海からの贈り物

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海からの贈り物

 都会の片隅にある研究所。エヌ氏はコーヒーをすすりながら午後のニュース番組を眺めていた。
「新種の海生生物か。わかめ漁師が奇妙な生物を発見」
 確かに奇妙な生物だった。海底から何百本もゆらめくひも状の生物。長さは5メートルほど。端は貝のような形をしていて海底の岩に張り付いている。漁師によると、生物を海底から抜くと貝のようなものからすぐに次の生物がニョロニョロと生まれてくるそうだ。生物同士がまとまって、くっついたり離れたりする現象も起こるようで、番組でもビデオが流された。
 コメンテーターがひとしきり感想を言うとニュースが次の話題に変わった。どこかでまた連続殺人が発生したらしい。集中していたエヌ氏は我に帰ってテレビを消した。
 磁力を持った生物かもしれない。興味を惹かれたエヌ氏は国の研究所に問い合わせた。担当の研究員が答える。
「エヌ先生、こちらからご連絡しようと思っていたんです。磁性細菌の権威であられるので」
 担当者はすぐにサンプルを送ってくれた。エヌ氏はあらゆる方法で生物の性質を確かめた。驚くべき特徴が次々と明らかになった。ひも状に見えた生物は薄いシートがロール状に丸まったもので広げるとかなりの大きさになる。磁力は強力で、集めれば数十トンの物体を浮上可能。電気で刺激を与えると極性をコントロールできる。
 紫外線(UV)を照射すると硬化し、ダイアモンドに近い硬さを得られる。すりつぶすと繊維を取り出すことができ、布を織るとしなやかで強い。洗濯するとすぐに乾く。
 いくつもの応用案が考えられた。エヌ氏は興奮しながら論文にとりまとめた。まずは超高速鉄道に利用できそうだ。東京ロサンゼルス間を時速二千キロ、4時間半で結ぶ海底リニアモーターカー。UV照射した生物をチューブ状に並べて内部を真空とすれば、磁力コントロール可能な線路の完成だ。コストは非常に安い。何しろ引っこ抜けば次から次へと生物は生まれてくる。発生の仕組みはエヌ氏にもまだわからなかったが。すぐに乾く衣服の製造も提案しよう。こちらも世の中に役立ちそうだ。
 エヌ氏は生物をマグネと名付け、論文を発表した。

 論文の反響はすさまじかった。すぐに実用化され各国でリニアモーターカーの新設ラッシュとなった。東京ロサンゼルス間から建設されたリニアモーターカーは数年後には各国主要都市を結び、海底にもマグネを原料とした線路のチューブが多く敷設された。エヌ氏はさらに繊維会社と共同で繊維を開発。すぐ乾く服の原料として売れに売れた。エヌ氏は時代の寵児となり、さまざまなメディアでエヌ氏の姿が報道された。エヌ氏は記者にマグネの出自を問われて進化上起こりうることだと答え、磁力の不思議を聞かれて専門の磁性細菌の知識で説明した。充実した日々だった。

 ある朝、エヌ氏は電話で叩き起こされた。なじみの研究員からだ。
「すぐにテレビを見てください。東京ロサンゼルス線が壊滅しました」
 飛び起きてテレビを付ける。海底チューブが見るも無惨に破壊されている。カメラがチューブに向いている間に、無事だった部分も次々に爆発していく。テロか?どこかの国の攻撃か?さらに緊急の速報が入る。
「東京とロサンゼルスで謎の大量死。突然、衣服が収縮・爆発」
 すぐ乾く服を着ていた人たちが被害に遭ったようだ。テレビにも集団で路上で倒れている人たちが映し出される。被害は他の地域からも次々と報告される。自分の服もマグネ製だと気づいたエヌ氏は慌てて脱いだ。その途端、服は急速に収縮したあと膨張し、弾け飛んだ。どういうことだ。エヌ氏は服の破片を調べ始めた。テレビで続報が入る。
「電波の状況がおかしくなっています!」
 アナウンサーの声が途切れた。
「地球人のみなさん。地球はわたしたちのものになりました。あなたがたがマグネと呼んでいる生物由来のすべての製品は、いつでも、どれでも選んで破壊できます」
 エヌ氏は状況をすぐには理解できなかった。ただ、はっきりしていることがあった。
 声だ。聞き覚えがある。

 エヌ氏は準備を整えて研究所の外に出た。街はざわめいている。異星人の攻撃は散発的に続いているようだ。車に飛び乗り、慣れた道を全速力でひた走る。
 とある部屋。見慣れない通信機器に語りかけている者がいる。
「まもなく私たちの星から宇宙船団が参ります。なに、数億人程度の規模です。私たちは、ホモサピエンスを主食としています。慌てて服を脱いでも無駄ですよ。すでにあなたたちを料理する下ごしらえは済んでいます」
 やはりあの研究員だった。エヌ氏は準備してきた、服の破片をUV照射したものを研究員の背後から突き刺し、スタンガンで電流を流した。
 バリバリバリバリ——
 凄まじい音とともに研究員は破裂した。計算以上の磁力の効果にエヌ氏も驚いた。これで少しは時間稼ぎができた。異星人の侵略がどこまで止まるかはわからないが。

文字数:1997

内容に関するアピール

 先日、タイのバンコクへの出張があった。行き帰りの飛行機で、さっぱり案が思いつかなくて悩んでいた今回の課題をうーん、うーん、過剰、過剰、かじょう、カジョウ、と考えたが、いいアイデアは出てこない。エコノミーの椅子がきゅうくつで、思いつかないのは椅子のせいだ、などと思っていた。あー、早く着かないかな。もっと早い飛行機があればいいのに。は!そうだ!海外との交通手段を過剰にしよう!というのが本作の出発点だった。

 飛行機だとアイデアとして普通だから、超高速のリニアモーターカーにしよう。しかし建設費が莫大になる。ネットで調べるとイーロン・マスクもハイパーループなどといって研究しているらしい。負けてられない。こっちは線路のチューブの原料はコスト無料の新種の海藻ということにして、磁力も持っていることにしよう。都合が良すぎるか。だが、なぜ新種が発生したのか?そうか、アレか。

 といった流れで、執筆しました。

文字数:399

課題提出者一覧