ホームレスQ

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梗 概

ホームレスQ

ホームレス支援のボランティアをしている松永恵梨香(55)。新宿の路地裏で暮らす中年女性ホームレス・田島多恵(58)と出会い、何かと気に掛ける。彼女はどことなく気品があり、ホームレス仲間から「クイーン」と呼ばれていた。恵梨香は多恵を街で見かけるたびに声をかけ、炊き出しに誘う。だが、いつも多恵は「お構いなく」と心を開かない。ある早朝、多恵は警察官を突然襲い、逮捕される。

多恵が警察を襲うわけがない。恵梨香は何かわけがあるのだろうと多恵を探す。

恵梨香が多恵を気にするのには理由がある。前職で派遣社員の年上の女性と仲良くなった。だが、その女性は派遣切りで会社から去っていった。後にホームレスの女性が、暴行を受けて死亡するという事件が起きた。殺されたホームレス女性は、恵梨香と親しかった派遣社員の女性だった。それから恵梨香はホームレス支援のボランティアに参加するようになった。

<その後の展開など>

  1.  

    • 彼女は宇宙からの逃亡者であり、本当の名前は「タ・エ=ズィン=カイ」。銀河連邦に追われた宇宙犯罪者だった。
    • タエは「メタモルフォリアン」と呼ばれる変身能力を持つ。地球に伏し、身を隠しながら「ある目的」を果たそうとしていた。
  2.  

    • 本来の姿になって多恵が逃走している間に、異星人の追っ手たちが地球に到着。人間に紛れている彼らの目的は「タエを処刑すること」。多恵に襲われた警察官も実は宇宙からの追手だったのだ。
    • 多恵が宇宙人だと知らずに、恵梨香も多恵を追う。
  3.  

    • 人間に化けた追っ手の宇宙人たちと警察が、彼女を挟み撃ちにしようとする。
    • タエ vs 銀河連邦の追手 vs 機動隊のバトルが新宿アルタ前で展開。
    • 多恵を探しに来た恵梨香がバトルに巻き込まれる。
  4.  

    • タエは犯罪者ではなく、銀河連邦の腐敗を暴こうとして追われていた惑星Qの皇女だった。
    • 追手との戦いで追い込まれたタエを恵梨香が間一髪で救う。
    • 恵梨香に心を開くタエ。二人で力を合わせて危機を脱する。
    • 惑星Qから援軍が現われ、銀河連邦からの追手を撃退。
    • タエは恵梨香に別れを告げ、援軍と共に光に包まれて消える。
    • 数か月後、恵梨香は、「キング」と呼ばれているホームレスの老人と出会う。男は、恵梨香に美しい鱗を渡す。タエの鱗だ。戦いの果てにタエは死んだのだ。結局救えなかったと涙を流す恵梨香。キングが恵梨香に言う。「泣かないでください。あの子は、あなたと知り合えただけで、十分に幸せだったのです」

文字数:995

内容に関するアピール

課題、悩みました。

思想となると、「あれ?私の思想ってなんだろう?」というところに捕まって、

抜け出せなくなるので、一旦それを手放しました。

で、自分にはない信条で生きていると思う人々、というものを考えました。

それが、

・ボランティアに携わる人たち

・路上生活をしている人たち

です。

立場の違う二人の女性たちの、星を超えた友情物語——を楽しく描けたらいいなと思っています。

文字数:180

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ホームレスQ

2021年、コロナ禍真っ只中の新宿。政府による緊急事態宣言が発令され、街はかつての喧騒を失っていた。アルタ前には観光客の姿はなく、巨大スクリーンの広告も音を失い、まるで停止した時の中に取り残されたようだった。歌舞伎町のネオンも明かりを落とし、昼でもどこか薄暗く、立ち入り禁止のテープが交差する路地には、ビニールシートや段ボールで作られた即席の小屋が点在していた。

