梗 概
こちらは天照銀河艦隊
ある日、こと座のベガが突然消えてしまう。同じころ岩手県の北上山地で2億5千万年前の地層から宇宙船のような巨大な物体が3つ見つかる。
下関市の高校2年生、川野光が同級生の源円とその話をしていると同じクラスに遠山遥香が転校してくる。
一か月後、別のニュースが世間を騒がせる。三種の神器、八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉がそれぞれの奉斎場所から消えた。三種の神器は誰も見たことがないはずなのにと光と円が話していると遥香がきて三種の神器は確かに存在し、盗まれたのだと告げる。その夜、北上山地の宇宙船が2つ姿を消した。
三日後、ベガがあった方向の夜空の半分から星が消え大騒ぎになる。
遥香が光と円を呼んで真相を話す。遥香は善なる種族、アマテラスが女子高生に憑依した姿であった。3つの宇宙船は2億5千万年前に大敗走し、たまたま地球に墜落したアマテラスの艦隊の旗艦とその僚艦であり、船を起動する鍵が人々に祀られて三種の神器となったという。三種の神器を盗んだのは悪の種族、ツクヨミだった。2億5千万年はちょうど太陽系が銀河系を一周する周期で、太陽系は再びアマテラスとツクヨミの交戦領域、暗黒時空に入ったのだった。
三種の神器を盗まれたのになぜ宇宙船は二つしか奪われなかったのかと円が聞くと、遥香ではなく光が答えた。盗まれた熱田神社の草薙剣は形代で壇ノ浦の戦いで海に沈んだほうが本物だから。光の家は平家の末裔としてこれを密かに引き上げ守ってきたのだった。
遙香は草薙剣の継承者である光に発見が遅れたことを詫び、ツクヨミから剣を守ってほしいと頼む。地球にアマテラスの艦隊が向かっており草薙剣を時空泡という超空間技術で保護しているが地球の自転によりそれが遮断されてしまうという。
一方、円の家は源氏の末裔として政府を動かし光の家を秘密裏に加護してきた。円はそのことを告白し協力を申し出る。光と円は自分たちの因縁を知る。
源氏の要請で緊急手配された複座型のF15戦闘機が北九州空港に着陸する。光が草薙剣と共に搭乗し朝焼けの空を飛び立つF15イーグル。
全天が闇に包まれツクヨミの侵攻が始まろうとしていた。ツクヨミに憑依された戦闘機が光を攻撃するが航空自衛隊・アメリカ空軍・人民解放空軍が連携して退ける。F15イーグルは地球の自転に逆らって西へ飛び続けアマテラスの時空泡で剣は守られる。
ついにアマテラスの艦隊が地球に到着する。光は円、遥香と共に北上山地に残されたアマテラスの旗艦を起動させ時空泡通信の回線を開く。
「こちらは天照銀河艦隊、旗艦アマテラス」
地球のように2億5千万年前にアマテラスの艦隊が逃げ込んだ銀河の星々に呼びかける。
「これよりツクヨミに反攻を開始する。各星、応答されたし」
文字数:1200
内容に関するアピール
本作で「最も使い古されたアイデア」は、
・古代の宇宙船
・謎の転校生
・三種の神器
・平家物語
・宇宙戦争
です。
「草薙剣を載せて朝焼けの空を飛ぶ戦闘機」が脳裏に浮かんだ新奇な情景でした。なぜそんなことが起こり得るのか?を考えて、人類が太陽系の銀河公転により宇宙規模の戦いに巻き込まれ、主人公3人(設定上人間は2人)が奮闘する話を考えました。私は宇宙規模の話が好きですが、それを(人間である主人公の)日常の生活と結びつける方法がいつも悩ましく、今回は神話を現代に持ち出し力業で理由づけるということをしてみました。物語の鍵となる草薙剣は宇宙種族アマテラスに遠隔で保護されますが地球の自転が障害となります。それを解決するために西に向かって単機飛ぶ戦闘機の孤高と、宇宙の代理戦争としての戦闘機同士のドッグファイトが実作での見せ場になります。
文字数:361
こちらは天照銀河艦隊
銀河系内のある領域でアマテラスの主力艦隊がツクヨミの輸送艦隊を攻撃目標に捉えていた。その距離は人類の尺度に換算してまだ約10光年も離れていた。
「索敵完了」
