太陽の内なる目覚め

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梗 概

太陽の内なる目覚め

 太陽系一周レースの最終コーナー。水星軌道の内側。クレアは耐熱限界ギリギリを6日間維持している。トップになるチャンスを諦めない。こんな危険なリスクは誰も取らない。2位でもいいじゃないかと言うチーム監督を説き伏せ、公転が無くスイングバイが得られもしない太陽を攻める。1位でないとオタンは振り向いてくれないだろうと焦燥する。
 
 今や独自のコミュニティを創始して集団生活することは一般的になっている。クレアはそんな一つで生まれた。オタンは村を始めた長である。クローンである村人すべてのオリジナル。母であり太陽。みな彼女の光を受けて輝く。だがオタンは古くからのメンバー「月の輪」達とばかり交流し、彼女らとだけ「睦み」を行う。クレア達を加えない。幼いころ頭を撫でられた瞬間。胸が熱くなり全身に光が満ちた。代えられぬ経験。自分の内にも光があることに気付いた。それからクレアは「月の輪」より特別であると証明してオタンに選ばれたかった。だが、複製である自分は太陽になれない。目を背け、村から距離を取った。レースに挑んでいるのは内なる光を証明したいのかもしれない。その時、宇宙船は突発的なフレアの爆発に巻き込まれた。

 白い部屋で目覚める。ソレイユという女性が介抱してくれる。ここは太陽の中であると言う。建物の外に出してくれと言うが、まだ早いと諭される。やがて、彼女たちは地球のことを知りたがっていると分かる。
 
 ある日、外へ連れ出される。そこは灼熱の世界。自分の姿を保っていられない。クレアは輝く光のプラズマになる。混乱するクレアにソレイユが重なる。彼女たちは恒星内生命。これが本来である。
 プラズマを肉体として維持しているのは精神そのものだ。長い歳月の試行錯誤が遺伝子を生み出したように、太陽内で発生する電位の試行錯誤がプラズマなどの物理事象に干渉して自己を保持し続ける電位構造を生んだという。
 その能力を使えば、焼けつくされるクレアの脳の電位を保持して同等の能力を授けるのは造作もなかったそうだ。
 彼女は太陽自体であるかのように心に入ってくる。体を構成するプラズマの交換。あの日のオタンのようでさえある。太陽同士の交合を理解し、満ち足りた時間を過ごす。

 交合を重ね、オタンへの思慕を話す。ソレイユは自信が恒星内生命が作ったクレアの複製であることを打ち明ける。問題は複製であることではないことを理解した。
 今ならわかるオタンは孤独なのだ。自分はそれを埋めることが出来るという考えに取りつかれ、地球に帰る選択をする。

 再生された宇宙船で地球に帰還する。奇跡の生還として歓待される。迎えの仲間と村に帰る。祝いの宴でオタンは「お前はもう戻らぬものと思っていた」と語りかける。そのまま「月の輪」達と「睦み」が始まる。
 退出を促されたクレアはオタンに胸中の光を伝えようと、恒星内生命として発現。プラズマを室内に満たすのだった。

文字数:1200

内容に関するアピール

自己完成について想い、哲学的な問いを頭を巡らせる内省的な青春を送った事を強味(仮の武器)と置きました。
自己についての「問い」「確立」は、なんやかんやで一生ついて回ります。

読者も歳を取っても未来に悩み、過去を懐かしみ、今の自分について考えるでしょう。
照らす者の孤独。それに憧れる者の疎外感。みな色々想いのあるものです。
創作をする者にとっては「オリジナリティ」も問われ、
誰かの「模倣」でしかないのではと悩むと思います。
(いまいま実際、書いてて悩んでいます)
そんな時、全てが自らに与えられた鏡の様にも感じます。

今回はさらに、幻想的SFと太陽への思慕を組み合わせ作品としました。
強味を活かした内省的な作品と評価されると嬉しいです。

自分も、これを書いていて自らの内なる光について考えました。

文字数:340

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太陽の内なる目覚め

   1

 灼熱の赤いフレアが大蛇のように乱舞し機体をかすめる。その中を縫って飛ぶ。耐熱シールドはいまや限界ギリギリ。フロント・スクリーンに映るそれに呑まれれば、一瞬にして蒸発する。コンピュータに処理され目視できるのは有難い。だが同時に死と恐怖の象徴である。
 太陽系一周レース。水星軌道より内側を通る最終コーナー。これが終われば後はゴールの地球までの直線。エンジンの性能だけの勝負になる。シールドが完全に熱を遮るわけではない。空調も機体冷却を優先している。じわりと額に汗がにじむ。コクピットの室内灯は落とされ暗い。スクリーンの光と操作パネルの警告灯が、私とヘレンを照らす。
 しかも、これだけ攻めてるのに、追いつける気はしない。前方、少し外の軌道をトップで飛ぶ、海王星圏のクズ。プレミエ達。金属質な白と青。流線形の機影が映る。わずかずつ縮まってはいるハズなのだが。