閉店した飲食店のシャッターには「当面の間休業いたします」の貼り紙が並び、繁華街の中心であるにもかかわらず、物音は鳩の羽音や遠くの救急車のサイレンだけ。ゴーストタウンと化したその場所に、唯一残っていたのは、人知れず生きる人々の息遣いだった。

街頭ビジョンは「外出はお控えください」と繰り返すばかりで、誰に向かって言っているのかも不明。なにしろ、そこに“控えようにも出てこられない”人しかいないのだから。マスクをして歩く人々の目元には、もはや不安よりも「またか……」という諦念のようなものが漂っていた。コンビニ前のベンチに座る鳩でさえ、ソーシャルディスタンスを守っているのでは?と錯覚するほど、静かで、間が空いていた。

松永恵梨香(55)は、週に数回、新宿の路地裏で炊き出しや物資の配布を行うボランティア団体に参加していた。きっかけは数年前、派遣社員として同じ職場で働いていた年上の女性・島田静江の死だった。会社から突如派遣切りされ、その後、路上生活を余儀なくされた静江が暴行を受けて死亡したニュースを見たとき、恵梨香は自分を責めた。何もできなかった。何も声をかけられなかった——何よりも、静江の死は他人事ではなかった。恵梨香も派遣社員だったのだが、直雇いのアルバイトの事務員が家庭の事情で急遽辞職したために、派遣の雇用形態から直雇いに変更になった。さらに、独身を貫いた叔母から都内の小さなワンルームマンションを相続し、仕事と住まいを確保できたのだが、それがなければ、コロナ禍の派遣切りにあい、住まいを失っていた可能性はあったのだ。静江の死は他人事ではない。静江は、恵梨香よりも社交的で人柄も良く、誰からも好かれていた。それだけでなく、仕事のスキルも高かった。特に親しかったわけではない。でも、一度だけ、会社の忘年会で好きなミュージシャンの話で盛り上がったことがある。ドラマの主題歌が大ヒットして市民権を得たが、その前はどちらかというとマイナー扱いだった彼を、静江は静かな情熱でその魅力について語ってくれた。職場ではいつも冷静な彼女が、興奮気味に彼の魅力を語ることが新鮮で、恵梨香は静江のことが好きになった。けれど、年が明けてお互いの立場が変わってしまった。静江は一か月後に契約更新とならず、恵梨香は直雇いのバイトに契約が変更になったのだ。なんとなく気まずくて、恵梨香から静江に声をかえることはなかった。だからこそ、静江のニュースはショックだった。静江がホームレスになり、他人の悪意で殺される必要は一ミリもない。たまたまの幸運で自分は屋根のある部屋で生活が出来ているが、それがとてつもなく申し訳ないことのように思えてしまう。コロナ禍という社会的な不安定な要素も恵梨香の心を揺さぶった。死ななくていい人が何故死ななくてはいけないのか。緊急事態宣言が発令され、社員はリモートワークに移行したが、商品の発送など事務所で仕事をしなくてはならないバイトの恵梨香は、閑散とした新宿の街に今まで通りに通勤した。新宿という街から人が消え、ランチは夜のアルコール営業を断念した店が格安ランチを提供していた。学生や勤め人が消えた街。だけれど、ホームレスはこれまで通りに存在していた。当り前の日常が失われた街で、恵梨香は静江のことを考えていた。彼女が今、この街にいたら、自分は彼女を見つけて救えることができたかもしれないと。静江の事件の後は、街でホームレスの人たちを見かけるたびに胸がざわついた。コロナ禍になり、明日のことは分からないのだと思い知らされた時に、恵梨香は目の前の誰かに寄り添うことを選んだ。

その日も恵梨香は、ガラガラの埼京線に乗って、新宿へと降り立つ。通勤している人間がこれだけ少ないと、さすがに「密」ではないよなと思いつつ、西新宿の地下道へと向かう。職場は西新宿の高層ビルの一角にあるのだが、リモートで社員もほとんど出社しておらず、仕事は時短となり、発送業務を終えると午後の早いうちに帰宅することになる。コロナ禍手当ということで、最低限の日給は保証されている。仕事の後は、職場付近に佇むホームレスたちに炊き出しのチラシを配る。顔ぶれはいつも同じ。だが、ある日恵梨香は、一人の女性ホームレスの存在に気が付く。西新宿のバス乗り場に繋がる地下の階段の支柱の側に、彼女はいた。ボロボロの車椅子に座り、薄汚れた化繊の花柄の毛布をローブのように纏った彼女は、まるで一国の王女のような気品を漂わせていた。

