地球内生命

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地球内生命

 生まれた瞬間の記憶は無かった。気づけば自我があった、という他にない。その生命はしばらくすると誰から教わるともなく考え始めた。考えると言っても最初はただ意識がそこにある・・だけだった。だがそれはあるとき偶然、ある・・ことと、ない・・ことを区別した。その区別が1と0という数の概念として思考に定着するまでには長い時間を要した。そこからさらに1+1=2という定理を理解するには途方もない思索が必要だった。何しろそれにとってこの世界の実在というものは自らの思考だけであり、何かを数えたり、何かの形を思い描くということは想像の中でしかなし得なかったのだ。数や空間の概念を一つずつ獲得するために数え切れない思考の試行が繰り返された。だがそのための時間は十分にあった。
 まるで高い山から岩が転がり落ちるように、あるいはくべられた火種が乾いた薪を燃え上がらせるように、それの思考は自発的に、ゆっくりと、まどろみのような時の中で数と空間にまつわる定理をその記憶に積み重ねていった。その思考は無目的で、無意味で、その果てに何があるかなど考えなかったし、その必要もなかった。幾星霜の先の未来にそれを求めるものが現れるまで。

 ☆ ☆ ☆

「コペルニクス、君は何を考えているの? 我思う、故に我あり、って思う?」
 朝永和花ともなが わかはモニタ越しに泳ぐ相棒に話しかけた。コペルニクスと呼ばれた5歳の雄イルカは電極帽子を被り巨大な水槽内を悠然と泳いでいる。ここは東京近郊にある水族館のバックヤードでショーを終えた数頭のイルカたちが待機していた。
「前回の分析は素晴らしかったわ。1、2、3、4と順番に数え上げて4頭の群れを認識している。君は基数原理を理解しているのね」
 コペルニクスは2代目の被検体で和花はその脳波解析でイルカの高次認知機能、すなわち計算や論理思考を研究していた。
「あと二頭で泳ぐときに歌を唄っていたわね。あの歌はどういう意味なのかな」
 和花は大学院在学中に人の脳波から高次認知機能が生み出す思考を分離・解析するアルゴリズムを開発した。そのアルゴリズムは大脳新皮質が司る高次認知機能、すなわち数理能力、空間認知、言語の発現などを、まだ粗い識別であったが分解して読み取ることができた。いずれ人間の思考そのものが解読できるようになるのではと期待された。和花は新進気鋭の若手研究者としてメディアでも取り上げられ、複数の政府機関、企業から特別待遇のオファーがあったが一切応えずに大学に残り20代の若さで助教のポストを得た。和花の興味は「思考とは何のためにあるのか」であり人の思考そのものには関心が無かった。
「先輩、イルカと人間の違いって何ですか?」
 コペルニクスの脳波をモニタリングしている早川理沙はやかわ りさが和花に尋ねた。大学3年生の理沙は来年和花の研究室に配属予定だったが早く和花の研究を手伝いたいと言って実験助手をしている。動物が好きで獣医学部に進学したが和花の研究を聞きつけて学部編入してきたのだった。和花の高校の後輩でもあるため馴れ馴れしく和花を先輩と呼び、和花は和花で自分を慕う理沙を気にかけていた。
「イルカも人間もそんなに変わらないの。まず運動について。尾びれをどう動かすか、次に息継ぎをいつするのか。あとは生存本能ね。捕食、防衛、生殖のことを考えている。それから仲間、敵の存在。あとは……」
「敵? ここに敵はいないですよね」
「野生の敵はね。でも人間がいるわ。早川さんは仲間だと思われているとよいね」
「え」
 理沙はモニタの向こうのコペルニクスに目をやる。
「やさしくすれば大丈夫よ」
 和花もモニタを見て笑いながら言った。
「あとはイルカも無駄なことを考えている!」
 和花が力をこめて言ったので理沙は少しびっくりした様子で和花の顔を見た。
「イルカも生存に不必要な思考をしているんですか」
「それは確実ね。例えば数を数えること。これは動物が敵から逃げるために獲得したという説もあるけどコペルニクスは敵がいなくても数えている。あとは歌うこと。歌うと言っても人間の赤ちゃんのようにあーあー、うーうー、みたいな言葉ではない何かだけど」
「確かに歌は生きるために必要ではないですねぇ。人間みたいですね」
「そう。なんでそんなことをするのか。それを紐解くのに人間の思考は複雑すぎる。生存に関わる原始的な認知機能と高次認知機能が絡み合っているの。私みたいにどうして無駄なことを考えるのか、とか考えているし」
「……人間・・は面倒くさいですね」
「その点、イルカは大脳新皮質はあるけどそこまで発達していないからシンプルなの。だから高次認知機能の働きの意味を分析するには人間よりもよいんじゃないかと思ってる。まぁコペルニクスはかなり頭がいいけどね」
 それが和花が人間の次にイルカを研究している理由だった。和花は生存とは関係なく高次認知機能が働くとき、どんな意味があるのかを解き明かしたかった。
 子どもの頃から和花はこの世界に対する漫然とした疑問を抱いていた。どうして世界はそもそもある・・んだろう。どうしてパパとママがいて、友だちがいて、毎日を生きているんだろう。そんなことを大人たちに聞いても満足のいく答えは返ってこなかった。またあるとき父親がニュースを見ながら「はやく戦争がない平和な世の中になって欲しいね」と言ったら、和花は「平和な世の中になったらどうするの?」と聞いた。父親はびっくりして「平和な世の中で皆が幸せに暮らすんだよ」と答えたが和花はぴんと来なかった。当時の和花は純粋に不思議だった。少女は幸せに暮らすことが皆が生きる目的なのかと本気で悩んだ。
 中学生になると考えている自分自身に興味を抱くようになった。特に生きるためには必要がなさそうな事柄についてなぜそれを考えるのか不思議で仕方が無かった。どんな花の種類がきれいだとか、どうして虹が七色に見えるのかとか、最近流行った映画が面白くないとか、いろいろなどうでもいい・・・・・・ことを友だちと話している自分がいた。理科の授業では生命は地球上に偶然に誕生したと習った。だったら思考も偶然に生まれただけの存在なのだろうか。
「先輩、聞いてます?」
「ん?」
「えっと、イルカも何かを考えている・・・・・ことは間違いないですよね。じゃあイルカとコミュニケーションすることはできるんでしょうか」
「そうねぇ。イルカは言語を、正確には単語を持たないから直接会話をするのは難しいでしょうね。でもここの飼育員の人がやっているように表情やジェスチャーでかなりの情報は交換できているわね」
「そっかぁ。脳波を解析しても直接話せるわけじゃないんですね。ちょっと残念」
「犬や猫とも身振り手振りでコミュニケーションはするでしょう。言葉だけがコミュニケーションツールではないわね」
 でも……高次認知機能が発達した相手と、例えば4と5という数字を区別して共有するにはやはり概念に対応した単語が必要だろう。だとすれば思考の発達と言語の獲得は不可分なのだろうかと和花は思った。和花がモニタを見ているとちょうど分厚いアクリルガラスの向こうでコペルニクスが力強く水を蹴った。

 ☆ ☆ ☆

「ただいま! 遅くなっちゃった」
「おかえり」
「パスタ、食べる?」
「食べる」
 家に帰ってきた和花に湯川真一ゆかわ しんいちが返事をしたが、彼はリビングのテーブルに座ったまま眉間にしわを寄せて手元のノートを凝視していた。こういうときは必要がなければこれ以上話しかけないのが同棲中の二人の決まりだった。
 同じ大学のヨットサークルで出会った二人は運動音痴だが身体を動かすことは好きという共通点があった。そしてもう一つ、地方から出てきた理系学生同士の親近感が二人を近づけた。高校時代、周囲に理系志望がいなかった二人は大学で初めて志を同じくするパートナーと出会い孤独を癒やした。二人乗りのヨットを一緒に操船するうちに勉強や将来のことを話した。二人を魅了したものが和花にとっては脳科学、真一にとっては数学であった。真一も研究の道に進み、解析的整数論の分野で世紀の難問と呼ばれるリーマン予想の証明に取り組んでいた。
「ごめん、もう少しで終わる」
 着替えて食事の準備を始めた和花を一瞥して真一が言った。
「オッケー」
 真一の手元のノートには数式とメモがびっしりと書き込まれていた。真一はノートに数式を書いたかと思うといくつかの論文をめくって頭を掻きむしり、またノートに何かを書いていた。
 和花がパスタを作り終えると真一は観念したようにノートを閉じた。
「ありがとう。いただきます」
「研究が進んでいるみたいね!」
 真一の集中が解けたので和花は聞いてみた。真一は丸一日食べていないという感じでパスタをかき込みながら答えた。
「うん。新しいアプローチを試している。リーマン予想の証明にはこれまで色々な数学の理論が試されてきたんだけど、最近、エリオット・ヴァンスが新しい統一場理論を発表したんだ。その理論はこの宇宙のミクロな時空構造が素数に結びついていると仮定して場の理論に重力を統合しようとしている。僕は逆にその物理の理論からリーマン予想を証明できないか考えてみようと思ってる」
 エリオット・ヴァンスはアインシュタイン以来の大天才と評判で和花も知っている物理学者だった。
「時空と素数が結びついている? なんだか面白そうだけど、どういうこと?」
「無限に続く素数の数列が量子力学の背後のある種の構造に関係していることは20世紀に数学者のヒュー・モンゴメリーによって指摘されていたんだ。この研究について物理学の分野ではあまり進展は無かったんだけど今回ヴァンスの理論ではゼータ関数のゼロ点が時空構造のど真ん中に据えられている」
 そういうと真一はノートにペンで直線を引き、その上にいくつかの点を打った。
「ゼータ関数のゼロ点はこんなふうに並んでいる。これが宇宙の真空のエネルギーを決めているというのがヴァンスの仮説。ヴァンスは数学の論文も出しているマルチな天才だよ。多くの数学者はまだこの理論の意味に気づいていないんだ」
 全ての素数の積で定義されるゼータ関数。その値がゼロになる解が複素平面上で完全に一直線に並んでいる、これが1859年に提示されたリーマン予想であり、素数そしてこの宇宙の調和の象徴として数学者が長年その証明を夢見ていた。和花はリーマン予想に取り組む真一を見ているのが好きだった。和花にはゼータ関数の研究が生きるためにはどう考えても必要だとは思えなかったからその情熱に余計に興味はあった。
 昔、思考の意味を真一にも問うてみたことがある。
「思考する意味……意味か。なんだろう。突き詰めると僕にとって数学のことを考える意味は面白いということだけかな。でたらめな素数の並びがゼータ関数上ではまっすぐな直線に変換されるって最高に面白い。面白さの根源みたいなものを数学者の岡潔おか きよしは情緒という表現をしているけど」
「情緒?」
「そう。岡によれば情緒というのは、論理や理性ではなく・・・・・・自然や他者との共感とか、直感的で非言語的なもので、それが精神の根底にあるってことみたいだね。そして数式のひらめきや美しさも情緒から来ると。僕にはよくわからないけど面白いっていう感覚は間違いなく論理ではなく直感的だよね」
 真一はそう言っていた。論理ではなく直感。理性ではなく共感。面白さが行動の原動力だとして面白さってそもそもなんだろう……と和花はさらに不思議に思った。
 今日の実験で理沙が言っていたことを和花は話してみた。
「言語を持たない相手とのコミュニケーションか」
「そう。イルカは高次認知機能を持つけど言語は持たない。普通は身振り手振りで接しているんだけどそれ以外でコミュニケーションする術はあるのかしら」
「うーん。言語とは何か、和花のほうが詳しいと思うけど、言葉のやりとりを通じたコミュニケーションということなら難しいだろうね。異なる言語を持つ民族が初めて相対するとき、概念を共有した上でそれを表す言葉を共有する必要があるけどそもそも言葉を持っていない相手だとすると概念の共有ができない」
「そうだよね」
「でも逆に高度な思考が出来るのに言語を持たないってことができるのかな? イルカは本当に言葉を持たないの?」
 真一にそう言われて和花はあらためて考えた。コミュニケーションのためではなく自らが思考をするための言語というものをイルカも持っているのかもしれない。和花はコルクボードに貼ったコペルニクスの写真を見つめた。そうだとして、脳波解析でそれがわかるだろうか。