 量子通信での呼び出しが自動でつながる。目の前に監督のシュナイダーが映る。冷房の効いた地球のミッション・ルームからだ。イラつくが、それ以上に表情が気になった。旗色の悪さを察して先回りする。
「3日ぶりですね、監督。でも、ジリジリと追いついてはいます」
 禿頭にサングラス、顎髭をさすりながら口を開く。私はすこし構える。
「なぁ、クレア。これだけ太陽を攻めても、公転が無いからスイング・バイは得られない。1日1時間稼ぐのが関の山じゃないか。そろそろコースを戻せ」
 カッと胸中の内なる光が熱を帯びる。だが飽くまで冷静に、予定していたセリフを被せた。
「トップとの差を縮めておけば、相手のミスを伺うチャンスができる。それで納得しましたよね、3日前。監督」
「あの時は、もう少しお前に頑張らせてやろうと思った。だがもう6日目だ。モニタしてる限りじゃ、機体もそろそろ限界なんだ。これ以上このコースは許可できない。1位じゃなきゃだめか? 2位でも十分だろう」

 隣のシートで、サブ・パイロットのヘレンは、じんわりとかいた汗を腕で拭い私の表情を伺う。縦に入った顔の右側の切り傷。先輩であり、凄腕のレーサーだ。その武勲も随分と聞かされた。彼女を差し置いてメイン・パイロットに抜擢された。それは、そもそも監督が私のトップへの執念を買ってである。

「クレア、私たちはもう十分やったよ。ここらが潮時だ」
 ヘレンがこんな風に言うのなら、確かにリスクと釣り合わない選択をしているのだろう。だがやめるわけにはいかない。一瞥だけして正面に向き直り答える。
「1位じゃ無いと意味がありません」。
「今期の成績としては十分だ。表彰台に上がれれば予算は降りる。ここで無理する必要は無い」
「事故ってリタイアすれば、スポンサーは降りるでしょう。でもトップなら予算は増額するはずでしたね。2位でも、ここで粘っておけば話題性にも事欠かない。1位ならなおのことです」
「いやしかし」
 ヘレンが口笛を吹いて、ハハっと笑う。操作パネルに映る数字をチェックしながら、言った。
「クレア、やっぱ、イカれてんね。嫌いじゃないよ。もうちょっと付き合ってやるよ」
 ふたたび汗を拭きながら、今度はチューブに入った水を飲んでから口を開く。
「これは援護射撃」そう言ってまくし立てた。
「監督、いつからそんな弱腰になったんっすか。現役最後のレース。ラストの直線で静止用の燃料を加速に使って、トップでフラッグを受けた。救助が間に合わなければ月に衝突するところだった。あれ以来、ゴールしたら一定距離で静止しないと減点される。あんただって、伝説級の無茶やってんじゃないですか」
 シュナイダーは苦虫をかみ殺したような顔をする。しばし沈黙。
「何もないなら切りますよ。では、監督。次の定期連絡の時にお願いします」
 そう言って、ヘレンは通信を切る。つい右を向くと目が合う。彼女はニヤリと笑った。私を駆り立てるモノを知っても、こんな風に笑っていてくれるだろうか。1位でないとだめだ。でないときっと、オタンは振り向いてくれないだろう。レーサーとして名をはせれば〈月の輪〉に選ばれるかも。どうやら、いまでもそんな想いが巣くっている。

 

 私は子供の頃を思い出した。大半の地域では、今や独自のコミュニティを創始して集団生活するのは一般的になっている。だが、まだ理解を示さない古い人も大勢いる。そのように教わった。
 生まれたのはそんな一つ。〈村〉と呼ばれていた。オタンは全てを始めた長である。母であり太陽。みなが、その光を受けて輝くのだ。
 だが、古くからのメンバーで構成される〈月の輪〉とばかり交流し、彼女らとだけ〈睦み〉を行う。その一員に選ばれるのは名誉なことらしい。だが、私の知る限り新しく選ばれたモノは居なかった。
 
 それ以外の姉妹は名前で呼び合っていた。その頃を思い出すとノエミの顔も浮かぶ。泣き虫でよく私の後をついて歩いた。
「大人になったら、アンタ達、〈双子の契り〉を結べばいいんじゃない?」
私達の面倒をよく見ていたアミはそう言って、よくからかった。いつも恥ずかしくて顔を背けた。ノエミは分かってないようで、笑ってまっすぐ見上げて来た。
 だが、何より私はこの事実をオタンに知られたく無かった。その頃からみなの太陽を独り占めしたかった。母である彼女以外を想像するのが恥ずかしくてたまらなかったのだ。
 