「あの人はね、クイーンだ」

と顔なじみのホームレスのおじさんが恵梨香に教えてくれた。数日前から、まるで今までずっとそこに存在していたのかのように、彼女は佇んでいたという。まっすぐな姿勢。手を膝に組み、じっと目を閉じている。確かに気品のある佇まい。横顔がどこか静江に似ている。思わず恵梨香は、彼女に声をかける。

「炊き出しでおにぎり、配っていますのでどうぞ」

だが、彼女は恵梨香を見ることもなく小さな声で言った。

「お気遣いなく」

それが、恵梨香と田島多恵(58)との出会いだった。

多恵は路地裏の住人たちから「クイーン」と呼ばれていた。誰に媚びることもなく、いつも一人。汚れた服の下に隠しきれない気品を持ち、酔っ払った者たちが暴れる中でも、一睨みで静まらせる存在感を放っていた。

「クイーンが炊き出しに来たら、天下取っちゃうからな」と冗談交じりに言う者もいれば、「いや、宇宙の天下だな」と意味深な返しが飛び交う。恵梨香はその時、まさかそれが事実の伏線だとは、夢にも思わなかった。

何度も多恵に声をかけたが、彼女は決して心を開かなかった。どんなに差し伸べても、多恵はいつも冷静に、しかし優雅に断り続けた。

「お構いなく」

それでも、恵梨香は何度も炊き出しに誘い続けた。

「今夜冷えるみたいですよ、毛布を持っていきませんか?」

「ありがとうございます。でも、私は慣れていますから」と多恵は淡々と言った。

多恵と接するほどに、静江を思い出す。静江も、誰かに迷惑をかけることを極端に嫌っていた。派遣の契約が更新されなかったことを恵梨香が上司に抗議しようとしたときも、静江は「仕方ありません。私は大丈夫ですから。あなたの立場を守ってください」と気遣ってくれたのだ。恵梨香は、多恵の車椅子を押して、西新宿にある小さな公園へと連れていく。桜が満開だった。コロナ過で誰も人がいない。

「こんなご時世ですが、桜はいつもどおり咲いているんです。不謹慎ですが、いつもより人もいないですし」

実を言うと、恵梨香はコロナ禍を楽しんでいた。いや、もちろん未だかつてない感染症に恐怖は抱いている。けれども、いつも人でごった返していたこの街が、まるで自分以外に誰もいないような状況ということに快感を感じていた。人々が見捨てた街に通っている。だからこそ、普段距離のあるホームレスの人たちとも、連帯感を感じている。桜を見上げながら、恵梨香は多恵に言う。

「こんな生活、大変でしょう? 本当に気の毒で……私にできることがあれば、何でも……」

その言葉に、多恵はゆっくりと顔を上げた。

「気の毒?」

恵梨香はぎくりとする。だが、多恵の声は怒りよりも、静かな観察者のようだった。

「あなた、気づいてる? あなたが私におにぎりを渡すとき、どこか安心してる。“ああ、私、正しいことしてる”って。私たちを“かわいそう”って思うことで、自分の位置を確かめてる」

「そ、そんなこと……!」

「あなたは悪い人じゃない。でも、無意識に“ホームレス=不幸な存在”って決めつけてる。あなたの中で、私は“救われる側”でなきゃいけない。そうじゃなきゃ、あなたの正義が揺らいじゃうのよ」