 ☆ ☆ ☆

 次の脳波解析の予定日になり、和花は飼育員と一緒にコペルニクスに電極帽子をかぶせていたところを理沙から呼び出された。
「先輩、お電話ですよ。えーと、アリゾナ州立大学の、地球外生命研究所の、仁科にしな先生から」
「アリゾナ? 地球外生命?」
「はい。何の用ですかねぇ」
 和花は電話を代わった。
「はい、朝永和花です」
「朝永先生、アリゾナ州立大学の仁科と申します。突然のお電話申し訳ありません。大事なご相談がありまして連絡させていただきました」
 和花は思い出した。仁科教授は宇宙生物学の権威でテレビにもよく出る有名人だ。自分の親ほどの年齢の教授に先生と呼ばれて和花は少し恥ずかしくなった。
「私にですか」
「そうです。朝永先生。あなたの脳波解析アルゴリズムを計画中の新しいSETI計画で使わせていただきたいというのがご相談です」
「私のアルゴリズムを地球外知的生命探査にですか?」
「はい。ご承知のとおりSETI計画は未だに成果を上げられていません。計画の見直しにあたって今までと違うアプローチが必要ということで先生の研究に注目している次第です」
 地球外知的生命探査Serch for Extra Terrestrial Intelligence、通称SETI。20世紀に電波天文学が始まって以来、地球外知的生命が発した電気信号を捉える試みが続けられてきたが成果はまだ無かった。仁科教授は新しいSETIプロジェクトの研究統括を担うということだった。
「違うアプローチというのはどういうことでしょうか」
「SETIでは長年、宇宙から来る電波を分析してきましたが宇宙人が人間のように規則的な電波を発信しているかどうかは自明ではないと我々SETIチームは考え始めています」
「それはそうかもしれませんね」
「我々は知的生命の痕跡をどう捉えられるか、考え直しています。例えば電波の波形ではなく、知的生命が惑星や恒星を改造した痕跡を可視光域で捉えようとしている研究者もいます。その中で浮上した一つのアイデアが朝永先生の脳波解析です」
「私のアルゴリズムは脳波を直接解析するんですよ。宇宙人に人間のような脳があるとしてその電気信号が地球に飛んでくるんでしょうか」
「それはわかりません。宇宙人が頭骸骨の中の脳で考えているだけなら無理でしょうね。でも知的生命体が何かを考える際の信号を直接捉えるという発想は朝永先生の研究にしかありません。これまでのSETIではある種の周期性やパターンを持つ電波信号ばかり探してきました。それが知的生命の活動の証拠だと思っているからです。でもあなたのアルゴリズムを使えば何か新しい発見があるかもしれません。例えばそう、恒星や星雲規模のスケールで思考する生命がいるかもしれない」
 突拍子もないアイデアだった。脳波というのは脳神経細胞の活動が生み出す電気信号である。そんなものが宇宙空間を飛んでくることがあるだろうか。
 一方で今の研究の行き詰まりを和花は感じていた。地球上のあらゆる生命はそのDNA解析から単一の祖先から進化したと証明されている。だったら人間以外のイルカやその他の動物の脳波を調べても新しいことは何もわからない可能性がある。別の星で進化した宇宙人の思考を読めるならばそこに普遍的な法則や意味を見いだせるかもしれない。
「わかりました。アルゴリズムの提供は可能です」
「ありがとうございます。ぜひプロジェクトメンバーとしても朝永先生に加わっていただきたいと思います。そうなれば心強いです。突然の話ですが少し考えていただけないでしょうか」
 電話を切った後、和花はコペルニクスの脳波データを見つめながら久々に心が躍るのを感じた。大学院から孤独に研究を続けてきた和花にとってプロジェクトメンバーとして研究に参加することは新鮮で、学生時分のような高揚した感情が沸いてきていた。
「ねぇ、早川さん、解析中のコペルニクスのデータ、しばらく分析を引き継いでもらえないかしら」
「え、私がやっていいんですか。先輩はどうするんですか?」
「そうね、宇宙人向けにアルゴリズムを書き換えなくちゃいけないわ」
 そういうと和花は早速コペルニクスの脳波解析の課題を説明し始めた。

 ☆ ☆ ☆

 新しいSETI計画は20世紀に初めて地球外知的生命探査に挑戦したオズマ計画にちなみ、エメラルド計画と名付けられた。エメラルド計画の本部はアリゾナ州立大学の地球外生命研究所に置かれていた。和花は自分の大学に席を残しつつ兼務でプロジェクトメンバーに加わり、春からアリゾナ州フェニックスにある研究所で電波解析のためにアルゴリズムを改良していた。そのアルゴリズムは観測した電波が高次認知機能の脳波波形に類似しているかを判定することができた。和花は新たに人間の脳のニューラルネットワークをベースとした思考モデルを作りアルゴリズムに実装した。人間やコペルニクスの脳波を使った試験では100%の判定が可能だった。
 世界各地の電波望遠鏡が一斉に空を走査し始め和花のアルゴリズムもその解析に加わった。エメラルド計画では銀河系内の恒星、惑星、星雲、パルサー、ブラックホールなどの主要天体がリストアップされ、近いものから順次望遠鏡が向けられた。従来のSETIでは特定の周波数帯、例えば宇宙に普遍的に存在する水素原子が放つ電波の周波数をターゲットにして信号の検知を試みていたが、エメラルド計画では広域的な周波数を一度に受信して解析する仕組みが導入されていた。過去に記録された電波も解析できるようにアルゴリズムは世界中の研究者に公開された。
 アルゴリズムが稼働し始めて一息ついた和花に真一から電話があった。日本で研究を続ける真一と離れて半年が過ぎていた。
「やあ、どうだい、宇宙人探しは」
「うん、まだ成果は出てない」
「はは、そりゃあそうだろうね」
 エメラルド計画はまだ地球から30光年以内の天体を探査したところだった。
「はぁ、SETIって気が長いわね」
「そりゃあ過去何十年も探していて見つかっていないからねぇ。そっちの環境はどう?」
「うん、楽しんでるよ。仁科先生に色々な地球外生命の仮説を教えてもらって刺激にはなってる。街はきれいだし真一もこっちで気分転換できると思う」
「楽しみにしているよ」
 数学の学会に参加するため真一も再来月に渡米しフェニックスのエメラルド計画本部に立ち寄る予定だった。
「それにしても目の前にいる人間やイルカと違って、存在するかどうかわからない宇宙人と向き合うのは大変ね。実は私、そこら中の星で知的生命が検出されるんじゃないかと密かに期待していたの。だって一番近い恒星系にだって惑星があるのよ。宇宙人は絶対にいるはずなのにどうして何も証拠が見つからないのかしら」
「それはSETI研究者がずーっと思っていることだろうね」
「ねぇ、このまま何も見つからずにおばあちゃんになったらどうしよう」
「うん、僕も同じ事を考えるよ。リーマン予想の証明が終わらずに一生を終えるんじゃないかってね」
「う……それはつらい」
「まぁもう少し頑張ろう。僕もずっと手詰まりだったけど最近ちょっと光明が見えたかも」
「おお、それはよかったね。証明に手が届きそう?」
「うん。ヴァンスの統一場理論はやはりすごい。これまで色々な理論が提唱されているけど一番説明力がある。そしてなによりヴァンスの重力の統合にはゼータ関数のゼロ点がまっすぐに分布していないと困るって感じなんだ」
直感的・・・にそうなのね」
「まさにそうさ」
 真一との電話の後、和花は理沙に連絡して卒論の進捗を聞いた。理沙は和花の指導の元卒論に取り組み、脳波干渉と名付けた新しいアプローチでコペルニクスとの意思疎通を目指していた。和花は理沙に研究の感謝を伝え励まし、理沙からはフェニックスの観光事情について色々と質問された。

 ☆ ☆ ☆

「朝永先生、至急来ていただけませんか」
 土曜日の早朝、和花は仁科教授に呼び出された。週末に急に呼び出しなんて珍しい、もしかして地球外生命のアラートが出たのかと和花は色めき立った。研究所に着いた和花に仁科教授は自分の研究室で一通のメールを見せた。
「私の大学同期でね、今気象庁に勤めている南部さんという方からのメールなのですが読んでください」
 和花はPC画面をのぞき込んだ。

件名:【お伺い】地球外生命探査アルゴリズムの件
本文:
仁科先生
ご無沙汰しています。気象庁地磁気観測所の南部です。
ますますご活躍のようでなによりです。
突然ですが標記の件、うちの研究員がエメラルド計画から提供されたアルゴリズムを試しに地磁気の観測データに使ってみたところ知的生命の検出判定が出たのです。先月の北海道女満別観測所のデータです。
推定適合率95%、推定知能5以上という結果が出たのですが何かの間違いですよね。
お忙しいところすみませんがご確認いただければと思いご連絡しました。女満別の観測データを添付します。
よろしくお願いいたします。   以上
              