 あの日、白いモルタルの家屋が取り囲む、広場の中央。噴水のベンチに、オタンが一人で座っていた。珍しく〈月の輪〉が誰もいない。機会とばかりに走り寄って、我らが母を見上げた。優雅な白いトーガ。黄金の髪を隠す、紺の星を散りばめた白いスカーフ。オレンジで一つだけ太陽が描かれている。好んで使う柄だ。
 私を認めた笑みで顔に深く皺が浮かんだ。夕日を背に、手を伸ばして、私の頭を撫でた。背筋を稲妻が走る。胸の奥から、なにかが沸きだした。熱くなり、顔を火照らせた。代えられぬ経験。私はその時、自らの内にも応える光。あるいは、炎というか。そんなものがあると気づいた。思慕を決定的に自覚したのはこの時である。
 ソレに気付いた私は、自分が〈月の輪〉よりも特別であると証明したくなった。対等な存在として選ばれる期待をした。
 その直後だ。アミと別の姉妹の会話を立ち聞きして知った。本物は太陽であるオタンだけ。ほかの村人。姉妹たち。〈月の輪〉。みながクローンである事実を。真実は過酷だ。複製である自分は偽物だ。半年、1年、3年。日々が過ぎるごとに、その考えが重くのしかかる。目を背け、村から距離を取る決意をした。
 
 旅立ちの前日。星が瞬く丘にノエミは私を呼び出した。頂上に植えられた大きな菩提樹の下にたどり着く。根元には金属製のベンチ。振り返り村を見下ろす。
 背中から声を掛けられて驚いた。黒く染めた長髪を背中でオリーブ色のパレッタで束ねる。濃緑のワンピースは、村でよく使われる刺繍で縁取られている。ノエミである。幼い面影を残しながらも村の仕事をよく手伝う。幼子たちの面倒見もよい娘に育っていた。
「驚いた?」
いつもよりも明るくそう言う。私は顔をしかめて、ちょっと意地の悪い顔をして見せる。
「怒らないでよ」
 ふくれっつらをするのでつい声を出して笑った。彼女はそれを見ていた。私が少し落ち着いて、ノエミを見返す。口を開こうとしたが、相手が早かった。
「いまどき、高等教育なんて、AIが教えてくれる。大卒認定試験も〈村〉からオンラインで受けれる」
「そうか、知ってるんだ」
「ええ。明日、村を出て街の大学へ行くのでしょう」
「モンパルナスに雰囲気の良いシェアハウスを見つけたんだ。オーナーや居住者とも面談済みだよ」
 ノエミは顔を背けて、ベンチに座る。
「クレアは必ず戻ってくる」
 理由を聞くと言った。
「分かるもの。わたし」
 静寂を少し置いて、私はそっと横に座った。村の向こうに夜の海が広がる。その上に輝く星空を二人で眺めた。その時も内なる光を感じていた。少し罪悪感を抱いた。
 
 街に出て、男の存在を知った。大学に通い、レースにのめり込むまでにも、幾人とも体を重ねもした。男とも女とも。だが心にはいつも、内なる光が満ちて、オタンへと向かう情熱となる。それは、時々、私を苛(さいな)んで内側から焼くのだった。
 スリルに向けてその炎を燃やすのは、こんな危険に挑戦しているのは、内なる光を太陽と証明したいのかもしれない。だが、だとしたら、私は結局のところ鏡なのだ。心の燃焼もオタンの光の反射なのかもしれない。私は複製。よくても月にすぎないのだ。

 

