梗 概
継ぎ接ぎの女
かつて貧しい小国だったその国は、富国のために医療大国として地位の確立を目指した。
国外から優秀な人材を招き、最新の設備を整え、瞬く間に世界有数の医療技術を獲得した。特にバイオ臓器の作製とその移植手術においては、他の追随を許さなかった。その裏には政府黙認による人権を無視した人体実験まで行われていた。
歪に急成長したその国は内部に様々な問題を孕む。医療関係者がこの世の春を謳歌する一方で、貧民たちはスラムに住み、危険な人体実験の対価で糊口を凌いでいる。
新聞記者の私は裁判所の傍聴席にいた。今日は医療関係者ばかりを狙った犯罪グループの裁判が行われる。彼らは病院を襲ったが、なぜか警察の待ち伏せにあい、逮捕されていた。リーダー格の女を含む何人かが死んだと聞く。
右腕に包帯を巻いた男が証言台に立つ。彼こそ、病院襲撃の情報を警察に売った裏切り者だった。男は、グループに加わることになった経緯、ある女との出会いから語り始める。
元は政府の役人だったという彼は、政府主催の医師との懇親会で、ある女と出会う。所謂高級娼婦だが、その女が他と違ったのは、肩、腕、腰、足、全身に移植手術を施していたことだ。全て別人それも多様な人種によって構成された彼女の体はモザイク画のようで、彼はそれを美しいと思った。
彼は女のことが忘れられず、スラムに赴いた。そこは貧民の中でも移植手術の人体実験を受けた者たちが集う場所だった。彼はそこで悪漢に襲われる彼女を助け、親しくなる。彼は、彼女への好意を自覚すると同時に、彼女が犯罪組織の一員であることを知る。彼女の愛を得るために、彼はそれまでの生活を捨て、自らも犯罪に手を染めていった。
彼の話に興味を持った私は更に詳しく取材するために彼に面会を申し込んでいた。面会室の分厚いガラス越しの彼に、私は違和感を覚える。彼は、彼女との間に何があったのか、詳しく語り始めた。
彼の手引きにより、暴利を貪る医療関係者を襲撃していく。彼らは貧民たちの英雄として祭り上げられる。
しかし、それも長くは続かなかった。
彼らを匿う貧民たちへの制裁として、政府はスラムへの薬の供給を止めたのだ。それは移植手術による拒絶反応を抑える薬で、定期的に摂らなければ命に関わる。一転して犯罪者としてスラムを追われることになる。
彼にとって苦しい状況はそれだけではなかった。女の愛までが、組織の別の男へと移ってしまっていたのだ。女の愛と貧民の支持を再び得るため、彼は拒絶反応抑制剤を保有する病院の襲撃を提案する。
同時に彼はその情報を警察に売った。彼の狙いは初めから組織を捨てて彼女と逃げることだった。だが女は応じなかった。怒りに駆られた彼は女を殺した。
刑務所から出ていく彼を私は見送る。私は抱いていた疑問、あなたは本当にあの彼なのか、と問う。彼は答えず、謎めいた微笑みを残し去っていく。その右腕はやけに細かった。
文字数:1200
内容に関するアピール
「シーンを切り替える」という課題をいただき、ふわっと湧いたイメージが、裁判所で証言を聞く主人公という図式でした。
大きく切り替えるシーンとしては、主人公による一人称の場面と、証言による伝聞系の場面があります。これは頻繁に切り替えても混乱するので、主人公が完全な主体となるのは梗概の通り大きく三回になるかと思います。証言の中身でもシーンの切り替えが発生しますが、そこでは証言という状況や伝聞という体裁を生かしていきたいです。そうして物語が進行する中で、主人公が証言の裏に隠された謎に迫っていく、ということができれば、と。
実作にあたっては、女や男の心情を深掘りしなければいけないと感じています。また、ラストは女が男の体を移植されていたというつもりなのですが、この辺りの心情的、技術的納得感も補強していきたいです。
文字数:356