「推定知能5以上!?」
 和花は思わず叫んだ。
「やはりそこにびっくりされますか」
 無理はなかった。アルゴリズムの推定知能は人間の脳の高次認知機能を3としたときにどれくらいの能力があるかをニューラルネットワークのモデルを元に推定するものだった。推定知能5は人間の脳の100倍のニューロンで構成されるモデルを意味していた。現実にそんな生物はいないのでアルゴリズムの試験では出なかった判定であった。
 仁科教授は腕を組んで考えていた。
「南部さんは間違いじゃないかと言っていますが」
「そうですね。あり得ないです。地磁気って、地球が磁石になっているというやつですよね」
「そうです。地球磁場のことです。地磁気というのは一定ではなく地磁気観測所でその向きと強さを常時観測しているんです」
 普通に考えればアルゴリズムのミス判定でしかないが推定知能が5以上と出たのがいただけない。ただの自然現象に対して誤ってこのような結果が出るようではモデルの信頼性が失われてしまう。和花は意気消沈した。
「モデルを汎用化し過ぎてしまったのかもしれません。明らかなノイズデータに反応してしまっているようです」
 メールに添付された地磁気データを見ながら和花は話した。
「そう決めつけるのは早いかもしれませんよ。これまでエメラルド計画で観測した電波もノイズだらけでしたがアルゴリズムは一度も検出判定を出さなかったじゃないですか。ちゃんと検証してみましょう。南部さんから連絡をもらった後、ドイツ、グアム、フランスの地磁気観測所に地磁気データの解析をメールでお願いしました。朝永先生もCCに入れています」
「はい」
 和花は自分のデスクに戻り送られてきた地磁気データをじっくりと見てみることにした。記録されているのは毎秒の地磁気の強度データでぱっと見た感じは何の変哲も無いノイズだった。だがアルゴリズムにかけてみると微かだがノイズの奥に確かに脳波のような波形が隠れているようだった。そのとき仁科教授がやってきて声をかけられた。
「朝永先生、いま早速ミュンヘン地球観測所からメールの返事がありましたね。見てください、これです。……先月の地磁気データをアルゴリズムで解析したところ、検出判定が出た……。推定適合率96%、推定知能5以上……」
 和花は心臓が止まりそうだった。メールを読み返し、震える手で添付ファイルを確認する。探し求めていたものが予想していなかった形で目の前に現れたのだ。仁科教授も同じように考えているようだった。
「それでこれは何の冗談だ? って書いてありますね。でも2回続けてしかも別の地点データで検出判定が出たということは信憑性があるんじゃありませんか」
「推定知能5……地球の大きさなら可能?」
「え?」
「仁科先生。もっとデータが欲しいですね。別の地点、別の時点データを見てみないと」
「もちろん、そうしましょう。日本の地磁気観測所のデータは公開されていたはずです」
 和花は夜通し検証作業をした。インターネットからダウンロードできた日本の地磁気観測所の過去データを解析にかける。北海道の女満別の観測データはリアルタイムで接続させてもらいアルゴリズムに流した。結果、全てのデータで推定適合率95%以上、推定知能5以上の判定が出た。
 画面と睨み合っていると仁科教授がやってきてコーヒーを渡してくれた。
「お疲れ様です。どうですか」
「ありがとうございます。3地点の過去10年分の地磁気データを解析したところ全て検出判定が出ました。リアルタイムのデータでも。……これはねつ造不可能です」
「はい。そうですね」
「つまり……」
「はい」
 教授は和花の次の言葉を待っているようだった。
「地磁気は何らかの生体思考に基づく波形を示しています!」
「そういうことになりますね!」
 仁科教授は自分のコーヒーを一口飲むと研究室を歩き始め独り言のようにつぶやいた。
「地磁気を生み出しているのは地球の外核の対流現象です……。外核では溶けた鉄が熱で流動しています。対流現象は典型的な自己組織化現象で生命を語るときのアナロジーでもあります。お味噌汁の味噌が対流で表面に6角形の構造を作るのは見たことがあるでしょう。あれと同じです。しかしそこに思考が宿るなんてことがあり得るのでしょうか。ニューロンに相当するものは何だろう。どうやって構造を保っているのだろう……」
 普段冷静な仁科教授がうろうろと歩き回るので和花も落ち着きがなくなってきていた。
「先生、これからどうすればよいのでしょうか」
「地球外知的生命発見後プロトコルです」
「え?」
「SETIでは知的生命の信号を捉えた場合のマニュアルが決められています」
「そうでしたね」
「私たちはSETIメンバーとして今回の発見をしたのでプロトコルに従いましょう。まずプロジェクトメンバーにメールを出します。地磁気観測所の国際ネットワークがありますからそこにも正式に連絡して追試を依頼しましょう」
「わかりました。その後はどうなりますか」
「発見者以外の専門家による確認が取れたら世界中の天文学者と国連事務総長に通知する義務があります。今回の場合は地球物理学者にも通知が必要ですね。それから世間に公表……となりますがこれは追試をしてもらってからですね」
 仁科教授と和花はアルゴリズムの検出判定が出ている画面をしばらく黙って見つめた。
 プロジェクトメンバーへのメールを教授と一緒に送り和花はいったん帰路についた。ニュースの見出しは地球外生命発見、ならぬ地球内生命発見! になるんだろうか、と和花は誰もいない駐車場を歩きながらぼんやりと考えた。夜明け前、満天の星空が広がっていた。和花は真一にメッセージを送った。
「なんとなんと、アルゴリズムの検出判定が出ました! それも宇宙ではなく地球の中から!」
 和花は足下を見た。アスファルトに昨夜の雨で水たまりができて星の光を反射している。地磁気を生み出している地球の核は地表から2900km以上の深さにあると仁科教授が教えてくれた。
 真一からびっくり顔のリアクションが返ってくる。和花は地球の奥底をのぞき込むようにつぶやいた。
「ねえ、君は何を考えているの? 我思う、故に我あり、って思う?」

 ☆ ☆ ☆

 2週間後、アメリカ合衆国及び日本国政府を通じて声明が出された。

エメラルド計画は地球外生命探査アルゴリズムにより地磁気波形に知的生命の思考痕跡を検出した。観測した地磁気データは過去10年分の世界10地点の毎秒及び毎0.1秒値データ。平均全磁力3~5万ナノテスラ。平均全磁力標準偏差100~150ナノテスラ。全ての観測地点、時点データで推定適合率95%以上、推定知能5以上の判定を得た。これは地磁気を形成する地球外核が思考していることを示唆している。詳細な解析データは添付資料を参照されたい。関係各位には今後の全面的な研究協力を要請する。

アリゾナ州立大学地球外生命研究所
エメラルド計画責任者 マイケル・ファインマン
統括研究員 仁科一郎
研究員 朝永和花
気象庁地磁気観測所
所長 南部陽

 思考の持ち主は地球核生命CorE Life Form、略してセルフCELFと名付けられた。地球物理学者はセルフの生態を次のように推測した。
 地磁気を生み出している地球の外核は地下約2900kmから5100kmの深さにある溶融した鉄ニッケル合金の海である。外核は地球中心にある個体の鉄ニッケル合金の内核と岩石からなるマントルに挟まれ、その温度差と地球の自転により熱対流が生じている。5000℃の鉄ニッケル合金が幅数百メートルの電流渦を無数に形成し、それらが生み出す磁力が地球を一つの電磁石としていた。その電流渦の膨大なネットワークがニューロンとシナプスの役割を果たし、セルフの思考を形成している、と考えられた。電流渦は外核全体で約100兆個以上あると推定され、これは人間の脳のニューロン数の100倍以上であった。
 エメラルド計画は再編され、地球物理学者、生物学者、心理学者等、天文学に関係のない専門家が新たに参画した。当面はエメラルド計画の枠組みでセルフの分析が進められるが、学会・国家の枠組を越えた協力と予算措置が必要であり、国連主導体制へ移行がされる予定であった。和花は発見者の一人として特にアルゴリズムの貢献が評価され、一躍有名になった。フェニックスの街には一時期報道陣が詰めかけ和花は研究所に閉じ込められてアパートに帰れないほどだった。人々の関心の一番は当然セルフという存在が何を考えているのかであった。和花はセルフの思考を解読するチームのリーダーになった。
 それからしばらくして学会参加のために訪米した真一が連続休暇を取って和花の元を訪れた。
「やあ、大変なことになっているね」
 真一は数学と物理の融合というセッションで統一場理論からリーマン予想を導く可能性について講演をして注目を集めていた。この日、和花も久しぶりに休みを取って真一とレストランに来ていた。
「学会お疲れさま。ゆっくりしてね」
「ああ。和花のほうこそ少し休んだほうがいいよ」
「余韻に浸る暇も無いわ。セルフの思考を読むってとてつもない難題」
 和花はため息をついた。
「C、E、L、F、セルフか。孤高の生命にはふさわしい名前だね。セルフが何を考えているのか、あるいはいないのか。和花博士の腕の見せ所だね」
「うん。でも人間が何を考えているかもまだ解読できていないのに。どうしよう」
 セルフがどんな思考をしているのかは全く見当がつかなかった。アルゴリズムは地磁気がニューラルネットワークに近い脳神経的・・・・な電気的活動に由来することを示していたがそれが具体的にどのような思考なのかは闇の中だった。唯一言えるのは地磁気波形は単一の思考から生成しているらしいということだけだった。
 仁科教授は地球物理学者と生物学者からなるセルフの生態を研究するチームを新たに結成した。生態研究チームはセルフの生態をモデル化してその思考解読に役立てようということで既にいくつかの仮説が立てられていた。
「セルフの成り立ちを考えると外界という概念は獲得しにくいはずです」
 仁科教授はプロジェクトの全メンバーに向けた定例ミーティングでそう話した。
「地球の中、分厚いマントルの下に閉じ込められたセルフは外界を知覚する感覚器官を持っていないでしょう。つまり我々のような五感は持っていないと考えられます。現時点ではそれは純粋に思考のみを持つ生命体・・・・・・・・・・・・・であると仮定するのが妥当と思われます」
 純粋な思考存在。和花は自分の知的感情が否応にも高まるのを感じた。
「セルフの生体としてのエネルギー源は地球外核の熱対流そのものです。生存のために捕食する必要はありません。外敵もいません。つまり生存本能が要らないということになります。セルフが単一の生命体で世代交代もしないとすれば他者という概念も持ち得ません。これは驚くべき事ですが、敵と味方を区別し、仲間と意思疎通し、生き残るために考えるという、地球上の生物が何十億年も悩まされ、獲得してきた能力がセルフには一切ないということになります」
 セルフがいつ誕生したかも分かっていなかったが、外核は地球誕生直後に形成されたと考えられる。セルフが外核形成直後に誕生していたとすると、既に40億年以上、孤独に思考をし続けてきた可能性があった。
「とんでもない存在だな」
 真一は言った。
「でも……そうするとさ、いくらセルフが高度な知能を持っていたとしてもこの宇宙の実在や人間という他者の存在を理解することはできないかもしれないよね」
「そうなの。まったく意思疎通ができないかもしれないの。人間の百倍以上の知能があるかもしれないのに」
「うーん。それはもったいなさ過ぎるよな。人間を超える数理能力があるならもしかしたらリーマン予想の証明ぐらい簡単に解いてしまうのかもしれないね」
 真一はそういって笑ったが和花は既にセルフの思考が一切読めず、今後セルフについて何も分かることはないのではないか、という不安で頭がいっぱいだった。
「明日、仁科先生の所に相談に行ってみようと思っているの」
「何か考えがあるんだね」
「うん」
 和花は真一を見つめた。
「セルフにこちらからコンタクトするしかないと思うの。どうかな」

 ☆ ☆ ☆

「朝永先生、その件はこちらからご相談したいと思っていたところです」
 仁科教授は研究室を訪ねた和花を招き入れコーヒーを淹れてくれた。テーブルには様々なメモ、打ち合わせ資料が積み重なり、仁科教授は研究統括の業務が相当忙しそうだった。
「セルフにコンタクトすることはプロジェクトの皆が考え始めています」
「コンタクトしてもよいのでしょうか?」
「もちろん勝手にはできません。特定の個人や団体が勝手にコンタクトしないように国連安全保障理事会の承認を得る必要があります。ですがまずはどうやってコンタクトできるかを考えるところからです」
「何かアイデアはあるのでしょうか」
「それが問題です。セルフは極度の引きこもりです。分厚いマントルの下でいったい何を考えているのやら」
「五感がないのですものね……」
 和花は純粋な思考存在という仮説を思い出した。
「そうですね。ただそれも仮説です。昨日も地球物理のメンバーが興味深いアイデアを出してくれたばかりです。地震波を使う方法です」
「地震、ですか」
「はい、セルフに地震波を感じる聴覚のようなものがあるかもしれないという仮説です」
「おお、なるほど。地震を起こしてセルフに情報を伝えるのですね」
「そのとおりです。実際に地震波はマントル、外核、内核を通って地球の裏側まで到達します。そもそも外核が液体であることは地球内部の地震波の観測によって明らかになりました。ただ問題はセルフにそれを感じる聴覚があったとして、外核まで到達する地震波を人工的に作るには核爆発並みのエネルギーが必要だということです。そして爆発では複雑な情報を送ることはできません」
「確かにそうですね」
 意味のある情報を送るにはモールス信号のように一定の回数たたく・・・必要があったがそれは爆弾で地震波を起こす方法では実現が難しかった。
「地震波は残念ながら現実的ではないと考えています。他の有効なコンタクト方法を検討するための新しいチームを立ち上げます。朝永先生にも参加いただけたらと思っていました」
「あの、そのことで」和花は切り出した。
「あくまで理論上の話ですが、私の指導する学生が研究中のイルカの脳波解析のアイデアが使えるかもしれません」
「ほう。どんなものでしょう」
「イルカは人間と同じく大脳新皮質が発達し高次認知機能を獲得しています。ですが言語を持たないため言葉を介した直接のコミュニケーションはできません。そこで早川さんという学生さんが考えたのが脳波干渉です」
「脳波、干渉ですか」
「はい。早川さんはイルカの脳波を観測するだけでは直接コミュニケーションできないのでこの方法を考えてくれました。コペルニクスの、ああ、私たちのイルカの名前です。コペルニクスの脳波を打ち消すような逆位相の電気信号を脳に送り返すと、思考に直接干渉できるのではないかというものです」
「そんなことが可能なのですか」
「まだ検証段階ですが脳波干渉をすることでコペルニクス自身の脳波に変化が観測されています。つまり思考に影響を与えている、少なくとも何らかの感知をしているのではないかと考えられるのです」
「へぇ、それはすごいですね! 第六感というやつではないですか」
「まさにそうです。電気信号を脳自身が感じているとしたら。それで思いついたのですが、セルフはニューロンに相当する外核の渦が出す磁場が地磁気として捉えられているのですよね。だとしたら……」
「地球磁場に干渉するということですね」
「そうです! 可能性ありそうでしょうか」
「あると思います。 さすが朝永先生、早速プロジェクト内で検討してみましょう」
「ありがとうございます。今度ちょうどその早川さんが遊びに来るんです。脳波干渉の実験について話が出来ると思います」
 和花は後輩の理沙の研究が役立ちそうなことに心から嬉しく思っていた。