アマテラス艦隊の旗艦で参謀が司令官に報告する。艦に搭載された時空計算機は10光年先のツクヨミ艦隊の現在位置座標を予測していた。だが敵も同じことをしているだろう。判断が一瞬遅れれば勝利が霧散してしまう。
「攻撃」
司令官が命令する。戦艦群が一斉に時空泡攻撃を放つ。10光年先の敵艦隊の予想座標の空間が爆縮する。
「敵艦隊、80%消滅と予測」
ツクヨミ艦隊の残存勢力はすぐに反撃してくるはずだ。アマテラス艦隊の戦艦群はただちに第二次攻撃の準備に入っていた。そのとき時空計算機が警報を発した。
「赤色巨星の背後に敵主力艦隊の存在確率99%」
それは見失っていたツクヨミの主力艦隊だった。敵は巧妙に姿を隠し、輸送艦隊をおとりにして機会をうかがっていたのだ。今にも赤色巨星の後ろから姿を現し攻撃してくるだろう。防御壁を展開したアマテラス艦隊の護衛艦群が急速回頭し赤色巨星と旗艦の間の空間に入り質量の盾になろうとする。
空間を瞬時に伝わる時空泡攻撃を防ぐ方法は攻撃される前に攻撃するか、時空泡壁で自分を守ることだった。しかし時空泡壁の維持時間は限定されるため防御側が常に不利であった。アマテラス艦隊の旗艦も時空泡壁を張りながら全速力で撤退を始めるが既に後方で護衛艦群が時空泡攻撃を受け陣形が乱れ始めていた。
「近くの恒星の背後に隠れて陣形を立て直しましょう」
参謀が進言する。艦隊のすぐそばにその恒星系があった。巨大な質量、例えば恒星の背後に隠れると時空泡攻撃そのものが届かなくなるため星を盾にするのは時空泡攻撃の常套の防御手段となっていた。
後方の護衛艦群が散り散りになった次の瞬間、防御壁が切れた近くの僚艦が不運にも時空泡攻撃の直撃を受けて消滅する。時空泡攻撃は何光年も離れた敵の現在位置を予測しながら行われる。ジグザグに回避行動を取りながら敗走する旗艦だが直撃を受けるのは時間の問題だった。司令官が命令した。
「恒星の背後まで行くのは間に合わない。恒星軌道に入ると見せかけて艦を岩石惑星に不時着させろ」
2隻の僚艦とともにアマテラス艦隊の旗艦がその恒星系の第三惑星に突入していった。
後にパンゲアと呼ばれる大陸の海岸で一頭のリストロサウルスが真っ暗な夜空に流れる3つの流星を見上げた。流星は大海に激突し3つの巨大な水柱をあげた。リストロサウルスは一瞬何事かと思ったが、一日中えさを探していたその小さな脳はすぐにそのことを忘れた。
☆ ☆ ☆
「まどか、おはよう! ねぇ、昨日のニュースみた?」
月曜日、川野ひかりは先に登校していた源まどかに尋ねた。
「うん。星が消えちゃった」
「え? 違うよ、岩手県で宇宙船みたいなものが見つかったって話!」
「……宇宙船って何?」
「これだよ!」
ひかりはスマートフォンを取り出しニュース記事の見出しを見せる。
“宇宙船? 未明の地割れ、北上山地の地層から3つの巨大物体発見 東北通信社”
「私調べたんだけど、この地層っていうのは2億5千万年前のものなんだって! 見つかった物体は長さ5000メートルの円筒形の謎の成分でできている! 地層にがっつり埋まっているんだけどまったく傷がついていないの! 絶対宇宙人の船だよ!」
「うーん、そんなことってあるのかな。それだけ古い地層、埋まっているものは曲がったりつぶされたりしているよねきっと」
まどかが訝しんで記事を読む。
「きっと宇宙人の船だから強いんだよ。この宇宙船、どこかに入り口があってスイッチを入れると今にも宇宙にワープするんじゃないかな! ……えっと、それで星が消えたって何?」
はっとして聞いてきたひかりに、今度はまどかが記事を見せる。それはトップニュースではなく隅のほう目立たずに載っていた。
“星が消失? ベガ周辺で不可解な現象 国立天文台”
「こと座のベガの周りの星が消えちゃったんだよ。今もじわじわ消えているんだって」
「ええ、どういうこと?」
「ベガはね、地球から25光年離れた“近い”星なんだけど、その後ろにあるもっと遠い星たちが見えなくなっちゃっているの」
「おお……なんで?」
「わからない。一番あり得るのは星間ガスが後ろにある星の光を遮ることだけどそれだけ広範囲に星間ガスが広がるには光速を超えるスピードが必要で否定されたみたい」
