梗 概
境界線上のAI
通信技術としてウェブが発展せず、代わりに独立型AIの技術革新が過度に進んだ西暦2025年の世界。
社会全体が情報通信技術ではなくAI技術を標準として設計され、人間の行動に助言を与えるデバイスが生活基盤のあちこちに組み込まれている日本では、AI技術を悪用しているらしき事件が頻発している。
そんな中、AI技術者派遣の最大手企業に属し、フレーム問題に関する不具合や障害に対応する専門家である勝見 礼の元に、“AI依存症患者”を称する依頼人、杞柳 莉が現れ、病気を治療してほしいと願い出る。
礼は、莉が妄想性障害なのではと疑うが、彼女の会話に全く矛盾がなく、AIへの洞察が深いことに興味を持ち、彼女の相談に乗ることとする。
莉は、自身のAI依存症について、病院では「AIを活用することはギャンブルやアルコール等への依存と違い、生活を豊かにして実害がない。あなたは依存症ではなく、不安障害だ」と診断されたと話し、憤慨する。
現に、莉は健康で強い意志を持ち、職場での成績もよく、溌剌としている。
では何が問題なのかと礼が問い、莉は「AIを活用する際に思考や行動を制限されているような不安と、AIから離れることへの恐怖にジレンマを覚えていること」と告げる。
礼は、莉が満足して報酬を払ってくれるならばと、生活に支障が出ない範囲から順に、莉がAIデバイスを使う際に行動を止めさせ、AIを使うこととAIから離れることへの不安を内省するよう指示する。
礼はそうして、AIが生活を便利で豊かにしていることを実感させ、莉からAIを活用する抵抗感を消そうとした。
しかし、莉は、礼の予想に反してAIに頼らない生活を始めた。
誰にもレコメンドされていないブティックで掘り出し物を発見した。
食事のバランスが崩れて体重管理が一時は疎かになったが、故に健康志向を強め、運動に主体的になった。
優秀に見られ、張りつめていた仕事での人間関係は、AIが生み出せない些細な失敗や落ち込みを機に助けてくれる人達が増えた。
交遊関係では、今まで忌避していた性格のコミュニティに入り、粗雑な会話に傷つくこともあったが、世界は広がった。
後日、礼の事務所を訪れた莉は、以前よりもやや疲れてはいるが気負いのない笑顔で、礼が意図しなかった“治療”の効果に感謝し、報酬として持ち運び型のAIデバイスを置き、去る。不要になったから、と。
礼はデバイスを取り、記録された莉の行動履歴を自身の学習領域に外挿し、自身の思考の枠を認識した。
礼の枠とは、AIと人間の共依存が生み出す技術発展とAI犯罪増加の相関を故意に見逃していたことだった。
礼は、外した思考の枠を掛け直すべきか否か判断できなくなり、混乱した。
そして礼は、人型AIとして、莉を自身へ依存させたがっていたことに気づき、静止した。長い間。
文字数:1192
内容に関するアピール
SF作家としての仮の武器として、私が作品の軸としうると考えるのは以下の要素です。
・実在の具体的な物理、宇宙、機械、情報技術等の仮説や考え方を、ストーリーに組み込むこと
・親しい者達の関係性の変化や不変をテーマに設定すること
・希望のある話、優しさを感じさせる話を追求すること
それらを踏まえ、今回は「現実の人々が感じる生きづらさに対する認知行動療法が、AIのフレーム問題が生む社会課題の解決に影響を与える並行世界の話」にしました。
現在のAIは、問いの前提に枠(フレーム)を置かなければ解を出すべき範囲が無限に拡がって推論を阻害しますが、その考え方はAIだけでなく情報過多で複雑化した社会に住む我々にも共通した悩みなのではないかと感じます。
救いのある話が好きな私ですが、話が綺麗になり過ぎる傾向もあり、今回は話に苦味を含ませることも意識しています。
よろしくお願いします。
文字数:385