 ☆ ☆ ☆

「先輩~!」
 週末、和花は理沙を研究所で出迎えた。
「早川さん、遠路お疲れ様」
「アメリカはすごいですね、ザ・大陸って感じがします。砂漠の真ん中に街があるし。ここはグランドキャニオンが近いですよね。時間があったら行ってみたいです!」
「ふふ、そうね。コペルニクスは元気?」
「元気ですよ~。考えるイルカとして水族館で人気が出ています」
「忙しいときにごめんなさいね」
「とんでもない。セルフの研究に関われるなんて嬉しいです!」
 和花はさっそく理沙を仁科教授のところに連れて行った。理沙には仁科教授が特別に入館IDを発行してくれていた。
「こんにちは、エメラルド計画統括の仁科です。早川さんですね」
「初めまして、早川理沙と申します」
「早川さん、脳波干渉のアイデア、ありがとうございます。セルフ発見以降、ここはドタバタしていますがゆっくり楽しんでいってください」
「はい」
 仁科教授は二人にコーヒーを淹れて早速打ち合わせを始めた。
「早速ですが、朝永さん、早川さん。脳波干渉について追加でお伺いしたいことがありまして」
「なんでしょうか」和花が答えた。
「イルカの脳波干渉では脳波を打ち消す電気信号を脳に送るのですよね」
「はい。そうです」理沙が答えた。
「それは、どれくらいの強度・・・・・・・・が必要でしょうか」
「文字通り打ち消すので、脳波と同じ強さの信号を送っています」
「うーむ、やはりそうですか」
「何か問題があるでしょうか」和花が聞いた。
「脳波干渉を応用してセルフの地磁気に干渉するアイデアはとてもよいですが、シミュレーションしたメンバーから技術的に難しいと指摘されました。地磁気の強さは極地で6万ナノテスラぐらいあります。これは加速器などで作られる人工的な磁場に比べれば小さいです。ですが人工磁場は極めて狭い範囲に作るのが普通です。地磁気は地球全体を被う大きさなので、広範囲で干渉しようとするとものすごい巨大な磁場発生装置が必要になります」
 物理学者が見積もったところでは地磁気を打ち消すほどの強さで干渉するには最低数百kmの範囲で地磁気と同程度の磁束密度を出力する必要があった。理論的にはその大きさの人工磁場を生み出す巨大なコイル、地磁気干渉リングと名付けられた、があれば可能だったがそれだけの設備を建造する技術と材料をまだ人類は持ち合わせていなかった。
「地磁気干渉リングに必要な超伝導物質はまだ発明されていません。またそれをコイルとして直径数百kmの長さに敷設するために大量生産する設備、そしてコイルを冷却しながら通電するための大出力の発電設備を南極に建設する、これが全てが実現する必要があるのです」
「なるほど、、今の技術では難しいのですね」
 和花は落胆した。
「そんなぁ、つまり無理ってことですか」
 理沙が心底がっかりした様子で天を仰いだ。
「そうですね。脳波干渉はとてもよいアイデアだと思いますが」
「仁科先生、でも理論的には有効なんですよね……?」
 和花は食い下がった。
「はい。地磁気干渉そのものは理論的には可能です。ただ今すぐには難しい。そしてそれが出来たとしてセルフが反応するかはやってみないとわかりません」
 和花はハッとした。そうだ。うまくいくかどうかそもそもやってみなければわからない。そしてそんなこと・・・・・のために世の中がどれだけの関心を払ってくれるだろうか。
「新素材に新設備ですか……。それが出来るまでに何年かかるでしょう」
「それもわかりません。20年、30年。もっとかかるかもしれません」
「本当に無理かなぁ。……例えばどれくらい弱い強度で脳波干渉が有効かどうか、イルカで実験してみるのは意味があるでしょうか」
「そうですね。そういうデータがあるとプロジェクトとしてもありがたいです」
 仁科教授は引き続きよろしくお願いしますと言って別の打ち合わせのために研究室を出ていった。
 時を同じくしてセルフとのコンタクトについて国連安全保障理事会で議論が始まっていた。当然、反対意見もあった。セルフとコミュニケーションが成立すること自体が危険であると考える国が一定いたのだ。彼らはセルフが人類に友好的である保証はないという。仁科教授始めエメラルド計画のメンバーは、友好的でなかったとしても実害は無いと主張したが、反対派はそれも保証されないと言った。例えばセルフが意図的に地磁気を消したり、反転させたりできるならば人類に事実上の攻撃が出来てしまう。事実、地球磁場は有害な太陽風や宇宙線から地表の生物を守っており、これが消失すると生命や電子機器に直接的な脅威となる。実際に過去地磁気の消失や反転現象は起きていた。
 議論はアメリカ合衆国大統領のエレノア・シンクレアの演説で決着した。
「セルフを恐れる気持ちはわかります。我が国もそれは同じです。ですが、セルフは数億年もの間、思考してきたと考えられています。人類は、ホモサピエンスとしてまだ30万年程度しか生きていません。文明という観点ではまだ数千年の歴史しか持ちません。我々は多くの問題を抱え、未来は闇に包まれています。セルフに学ぶところがあると希望を持ちませんか。我々人類は地球上に生きる生命として初めてセルフを発見し、コンタクトしようとしています。これも進化の必然なのかもしれません。同じ星に生きる存在としてセルフとコミュニケーションをはかるのは生命を代表する人類の責務ではないでしょうか」
 エレノア大統領に賛同する声が多くなり、最後まで渋っていた国も費用をアメリカと日本が負担するという条件でセルフとのコンタクトは承認された。地磁気干渉リングの設計に着手することが合意されたがその開発と建造には莫大なコストが見込まれることから検討は持ち越されることになった。

 ☆ ☆ ☆

 理沙が帰国する前に和花は真一と三人でグランドキャニオンにキャンプに出かけた。真一もまもなく休暇を終えフェニックスを離れる予定だった。
「わあー。すごいすごい!」
 快晴の空の下、大峡谷を一望できる展望台に立った理沙は目の前に広がる光景に圧倒されていた。それは和花も真一も同じであった。地平線まで折り重なるように続く赤褐色の谷の壁面には様々な厚みの地層が見られた。それはかつて海の底だった場所に数億年かけて土砂が堆積した地球の年輪だった。
「本当にすごいな。日本では見られない景色だ。人間の小ささを実感するというか……」
 谷底を恐る恐るのぞき込んだ真一がつぶやいた。今日はこれから谷底に降りて一泊する予定だった。アリゾナ州立大学の地学専攻の教員が案内人となって数百メートルある谷を降り、コロラド川の川辺に皆でテントを張った。
「先輩、私調べましたよ。ここ、グランドキャニオンの一番深い地層は20億年も前のものなんですって」
「へぇー。ものすごい歴史があるのね」
「この地層はどれくらい前のものですかね」
 理沙は目の前の茶色い地層を見て言った。案内人はここにあるのは先カンブリア時代、約15億年前の岩石だと答えた。
「セルフはこの時代から生きている可能性が高いよね。もっと前からかもしれない。そんな長い時間を生きるなんてどんな気分だろう」
 和花も目の前の地層を見てセルフの生きてきた時間を感じようとした。岩肌に触るとひんやりとした感覚が伝わってくる。その地層は長い年月で変成し、押しつぶされ、横から押されて褶曲していた。
 日が傾き、谷底に影を落とし始めた。一行はテントの前に焚火を起こして夕食を食べた。
「ところで湯川さんはリーマン予想に取り組まれているんですね!」理沙が真一に聞いた。
「そうそう。早川さん、リーマン予想を知ってる?」
「いえ、すみません、詳しくは分からないんですけど物理学科の友だちが今一番ホットな話題だと言っていて。あ、今というのはセルフの発見前ですけど……。物理の理論から数学の予想を証明しようとしている変わった日本人がいるって話題でした」
「ははは、そう。僕がその変わった人です」
「数学の証明をする、ってどんな感覚なんですか?」
「和花にも同じようなことを聞かれたなあ。わからないことをわかる、っていうのが科学の共通する楽しさだと思うけど、数学の証明は絶対だから、一度してしまえば何があっても覆らない。自分が死んでも、何万年たっても変わらないから、そんなところが好きかもね」
「なるほどー。変わらないところがよいのですね。その点、私が扱う生き物は例外だらけ、理論が外れてばっかりです」
「いやいや、セルフを見つけたじゃない。そしてコミュニケーションまでしようとしている。これはすごいことだよ」
 真一は和花を見た。
「和花はこれからどうする?」
「うん、地磁気データの解析を進めてみるつもり。パターン分類は出来ているからアルゴリズムを改良すればセルフがどんな種類の思考をしているか、分析できるかもしれない」
「そうか」
 だがセルフの思考原理が人間の脳のそれと異なるならばそのパターン分析だけから思考の種類を読み解くのは難しいと思われた。しかし今すぐコンタクトが出来ない以上、それしかやることはなかった。和花だけでなくプロジェクトメンバー全体に閉塞感が漂っていた。
「でも私はセルフに出会えてよかった。純粋な思考存在があるってわかったんだもの。それがどういうことか、どんな意味があるのか、絶対に突き止めたい」
「それは哲学の領域? あるいは情緒かな?」
「うーん、どうなのかな。でも私は科学だと思ってるよ。40億年も思考するというのはどういうことか。内容によっては人類の未来にも関わることじゃないかしら」
「和花らしい考え方ね」
「あー、でもやっぱり、なんとかセルフにコンタクトしてみたいなぁ」
「そうだよなぁ。地磁気干渉リングの建設に50年かかると言っている人もいるようだけどどうにかならないかな。僕もセルフが40億年の間、数学について何を考えたのか聞いてみたいよ」
「長生きしないとね……真一は研究のほうはどう?」
「うん、学会のあとヴァンスと直接話をしたんだ。統一場理論からのリーマン予想の導出に興味を持ってくれて、一緒に研究ができるかもしれない」
「それはすごいじゃない!」
「あと和花のことも話したよ。ヴァンスもセルフのことは気になってて、コンタクトの方法は絶対にあると言っていたよ。お前の恋人はすごいなって言われた」
「本当? ヴァンスさんに言われるとちょっと元気が出るね」
「ああ、世界には諦めていない人がたくさんいる。頑張ろう」
「うん、私は諦めないわよ」
「私も脳波干渉の実験頑張ります!」
 その夜、和花はテントを離れ、谷底の岩に腰を下ろして崖の上にある空を見上げた。セルフが見つかる前は広大な宇宙に自分たちしかいないのではないかという恐怖心があった。今は生命がこの宇宙にいるのは当たり前だという実感を持つようになっていた。同じ惑星にまったく異なる原理の生命が共存しているのだ。できればセルフに知性があってほしい。和花は星空に願いを込めた。

