がっていった。夏雄にも自分のしたことの重大さが分かった。逃げるように勝手口から出た。そこには三年後のミノリがいた。
「お前、なんで来ていた」
ミノリ(21)はかつてなく怒っていた。
「ミノリに頼まれたからだよ」
「入るなと言ったはずだ」
「知らなかったんだ」
すると、三日後のミノリも来ていた。
「失敗したのか」
ミノリ(18)が不安そうにこぼした。ミノリ(21)が刺々しい口調で言う。
「違う。こいつが壊したんだ」
ミノリ(18)の表情が変わった。
「最悪」
小さく呟いた。
「知ってたんだな。こうなること」
「いや、これは知らなかった」
「三年後の私から聞いたと言ったな。知ってたな」
これまでずっと味方だった、一方的に擁護してくれていたミノリ(18)に責められ、夏雄はどうしていいかわからなかった。つい大声を出してしまう。
「違う。誤解だ」
「最低」
ミノリ(18)は顔を伏せたまま憤っていた。
「二度と私に関わるな」
ミノリ(18)は夏雄の隣を通り過ぎようとした。夏雄は咄嗟にその肩に手をかけた。視界の隅には握りしめられた拳が映った。次の瞬間、ミノリ(18)は夏雄の頬にそれを叩きつけた。夏雄がよろめく。ミノリ(18)がその足を蹴る。バランスを失い、夏雄は地面に転がる。その鳩尾に無言のミノリ(18)が踵を突き刺す。腿を脇腹を鼻面を。遠のく意識。
気がついた時すでに三日後のミノリは消えていた。
俺の顔を見てミノリ(21)が言った。
「お前、やっぱり信じれない人だな。私の人生の邪魔ばかり」
二人は夏雄の部屋に戻った。
◆
翌日もミノリ(21)は夏雄の家にいた。気まずい空気が流れる。だが、行くあてもないのか、しれっと居座っているのだ。夏雄だって、身体中が痛いし顔が腫れているし、あまり外に出たくない。同棲してたカップルが、別れた後も新居が決まるまで一緒に暮らすことがあるらしいが、こういう感じなのだろうか。ただひたすら一日中気まずかった。
翌朝。夏雄は意を決して宣言した。
「俺、亀助けに行く」
ミノリ(21)は首を振った。
「これ以上私に関わらないでくれ」
「ミノリは関係ない。でも亀放っておけないでしょ」
それは本心だった。自分を取り戻す何かが欲しくて、そんな善行に縋るしかなかったのだ。
夏雄は海岸に向かう。まだ日は低い。海水も、そんなに暖かくはなさそうだ。崖の上から見ると、浜辺をトボトボと歩く少女を見つけた。ミノリだ。心底落ち込んでいる。夏雄は胸が苦しくなった。
そこから100メートルほど離れたところで、5人の小学生が何やら騒いでいる。目を凝らすと、大きな亀を棒でつついているようだ。
ミノリがはっと気づき走りだす。小学生の輪に入り、亀との間に立つ。胸を逸らして小学生を威嚇し、叱りつけているようだ。ところが、小学生は全く怖がらずミノリに反撃する。ミノリは砂浜に押し倒された。
「おい、やめろ!」
夏雄は思わず声を張り上げ、走り出した。小学生たちは、自分に向かって走ってくる男を見て流石に逃げ出した。
夏雄は亀に近寄る。亀は砂だらけで弱っているが、生きている。夏雄はそっと抱き上げ、海水で砂を流してやった。
砂まみれのミノリがのっそりと上体を起こした。
「あ、えっと、ありがとう。確かクラスメイトの……えーっと、夏雄くん?」
この反応は三日後からきたミノリ(18)ではなく今日のミノリだろう。ミノリは恥ずかしそうに微笑んだ。
「なんかね、思い出したよ。私、子供の頃、こうやって夏雄くんに助けてもらった覚えがある」
「それは全く覚えがないな」
すっきりした顔でミノリがいう。
「夏雄くんてひょっとして私のヒーローなのかな」
しかし、笑顔は長く続かなかった。
「でも、ごめん。私、ちょっと辛いことがあって……」
そう言って、涙をこぼしそうな瞳で遠くの水平線を見つめる。
と、海岸の向こうのほうに、女の人が一人立っていた。白いワンピースと麦わら帽子。
その瞬間、夏雄は全てを理解した。