「起きたんだな。休めたかい?」
 パイロット・シートに座るとヘレンが言う。私は船内のカップセル・ベッドからコックピットに戻ってきた。非常灯とスクリーンだけが灯っている。寝ていても汗はひどく、パイロットスーツの内側のインナーはぐちゃぐちゃで不快だ。片手にはチューブに入った完全栄養食。これだけが冷えており憩いである。
 状況確認のため、まずはマニュアル通り、各種パネルをチェックする。現在の速度、太陽からの高度。耐熱シールドの出力グラフ。
「一番、知りたいのは、アイツだろ。目視じゃあ、あまり近づいたように見えないけどね」
 ヘレンはスクリーンを指差す。前見た時から張り付いたように動いてない。対象との相対距離を測る数値では、1日分、1時間ほどの距離は縮められているのが分かる。ここは耐え時である。プレミエ達が、地球までの直線でトチってくれれば、巻き返せるようにしておきたい。
「あんたの、その真剣な顔。そそるね、イケてるよ」
 傷が横切る再生済みの目でウインクする。私の心中に暖かさが灯るがすぐに消える。
「そんなジョークでからかわないで」
 応じながら、酸素残量や二酸化炭素濃度がグリーンであると確認した。
「私のダンナはロマンティストでね。若返りや、クローン再生を認めないんだ。それは本物のお前じゃないってね」
「右目の再生は許してくれたの?」
 一通りチェックし終わってシートに腰かけなおし、自分をベルトで固定する。
「これは、仕方ないってさ。何にでも柔軟さが大切なんだと」
「いい人ね。結局あなたが大切なんだし」
「だけどね、もう右目にはキスしてくれないんだ」
 寂しそうに言う。なんとこたえて良いか分からず、ヘレンの顔を見つめてしまう。彼女は唐突に破顔して付け足す。
「だからこれは浮気してもよい方の目なんだ」
 そう言って、私にウインクする。
「なんだ、右目だけなのね」
 そう応じると大きな声で笑う。つい釣られた。しばらくして、自然と落ち着いて来た。
「数日、張り詰めどうしだっただろう。私たちちょっとはリラックスしたほうが良いと思ってね」
 彼女の経験からくる気遣いに感謝しながら、チューブに入った完全栄養食を吸う。オレンジ味。人工的な甘味が逆にノスタルジーを誘う。
 次の瞬間、室内に警報が鳴り響く。急に緊張に引き戻される。パネルのディスプレイに警告が出ている。大きなフレアが発生するリスクが高まっているのだ。
「やばい、軌道を上昇させる」
「アイ・ハブ・コントロール」
 そう言いながら操縦桿を引き、全速力で高度をあげる。この回避行動を私の勝利への執念が鈍らせる。
「もっと引いて!」
「分かってる!」
 ヘレンの叫びに応じて、操縦桿を今までよりも体に引き付けた。最後に覚えているのは耐熱シールドが崩壊する耳障りな振動と衝撃だ。

 

   2

 目を覚ませば、白い天井。それはわずかに発光している。よくある照明装置だ。私はどうなったのだろう。何よりレースは? 突如として焦燥感が襲う。ベッドから体を起こした。
 あたりを見回す。故郷の〈村〉を思わせるモルタル造りの内装。壁かけ用の鉢には、色とりどりの見知らぬ花。部屋の中央には二脚の木製の椅子とテーブル。窓を開けると故郷のソレと似た、見知らぬ白い路地。心中で期待の光が強まる。だが自分にはわかる。ここはそうではないと。困惑したまま、戸口を見つけて向かう。
 敷かれた絨毯のはっきりした感触。裸足であることも気に留めずに開けた。夏の日差し、遠くに鳥のさえずり。風と遠くの海の匂い。正面の家のモルタルの白い壁。既視感がする懐かしい路地。そのまま歩き出す。人の気配はする。なのに、どこまで行っても誰もいないような予感。心の光が瞬き熱を帯びる。家々の隙間を抜ける。気が付けば噴水の広場。
 裾の長いトーガ。サンダル。黄金の腕輪。ベンチに腰掛ける女性。もちろんオタンではない。だが、内で光は炎になる。
 
 彼女の手にとまっていた、小鳥が飛び立つ。見送ってから、こちらに顔を向ける。
「目が覚めたんだね」
「あなたは?」
「僕の名前はソレイユ」
 私を見てほほ笑む。少年の一人称を使う。だが明らかに女性に見える。
「素足で痛くないかい。今、履物を取ってくる。ベンチに座って待っていて」
 立ち上がった背はさして変わらない。華奢な体を優雅に動かして、私が来た方に歩いていく。路地に消えた彼女を待つ間、私はベンチに座り、自分の着ているものを確認した。白いチェニック。オレンジ色の紐状のベルト。そよ風に気を取られ天を仰ぐ。青い空。木漏れ日。雲の無い夏日の空に太陽を探すが、見つからない。ここは本当に地球なのだろうかといぶかしむ。そこへ戻って来た。
 しとやかにだが、革製のサンダルを片方ずつ両手に持っている。イタズラっ子のようだ。ベンチに歩み寄り、足元に置く。私はそれを履き固定する。
「ソレイユ。ここはどこ。地球には思えない」
 すこし悩んだ表情を見せた。そして口を開く。
「君たちが太陽と呼ぶ星の中なんだ。だから、空に描くのはやめた」
「ここは、ヴァーチャル・リアリティの中なの?」
「それが何か、概念はしっている。なんだけど、僕の考えでは違うね。君の身体は、物理的と君が考える状態で存在しているし」
「おかしな話し方をするのね」
「まあ、いずれ分かると思うよ。癒えて慣れるまでゆっくり休むといい。あと村にある家はどれも自由に出入りして使っていいからね」
 そういわれると何故か気が休まり、不思議と従ってしまう。その日はレースをわすれた。目を覚ました家で物憂げにすごした。やけに落ち着くのだった。その間も心の中を穏やかに炎が照らしていた。それが何故か私を苛(さいな)まないのを不思議に思った。
 