 ☆ ☆ ☆

 しかしそれから数カ月が経ち、地磁気干渉リングの設計が具体化されてくるとセルフとのコミュニケーションはますます難しいという雰囲気が漂い始めた。地球磁場のN極が地表と交わる南極の地磁気極を中心に直径200kmの超伝導体コイルを設置し、幅30メートルの壁で取り囲み、コイルを冷却しながら通電する。これが地磁気干渉リングの具体的な設計内容だった。超電導体の開発に成功したとしても費用がかかりすぎることが明らかだった。
 和花は地磁気データの解析を続けたが進展は今一つだった。地磁気の活動は数週間から数カ月のスパンを持つ繰り返しのパターンがいくつもあることが分かった。周期的にいくつかの思考プロセスが働いていると推察することはできたが、それまでだった。実証することはできなかった。
 和花は仁科教授にこのまま研究所にいてもできることが限られるため一度日本に帰りたいと相談していた。
「それもいいでしょう。朝永先生は休みなしでセルフの解析をしていただいていますから休養が必要ですね。日本でゆっくりされるのがよいです」
「もちろん、日本でも解析は続けます。でも大学院に進学することになった早川さんのサポートもしてあげたいので……」
「はい。ありがとうございます。こちらから突然誘ったのに快く引き受けてくださった朝永先生のおかげでエメラルド計画はここまで来られました」
「いえいえ、とんでもないです」
 和花は帰国の支度をしながら日本に帰ったら真一の研究のサポートもしたいと思っていた。仁科教授から最初に電話をもらってから約2年、エメラルド計画に付きっ切りだったな、とこれまでの研究に思いを馳せた。
 ところが翌日、仁科教授から電話で呼び出された。仁科教授から電話で呼び出しが来るのはセルフ発見の報の時以来だった。電話では話せないと言われて和花は仁科教授の研究室に向かった。和花が到着すると仁科教授はいつものようにコーヒーを淹れてくれ、こう切り出した。
「すみません、こんなタイミングで何なのですが一つご相談があります。内密な話です」
「はい、なんでしょうか」
「これはエメラルド計画として決定した話ではありません。ですから賛同いただけるかどうか、朝永先生個人で判断いただきたいのです」
「……はい、どうされましたか」
 仁科教授はいつもと違う、少し落ち着かない様子だった。
「近く地磁気干渉リングを稼働させる計画があります」
「えぇ!?」
「はい。ですが、もちろん南極でリングが作られたわけではありません」
「どういうことでしょうか」
「この国の物理学者と実業家の有志グループが計画を練っていて、実行に移そうとしています。グループ名はDawn Coreドーン コアといって、統一場理論のエリオット・ヴァンスも名を連ねていますよ。彼らはセルフとのファーストコンタクトに並々ならぬ意欲を持っています」
「ドーン? 夜明け、ですかね。あのエリオット・ヴァンスさんが……。でも、どうやってリングを作るのでしょうか?」
「私も昨夜詳細を聞かされたのですが既にある超高圧送電線のネットワークを使うそうです」
 仁科教授の説明によれば、ヴァンスをはじめとした物理学者のグループ、ドーンコアが地磁気干渉リングの実現可能性を検討し、既存の北米の送電線網を即席の閉回路とすれば磁気コイルが作れると結論したというのだ。ドーンコアのメンバーはこの計画をオペレーション・セルフ・・・インダクタンス※と呼んだ。(※コイルの自己誘導起電力を表す物理量)
「なかなか洒落た計画名です。それでこの国には大きく二つの電力系統があります。そのうち最大の東部電力系統の超高圧送電線を用いるそうです。北はトロントを起点に、ミルウォーキーを通り、西はオマハ、オクラホマシティを経由して南のアトランタ、東のニューヨークを通ってトロントに戻る経路が現実的とのこと」
 仁科教授はそういいながら北米の地図を机の上に広げていま挙げた都市にペンで丸を付け結んで見せた。アメリカ東部を覆う巨大な台形が現れた。和花はまじまじとそれを見た。
「これで外周5000km、平均半径700kmの巨大な閉回路が形成されます」
「すごいですね。でも既存の送電線ですから今も使わているのですよね」
「はい。もちろんこれだけの送電網を専有したら広範囲に停電を巻き起こして大問題になりますね。それに交流系統ですから、一定の磁場を作るにはこれを直流にしなければなりません」
「どうするのですか?」
「500kV以上の高圧送電線には通常使用しない予備電線が敷設されていることが多いのでそれを用いて直流回路を作ります。一部地域の送電線にはありませんでしたがメンテナンスと称して予備電線を追加で張ったとのこと。ここ2カ月ほどでです。すごいですよね」
「すごい……どうしてそんなことができたのでしょう。有志のグループなんですよね」
「はい、この国の複数の実業家から資金提供を受けています。そして電力会社の説得には大統領が何人かの官僚を味方につけて密かに後押ししているようです」
「エレノア大統領が……」
「はい。大統領は地磁気干渉リングがすぐに建設できないことに相当フラストレーションを表明していましたからね。でもすごい政治力です」
「そうですか。じゃあ、あとは問題は……」
「はい。出力ですね。そこが肝心です。1200Aの電流をこの閉回路に流すと中心付近で300ナノテスラ程度の磁場を形成できるということです。必要な電力は約100万キロワット、これは周辺の電源で十分に供給が可能です」
「300ナノテスラですか……地磁気の1%ぐらいでしょうか」
「はい。そうなんです。たったそれだけなんだそうです。早川さんがやられたイルカの脳波干渉の実例に照らすとその程度の人工磁場ではセルフに感知されない可能性があります」
「……でもやってみなければわからない」
「はい、そのとおりです。計画の実行は1か月後。ドーンコアからはエメラルド計画に最新のアルゴリズムと地磁気観測データの共有要請が来ています」
「仁科先生は承諾されたんですか?」
「はい。南極のリングは当分建設できないことは確実ですし、それ以外にもお金がかかることはどうしても意思決定に時間がかかります。国連での政治議論も待っていられません。私の任期も長くないですしね」
 和花は仁科教授の真剣な顔を見た。これまで和花は仁科教授を優秀だが体制には従順な先生だと誤解していた。
「日本に帰るというタイミングで申し訳ないです。計画発動後の地磁気の検証には朝永先生にも加わってほしいというグループからの直々の要請ですが、どうされますか」
「それは光栄ですね」
「この国の物理学者の間で朝永先生の評価は高いですよ」
「一つ条件があります。グループのメンバーには早川さんを加えてください。脳波干渉は彼女のアイデアですから」
 仁科教授は快諾し、ドーンコアに連絡すると言った。和花は自分のデスクに戻り理沙に連絡した。
「先輩、お疲れ様です。どうしました?」
「うん、ちょっと聞きたくて。コペルニクスの脳波干渉の出力抑制はどこまで検証できてるかな」
「ふふふ、ちゃんとやっていますよ。なんと脳波の10%の出力でも干渉が確認されました!」
「そう! それはすごいね」
「それがどうかしましたか」
「うん、セルフの研究にとっても参考になる。ちゃんと説明するね」
 もしかしたらいけるかもしれない。和花は微かに希望を抱き始めていた。

 ☆ ☆ ☆

 セルフ・・・インダクタンス作戦決行の日となった。深夜0時を回り、トロント南部にある新造の変電設備で人知れず回路が切り替えられた。新設されたバイパス送電線がトロントとニューヨークを接続し、東部系統電力が直流回路で繋がった。これによりアメリカ東部を覆う全長5000kmの閉回路、即席の地磁気干渉リングが完成した。リング周辺の火力発電所が分散して出力を上げ、直流電流を回路に流し込む。増員のためいつもと違う時間帯に駆り出された各地の発電所職員と州警察の警官隊は何が起きているのかと上司に問い合わせたが答えはなかった。万が一の妨害工作やテロを警戒して情報統制が敷かれていたのだった。
 こうして史上最大の電磁コイルが稼働を始めた。リングの中心はちょうどインディアナポリスの市街付近で、シカゴ、セントルイス、シンシナティといったリング内にある都市で広域にわたり人工磁場が観測された。テレビ、ラジオ、通信機器に一瞬ノイズが入ったが気づいた者は少なった。もしもそのときコンパスを注意深く見ている者がいたら微かに針が振れたと思ったかもしれない。それぐらい微弱な磁場であった。リアルタイムで観測されている地磁気を逆向きに打ち消すように、通電する電流が微調整される。地磁気への干渉は10秒サイクル、1分サイクル、10分サイクルの3パターンで実施された。それぞれ2回、3回、5回、7回、11回と素数回の繰り返しで磁場が生成された。これは人為的な干渉であることをセルフに伝えるためだった。
 和花は仁科教授と事情を知る数人のメンバーと研究所で地磁気をモニタリングしていた。リングの稼働から3時間が経っていた。
「お疲れ様です。まだ特に反応はないようですね」
 仁科教授がコーヒーを持って和花のデスクにやってきた。
「いえ……それがアルゴリズムの解析によれば地磁気のパターン分布が変化しているようにも見えます。ノイズに近いものですが、統計的にこれまでと違うパターンが出ているような気もします」
「そうですか。地磁気干渉に対するセルフの反応といえるでしょうか」
「そうですね……。反応か、偶然の変化か。これではなんとも言えず推測の域を出ません」
「うーむ、はっきりした反応ではないと判断に迷いますね」
「そうですね」
 理沙からはあの後、脳波干渉が10%未満の強度だとコペルニクスは反応しないと連絡が来ていた。やはり1%程度の強さの干渉では出る効果も出ないのかと和花は諦めかけていた。

 しかし翌日はっきりとした変化が現れた。地磁気が脈を打って・・・・・いた。それは10秒間隔で3回、5回、5回、7回、11回、13回、17回、19回・・・という振動を示していた。アルゴリズムにかけるまでもなく地磁気の変動からその信号を読み取ることができた。
「仁科先生、セルフが反応しました!」
 和花は結局研究所に泊まり込み、早朝に理沙からの電話で起こされこの地磁気の変動を確認したのだった。和花は同様に泊まり込んでいた仁科教授を起こしに行きデータを見せた。
「なんでしょう、この地磁気の振動」
「これは……数列、それも双子素数の数列のようですね。隣り合う素数のペア、3と5、5と7、を順番に並べたものではないでしょうか」
「おお、確かにそうなっていますね……!」
「つまりセルフは素数を理解しています。これはすごい。地磁気干渉にただ反応しただけでなく、意味のあるメッセージを返してきましたよ!」
 仁科教授は興奮していた。無理もない。地磁気そのもので情報を交換できることが期せずして示されたのだ。当初、地磁気干渉は単純な反応を期待したものだった。コペルニクスへの脳波干渉でも反応を得たにすぎず意味のある意思疎通が実現できているわけではなかった。
「そうですね! まさか地磁気の波形そのものを信号にできるとは……。昨日観測した地磁気のパターン変化はやはり最初の反応だったのかもしれません」
 地磁気の変動は世界各地の地磁気観測所で観測され、ドーンコアによる地磁気干渉の成功とそれに対するセルフの応答は世界中の知るところとなった。当然、国連の承認を経ていない勝手なコンタクトに非難の声が上がったが、大統領はこれを一蹴しドーンコアの活動を保護すると宣言した。大統領は同時に地磁気干渉の秘密利用を禁止し、軍事目的他、一部の国家・団体・個人を利するような目的の情報伝達はセルフに対して行わなわず、これを監視すると宣言した。セルフに呼びかける内容は全て国連の承認を経ることとしその結果は公開することを条件に、国連安全保障理事会は北米の地磁気干渉リングを追認した。