「へぇー天文博士のまどかでもわからないの!」
「そう。とっても不思議」
ひかりとまどかは幼馴染みで同じ地元、下関市の県立高校に進学した高校2年生である。ひかりはショートカットのバスケ部、まどかはロングヘアの天文部と見た目も性格も対照的な二人だったが、ひかりは宇宙飛行士、まどかは天文学者を目指しているという宇宙つながりの共通点もあった。「シリウスに連れて行ってあげる」幼いひかりがまどかに約束した言葉だった。
ホームルームの時間になり見知らぬ生徒が先生と一緒に入ってきた。グレーヘアに透き通るような青い瞳。その非日常的な雰囲気にひかりは彼女から目が離せなくなった。
(海外の人……なのかな)
先生が転校生を紹介した。
「みなさん、ごきげんよう。遠野遥香と申します。今日からこちらのクラスに入ることになりました。どうぞよろしくお願いします」
そういうと遥香は深々とお辞儀をした。都会のお嬢様オーラ全開にクラス全員があっけにとられた。先生に促されて遥香がひかりとまどかの近くに座った。
「こんにちは」
そういうと遥香はじっとひかりの顔を見つめた。
「こ、こんにちは」
ひかりは気まずくなり思わずまどかのほうを見る。いつも冷静なまどかも目が泳いでいた。
「ひかりさん、遥香です。お友達になってくれるとうれしいです」
「お、う、うん!」
ひかりは引きつった笑顔で応えた。
その日の体育の授業はバスケットボールだった。試合の合間にひかりとまどかはこそこそと話していた。
「あの子、朝、ひかりを指名してたね。知り合い?」
「いや、全然知らない子。つか、あの見た目で日本人なの?」
「今週は謎の宇宙船に星の消失、謎の転校生が現る。ひかりに何かが起こる予感」
「いや、やめてよ、普通に怖いって」
そのとき歓声が上がった。遥香が相手チームの5人を軽く抜き去りレイアップシュートを決めたのだ。
「あの子、上手いね。ひかり、バスケ部に勧誘する?」
「そうね。でも、まず勝負してからかしら」
そういうとひかりは遥香チームとの試合に闘志を燃やし始めた。
☆ ☆ ☆
先刻から向きが変わった潮流に船が流されている。敵の矢が刺さったままの船上で平知盛は周囲を見渡した。味方の水軍はまだ戦っていたが壊滅寸前であった。源氏の兵が迫ってきている。
「勝敗は決まった……」
知盛は静かに呟いた。都落ちの果てに壇ノ浦まで逃れたがもはやこれまでである。安徳天皇とともにお守りしてきた三種の神器を断じて源氏に渡すわけにはいかない。知盛は意を決し、後方の船に飛び乗った。
「もはやこれまでぞ」
幼い安徳天皇を抱いた二位尼が知盛を見てだまってうなずく。不安そうに見つめる安徳天皇を二位尼は優しく抱き寄せた。
「いずこへ行くや」
あどけない安徳天皇が尋ねる。
「極楽浄土へ参りましょう。波の下にございます」
そういうと二位尼は草薙剣を腰に差し、八咫鏡、八尺瓊勾玉を抱えると安徳天皇とともに海に身を投げた。知盛ら武将もこれに続いた。
ほどなくして静けさを取り戻した波間に八咫鏡と八尺瓊勾玉が浮かんでいるのを源氏の兵が発見した。しかし草薙剣はついに見つけられなかった。もしもそのとき源氏の兵が壇ノ浦の海底をのぞき込んでいたら淡く緑色に発光する草薙剣が砂に埋もれていくのが見られただろう。
☆ ☆ ☆
一か月が経った。ひかりとまどかは遥香と打ち解け、3人で話すようになった。遥香は初対面よりもしゃべり方がこなれてきたが相変わらず敬語であった。ひかりは遥香をバスケ部に誘ったが、遥香は結局剣道部に入った。
「まどか、遥香、おはよう! ねぇ、昨日のニュースみた?」
月曜日、ひかりは先に登校していたまどかと遥香に声をかけた。
「みた」「みました!」
“三種の神器盗まれる? 白昼堂々 監視カメラに人影 時事報道”
このニュースは既にネットでもいろいろな噂がされておりクラス全員が知っていた。三種の神器が奉斎されているそれぞれの場所から忽然と姿を消したのだった。しかもそれぞればらばらの場所、八咫鏡の伊勢神宮、草薙剣の熱田神宮、八尺瓊勾玉の皇居「剣璽の間」で、同時刻に壁が円形に切り取られて何者かに持ち出されたというのだ。