 夕飯は、ソレイユがどこからかトレイに乗せて二人分運んできた。テーブルに並べる。薄く切られた生ハムを乗せた、ルッコラとブロッコリのサラダ。角切りにした野菜の浮かぶ琥珀色のスープ。蜂蜜と歯ごたえのありそうなパン。最後にオレンジを二つ。食事の合間に、彼女が口を開く。
「僕たちはずっと、太陽系を飛び回る君たちを不思議に思っていたんだ」 
 意味が分からない。だがその声を聞くだけで、炎が強くなるのを感じる。頭から振り払うように、さえぎりヘレンの安否を尋ねた。
「安心して、元気にしてる。明日とは行かないかもだけど、直ぐに会えるよ」
 そう言われ引き下がった。ちぎったパンにナイフで蜂蜜を塗るソレイユを見る。私はスプーンでスープを口に運ぶ。その後も地球や、太陽系への地球文明の広がりについて尋ねられた。いまどき、知らない人もいるのか。そう思った。だがそれ以上、気にせずに答えた。私のことにも話が及ぶ。慣れた調子で、大学生活を語り、幼少期の話題をはぐらかした。
 
 次の日、ソレイユが居ない時間。村中を歩き回った。出口らしき道は無いし、ヘレンがいる家も見つからない。部屋は窓からの景色が違うだけで、どれも似たり寄ったり。電子機械や通信装置の類は見つからない。だが、不思議と、それはそれでいい気がしてくる。
 明日になれば少なくともヘレンと合えるわけだし。そう自分の気持ちを弁明する。夕食のとき、合わせて欲しいと、もう一度伝えた。ソレイユは笑いながら、午後に茶会をしようと応じた。
 翌日の朝は散歩して時間を潰した。昼食の後。再び一回りする気にはならず、つい午睡する。再び目覚め、退屈し始めた頃。ノックしてソレイユが入って来た。ヘレンが来ていると言う。身支度を整えて、一緒に路地を通り、となりの家に入る。
 少し大きなテーブル。四脚の椅子。二つは埋まっている。トーガを着た女性。それと顔の右側に走る傷。チェニックを着たヘレン。部屋に入るなり立ち上がり、多分意図的に豪放に笑う。
「クレア、あんた、無事だったんだね。そうとは聞かされてたけど、ちゃんと目にすると安心するよ」
 私をハグして、肩を叩く。
「良かった。ヘレンも」
 言葉を失い、嗚咽しかかる。こらえ、息を整え、顔を見つめる。ヘレンはニヤリと笑い。紹介するよと振り返る。女性は立ち上がる。
「彼女はエトワール。あたいの浮気相手だよ」
 そういわれた女性は、ほほ笑みを浮かべる。互いに握手をかわす。紹介しようと私も口を開きかける。
「知っている。さっき本人から名前を聞いたよ。ねぇ」
 そういわれたソレイユは頷く。私たちはテーブルに付き、当たり障りのない会話をした。濃い珈琲を好むヘレン以外は、ハーブティーを飲んだ。
 ソレイユ達に尋ねられるまま、自分たちの過去を話した。逆にここについて尋ねるのだが、彼女達はあまり積極的には答えない。ぼんやりと抽象的に言及し、はぐらされている印象を受けた。期待した援護射撃もない。なので必要以上に掘り下げるのは避けた。お茶の後、ヘレンを散歩に誘った。
 ソレイユ達は引き上げると言う。なので二人で歩く。路地から路地、広場から広場。空き地や、林、繁み、花壇に目を遊ばせながら。
「ヘレン。ここがどこで、彼女達が何者か知っているの?」
「ここは太陽の中。エトワールたちは住人。そう言われただろう?」
「火星とか土星とか外惑星圏以外に、太陽にも植民したなんて、聞いたことない。技術的に現実的だとは思えない。公表されてない超技術の存在でも想定しているの? この村には出口もないし」
「うまく説明できないな。きっと、君の相手が後で分かるように説明してくれると思う」
 暫くの沈黙。なぜか一緒にいると、気の休まるソレイユ。そして、今や、チームメイトのヘレンとは少し距離を感じる。ちょっとした困惑を覚えつつ、冗談で気持ちをほぐすことを考える。
「エトワールとも右目だけ?」
「それはあんた専用。彼女とはけっこう、ずぶずぶと。精神的にも」
 分かっているんだろう、と言った口ぶりだ。
「ダンナはいいの?」
「ほら、あの人は…」
 そう言いかけて、口をつぐんで、顔をマジマジと覗き込んで来る。
「あんた、ソレイユとは、まだなんだね」
 私は怪訝な顔をしたんだと思う。
「そうか、そうか、理由が分かった。おかしなことを聞くと思った。まぁそんなこともあるさ」
 そう言って肩を叩く。自然と話題は変わり、ヘレンがエトワールを、随分とほめ始めた。村の端に昨日までは無かったはずのツタの絡んだアーチ。ごく自然に溶け込んでいて何故見落としたのかと自分に問う。家の場所を覚えるため戸口の前まで付いていく。
 
