メガネが本体です

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メガネが本体です

 新未来創研株式会社。デバイスやら何やらの発明からコンサルまで広く手がける企業である。その発明は発電所の設備や生活家電といった生活必需品からから、考えた奴はヤバい薬でもキメてんのかというようなトンチキなものまで。あなたの生活を見渡せば、必ず一つはその製品が含まれるという企業である。
 
 その企画会議にてある案が上がった。すでにリリースしているARメガネの機能でストレスセンサーがついており、ユーザーが何にストレスを感じているかの統計をとっているが、ある広告、特に美容整形と一部の性的コンテンツについて少なくないユーザーが顕著にストレスを感じていることがわかった。

 そこで今度リリースするARメガネの新機能で、ストレスセンサーが脳に強いストレスを検知した場合、その対象にフィルターを入れるようにするという案が上がる。例えば圧迫的な不快な広告などを目にしたら自動で非表示にするというものである。
 その効果は大きく、ARメガネの売れ行きとともにユーザーのストレス指数が大きく改善した。しかし一部の広告主から強い反発を招いた。コンテンツ業界のメーカーである。彼らの言い分では広告の排除が不当であるという。

 調べてみると広告フィルターのメカニズムは機械学習的に一定数のユーザーが不快に思った広告を非表示対象とみなすため、本来広告が訴求する層に届く前にシャットアウトされる事例が見つかった。そこでコンテンツ業界の担当者を交えてある提案をした。ハロウィン限定で、あるARイベントを企画しており、特定の場所でだけARメガネのアプリを使用している人同士でのみ各々指定したアバターで表示するという内容である。そのアバターのストアでの販売権を優先的に付与するという形で合意した。

 するとこの企画は広い世代に性別問わず好評を博した。見た目の変更がカジュアルに、かつ好きなように変更できるのが強い支持を集めた理由だった。期間限定にしていたものが常設企画になり、いつしかアバターを通してのコミュニケーションがマナーとなった。

 しかし別の問題が生まれた。アバターの需要に対して供給が追いつかず、一部の人気デザイナーに需要が集中するようになった。街を見渡せば、今度はアバターの広告で溢れている。需要はより加熱しアバターの製作費用が高騰するようになってしまい結局アバタービジネスはかつての美容整形の市場を上回ってしまった。また、過激なデザインの横行やAIによる剽窃的な学習など新たなトラブルが噴出するようになる。ストレス指数も以前の数値を上回ったことが裏付けとなり早急な対策を求める声が方々から出始めた。

 ついに新未来創研はある決断を下した。緊急措置としてまずトラブルの多い製作者のアバターを一斉に非表示にしたのだ。流石に人が全く見えないのは問題なのでうっすらと輪郭が見える程度の措置にはしたが、まるでメガネが浮いて見える状態になる。実質、メガネが本体である。

 あくまで緊急の対応のはずが、ストレス指数は大きく下がった。ユーザーからのフィードバックでも、オプションで人間自体を非表示にできるほうが気楽という声も上がった。しばらく経つとまるで水を打ったかのようにアバター市場の暴騰が引いて行き、いつしか今度は人体が非表示になっている方がマナーである、という空気が醸成されユーザーのストレス指数は過去最低を記録した。

 これでようやく概ね解決したかに見えた。しかしメンタルヘルス業界からうつ病の統計が増え始めたのである。ストレス値だけ見ていたので盲点だった。患者の声として「かつては自分をどうやってよく見せるかに腐心していたが、今はそもそもどうやって自分を見せれば良いのかが分からない」と。確かにARメガネを通している限り、街を見渡せば見たくないものは全て排除されメガネしか浮いていない。平和にはなったがかつてないほど孤独感が醸成されきっているともいえる。だがここでまたフィルターを外すと元の木阿弥だし、と悩んでいると、ある女子社員がポツリといった。
「文通でもすればいいのでは?」と。

 試しに、と新未来創研は匿名の文通SNSサービスを始めた。ユーザーはPNと運営によって割り当てられた仮想の住所を介して文通をするというサービスである。運営に送られてきた手紙を手作業で定期的にまとめて各ユーザーに送るというシンプルだが割と地味に手間がかかるサービスだったが、女性を中心にヒットした。

 それからしばらくすると、今度は文具の広告がよく目立つようになる。ボールペンとかシャープペンの広告に混じってシーリングワックス、そして高級なガラスペンや万年筆の復刻版の広告が出始めた。やがて未成年の高級万年筆の購入をめぐってトラブルの事例が上がり始める。対策会議にて「今度はどうするか?」という議題に対して開発担当者は諦めたように
「もう白旗でも上げてろよ」と。

文字数:2000

内容に関するアピール

 過剰な「広告」とあと「ストレス」という内容の話です。ブラジルではついったを規制したらストレス指数が大幅に改善したという情報と、渋谷駅での過剰な美容広告へのクレームを見てぱっと思いついた話です。

 SNSは見る見ないはユーザーの自己責任にできなくもないですが、広告はそうはいかないからどうしたものかと考えて。オチ的に、多分モールス信号やっても広告がある限り結局トラブるという感じの。

 新未来創研、当初はB2Bの知る人ぞ知る会社というイメージでしたけど、気がついたらB2Cもやってる割とポピュラーなイメージになりつつある感。名前の元ネタは未来工業で、社員の幸福度が日本一高いという記事が記憶に残ってました。(当時ブラック企業で疲弊していたので余計気になった)

 あと、文通は個人的にやってたりします。ついったでQOLを下げるくらいなら、こっちの方がよっぽど有意義だなと思いつつ。

文字数:386

課題提出者一覧