「ありえないでしょ。監視カメラには怪しい人影が映っていたっていうけど、警備は? 穴をあけたら普通バレるでしょう」
「うん、そうだよね。怪しいニュース。それに三種の神器って誰も実物を見たことがないって聞いたけど、盗まれたってわかるのかな」
ひかりとまどかがネットを検索しながらニュースの信ぴょう性を疑い始めたところに遥香が口を挟んだ。
「まどかさん、三種の神器は実在しています。それが今回盗まれてしまったんです」
その言葉はまるで当事者のような切実さを感じさせた。まどかが聞き返す。
「えっと、遥香、どうしてわかるの?」
「三種の神器は神話の伝承という人もおりますが、天皇家が代々守ってきた実物が現代まで存在するのです」
「本当かな。何千年も前から?」
遥香はいい加減なことをいうタイプではなかったのでまどかは余計に怪しんだ。ひかりは黙って遥香を見つめていた。
☆ ☆ ☆
その夜、北上山地の地層に埋まっていた3つの巨大物体のうち、二つがまばゆい光と轟音と共に空に飛び去った。朝には大きく空いた二つのクレーターと、もう一つの巨大物体が残されていた。その地層は2億5千万年前、元々深海の堆積地層であったものが海洋プレート運動で日本列島に集積した付加体と呼ばれる地層であった。まどかが訝しんだように地層はすさまじい圧力で圧縮されていたが、巨大物体はまったく歪みもせずに今日までそこにあった。
☆ ☆ ☆
“北上山地、深夜の爆発 残る一つの宇宙船調査は中断 東北通信社”
“星の消失が続く 国際天文学連合、国連に緊急声明 国立天文台”
“三種の神器 いまだ行方不明 宮内庁発表 時事報道”
どんなニュースも1か月もすれば大抵は忘れられたが、毎日夜空が暗くなっていく摩訶不思議な現象に次第に人々は不安になっていった。こと座のベガの周囲はどんどん暗くなっていき、もともと明るい星だけが見える異常な光景が広がっていた。天文学者が照らし合わせたところ、地球から概ね1000光年以上離れている星や星雲が見えなくなってきているようだった。その領域は夜空の半分を覆うほどになっていた。
夏の大三角からははくちょう座のデネブが見えなくなり、天の川が消えた空にベガとアルタイルが寂しそうに輝いていた。帰り道、その話をしていたひかりとまどかは遥香に電話で呼び出された。自宅マンションで待っていた遥香は、今日は親はいないといって二人を招き入れた。
「すみません、ひかりさん、まどかさん、確信を得るのが遅くなりましたがようやくお伝え出来ます」
「え、突然、なに?」
「まず今、夜空が暗くなっている現象から説明します。あれは“我々が”神隠領域と呼んでいる空間で、現在そこに太陽系が突入しているため段々と奥にある星が見えなくなってきています」
「はぁ?」ひかりは思わず叫んでしまった。まどかは目を丸くして遥香を見つめている。
「神隠領域は直径が約1000光年の空間で、外部からは透明、内部からは外の光が観測できないという特殊な領域です。“ツクヨミ”という敵性勢力が意図的に展開しています」
「はぁ……」ひかりはまどかを見る。まどかは真面目に話を聞いているようだった。
「それで……」まどかが遥香に質問した。
「我々というのは? あなたは誰なの、遥香」
「我々は“アマテラス”。私は遠野遥香の精神を間借りしているアマテラスの個体です」
「そう……太陽系がそこに突入している、というのは?」
「銀河の公転です。まどかさんはご存じの通り、太陽系は銀河を2億5千万年かけて一周する公転軌道にあります。神隠領域は銀河公転に対して静止していますから、銀河を一周した太陽系が再びこの領域に入った、ということです」
「2億5千万年!それって岩手県の!?」
「そうです、ひかりさん。あれは2億5千万年前に神隠領域に入った地球に不時着した我々の宇宙船です」
「おおお、やっぱり?」ひかりは俄然乗り気になってくる。
「それで……」まどかがひかりを制して重ねて聞いた。