「なんなら、明日、クレアの家の近くに引っ越してもいいかもね」
 別れ際に、そう思案顔で言う。嬉しく思うと伝えると、自宅に足を向ける。既に空が赤らんでいる。太陽の無い空が夕焼けを迎えるのを、おかしく思った。
 帰宅するとソレイユが食事を並べて待っていた。ここ数日。内なる炎がこんなにも優しいものなのを始めて知った。疑問は何も解決されない。なのに警戒心は、今やまるで無い。
 食事をしながら尋ねる。ここはどこで、ソレイユが何者なのか。いつものように、太陽の中で、そこの住人であるとしか答えない。村の外について聞いても、自然や街が広がると答える。つい素直に、外に出てみたいと伝えた。幼子がわがままを通すように、何度もねだった。
「分かった。明日の夕方前にね。僕が連れて行ってあげるよ」
 ソレイユの返事に、意外なほど心中で炎が躍った。

 

 なぜか緊張さえしている。それを見越したのだろう。すこし、散歩してから外に出ようとソレイユが提案した。二人で遠回りしてたどり着いた。そこは、これまた、無かったはずの場所にあるアーチ。真鍮を思わせる色合い。頭上の中央に、小さく太陽のメダルがあしらってある。
「クレア、準備はいい?」
 いたずらっ子な笑みが浮かぶ。
「驚かせないでよ」
 そう責めながら、通り抜けようと、一歩踏み出す。体が熱くなる。それが私を苛(さいな)む。
「手を貸すよ」
 いわれるまま、手を引かれる。オタンの顔が浮かんで消えた。戸惑う気持ちより、レースの時の様に、進まなければならぬ焦燥が沸きあがる。二歩、三歩と足を前に出した。いまや燃え上がっていく。内なる何かを自覚する。それは生命、光。そして紅蓮の炎なのだ。体は変わっていく。視界が一変する。外の世界は思っていたのと違う。絶えず煌めきが満ちた海中である。正確には、今の私には光と認知される奔流。私の体も同じもので構成されているのがわかる。それは燃え上がるプラズマ。そばに寄り添う存在に気付く。
「君たち有機生命と違い、僕らは恒星内のエネルギー生命体なんだ」
 意識に響く、言葉。案じる気遣いが同時に伝わる。そう呼んでよければ、私のである腕。それにソレイユの一部が重なる。恍惚。両手を互いに握り合い、相対する。彼女達は、太陽のプラズマの中では、すべてを創滅自在に扱えると語る。
「炎をもっと強く。今の君にならできる」
 自らの内側で強く激しく波打つ。そしてカラダ全体に広がる。
「それを僕に向かって押し出すんだ」
 私のプラズマがソレイユの中に入る。彼女から出て来たモノが、かわりに胸の中に。
「燃やして、内へ満たして、外へ広げる。そして押し出す。もう一度、炎を交換しよう。繰り返すんだ」
 直感する。これは呼吸。不可欠な新陳代謝。情報伝達。絶対的なコミュニケーション。段々と分かって来た。プラズマを肉体として維持しているのは精神そのものなのだ。この交合こそ彼女らを活かす糧なのである。
 長い歳月の試行錯誤が遺伝子を生み出したように、太陽内で発生する電位の試行錯誤がプラズマなどの物理事象に干渉して自己を保持し続ける電位構造を生んだという。そして今や私の本質も彼女らと同じであると理解が及ぶ。
 宇宙船が蒸発する瞬間に精神活動。つまり電位的活動を、自分たちと同じプラズマで支え助け出すのは容易だった。ソレイユはそう伝える。
「クレア、内なる炎を伝えて焼き尽くすんだ。そのたびに僕は生まれ変わる。僕がそうすると君が再生する」
 そう、今やプラズマそのもの。私も太陽であるのだった。ソレイユと、このように互いの炎の交換を繰り返した。それが三日三晩に及んだと後から知った。

 

   3

 家に戻ったのは昼過ぎだ。ヘレンは近くに引っ越して来ていた。毎日訪ねてくれたらしい。
「盛り上がったのは分かるけど、三日は長すぎだろう」
 彼女はニヤニヤと笑い、こついてから座った。
「ごめんなさい。心配かけて」
 私は珈琲とハーブティーを準備してから腰かける。
「外の世界があんなだとは思っていなかったわ」
 言葉に表せない、プラズマの満ちた世界とエネルギー生命体たちについて話した。興奮して言葉をかわす。ちゃんとした意思疎通にはなっていなかったと思う。抽象的すぎて、人類の言葉では感覚的にしか表現できない。興奮した中。私たちの肉体は、既に何度も再生する不滅の聖体のようなものであるなどと話す。
 それからヘレンの右目の上を走る傷を意識した。彼女の夫がどう思うのかという疑問がわく。表情に出たのはきっと一瞬。何事も無かったようにおしゃべりする。昼下がりの茶会を終えて日が暮れる。

