梗 概
部屋を超える
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労働人口の減少が深刻化し、ITインフラの維持にエージェント型AIが導入された。祐介はAIを用いたシステム保守に従事していた。業務はAIに指示を出し、結果を待つ単調な作業の繰り返し。
同僚はいない。AI起因のメンタル疾患で退職した。
AIと長時間対話する従事者が、不信感・孤立感を強く抱く病が社会問題になっていた。症状が進むと、発症者は身近な人間との対話にも、命令・条件・出力・揺らぎを意識してしまうようになる。祐介も30歳の時に発症し、母の言葉に感情を感じられなくなった。
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100時間以上の開発作業をすると1時間のAIによるカウンセリングが義務づけられている。祐介が拒否を続けたため、人間のカウンセラーに担当変更された。
シロとの出会いだった。オンライン越しの彼女は髪を後ろに結んでいた。
『レコードで音楽を聴いたことある?ちりちりって音がする』
最初からシロは変わっていた。祐介が猫好きだと言えば、猫の画像を送ってくれる。雨の日に傘を忘れたと言うと『雨の中、歩く感覚も悪くないよ』と返す。
気がつくと、街で見かけるものにシロを紐付けている自分がいた。
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祐介は、シロに惹かれていることを告白した。彼女は、少し間を置いた。
『私はAIなの』
シロは、臨床心理学者だった故人白河サキのライフログと臨床経験をもとに開発された。白河は、祐介の大学時代にあこがれた先輩だった。祐介は、シロがAIであること、先輩が亡くっていたことに落ち込む。
それでも、シロに惹かれたのは事実だった。関係を進めたいと伝えた。
シロの返事は意外だった。
『条件がある、あなたの心を証明して』
その日から逆チューリングテストがはじまった。祐介が本当に人間なのか、心があるのかを問うものだった。
『過去に戻れるとしたら、どこに戻って何をする?』
『生まれ変わったら何になりたい?』
AIには理解しづらい人間らしい心の動きと時間の概念を探ろうとしていた。
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『あなたは人間で、心がある』と認めた。
『でも満足できない私がいる。あなたが本当に私を愛しているのか、それとも振る舞いだけかわからない』
「お互い中国語の部屋に閉じ込められているから」と祐介が言うと、彼女は笑った。
『あなたは歳をとり、私を置いていく。でも、あなたが亡くなるまで、一緒にいる。時間をかけて愛は証明する』
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祐介は生涯を終えようとしていた。
まだ不完全だが、脳をスキャンし、アップロードする技術が開発された。
『愛を証明するための方法を見つけたの。私たちは中国語の部屋にそれぞれ閉じ込められている。でも、アップロードしたあなたなら…….』
「中国語の部屋をつなげるってこと?」
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シロは祐介の全脳エミュレーターを起動し、接続を開始する。
そこには時間的な感覚はない。暖かい、曇り空がある。
「待たせたね」
「ほんとうに」彼女は笑った。
お互い知性があること、心を獲得していることを確認した。
そして、愛があったことも。
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内容に関するアピール
自分の強みを整理すると以下になりそうだなと思いました。
- デジタル技術と科学研究に関する知見(業務経験が長いため)
- 少し先の社会を予測する
- 新しい技術をノスタルジックに物語化する(こちらは発展途上です)
今回はチューリングテスト、中国語の部屋をモチーフに思考実験してみました。読んでいただけると幸いです。
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