「ツクヨミというのは?」
「銀河系の中心領域で生まれた種族です。我々よりも先に進化し、神隠領域という特殊な物理法則が支配する空間を展開できます。その中でツクヨミは通過していく恒星のエネルギーを奪って糧としています。我々アマテラスはかつてツクヨミに母星の恒星を食われてしまい、以来、銀河を放浪しながら彼らと戦っているというわけです」
「神隠領域の特殊な物理法則とは?」
「時空泡です。離れた空間を直接操作する超空間の作用が展開できます」遥香は時空泡の原理を説明した。
山のほうで積乱雲が発達し、下関市は雨になった。ベランダを打ち付ける雨音が聞こえていた。
「それでこの部屋も時空泡に」
「さすがまどかさん。はい、先ほどから時空泡でこの部屋を防御してツクヨミの盗聴を防いでいます」
「え、なに?どういうこと?」ひかりがびっくりして尋ねる。
「ひかり、さっきこの部屋に入るとき、とても違和感があった。ほらスマートフォンが圏外になっている。だから私、遥香の言うことが本当かもしれないと思ったの」
「……だからあれこれ冷静に聞けたってわけ? ジクウホウデボウギョしてる、って遥香が何かをしているわけ?」
「いいえ、アマテラスの艦隊がもうすぐ地球に到着します。現在地球から500天文単位ほどで、冥王星軌道の10倍ちょっとの距離です。我々の護衛艦の時空泡をこの部屋に展開しています」
「おお」
ひかりは状況を整理しようとした。まどかは冷静だな、と思ったひかりであった。夜空が暗くなったのはツクヨミというやつが悪さをしているからで、遥香=アマテラスはそれと戦っている。岩手県の宇宙船はアマテラスの宇宙船で、彼らは今地球に向かっている。だけどツクヨミに盗聴されないようにしている……」
「ツクヨミも地球にいるってこと!?」
「はい。三種の神器を盗んだのは彼らに憑依された人間です。彼らの艦隊もまた地球に向かっています」
「な、なにー」
「なぜツクヨミは三種の神器を盗んだの?」まどかがそれが人類の義務であるとばかりに遥香に質問をする。
「我々アマテラスの宇宙船を起動する鍵だからです。もともとは宇宙船内にあったのですが古代の人間の手に渡り、それが三種の神器として祀られてきました。艦長の資格を持つものが鍵を使うと宇宙船が起動するのですが今回ツクヨミは2艦の僚艦の艦長に擬態してこれを奪われました」
雨が強くなってきた。ひかりはドキドキしていた。話の核心が自分に迫ってきていたからだ。
「どうして……」まどかが遥香に聞いた。
「どうして3つの神器が盗まれたのに、宇宙船は二つしか奪われなかったの?」
「熱田神宮の草薙剣は形代だったから」
ひかりが答えていた。
「え?」
まどかが驚いてひかりを見る。ひかりは遥香を見ていた。
「うちの家の人しか知らないと思ってた。遥香は、アマテラスはそれを知っていたのね」
「そうです。ひかりさん。平家の末裔であるあなたの家に伝わる草薙剣、あれこそが我々の旗艦アマテラスを起動する本物の鍵であると突き止め、私はこの地にやってまいりました」
壇ノ浦に沈んだ草薙剣は形代、所謂レプリカであったとされていたが実はそれこそが本物であって、引き上げた平家の末裔が下関で密かにこれを守ってきたのだった。ひかりは壇ノ浦の戦いから数えて第31代の草薙剣継承者であった。
「ひかり、そうだったの」まどかが声をかけた。
「うん、ごめんね、なんか重い話で。そういうことなんだけど」
そういうことなのだが……まさか自分の家に伝わる草薙剣がアマテラスの宇宙船を起動する鍵だったとは。そんなことってある? ひかりは大混乱していた。
「草薙剣とひかりさんを見つけるのが遅くなってしまいました。申し訳ありません」
「どうして遥香が謝るの?」
「草薙剣を奪われれば我々の旗艦を奪われることになり、2億5千万年越しの反攻作戦が難しくなります。そのときは、太陽は食われてしまうでしょう」
「……」
「悪い知らせと良い知らせがあります」
「良い知らせで!」ひかりが遥香を指さしていった。