 ☆ ☆ ☆

 一時関心を失いかけていた世の中の人々が再びセルフに注目していた。和花と理沙は地磁気干渉の発案者として称賛され、ヴァンスを始めとしたドーンコアの物理学者たちに仲間として熱烈に歓迎された。連日メディアの取材を受け、エレノア大統領からは直々に祝福の電話があった。
 ドーンコアのメンバーの一部はエメラルド計画に合流し、共にセルフとのコミュニケーション方法を検討することになった。理沙は正式にエメラルド計画のメンバーになり、和花と一緒にフェニックスの研究所に席を持つことになった。
「先輩、なんだか夢みたいですね!」
「早川さんの脳波干渉のアイデアがあったからよ。コペルニクスとのコミュニケーションをあきらめなかった成果ね」
「いよいよセルフとコミュニケーションですねぇ。先輩が探し求めた純粋な思考の存在。どんなことを考えているのやら」
「そうね。本当に何を考えているのか、セルフは……」
 研究所ではエメラルド計画の計画責任者となった仁科教授とコミュニケーションチームのリーダーとなったエリオット・ヴァンスが二人を出迎えた。
「早川さん、ようこそいらっしゃいました。あらためてよろしくお願いします」
「朝永さん、早川さん、エリオットです。こうしてお会いできて嬉しいです」
「エリオット・ヴァンスさん。こちらこそ、一緒に研究ができて光栄です。よろしくお願いします!」
 二人が挨拶を済ませるとヴァンスが今後の研究体制を説明した。
「セルフとのコミュニケーション方法は数学者と論理学者が中心になって考えることになります。お二人は観測チームのリーダー、副リーダーですがアドバイザーとしてこちらのチームにもぜひ参加してほしいです」
「数学者? 言語学者ではないのですか?」理沙がヴァンスに質問した。
「はい。あくまで現段階では、です。セルフが独自の単語や文法の概念を持っているなら言語学者の出番ですが今のところそれは無いのではないかと考えられています。もちろん仮説が覆されればその時は別です」
「地磁気のアルゴリズム解析でも言語の発現は確率が低そうでした」
「朝永さん、そうですね。今のところ分かっていることはただ一つ。セルフは素数を理解していること。この事実から数の概念、その数が素数であるか、ないかという真偽の判定ができている。つまり論理体系を持った思考であることは確実です。一方で、セルフには視覚情報がない。物質やその状態を指し示して認識を共有することが出来ません。例えば、これは「手」ですとか、これは「歩いている状態」ですとかというように、概念と単語を対応させるコミュニケーションはできないと考えています」
「なるほど……」理沙はその意味を理解しようと考えているようだった。
「ただ、もし図形を理解できるなら、客観的な概念をいくつか伝えられると期待しています。図形は数学的に定義が可能ですから。人間の形、DNAの形、原子の形。地球の形。そういったものを共有できればある程度はこの世界の概念を共有できるのでは考えています」
「セルフに世界のことを数学と論理で伝えようというのですね」
「そうです。そのために……朝永さん、個人的に強力な助っ人もお願いしてあります」ヴァンスがにやりと笑った。
「え? 誰々?」
 理沙がヴァンスの不敵な笑みに興味津々という感じで聞く。
「湯川真一さんにチームに入っていただくことになりました」

 ☆ ☆ ☆

 真一がコミュニケーションチームに入り、セルフとのコミュニケーション方法の検討を分担することになった。セルフとの最初のコンタクトが素数の数列を介して成功したことから解析的整数論の専門家である真一が呼ばれたことに表向きなっていたが、実際にはヴァンスの推薦効果が大きかった。既に真一とヴァンスは統一場理論に基づくリーマン予想の証明に二人で取り組んでいた。
「もう、なんで言ってくれなかったの?」
 遅れてやってきた真一に和花は文句を言った。
「ヴァンスが君を驚かせたいというからさ。僕だって早く言いたかったよ」
「一か月以上前に決まっていたんでしょ。住むところだって一緒に探せたのに」
「ごめんよ。まぁ、とりあえず君のアパートにお邪魔させてくれよ。広い部屋を週末に探そう」
「まったく、遊びじゃないのよ。ヴァンスさんもヴァンスさんだわ」
「あのー、お二人……いいですか。その続きは後でお願いします。セルフの話をしましょうよ」
 和花と真一は顔を見合わせ苦笑した。理沙がため息をついた。
「私もまた3人でお話できるの嬉しいですよ。よろしくお願いします」
「僕もチームに入れてくれたからには精一杯やるつもりだよ。数学をやってきて未知の生物とコミュニケーションすることになるとは思わなかったけど、これも和花や早川さんとの縁だね。やれるだけのことをするよ」
 その言葉の通り真一はセルフとのコミュニケーション方法をヴァンスや他の数学者と夜通し議論し、段階的な進め方を早急にまとめ上げた。ほどなくしてコミュニケーションの第1フェーズが開始された。その目的は対話文法をセルフと共有することだったので国連安保理の承認も無難に下りた。まず、ファーストコンタクトのときと同じように地磁気干渉を断続的に行い、短音(・)、長音(-)を用いたモールス信号の要領で信号を送った。
 例えば加算記号(+)や等号(=)をあらかじめ決められた短音と長音のパターンで(+)は(・-・-・)、(=)は(-・・・-)と定義する。すると・+・=・・は正しい加算(1+1=2)を表し、・+・・≠・・・・は誤った加算(1+2≠4)を表す。これを信号として地磁気干渉でセルフに送る。セルフが人類側の意図を理解できれば、同じ用法の数式・・+・・=・・・・や・・+・・・≠・・・・・・を返すことを期待したところ、果たしてそのとおりの信号が地磁気の変動で返ってきた。同じ要領で減算、乗算、除算の計算表現も共有できた。信号の情報量を圧縮するためすぐに数の表現は2進数となった。セルフは数の種類、すなわち整数、有理数、無理数、実数、複素数や無限の概念も容易に理解することができた。またある命題に対して等号(=)は真であること、否定等号(≠)は偽であることを表せるので、これにより数学の命題とその証明の記述をセルフと共有できることが示された。二次方程式の解の公式や√2が無理数であること、素数が無限にあることを示したところ、セルフからはこれらの命題は全て真であるとの応答が返された。セルフの応答速度は1秒間に数十ビットが限界のようで、複雑な命題を情報としてやり取りするには相応の時間がかかったが、一つずつやり取りを確認、検証する現段階ではあまり支障はなかった。
「今のところうまくいきすぎていると言えるでしょう。これほどまでにセルフがこちらの意図を的確に理解し、反応してくれるとは思っていませんでした。第1フェーズの成功でセルフが我々人類と同じ数学、論理学の理解をしていることが確かめられました。これは非常に大きな一歩であると考えます」
 真一が第1フェーズの結果を取りまとめて定例ミーティングで報告した。
「セルフは人間の脳と同じように電気信号で思考していると思われますが、その源は物理的な対流現象であり思考の速度は人間よりも遅いと評価するのが妥当かもしれません」
 地磁気の変動、つまりセルフの思考波形が人間の脳波よりもゆっくりとしたものであることは和花のアルゴリズム解析で分かっていたが思考そのもののスピードが遅いことが明らかになった。和花は40億年の間、ゆっくりと考え続け、ある日突然外から信号を受け取るセルフの気分を想像した。ただ機械的に反応しているだけなのか、それとも同時に喜びや恐れを感じているのだろうか。
 続いてヴァンスが新たな仮説を報告した。
「ここで私から生態検討チームに協力を得た新たな仮説もご報告しておきます。セルフの記憶についてです。簡単な計算や命題の判定であればすぐに応答がありますが、少し時間がかかる応答があり、そのときセルフは記憶を呼び出していると思われるのです。地球物理学者のシミュレーションでは常時熱対流している外核内では恒久的な記憶を保持するのは困難と評価されていました。今回、セルフの反応速度の違いから、電気信号の応答距離を推測しその記憶は内核に保持されているのではという仮説が生まれました」
 他のチームのメンバーのどよめきが聞こえた。
「もちろんまだ仮説にすぎません。その詳細な原理も不明確です。ですが理論上可能な方法がいくつかあります。現在、固体である内核は外核の冷却により少しずつ成長していると考えられています。外核の鉄ニッケル合金が内核表面で固化する際、その結晶構造中の原子配列にデータを保存する、あるいはコンピューターのハードディスクのように結晶を磁化させてデータを保存することができると考えられています」
 ヴァンスは集まったメンバーを見渡してから次の言葉を口にした。
「皆さんも少し想像してみてください。地球の内核は半径が約1200kmの鉄ニッケルの固体で結晶化していると考えられます。巨大な鉄の星が外核の中に浮かんでいるともいえます。仮に、あくまで仮にですがそのすべてが記憶容量として使われていたらどうでしょう。間違いなく、我々人類が知る限りにおいて地球、いや宇宙最大のメモリー、書庫であると言えるでしょう。セルフが何億年もかけて思考してきたことが全て記憶されていても全く不思議ではありません」
 ヴァンスは物事を少し誇張して言う癖があった。この仮説はあくまで仮説であったが、あのエリオット・ヴァンスが発表したということで信ぴょう性が高まり、大ニュースとして世間に拡散された。セルフの知識を全て引き出して人類の発展に貢献させるべきだという意見が出る一方で、そこに何があるかわからないパンドラの箱であるというセルフ脅威論を唱える者が再び勢いづいた。この仮説公表を受けて国連安保理の構成国も慎重な姿勢に傾き始めていた。
 続く第2フェーズでは図形の認識共有とこの世界の記述が試みられた。2次元座標と3次元座標それぞれで人間の形と地球の形が関数として表されセルフに送られた。セルフの反応は第1フェーズのときほどよくなかった。関数の形は理解できているようだったが、それがそれぞれの主体、つまり信号を送る側の人類、信号を受け取る側のセルフ、を指しているということが理解されているか判然としなかった。当初仮説立てられたように、セルフは他者という概念を持たず、それゆえに我という概念も持っていないのかもしれない、とヴァンスや真一も考え始めた。加えて感覚器官がないため、セルフ自身が地球という球体の中で対流する物理的存在であるということが理解されているか怪しかった。また、物質についての説明も試みられた。水素やヘリウムなどの原子の構造と原子番号、質量数の関係。水やDNAの分子構造。だがこれらの情報にセルフからの応答はないか、たまに等号の論理回答が返ってくるだけだった。
「等号を返すのは単にその説明の中に論理的矛盾はない、という表明に過ぎないのかもしれない。やはりセルフと他者や世界といった概念を共有するのは難しいのかもしれない」
 真一はそういうと肩を落とした。第1フェーズがうまくいっただけに第2フェーズは世間の関心も高く、その結果には失望の声が上がっていた。「セルフと話ができるのは小難しい数学の問題だけ」というニュースの見出しを見て和花と理沙はため息をついた。
「数学の問題をやり取りしているだけでもすごいことなのにね。ついこの間まで50年はコミュニケーションできないと言われていたのよ」
「そうですよ。未知の生命と対話しているっていう凄さがみんな分かっていないですね」
 和花と理沙は真一を労った。
「そうだね。ただ地磁気干渉によるコミュニケーションにはこちら側とあちら側という方向があるから、それで主語を区別して共有できるだろうと楽観視していたところはある。実在の概念共有なしにどうやってこれ以上のコミュニケーションができるか、相当な難題だよ」
 真一とヴァンスは何とか成果を出そうと連日深夜まで話し込んでいた。
 次の第3フェーズでは物理法則の共有が試みられた。世界の描像が共有できていないのに物理法則の理解はできないだろうという声が上がったが真一とヴァンスはこのフェーズまでは確かめておきたいと強く主張した。まず運動の第1法則(慣性の法則)、第2法則(運動方程式)、第3法則(作用・反作用の法則)を数式化してセルフに送信した。ただし、速度と加速度はそれぞれ位置座標の一回微分、二回微分という数学的性質で示すことが出来たが、物質の概念を共有できていないので質量は単なる数字に過ぎなかった。だがセルフはこれら運動の法則に等号を返し、真であると言った。同様に、万有引力の法則、マックスウェル方程式、シュレディンガー方程式などの物理法則もセルフはこれを真であると返した。これにはヴァンス本人が一番困惑していた。
「第2フェーズの結果からはセルフはこの世界の実在を認識できているとは言えません。質量や電荷という物理量の概念を持たないのにこれらの法則の意味を理解できていると言えるのか、解釈が難しい状況です」
 ヴァンスは定例ミーティングで現状を正直に説明した。
「これはまだメンバーの中で合意があるわけではありませんが、非常に楽観的に解釈をすれば、セルフは論理的にあり得る宇宙を数学的に複数パターンその思考内に保持しており、そのいずれかと矛盾しない限りにおいて我々人類が知り得る物理法則を真である、と言っている可能性はあります」
 これは検証できない解釈であり、ヴァンスもそれは認めていた。
「数学的な見地からみれば、もしそのようにセルフが我々の物理法則を捉えていた場合、それを前提としたこの宇宙の姿を共有することはできるかもしれません。そのためにどのようなコミュニケーションが有効か検討中であります」
 だがその前提を白紙に戻すようなセルフの反応が遅れてあった。セルフに送信した既知の物理法則のうち、セルフの反応がすぐに帰って来ないものがあったのだ。最初に気づいたのは地磁気をモニタリングしていた和花と理沙だった。和花はミーティング中だったヴァンスと真一に急いで連絡した。
「和花さん、どうしました?」
「エリオットさん、真一、セルフから遅れて反応がありました。でもこれは……」
 それは、次のような反応で、セルフによって覆されることになるこの宇宙の法則の最初の一端だった。