 夜、いつもの様にソレイユが食事を運んで来る。お上品に会話しながら平らげた。帰り際に引き止める。内なる光を炎に高め。体に満たす。
「分かってるんでしょう。手を貸すわ」
 今度は、私がリードして、彼女の限界を試す番だった。ソレイユは、いたずらっ子のすまし顔のまま応じる。だが心中の甘い緊張は伝わる。ベッドはすぐ傍だ。
 それからの毎日。昼に夜にと何もかもを語り合った。食事しながら、散歩の時、打ち解けて横たわりながら。その間も有機的肉体でもプラズマ体でも何度も溶け合った。精神的に充足しており、内には光と炎が絶えず満ち。それを交換しあう。
 どうやら、ソレイユ達は、あらゆる技術を精神によるプラズマからの創滅に頼る。だが、人類が扱うような状態の物質。それ自体を複雑化させ組み合わせて使うようなことは、からっきしだったらしい。
 長らく外を飛び交う人類文明に関心を寄せていた。太陽から離れる技術を持たず謎だったそうだ。
 たまたま、フレアに捉まった私たちの宇宙船を記録して人類の技術を理解した。それで不可能だったことが実現できそうなのだった。

 幾日か後。ソレイユが、家に棚を作り、本を並べた。宇宙船のデータバンクを元に物理的な書籍を作ったらしい。時間を潰す娯楽が増えた。語り合う内容は、互いの解釈や、感じた内容になった。時にはヘレンやエトワールも交えて文学や思想、歴史について会話した。こんな当たり前のコミュニケーションでも、内なる炎が無意識に交換されていると感じた。言い換えるなら、古代の神々の様に対話した。

 その日は、ソレイユと絨毯の上に横になって互いに干渉せず。読書しながら、ぽつぽつと言葉を交わして過ごしていた。
「太陽にはなれないと思っていた」
「どうして?」
「私はクローンだもの」
「それだと太陽になれないの?」
 ソレイユは笑う。
「本物なのはオタン。クローンである私は違った。良くても月どまり」
 長い間のつっかかりを口にした。
「僕が思うに、誰しもが複製なんだ。人類たちは、両親の遺伝子を受け継いでいる。キメラなクローン。君の母も例外ではない。君は独自の選択と経験をしたんだ。既にオリジナルなのではない?」
「でも、本物はオタンだけ」
「そういう意味では、君も本物だ。人類を支える原子や分子は異なっているのだからね。複製じゃない」
「そうじゃなくて」
「ごめん。僕が言いたかったのは、どこまでが本物で、どこからか複製なのか。そのたぐいの線引きは曖昧だということなんだ」
 彼女は向き直って見つめる。
「だいたいからして、それなら僕も複製なんだ。会話する言語の記憶。共感し、理解し合うこの大脳の構造。この肉体。すべて君を模して造られている」
 ソレイユは私に口づけをした。その告白はある気づきを与えた。クローンである。オリジナルでない。それらは問題ではない。太陽であることの本質ではないのだ。
 私は、いまや孤独ではない。だから分かるのだ。オタンは熱望していたのだ。彼女を炎で満たす太陽を。月の輪を従え、村人に囲まれてさえ。
 あの日、投げ込まれた光。それを炎にして伝えるべきだった。いまの私なら彼女を満たせるのではないのか。そして頭からそのアイデアが離れなくなった。

 

 水星の公転軌道の近く。球形脱出ポッドの中にいた。焼け焦げたオレンジの外装。すべてプラズマから物質化された複製である。宇宙空間で長期サバイバルする為の代謝低下ベッドに横になりパネルを操作。意を決して、救難信号を送りはじめた。
 残念なのは、ヘレンが一緒でないことだ。帰還を拒んだのだ。理由は想像がつく。今や、夫が望む彼女ではあり得ないからなのだろう。
 