言葉を失った恵梨香に、多恵はふっと笑った。

「あなた、炊き出しに来るたび、ちょっと誇らしげな顔してるわよ。“社会の役に立ってる私”ってね。ま、食事はありがたくいただくけど」

公園の前には寺があり、墓があった。桜の花が、誰も訪れない墓石の前に、寂しく散った。静江が好きだった歌の一節が思い出せない。違う、と思う。けれど、多恵の言葉に反論できない自分がいる。静江も多恵も私。だけど、静江も多恵も私ではない。けれど、私は静江や多恵であったかもしれない。

その晩、自分の持っていた“善意”が、まるで化粧のように思えて、帰宅後の洗面台で、何度も顔を洗った。

静江の事件をきっかけに変わろうと思った。そして、ホームレス支援を始めた。それは、偽善なのだろうか。恵梨香は悶々とする。そんなある早朝、ニュースが飛び込んできた。

「新宿駅前でホームレス女性が警察官を襲撃」

映像に映るのは、警察官に馬乗りになってハサミを突き立てる多恵の姿だった。信じられなかった。あの冷静で気品のある多恵が? 多恵は、そのまま逃亡したという。恵梨香はすぐに現場に直行した。

午前七時。コロナ過で通勤者が少なくて良かったと思う反面、こうした事件が現場に遭遇した人たちのSNSへの配信でテレビのニュース配信よりも早く巷に知れ渡るという事態に眩暈を覚えながら、恵梨香はいつもの通勤時よりも一時間早く新宿に到着した。西新宿の地下にある交番の付近に非常線が張られていた。多恵に襲われた警察官のものとみられる血痕と、事件を聞きつけて訪れたテレビ局のカメラマンとレポーターがいる。多恵はどこへいったのだろうか。そして、恵梨香は多恵と桜を見た公園へと向かう。

「……多恵さん?」

桜の木陰から、多恵が現われる。けれど、いつもの多恵ではない。車椅子もなく、化繊の毛布も被っていない。キラキラと発光する多恵の体は、美しい鱗に覆われていた。

「私の本当の名はタ・エ=ズィン=カイ。惑星Qの正統皇女」

多恵——いや、タエは言った。彼女は「メタモルフォリアン」と呼ばれる変身能力を持つ異星人で、かつて腐敗した銀河連邦に反旗を翻し、命を狙われて逃亡していたという。地球に身を潜めながら、銀河連邦の追っ手に立ち向かっていた。

警察官を襲ったのは、その男が人間に擬態した追手だったからだった。

「人々が無関心なこの国のこの場所なら、上手く紛れ込めると思っていた。だが、見つかってしまった。おまえが私にちょっかいをだしたからだ。私はここでこの星を守っていたのだ」

その数日後、新宿アルタ前。

警察官の姿に紛れて、銀河連邦の追手たちが現れる。彼らは異星の技術で人間に擬態していた。タエの位置を特定し、包囲する。

「恵梨香、離れて。今、ここにいるのは普通の警察官ではない」

タエは冷静に言ったが、その表情には緊張の色が濃かった。恵梨香が振り返ると、通りすがりの警察官の姿の中に、明らかに不自然な動きを見せる者たちが目に入る。彼らの目には焦燥と何かの目的が見え隠れしていた。

突然、一人の追手が飛びかかり、警察官に変装した姿で攻撃を仕掛けてきた。粒子砲が発射され、空気を震わせて閃光が走る。

「っ!」

恵梨香は身をかがめるが、周りにいる人々が動けずに呆然としている中で、タエは素早く身をかわし、地面に隠れていた他の追手とともに戦いを始める。

タエの真の姿が現れる瞬間、その身体が金属のように光り、紫色に輝く瞳を持つ彼女が周囲に向かって放つエネルギー波。追手の攻撃が防がれると同時に、恵梨香はその力に圧倒されながらも、タエの決意を感じ取る。

「タエさん! 大丈夫?」

恵梨香は走り寄るが、タエの目は完全に戦闘に集中していた。

「近づかないで!」

その言葉とともに、タエは目にも留まらぬ速さで追手の一人を撃退する。だが、さらに次々と追手が現れる。ついに追い詰められたタエは、身体を大きく使って攻撃を防ぎつつ、間髪入れずに反撃を繰り出す。