「ひかりさんのご実家に安置されている草薙剣ですが、既にわが艦隊が時空泡で防御しています」
「おお。さすが。じゃあさくっと回収して北上山地にもっていく?」
「悪い知らせは」まどかが訪ねる。
「ツクヨミにも本物の草薙剣の存在がばれました」
「げ。でもさ、ジクウホウ、で守ってくれているんでしょ?」
「地球の自転によりわが艦隊はあと8時間ほどで地球の裏側になってしまいます。そのときわが艦隊の時空泡は遮断されてしまいます」
「……そんな」
「そうしたら熱田神宮と同じようにツクヨミは強引に草薙剣を奪取しに来るでしょう」
「どうすればいい?」
「ひかりさん、草薙剣を守ってください」
「だ、だから、ど、どうやって?」
「わがアマテラス艦隊との間に地球が入らないように自転に逆らってほしいのです!」
「む、無理でしょ!」
遥香が初めて焦っているのをひかりも感じたが無茶ぶりが過ぎた。遥香は祈るような眼でひかりを見ていた。
「私、パパに頼んでみる」
まどかが口を開いた。
「な、なにを…?」
「飛行機、を借りられるかも」
「え、まどかのお父さん、何者だっけ?」
まどかは遥香を見た。遥香も知らないようだった。
「ごめんね、ひかり。私も言ってなかったけど、私の家、源氏の末裔で、お父さん、多分防衛省に顔が利くの」
「えー、そんなことって、あるの?」
「ごめん、ちょっと、電話するね」
そのあと、まどかは話をした。まどかの家は源氏の末裔で、一族は政府要人となり鎌倉時代から現代まで政府を裏で動かしてきた。ここ下関では平家の末裔がいることを源氏は知っており、草薙剣と共に加護の対象にしてきたというのだった。
「でも、それがひかりのうちだって、知らなかったの。本当よ」
「ほんとなのか」
「大人になったら言うつもりだったって……パパ言ってた」
「ほんとかぁ」
「ひかり、怒ってる?」
「なんで? 平家と源氏、ここに手を組むってことだよね。しかもそれが私とまどかってすごいじゃない」
「お二人の家の因縁は存じ上げませんが、なんだか運命ですわね」遥香が二人に声をかける。
「遥香はさぁ、下関に引っ越すならもうちょっと歴史を学ばなきゃね」
☆ ☆ ☆
全天が神隠領域に包まれ、夜空はより暗くなった。それはかつてパンゲア大陸でリストロサウルスが仰ぎ見た夜空だった。そのときツクヨミ艦隊を名乗る太陽系外の電波源から地球に通信が入った。遥香がひかりとまどかに説明したツクヨミとアマテラスの因縁を伝え、草薙剣を渡せば太陽系は見逃すが、協力しなければ艦隊到着と共に地球と太陽を蹂躙すると脅迫をかけてきたのだった。
だが、既に源氏は日本政府を通じて世界各国に通達しており、ツクヨミの脅迫には耳を貸さずにアマテラスに協力するように要請をしていた。
源氏の要請で緊急手配された航空自衛隊の複座型F15DJが北九州空港に着陸した。武装を外し増槽をフル装備してできる限り飛ぶ計画だった。ひかりが草薙剣を持って後部座席に乗り込む。アマテラスによる時空泡がF15DJ全体を包み込む。
「何もひかりが飛ばなくても……」まどかが不安そうに声をかける。
「いえ……ひかりさんは草薙剣の後継者なのでわが旗艦の起動に必要です。時空泡で守ったほうが安全です」遥香が説明する。
「でも……危険じゃない」
「まどか、私は大丈夫よ。それに宇宙飛行士になるんだもの、戦闘機ぐらい乗れなきゃね」無線でそういうとひかりは手を振った。
草薙剣を載せて朝焼けの空を飛び立つF15DJイーグル。護衛にF35が3機追従した。
地球の自転に逆らってアマテラス艦隊の方向を向き続けるためには、西に時速約1400kmで飛び続ける必要があった。イーグルとひかりは飛び続けた。自転速度と同じ速度を保つため東の空から朝焼けがずっとついてきた。すぐに中国の領空が迫ってきた。接近する中国軍機から通信が入る。
「こちら中国人民解放軍空軍。航空自衛隊機、応答されたし」
「こちら航空自衛隊特務機Sword 01だ。貴国の領空にて本機の航行を許可されたし」
「了解、Sword 01。これより貴機の護衛を引き継ぐ」