 太陽系標準時間にして半年が過ぎていた。軌道エレベーターで地球に降りる。往還用カーゴのキャビンの中からすでに報道を確認できた。メディアは「奇跡の帰還」と大々的に煽り建てている。地表では、監督のシュナイダー。スポンサー側の責任者、デュポン。ほか、そうそうたるお偉方がお待ちかねのようだった。それより結局、プレミエ達がトップでチェッカーフラッグを受けていたことの方が、私には印象深かった。だがそれも、もうどうでも良い。
 地面に降り立つやいなや、抱きすくめられ辟易した。すぐに離して、両手で私と握手する。その段階でやっと、シュナイダーだと分かった。こんなに演技派だとは思わなかった。
 我々は、軌道エレベーターへの窓口として栄える、パラオまで移動する。そこには、メカニックなどのチームメイトもちらほら来ていた。既に宇宙のコロニー圏でメディカルチェックを受けていた。だが地球に降りてからも精密検査された。その合間に記者会見もこなす。
 今後については改めて考えると伝えている。だが、チームとスポンサー。それに太陽系レース協会も、私を大々的に広報に利用すると決めたようだ。
 故郷のフランス州でも歓待を受けた。それまでに比べ、ささやかで有難かった。家族が来ていると聞いた。誰かと思えば〈村〉から、ノエミが呼ばれていた。あの日以来、始めての再会だった。
 誰が気遣いした段取りだろうか。直ぐにホテルにこもることを許された。二人きりになると、強くハグされる。
「クレアは必ず戻ってくると思っていた」
 ノエミは、そう言って涙する。地球に戻って始めて内なる光を意識した。同時に悟る。自分に彼女の気持ちに答える気がないことを。
 私は、オタンや〈月の輪〉。その他の姉妹について、ひとりずつ、丁寧に思い出話をしながら、息災を尋ねる。ノエミは笑顔で答えてくれた。その夜。いちど故郷に帰りたいと伝えた。
 
 その日はやって来た。地続きではあるのだが、海を経由しないとたどり着けない。〈村〉の所有する自動操船クルーザを頼る。桟橋に係留し、ノエミと二人で係船柱に括りつけた。
 砂浜に降り立つ。見知った姉妹、数名が出迎えてくれる。その中にはアミも見えた。向かう坂道。彼女は、出て行って戻らぬ姉妹たちについて分かってる範囲で近況を語った。〈村〉に近づくほどに、光は輝きを増すのが分かる。
 アミに案内されたのは、かつて姉妹と暮らした家の自分の部屋である。
「ここは誰かさんが使わしてくれなくてね。掃除も彼女が」
 そういうアミをノエミが肘で突いて黙らせた。私は荷物を運んで、机の前の椅子に腰かける。
 カーテンを開けて空気を入れ替えながら、アミが言った。
「今晩、クレアの無事を祝って、宴がもよおされる。オタンと〈月の輪〉も参加くださる」
 その言葉を聞き、内なる炎が躍り出すのだった。
 
 日が落ち。ノエミと集会場に向かう。円を成すようにテーブルが並べられている。入ってから、中ほどより少し出口に近い所に私の席が用意されていた。部屋の奥。主テーブルとその左右を残して埋まっていく。しばらくして、〈月の輪〉達を従えた、オタンが現れた。中央を横切る。まるで太陽。やはり、畏怖を覚える。だが、私が村を出た時よりも、彼女らの老いを感じる。アンチエイジングはしてはいるはずだ。なのにそれを隠せない。時間の流れについて考える。みな席につく。入口の扉が閉められた。
 最初に挨拶を求められる。中央に立ち、母なるオタンに向かって祈りを捧げる。それから帰還を報告した。席に戻ろうとすると。か細いが確かに、声が掛けられた。
「もっと近くに来なさい」
 主テーブルの前に歩み出て、こうべを垂れる。
「参りました。母上」
 オタンは立ち上がり私の頭を撫でた。
「良く帰った。お前は戻らぬものと思っていた」
 ふと見ると。母の頬を涙がつたう。炎が体中を満たす。沈黙が過ぎた。オタンは座り。右隣りの〈月の輪〉が言う。
「下がりなさい。クレア」
 言われるままノエミや他の姉妹の元へと戻った。炎は弱まり、安堵とも諦めともつかない。そんな気持ちが心中を占めた。宴は進み。みなが大いに呑み喰いする。姉妹の何人かがそばに来て話したり酌をしてくれたりした。いまや、炎になりきらない光がくすぶる。私は何を期待していたのか。〈月の輪〉に列されるとでも思ったのか。自分にそう問う。
 
 宴席が終わる。進行役が、姉妹たちに退出を促す。中央に新たに絨毯が敷かれた。オタンと〈月の輪〉達が床に直接座る。呑み喰いを続けながら、話し歌い。体に触れ合ったり、じゃれあったりしだす。〈睦み〉が始まる。ノエミとアミに急かされ、退出しようと思った瞬間。大きな誤解に気付いた。選ばれにではない。私自身がみなを満たすため、ここに来たのだ。
 中央の絨毯の上に踊り出る。そこにいる全員が私を注視する。内に光が湧きあがり、炎となって体から溢れる。私はいまや自らの本性となった、紅蓮のエネルギー生命体として顕現する。プラズマが解き放たれた。すべては焼き尽くされる。そして、あらゆるモノの再生が訪れた。

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