あなたに婚姻の自由はありません
「ここはどこだ……?」
目覚めると俺は、真っ白な空間に一人で横たわっていた。
「目覚めましたね。冷宮俊樹(れいみやとしき)くん」
白衣を着た金髪の女性が、俺を上から見下ろしている。
「あの、えっと……」
「ふふ。どうやら混乱しているようですね。私は紫禁院愛華(しきんいんあいか)です」
紫禁院愛華——俺にそう名乗った女性は、俺に柔らかく微笑む。
黒縁の眼鏡から覗く、優しげな大きな瞳。
知的な雰囲気がありながらも、白衣の上からもわかる立派な双丘に、つい俺の目は吸い寄せられてしまう。
「冷宮俊樹……。年齢は20歳。眠る前は大学生。若いっていいですね。出身は東京。中肉中背。健康に問題なし。これでしばらく人類は時間を稼げます」
「人類? 時間?」
わけがわからない。
ここはどこだ? この人は誰だ?
俺は手術前の患者なような、薄い紙でできた服を着ている。
たしか記憶では……。うっ……! 頭がガンガンして、何も思い出せない。
「はい。冷宮さんが100年間コールドスリープしている間、人類は生存の危機に瀕していした」
100年? コールドスリープ?
いや、本当に何も記憶にない。
「見てみるのが早いですね。あの窓を見てください」
俺は立ち上がって、紫禁院さんの指差した窓へ近づく。
窓の外は——一面が廃墟だった。
ビルは崩れ、電柱は折れている。
そこら中が瓦礫の山だ。鉄だのコンクリだのいろんな物が転がっていた。
まるで戦争の後みたいな……
「な、なんだよ。これ……?」
「これが今の東京です。すべては——男性が生まれなくなったせいです」
「男性が生まれなくなった……?」
「原因不明のウィルス——我々は暫定的に<反生出ウィルス>と呼んでいますが、このウィルスに感染すると、男性が生まれなくなるのです」
紫禁院さんの予想外する話に、俺は反応できなくなる。
反出生ウィルス——そんなの聞いたことがない。
ていうかそのウィルスと、東京が廃墟になったことに何の関係が……?
「男性が生まれなくなったせいで、世界では男性の人口がどんどん減少し、一方で女性の人口がどんどん増加しました。その結果——最終的に人類の男女比は1:10000000000になひました」
紫禁院さんは少し顔を伏せた後、
「そして、貴重な男性を巡って世界戦争が起こりました。そして、各国は自国の男性を管理するようになったのです」
「管理って……?」
「ええ。わたくしは冷宮さん担当の管理官です。これからよろしくお願いします」
ニコッと紫禁院さんは笑うと、俺に名刺を渡してくる。
名刺には——「男性管理官、紫禁院愛華」と書いてあった。
「冷宮さんの生活は、日本政府が保障します。ただし、冷宮さんはあまりにも希少な存在であるため、以前とは<人権状況>が異なります」
「人権状況が、異なる……?」
すごく嫌な予感がしてしまう。
「ここまで男女比が過剰に開くと、男女で人権の内容を変えるのが、人類生存のために合理的なのです。いくつか上げますと、冷宮さんは、移動の自由なし、居住の自由なし、さらに重要なのは——婚姻の自由がありません」
婚姻の自由。
好きな異性と自由に結婚する自由。
そんなこと人として当たり前のはずだが——
「冷宮さんのお相手は、政府が決めます」
文字数:1334
内容に関するアピール
男女比が「過剰」に開いた世界を作りました。
もし男性が女性より極端に少なくなれば、どんな世界になるかを書きました。
男女比に極端に差ができれば、おそらく社会のあり方は様々なレベルで変化せざる得ないと考えます。
文字数:105