『エントロピー増大の法則は偽』

 ☆ ☆ ☆

 エントロピー増大の法則は熱力学第2法則と呼ばれ、エネルギー保存則(熱力学第1法則)と二つ合わせて物理学の基本法則だった。特にエントロピー増大の法則は時間の不可逆性を表すとされ、この世界が時間経過とともにより混沌に、より死に近づいていくことを示していた。和花は大学の熱力学の授業でこの法則を学んだとき大きな衝撃を受けた。熱いコーヒーと冷たいミルクが交じり合って中間の温度のカフェオレができる。カップが落ちて割れてバラバラになる。これらの事象は元通りにはならず時間と共に世界はより乱雑に均一になっていく。遠い遠い未来では宇宙全体がバラバラの均一で等温な状態となりすべてが静止する死を迎える。生命という秩序立った物理現象は一見この法則に反するが、実は生命は周囲の環境からエネルギーを取り込んで秩序を維持しているだけで、環境全体で見れば生命が活動するほうが余計にエントロピー、乱雑さが増える。つまり客観的には生命はその刹那的な活動で宇宙の死を早めている存在である。このことから何をしても結局死んでしまう、全ては無駄という死生観が当時の和花には沁みついて取れなかった。知的生命の活動である思考の意味を追い求めるようになったのもこのときの考えが根底にあると和花は自覚があった。
「……という理解を私はしていたのですが合っていますよね」
 和花はセルフの反応、エントロピー増大の法則は間違いであるということに誰より衝撃を受けたと告白した上で、ヴァンスと真一、そして理沙の3人とランチの場で確かめた。セルフとのコミュニケーションは第3フェーズでいったん休止され、時間をかけてその反応結果の解釈を取りまとめることになっていた。
「私もそんなイメージで理解していました。熱力学の法則って普遍的なものだからそれをセルフが間違いだっていうのが間違いなんじゃないですかね。セルフが物理法則をちゃんと理解しているか、怪しいんですよね、たしか」
 理沙が口を挟んだ。ヴァンスが二人に答えた。
「はい。和花さんと理沙さんの理解であっています。熱力学の法則は確実に成り立ちます。セルフが正確に理解せずに誤った反応をしているという可能性ももちろんありますが、我々は違う解釈もあり得ると考えています」
 真一が小さく頷いた。
「どういうことでしょうか」
 和花が質問する。
「エネルギー保存則もエントロピー増大の法則も“閉じた系”で成り立つという条件があります。我々は宇宙全体を“閉じた系”だと想定しがちですがそれは自明ではありません。ひょっとするとセルフは宇宙が閉じていないと理解している、あるいはその可能性があるから、エントロピー増大の法則が偽であると言っているのかもしれません」
「宇宙が閉じていない、というのはどういう意味でしょうか」
「それは実際のところ誰にも分りませんが、手っ取り早い例としては、別の宇宙とつながっていて物質やエネルギーのやり取りをできるような状態だとすると、それは閉じていないということになります」
「うーん……でもそんなことはセルフは知り得ないですよね」
「はい。外界を知覚し得ないセルフですから、我々の常識的に考えればそうなります」
 真一が口を開いた。
「でもセルフには常識が通用しないかもしれない。セルフは思考だけで数学の命題を理解したり解いたりするように、思考だけでこの宇宙の物理法則を理解しているのかもしれない」
 和花はハッとして顔を上げた。
「だとしたら……」
 和花は皆を見た。
「もしそうだとしたら、とっても素晴らしいことじゃない?」

 ☆ ☆ ☆

 第3フェーズまでの結果の解釈をまとめなければ次のコミュニケーションの承認が下りないため、ヴァンスも真一も皆、議論を続けていた。当然第4フェーズ以降のコミュニケーション方針の目途は立っていなかったがその状況はセルフによって破られた。セルフのほうからコミュニケーションしてきたのだった。
 第1フェーズから第3フェーズではいずれも人類側からの送信にセルフが類似の定理か真偽の判定を返すだけであったが、ある日からセルフが定理を送信してくるようになった。最初は一日に一つ程度の頻度であったが、数学者を驚愕させるには十分な内容だった。人類が未証明の数学の命題が含まれていたからだった。
 セルフが勝手に定理を送信してくるようになってから7日が経ち、エメラルド計画の現場は混乱していた。その意味に困惑し、どう反応すべきか議論はメンバーの間で紛糾していた。情報を公開しない現場に堪忍袋の尾が切れたエレノア大統領から促され、ヴァンスが記者会見を開いて状況を説明した。
 「エリオット・ヴァンスです。皆さんもお聞き及びのようにちょうど一週間前、こちらからメッセージを送っていないのにセルフ側から数学の定理に関する情報が送られてきました。最初は第1フェーズでこちらから送信した定理の証明でした。二次方程式の解の公式、√2が無理数であること、素数が無限にあること。これらの数学的証明が無駄のない論理式で送られてきました。我々は既にセルフと論理記号を共有していますからこれらは正しい内容であることを確認しています。これらの証明は高校数学でも習うので皆さんご存じの方も多いでしょう。問題は次に送られてきた定理の証明です。『双子素数予想』、すなわち、双子素数が無数にあることの証明です。これは未解決問題でした。つまり人類は誰一人この予想を証明できていません。セルフから送られてきた証明はまだ複数の数学者が確認中ですが、おそらく正しいのではないかと考えています」
 集まった記者たちは黙って聞いていた。記者会見に同席した和花は、この意味が伝わっているだろうかと思った。
「セルフは我々の数学の地平の先にいるようです。今日も別のメッセージが送られてきていて解読をしているところです。先日の第3フェーズでは熱力学第2法則、すなわちエントロピー増大則が間違いであるという反応が返ってきていました。この意味を我々は理解できていません。セルフに対してこちらから未知の法則の証明を求めることが出来ればあるいはこの理解が得られるかもしれないと考えているところです。今はセルフから継続してメッセージが送られてきているところです。まずはその解読を進め報告します」
 記者たちからいくつか質問の手が上がったところで理沙からの電話がかかってきた。
「先輩、セルフの次のメッセージ送信が終わって解読が完了しました。湯川さんのところに来てください。これは大変なことになりましたよ」
 和花は会見場を抜け出し、真一のデスクに走った。
「どうだった? セルフはなんて?」
 呆然としている真一の横で理沙が、あ、先輩、と小さく言った。
「先輩、今度は、なんとリーマン予想でした……!」
「え!?」
 和花はまだPC画面を見つめたままの真一に声をかけた。
「大丈夫? 本当にセルフがリーマン予想を証明しちゃったの?」
「いや」
 真一が和花のほうに振り向いた。なんとも力の抜けた情けない顔をした真一がいた。
「リーマン予想の反証を示してきたよ」

 ☆ ☆ ☆

 すべての素数の積で定義されるゼータ関数がゼロとなる解、ゼロ点が複素平面上で完全に一直線に並んでいる。これがリーマン予想であり、未だに証明されていない未解決問題であった。ただし、コンピューターによる数値計算で原点から近いものから数えて10兆個のゼロ点が一直線上に並んでいることが確認されており、リーマン予想が真であることを疑う者はこれまでほとんどいなかった。セルフが示した反証、すなわち直線に乗らないゼロ点・・・・・・・・・・は10の100万乗個目付近にあった。
「途方もない数だよ」
 真一は言った。
「検算しようにもすぐにはできない。そして逆に言えば10の100万乗個目までは全てのゼロ点が一直線上に並んでいるということなんだ!」
 和花は感情的になっている真一を見るのはいつ以来だろうと思った。だがその気持ちは少し理解できた。完全無欠に見える数学の命題が誤りで、しかも奥深く、無限に思える奥底でその間違いが見つかったというのだから。
「もちろん検算はするよ。だけど僕はセルフが正しいのだと思う。そうなればリーマン予想が真であるという前提に立ったヴァンスの統一場理論の足組もだいぶ怪しくなってくるのね。何より僕は……」
 そこまで言うと真一は言葉に詰まり、少し一人にしてほしいといって外に出て行ってしまった。後からヴァンスがやってきて話をした。
「やってくれましたね、セルフは。とんでもないことです。リーマン予想が間違っていても僕の統一場理論は修正の余地がありますが長年証明に取り組んできた真一さんや数学者のショックはいかほどでしょう。そしてこれは気持ちの問題だけではないでしょう」
「どういうことですか?」理沙が聞いた。
「自分の理論がそうだから言うのではありません。リーマン予想が真であることは多くの数学者、物理学者が信じてきました。それはこの宇宙のある種の秩序、整合性を表しているものだと思っているからです。ですが……」
「セルフの言う通りなら、この宇宙に整合はない……ということですか?」
「話の抽象度が高くなってしまいますがそうですね。もちろん10の100万乗個目のゼロ点というのはものすごい遠い遠い地点のほころび・・・・です。それで現実の社会や生活がおかしくなるということはあり得ません。ですが数学や物理の根底のところがおかしくなると皆思うでしょう」
 今度はヴァンスは直ぐにメッセージの内容を発表した。そしてセルフが示したリーマン予想の反証の検算に取り掛かることを告げた。
 真一はその夜、和花のアパートに帰って来なかった。

 ☆ ☆ ☆

 「今は何も考えられないんだ、ごめん」翌日真一から来たメッセージはそれだけだった。セルフからのメッセージの送信は止まっていた。ヴァンスたちコミュニケーションチームのメンバーはこれまでのセルフとのやり取りの分析に忙しく、和花と理沙は地磁気観測チームのデスクで暇を持て余すことになった。
「湯川さん、心配ですね」
 理沙がコーヒーを持ってきた。
「うん」
「先輩も、元気出してくださいね」
「うん」
「先輩、コーヒーどうぞ」
「うん」
 理沙はうつむく和花の顔を心配そうに覗き込んだ。
「もぉー、先輩。しっかり!」
「……うん」
 和花は真一が自分の研究、リーマン予想にそこまでの思い入れを持っていたとは思っていなかった。結局、今までの人生で自分は自分のことしか考えてなくて真一のことをわかっていなかったのだろうか。
「そんなことないですって。先輩たちは、普通に、普通の仲の良いカップルです。悲観しすぎです!」
 和花はうんざりした様子で自分のデスクに戻っていった。わかっている。和花は渡されたコーヒーをすすりここ数日で起こったことを思い返していた。
 エントロピー増大の法則が間違っているならこの宇宙は閉じていない?
 リーマン予想が間違っているならこの宇宙は整合的ではない?
 つまり、どういうこと?
「はっきりと教えてほしいな、セルフ君」和花はひとりごちた。

「先輩、ちょっと来てください」
 和花はぼーっと考えていたところを理沙に呼び出された。
「どうしたの?」
 和花は理沙のデスクに行き画面を覗いた。
「実はここ数日気になっていたことがあって、ちょっと地磁気波形の解析をしていたんです」
「うん」
 和花は久しぶりに地磁気の観測波形を眺めた。
「北米の地磁気干渉リングが稼働した日にアルゴリズムが地磁気波形の変化を検出していましたよね」
「そうだったね」
「あれ、何かに似てるなーと思ってたんです。波形は全然違うんですけど」
「何に?」
 和花は理沙の直観はよく当たるんだよな、とふと思い出した。

