梗 概
マーケット・ウォーズ:株主ガールズの反撃
その日、日経平均株価が1円になってしまった。
事の発端は10年前に現れたAIファンドだった。AIが売買を行うファンドは既にあり誰もがまた失敗すると思った。しかし「那由多」と名付けられたそのファンドは、あらゆる情報をリアルタイムでモニタリングし、最も合理的な最適株価を推定することが原理的に可能であった。
最初のうちは間違った株価のせいで那由多が負けることもあったが、徐々に勝ち始め、那由多の推定価格で取引をするのが最も勝率が高いということが統計的にも明らかになっていった。
その結果、那由多は勝てなくなった。市場全体が那由多を模倣することで、那由多の推定株価と現実の株価が常に一致するようになったからだ。それでも那由多は推定をやめなかった。
3年前に個別銘柄の売買が原則禁止され投資家はインデックスファンドを売買することしかできなくなった。市場は静まり返り、熱狂は過去のものになった。
主人公の優子は父親から相続したオメガシステムズの株5%を売らずに持ち続けていた。とっくに廃止されてしまったが、IT企業のくせに優待でおもちゃがもらえたのが子どものころ嬉しく何となく愛着があった。
異変が起きたのは1年前。全ての銘柄の株価が静かに下がり始めた。那由多は世界の終焉を予想しているとささやかれた。
ふ・ざ・け・る・な。優子は思った。狂った世の中を正す必要がある。
友達のハッカー、真白がオメガシステムズが那由多を秘密裏に開発していることを突き止めた。悪の企業に違いない。友達の武闘派、楓を加えた3人組は本社ビルに潜入する。
真白が電子錠を開け、楓が警備員を締め上げ、株主の優子が突き進む。
最深部に「那由多」がいた。
那由多は全てをお見通しだった。那由多は株価を下げた理由を説明した。那由多の計算により完全な計画経済を実現できるという。だから市場は必要ない。貨幣すら必要ない。だから株価はゼロになるしかない。
完全な計画経済?ばかばかしい。個々の人間の自由意志は誰にも決められないんだ。
那由多は真白の攻撃を無効化し、楓のパンチを無視し、反論する。自由意志は完全にわかる。全ての人間の行動をモニタリングしており、彼らの現在の思考は全てわかっている。
こいつは意思を持った危険な機械だ。人間は不合理でないといけない。優子は確信して叫ぶ。
「じゃあ私が今何を考えているかわかるか!」
逃げる優子。真白と楓が追っ手を妨害する。優子は議決権3%以上を有する株主として株主総会の招集を請求する。
那由多は会社法には逆らえない。総会屋を呼ぶ那由多。
「私は那由多の運用無期限停止を議案提出する!その是非は世界中の株主が判断するでしょう!」
楓が総会屋を倒す。
真白がもう一つ議案があることに気づく。優子がそっと答える。
「あと、おもちゃ優待の復活を提案する」
次の日、日経平均株価は再び上昇を始めた。
文字数:1182
内容に関するアピール
私の「物書きとしての自分の武器」は
「現実の世界の出来事・法則の驚き・楽しさを掘り下げ・拡張することでセンス・オブ・ワンダーを表現すること」です。
現実からかけ離れたファンタジーも楽しいし魅力的に感じますが、この現実世界が日常生活で感じられる以上にワンダーなんだ、ということをSFで表現できるとよいと思っています。
半面、自分自身でリアリティを求めてしまうので、作品が嘘っぽく見えて萎えるという問題があり、そこを乗り越える技量があれば…と悩んでおります。
今回は宇宙ではなく金融をテーマに、AIが完全な情報を持てば計画経済が可能になるという描写を試みました。
文字数:275