中国空軍の殲35が5機飛来し、イーグルの護衛位置についた。航空自衛隊のF35が散開して帰投する。
「すごいですね。中国空軍と連携している……!」
ひかりはパイロットに声をかけた。
「地球の危機ですからね。しかし日本政府の呼びかけでこうも世界が結託するとは自分も驚きです」
源氏の力は世界にも及んでいるのかしら。ひかりはそんなことを想像した。
「あの、燃料はどれくらい持つんですか?」
「この速度では5000km持ちません。空中給油を要請しています」
空中給油を受けながら飛び続けるイーグル。いつしか中国領空を超え、護衛はNATO空軍が引き継いでいた。
「ひかりさん、体調は大丈夫ですか。自分もこんな長距離を飛び続けるのは初めてです」
「大丈夫です。ふふふ、戦闘機による地球1周世界記録更新中ですね」
ひかりは草薙剣が収められた漆の箱にそっと手を添えた。もう少しの辛抱よ。イーグルは大西洋を越え、北米上空を飛び越えた。
「ひかりさん」
パイロットに声を掛けられひかりは目を覚ました。
「は、はい」
「お休みのところすみませんね。もうすぐ日本に戻りますよ」
「え、それって」
「はい、きっちり24時間、地球一周です」
事前に遥香に確認したところでは24時間稼げばアマテラス艦隊が地球軌道に到着するとのことだった。
「Sword 01!聞こえるか!」
護衛に当たっていたアメリカ空軍のF22ラプターからの通信だった。
「国籍不明機が接近している!迎撃するので貴機は飛び続けろ」
「了解!」
「ミサイルアラート!9時の方向!」
アメリカ軍機が交戦状態に入った。
「ちょっとどういうこと?攻撃されるんですか」
「そうです!回避起動をしますのでしっかり気を保ってください!」
ツクヨミに憑依された戦闘機による攻撃だった。F22ラプターと乱戦状態に陥っていた。
「今のうちにできるだけ離れます!」パイロットが叫ぶ。
「Sword 01、応答しろ」
航空自衛隊の空中給油機からの通信だった。
「貴機は敵機の攻撃を受けている。給油している余裕はない。そのまま羽田空港まで飛べ」
「了解!」
「お願い、遥香。まだなの?」ひかりはアマテラス艦隊の到着を祈った。
房総半島から東京湾に入るイーグル。
「ひかりさん!」パイロットがひかりに声をかける。
「なんですか!」ひかりが叫び返す。
「羽田まで燃料が持ちません。ベイルアウトしますので衝撃に備えてください」
「ちょっと、本気??」
「大丈夫です、海上に降りてもらいますが海上保安庁の救助艇が現場に向かってくれています」
おお、神様。神様はアマテラス……てことは遥香なのか……?そんなことが頭によぎったひかりは気づくとパラシュートで落下していた。
☆ ☆ ☆
船が近づいてくる音がする。海面への落下の衝撃で海水を飲んでしまったひかりは気を失いそうだった。誰かの手が伸びる。
「ひかり!大丈夫?」
まどかだった。
「がんばったね。ここで死んじゃあだめだよ」
そういうと源氏の末裔は草薙剣とともにその継承者を海面から引き上げた。
☆ ☆ ☆
ついにアマテラスの艦隊が地球軌道に到着し、ひかりと草薙剣の時空泡防御を維持した。ひかりはまどか、遥香とともに北上山地に残されたアマテラスの旗艦に乗り込み、これを起動させる。
2億5千万年ぶりに宇宙に飛び立つアマテラスの旗艦。周囲の空間は神隠領域に包まれ、数える程度の星が見えるのみだった。
「見て……まどか」
「うん、あれは間違いない。シリウスだ」
遥香が二人に声をかけた。
「ひかりさん、まどかさん、本当にありがとうございました。間一髪ですが、わが艦隊の合流のほうが敵艦隊よりも早かったです。お二人のおかげです」
「ううん、遥香が知らせてくれたおかげだよ。それに私はもう宇宙に来ちゃった!」
事前に示し合わせたとおりに時空泡通信を開くひかり。
「こちらは天照銀河艦隊、旗艦アマテラス」
地球のように2億5千万年前にアマテラスの艦隊が逃げ込んだ周囲の星々に呼びかける。
「これよりツクヨミ艦隊に反攻を開始する。各艦、時空泡攻撃、用意。各星の艦隊は、応答されたし」
文字数:10263