地球に紡ぐ歌

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梗 概

地球に紡ぐ歌

 22世紀初頭、前世紀の有人火星探査競争に敗れた中国は威信をかけて宇宙エレベーターを建設した。あるとき宇宙エレベーターからの月旅行が富裕層向けに企画されアイドル歌手の天野紬あまのつむぎは超富豪のファンからチケットをプレゼントされる。

 スマトラ島沖に建造された宇宙エレベーターを見上げる紬。青い空に一筋のケーブルがどこまでも伸びている。紬は月旅行に無関心だったが周囲の期待を裏切れずしぶしぶ月面ライブまで引き受けてしまった。紬を乗せたエレベーターが静止軌道ステーションまでゆっくり上昇していく。
 その約140年前、ケネディ宇宙センターで月に向かう最後のサターンVのF1エンジンが火を噴く。爆発的な推力が史上最大のロケットを重力から解き放ち、地球周回軌道に12分で到達させた。

 静止軌道ステーションで月往復シャトルが待機していた。紬以外の乗客は政府要人か富豪だった。その中にアフリカ統一連邦AUFの外交大臣アディサ・マトゥンバもいた。AUFは国力誇示のため大臣を派遣していたが近隣諸国への軍事侵攻で批判を浴びていた。ステーションを離れるシャトルから地球を眺める紬。「地球って本当に青いのね」
 「うん、何度見ても地球は美しい。月に行くとさらにそう思うよ」アポロ17号船長のユージン・サーナンは同行するシュミットに声をかけた。第三弾ロケットエンジンS-IVBが再点火し宇宙船を月へと送り出した。
  
 3日間の往路で紬は紳士的なマトゥンバと親しくなる。乗客たちがくつろぐ中、紬はたびたび無線をライブモードにしてファンサービスにいそしんだ。月軌道に入り怖くなる紬。「本当にここに降りるの?」
 「うまくやってみせるさ」サーナンは手動操縦で巧みに岩塊を避け月着陸船チャレンジャーを着陸させた。

 月着陸機は自動操縦で着陸した。乗客たちは月面歩行を楽しむがマトゥンバが挙動不審になる。彼はAUFの軍事侵攻とその犠牲者に責任と絶望を感じ、ここで自死すると言う。彼の家族も戦争の犠牲になっていた。紬は彼の深刻な状況に戸惑う。そのとき二人は空に浮かぶ地球を見る。月から望む地球は大きく、群青色の海、純白の雲、赤茶けた砂漠が見えた。「宇宙も月も怖い。でも地球は綺麗だね……」それはアポロ宇宙飛行士が感じた畏敬の念と同じであった。紬はいまからでも停戦交渉するようマトゥンバを説得する。自分の行動に驚く紬。二人の会話は紬の無線を通じて全世界が聞いていた。
 月面で地球を眺めるサーナン。アポロ計画は平和を謳っていたがベトナム戦争は凄惨を極めその欺瞞を感じぬサーナンではなかった。それでも去り際に希望を込めてメッセージを地球に送る。人類が必ず再び平和とともに月に戻ると。

 地球を背景に初の月面ライブを行う紬。曲名は「君に紡ぐ歌」。ありふれたバラード曲だが世界の人々には平和の賛歌に聞こえた。紬の歌声が祈りとなって戦地に届く。

 

文字数:1200

内容に関するアピール

最初に想起したのは月面で一人地球を眺める少女です。

宇宙エレベーターがある未来では月旅行は高価だが快適になると思います。一方、そのとき(あるいは既に)人々は宇宙に関心を失っている気がします。

本作では、技術は進歩したが宇宙への関心が失われた未来と、熱狂と希望が人間を月まで送った宇宙開発黎明期とをシーンを切り替えることで対比させ、その一方で変わらないであろう月旅行の体験価値を書きます。

登場人物紹介
天野紬あまのつむぎ:19歳のアイドル歌手。仕事に疲れ歌への情熱を失いかけている。
劉志遠リュウジーユエン:ベテラン宇宙飛行士。月旅行をアテンドする。
アディサ・マトゥンバ:アフリカ統一連邦の外交大臣。平和主義者だがその理想が軍事侵攻の一翼を担ってしまう。
ユージン・サーナン:アポロ17号船長。アポロ計画で最後に月面を歩いた男。
ハリソン・シュミット:アポロ17号クルー。科学者として初めて月面に立つ。

文字数:400

課題提出者一覧