「そう。俺がミノリのヒーローだ。絶対に助けてあげる」
夏雄は、ミノリの両手を掴み、強引に立ち上がらせた。ミノリはよくわからずあたふたしている。だが気にしない。
ミノリの頭上の空間がぶよぶよと歪み始め黒い穴が空いた。凄まじい勢いで風が吸い込まれていく。ミノリは振り返り、「なにこれ!」と叫んだ。
「君は今から三日前に戻る」
「どういうこと?」
「そこで俺に会うんだ。そうしたら、俺が全部うまくやってあげる」
「本当に?」
「ああ、俺に任せろ。ミノリの一番大事なものは俺が守る」
夏雄はミノリに手帳を押し付けた。
「持っていけ。俺はずるいやつだから気をつけろ」
そしてミノリの背中に回り込み、「いくよ」と声をかけミノリの脇の下に手を入れる。
「なにするっ」
抱え上げ、頭を穴に突っ込む。ミノリが叫ぶ。しかし夏雄に躊躇はない。ジタバタする足を押して穴の中に放り込んだ。つま先が見えなくなったところで穴が閉じた。
「頑張れよ」
夏雄はワンピースを着た女性、つまり大人のミノリさんを見た。話したいことがあるがそれは後だ。別の行くべきところがある。夏雄は走った。
部屋に飛び込む。怪訝そうな顔を浮かべるミノリ(21)に綺麗な箱を差し出した。
「何これ」
「時計。お父さんの時計と同じモデル」
ミノリ(21)は露骨に顔を顰めた。
「弁償して欲しいわけじゃない」
「知ってる。そうじゃない。そうじゃないんだ」
ミノリの前に座る。なんと言ったらいいかわからない思いをなんとか繋げて、ポツポツと夏雄は語り始めた。
「君はいつか、いつかはわからない、でもいつか君は俺を許そうと思う日が来る」
「ついにおかしくなったか」
「許すっていうのは、もう一度好きになるとかそういうことじゃない。俺のことなんか気にするのをやめて、自分の人生を送ろうと思う日が来るってことだ」
「来ない」
「いや来る」
――俺は知っている。
「そういう気持ちになったら、もう一度今日に戻ってこい。そして、”時計を入れ替えろ”」
「そんな」
ミノリが口をぱくぱくさせる。意味は理解したようだ。だが、夏雄の気持ちに反し、ミノリはそれを手でそっと払った。
「冬奈って人のために作ったお金でしょ」
その通りだった。全額だった。
「いいんだ。これはミノリと貯めたお金。俺は自力で冬奈のところに行く」
夏雄は小箱と共に、ミノリの掌をそっと握りしめた。
再び海岸に戻る。波打ち際にしゃがみ込むワンピースの女性と大きな亀。
夏雄は言った。
「その亀さんが、ミノリさんなんでしょ」
大人のミノリが振り向いていった。
「よくわかったね」
大人のミノリさんが亀に手をかざすと、亀はキラキラと輝いてゆっくりと小さな女の子に形を変えた。
幼稚園児くらいか。その子は、自分がなぜここにいるのかを全く理解していない表情で、夏雄をじっと見つめている。
ミノリさんが宙に花を咲かせるように手を広げると、幼稚園児の頭上に穴が空いた。
大人のミノリさんはその女の子を抱えて「いってこーい」と勢いよく投げ込んだ。何かが転がる凄まじい音が聞こえてきた。
夏雄は穴を指刺した。
「それじゃないですか? 階段から落ちたっての」
「そうかも」
そうか。カメだから時間遡行できたのか。
「人間がタイムマシンを作るまでは、まだ結構かかるんですか?」
「そうね。あと結構」
ミノリさんは笑った。
「幼稚園の頃から高校生まで、ずっと探していたの。私が亀だった時、私を助けてくれたのは誰だったんだろうって。それが夏雄君ってわかった日はすごく嬉しかった。それが今日のこと。そのあとはちょっと落ち込んだけど、でも私は幸せよ」
ミノリさんが光に包まれた。
「もう、帰っちゃうんですか?」
「うん。またいつかね」
眩しく輝いたあと、さっきより一回り大きい亀がそこにいた。ミノリさんは海に帰って行った。
第二章『おじさんになった夏雄、馬券を買ってあげに行く』に続く
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