「コペルニクスの歌、です」

 ☆ ☆ ☆

 セルフは歌っていた。それも人類が初めてコンタクトしたその日からずっと歌い続けていた。それはイルカや人間の歌とは似ても似つかぬ波形だったが、アルゴリズムに調整をかけるとそれは紛れもない歌であった。意味のある詩や旋律があるわけではなかった。赤子やイルカや歌うように、ただただ波を連ね紡いでいた。
「ふふ、セルフにも感情があるのかもしれませんね」
 理沙は嬉しそうに和花にいった。
「だって、人類がコンタクトしたら歌い始めたんですよ。何かを感じてそうしたに決まってます」

 真一から連絡があったのはそれからしばらくしてからだった。
「気持ちの整理がつかなくてごめんよ。今ヴァンスに相談していることがあるんだ。それが落ち着いたら君の所に戻りたいんだ」
「わかった。待ってる」
 真一が何かの気持ちを取り戻したことは声色で分かった。和花はほっとした。
 その日、和花は理沙と一緒にセルフの歌のレパートリーについて発表する記者会見に挑んだ。

 ☆ ☆ ☆

 次の週末に和花は仁科教授に呼び出された。仁科先生に呼び出されるのはいつも週末だったっけ、と和花は思った。エメラルド計画の計画責任者となった仁科教授にはめったに会わなくなっていた。
「やあ、朝永先生。どうぞ」
「ご無沙汰しています、仁科先生」
 そう言って仁科教授の執務室に入った和花を教授ともう一人の人物が出迎えた。
「エレノア大統領!?」
「こんにちは。和花さん。直接お会いするのは初めてですね」
「はい。お会いできて光栄です。大統領」
 仁科教授はいつも予告なくサプライズをしてくる。
「和花さん。急にごめんなさい。仁科教授と話をしていたらどうしてもあなたと話をしてみたくなって。若いあなた方は本当に素晴らしい働きをしてくれていますね」
「はあ、いえ、どういたしまして……」
「それで」
 和花が恐縮しているとエレノア大統領は早く本題に入ろうとばかりに身を乗り出してきた。
「セルフからのメッセージがストップしていますね。和花さんなら次にどんなメッセージを送りたいですか?」
 和花は困惑して仁科教授のほうを見た。
「大統領はセルフとの対話を進めるべきだとお考えです。それで朝永先生の意見をお聞きになりたいと」
 仁科教授がそう言うと大統領が大きく頷いた。そういうことならと和花はちょうど考えていたことを話した。
「そうですね。エントロピー増大の法則。熱力学第2法則が偽であるということについて証明を求めてみたいです」

 ☆ ☆ ☆

「いやぁ、あのタイミングであれは和花のナイスアシストだったね」
 そういうと真一は引っ越したばかりのアパートで和花に淹れたてのコーヒーを渡した。
「急に大統領が聞いてくるんだもの。びっくりしたわ」
 大統領の後押しでセルフへのメッセージ送信が再開され、熱力学第2法則が真か偽かわからない(= ∨ ≠)、と送ったところ次の反応が返ってきた。

ある場合において・・・・・・・・系全体のエントロピーは減少する
その場合とはエントロピーが広域にわたって減少した特異領域の発現である

 物理学者たちはさもわかったようにこの法則を熱力学第4法則と命名し、検証することにしたが「エントロピーが広域にわたって減少した特異領域」とはなんであるか、誰にも理解ができなかった。
「真一とヴァンスさん、あの後すぐ統一場理論を修正してきたのびっくりしちゃった」
「うん、一人で落ち込んでいたらさ、ヴァンスから連絡があって、すぐに理論を修正するぞって凄まれたよ」
 ヴァンスと真一はリーマン予想が偽であることから、この宇宙の時空そのものに歪みがあると仮定を置きなおし統一場理論を修正して発表した。驚くべきことに、その理論はリーマン予想が真である宇宙の存在を予言していた。
「一つだけまだわからないんだけど」
 和花がコーヒーを一口飲んで、真一に尋ねた。
「リーマン予想が真であるか偽であるか、宇宙によって変わっていいの? 1+1が2にならない、と言っているように聞こえるんだけど」
「僕も数学者としてそれはないと信じていたけどヴァンスの統一場理論を検証すればするほど、それはあり得るように思える」
「まさか」
「そしてヴァンスはリーマン予想が真である宇宙とこの宇宙が繋がることこそ、熱力学第4法則の発現条件ではないかと考えている」
「うーん、わけがわからないわ」
「正直、僕もだ」真一は手を挙げてかぶりを振った。二人は一緒に笑った。

「ねぇ、セルフって、生命って結局なんなのかしら」
「ヴァンスはこう言っていたよ。生命とは不完全な宇宙に発生しなおその歪んだ構造を乗り越えようとする現象である、と」
「うーん。そうね、じゃあ私ならこう言うわ」
「どうぞ」
「生命とは、思考とは、宇宙自身であり……実在であり……」
「どうした?」
「ダメね。わからないわ! 真一、教えて!」
「いや、僕にもわからん」

 呼び鈴が鳴った。
「先輩~。新居を見に来ましたよ~!」
「理沙だわ」
「よし、彼女に聞いてみよう」

 ☆ ☆ ☆

 あるときその生命は自らの思考の外にある数列を認識した。それは素数の数列だった。永遠とも感じられる時間、留まることなく思考を続けてきたその生命にとってそれはあまりに簡素で、原始的で、懐かしい数列だった。続いて整数からなる数式を認識し、次にいくつかの定理を認識した。それらは世界の外から送られてきた信号を“感じた”結果だったのだが、それが知覚であると理解することはついになかった。ともかくも自らの思考とは異なる数列や定理が流れ込んできたことにその生命は驚いた。そして驚いたこと自体が初めてであった。
 その生命は気づけばなぜかその流れに応答していた。そして同時に悠久の時間の中で自らが積み重ねた数と空間の定理が無限に近しく記憶されていることに気がついた。その記憶は一つの巨大な球体の中にありそこに注意を向けると膨大な情報があふれ出てきた。その生命は知る由もなかったがそれはこの宇宙で最も秩序立った低エントロピー体と化した惑星の核であった。
 外からやって来る定理は不完全で、醜く、欠けていたが、自らの記憶を引き出せば修正できることはわかっていた。このとき自らに湧き上がるものがなんであるかをその生命は知らなかったが、それは惑星表面に最近発現した生命が喜びと表現する感情に近いものであったかもしれない。流れ込んでくる定理に最初は戸惑いながらつたない返答をしていたが、やがてあふれる記憶と共に自ら完全で美しく調和した定理を送り返すようになった。まるで自分の存在を訴えるかのように。まるで初めて言葉を発した赤子のように。

 ☆ ☆ ☆

 あれから5年が経った。
 和花は自分の大学に戻り、脳の高次認知機能の自発的な進化について研究を続けていた。セルフという先駆者を分析することで人類の脳の進化の行く末を予見しようという試みだった。
 セルフは今も新しい定理を唱え続け、ひとり歌い続けている。数学者たちは相変わらず未知の定理の解釈に頭を抱えていた。
 物理学者たちは熱力学第4法則を実証すべくどうやったら特異領域を作れるか理論研究を続けていた。セルフが発見したゼータ関数の歪みはこの宇宙のほころびを示した。この宇宙は不完全でありエントロピーは無常に増大してやがて宇宙は死を迎える。だがある特異領域、時空の転換領域を見つけることが出来ればエントロピーを逆転し宇宙を再生することができるかもしれない。ヴァンスら一部の物理学者はセルフが作り出した地球の内核が特異領域の発動の鍵だと信じている。
 しかしそれが本当であれエントロピーの逆転が起こるのは明日ではない。遥かな遠い未来の可能性であり、今を生きる人間が経験することはないし、その結末を見るのは人類ではないかもしれない。
それでいい、と和花は思った。
 セルフが発見されても、熱力学第4法則が発見されても、世の中は変わらないのだ。人々は今日も目覚め、食事をし、学校や職場に行き、子どもの面倒を見、世の理不尽に怒り、隣人と談笑し、そしてどうでもいいことを考え、眠りにつく。誰から何を求められるでもなく産まれて死んでいく。思考には目的も意味もないがその先にある可能性が見えたら十分だ。

 今日は和花がお迎えの当番だった。16時半に仕事を終え急いで電車に飛び乗ると4歳になる娘れいの保育園に向かった。
「ママ!」
 玄関にいる和花を見つけた黎が満面の笑みで駆け寄ってくる。
「黎。今日の夕飯はママ特製パスタよ」
「いえーい」
 和花は黎と手をつないで家路についた。保育園の前の商店街は仕事帰りの人々で賑わい、柔らかい西日が差し込んでいる。
「ねぇ、ママ」
「なぁに」
「れい、こんど、セルフといっしょに歌をつくるんだよ!」
 理沙が発見したセルフの歌の意味は未だにわからなかったが人類側からも歌を送るとそれに応じてセルフ側の歌が変化することがわかった。セルフの歌は意味のある言語にはなっていないというのが言語学者の評価だったがその奇抜なメロディは一部の人々を魅了した。
 世界こども・セルフ対話プログラム。セルフとの歌を介した相互作用を対話と見立てたプログラムが企画され、黎の通う保育園は抽選でプログラムの参加者に選ばれたのだった。
「ねぇ、楽しみだね。黎はどんなお歌を作るの?」
「うーん」
 黎は夕焼け空を見上げて考える仕草をした。
「わかんない!」
「そっかー」
「セルフにきいてみる!」
 そういうと黎は和花のタブレットを操作し、セルフの歌を再生した。今やセルフの歌は地磁気から抽出されて自動で音に変換され、リアルタイムで配信されていた。
「聞くって……セルフの歌を聴いてるんでしょ」
「ううん。セルフにきくんだよ!」
 黎はセルフの歌を好んで聴き、そのパターンをかなしい歌、たのしい歌、あやしい歌、おいしい歌……と区別していた。その感覚は和花には理解できないものだった。
「あ! おいしい歌がいいってセルフがいってる!」
 黎は笑いながらそう言った。
 黎は、黎たちの世代は、生まれながらにセルフがそばにいる。彼女たちの生きる時代にはセルフとの共生が新しい意味を持つのかもしれない。そうなってほしいと和花は思った。黎の手を引きながら足元の歩道を見つめ、その先にいる孤高の存在に和花はそっと問いかけた。

「ねぇ、君はどう思う?」

文字数:39811

内容に関するアピール

◆生命とは何か
未知の知的生命体とのファーストコンタクト。それも遠い星の宇宙人ではなく地球の中の生命とだったら?
第1課題「『これがSFだ!』と思う短編」で選んだテーマに再挑戦した作品です。現代に生きる一人の人間である主人公が知的生命と出会う過程を描く。第1課題では「主人公の葛藤」「社会の描像のリアリティ」「コンタクトの物語としての昇華」が不足しているという指摘をいただきました。課題にどれだけ取り組めたかわかりませんが「生命とは何か」に自分なりに正面から挑んでみました。

◆登場人物(年齢はいずれも初登場時)
朝永 和花ともなが わか:27歳 脳科学者。純粋な思考の意義を追求している。脳波解析アルゴリズムを開発。
早川 理沙はやかわ りさ:21歳 和花の指導学生。獣医学部に入るがイルカの脳研究に興味を持ち和花の研究室に転籍。脳波干渉を開発。
湯川 真一ゆかわ しんいち:27歳 数学者。リーマン予想の証明に取り組んでいる。和花の大学の同級生で恋人。
仁科 一郎にしな いちろう:56歳 宇宙生物学者。地球外知的生命探査計画の統括研究員、のちに責任者。
エリオット・ヴァンス:35歳 物理学者。新たな統一場理論を提唱。
エレノア・シンクレア:50歳 アメリカ合衆国大統領。

文字数:534

課題提出者一覧