恵梨香はその戦いの中で、タエが一瞬でも気を抜いた隙に、敵の攻撃を受けるのを目の当たりにする。慌てて駆け寄る恵梨香。しかし、タエの目は冷静に恵梨香を見据えた。

「あなたは……何もできない、ただ離れていて」

その言葉に、恵梨香は心の中で何かが弾ける音を聞いた。

「私は……何もできない?」

恵梨香は心の中で確信する。もういやなのだ。いつも傍観者でいる自分。安全地帯で、見ているだけの自分。当事者にならなかったことをホッとしている自分。だから、タエを助けたい、彼女を守りたい——その強い思いが胸を突き動かす。

その瞬間、恵梨香は考えた。目の前で繰り広げられる戦闘に巻き込まれる自分が、ただ無力でいるのではなく、何かしなければならない。

新宿アルタ前での激しい戦闘が続く。タエはその強大な力を駆使し、銀河連邦の追手たちを次々と撃退していく。しかし、数の上で圧倒的に不利な状況が続いていた。追手たちは異星の技術でタエを包囲し、彼女が動くたびに反撃を加えてくる。

タエの体力も限界に近づき、次第に戦闘のペースが落ちてきた。その隙をついて、追手の一人が素早くタエの後ろから飛びかかり、腕を絡めて彼女を地面に押し倒す。

「タエさん!」

恵梨香が必死で駆け寄るが、追手はタエの身体を抑え込み、粒子砲をタエに向けて照準を合わせていた。タエのピンチに、恵梨香はホームレスの人々に配っていたおにぎりを投げつける。おにぎりの中身であるタラコの粒が飛び散り、相手が怯む。その隙に、タエは反撃のチャンスを得て、すかさず力強く反転。追手を振り払うと、タエから強いエネルギー波が放たれ、周囲の建物が揺れるほどの衝撃が走った。タエのエネルギー波により、追手は消えた。

「ありがとう……やっぱり、おにぎりはタラコに限るわ」

とタエ。

恵梨香は肩で息をしながらも、目の前で戦っているタエの姿に力をもらったことを感じる。自分の行動がわずかでも彼女を助けたことが、何より嬉しかった。

しかし、その瞬間、タエは再び周囲を警戒し始めた。

「まだ終わっていない……」

その時、空が一瞬にして明るく光り、急激に寒気が走った。突如として現れた光の中から、タエの援軍が現れる。惑星Qからの援軍が現れ、光の中でタエは姿を消していった。タエの最後の言葉が、恵梨香の耳に響いた。

「桜は、美しい。桜を守って」

そして、光に包まれて、彼女は消え去った。

数ヶ月後、恵梨香は新宿の公園で一人のホームレスの老人と出会う。その男は周囲から「キング」と呼ばれていた。

「あなたが、松永恵梨香さんですね」とその男は語りかけてきた。

「これは……タエさんの?」

男は、掌に美しい鱗のようなものを乗せて差し出す。「はい。彼女は戦いの中で命を落としました。しかし、あなたとこの星で桜を見たことが、彼女にとって何よりの幸せだったと言っておりました」

恵梨香は、静かに涙を流した。

 

2025年4月。コロナ禍の記憶も薄れ、外国人観光客で賑わう新宿。小田急跡地再開発で雑然とする任氏新宿の地下道で、ボロボロの車椅子にまるでローブのように花柄の化繊の毛布を纏った女性のホームレスが佇んでいる。まっすぐ伸びた背筋と、伏し目がちな眼差し。まるで玉座に座る王女のような佇まいに、人知れず「ホームレス・クイーン」と呼ばれているその女性がいる。通りすがりの観光客のリュックサックから落ちてきた桜の花びらが、彼女のひざ元に舞い落ちる。

「私がこの世界を守るから」

かつて松永恵梨香だったそのホームレスの女性の瞳は、使命感に燃えて、生き生きと輝いていた。

文字数:6357

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