梗 概
Gは地球を救う
G5は、地球生活を謳歌するG星人だ。高次元生命体のG5は、三次元に展開するとゴキブリと呼ばれる虫の姿に変わる。地球人は忌み嫌う害虫だが、G5は軽くて薄くて素早いこの姿を気に入っていた。砂嵐が吹き荒れるG星とは違い、地球は瑞々しく美しい。G5の他にもたくさんのG星人が地球を訪れている。G星人ばかりではない。今や地球上には多くの高次元生命体が様々な星からやってきて、それぞれ適した虫の姿で生活をしている。
そんな彼らにも天敵がいる。五次元に進化した人間だ。彼らには並行世界を行き来する能力があり、地球外生命体が発する周波数を感知し、見つけ次第叩き潰す。ではなぜ五次元人間が宇宙からやってきた高次元生命体を嫌うのか。それは、彼らが常に絶滅の危機にさらされた種族であるからだ。五次元人間は遺伝子的な突然変異で今から約2600年前に誕生した。だが、五次元人間には三次元人間のような繁殖能力なかった。クローン技術が発展した未来へと赴き、自分のコピーを作る。それを「息子」として育てて存続していく。自分の種族が存続していくためには、安定した未来が不可欠だった。未来が破綻しないように、五次元人間は並行世界を常に監視し、小さな歪みや綻びを見つけると直ちに軌道修正を行う。そんなデリケートな作業を続けて生きている五次元人間にとって、宇宙からやってきた無責任な高次元生命体の存在は、並行世界の安定を脅かす可能性がある厄介者でしかない。だから、叩き潰す。そんな彼らをG5たち高次元生命体は、「監視者」と呼んでいる。
叩き潰されても三次元の体が破壊されるだけで中身は無事なのだが、それでも三次元の衝撃からシステムに若干の誤差が出てしまうため、G星に戻ってメンテナンスを受けなくてはならない。G5は今まで「監視者」に出会ったことがなかったが、行きつけの居酒屋のゴミ捨て場でばったりと鉢合わせてしまった。叩き潰される!と覚悟を決めた瞬間、「監視者」はG5を自分の手のひらに乗せ、「虫けらどもよ、頼みがある」と頭を下げた。とある世界線で死ぬはずだった男が起きるはずのない地震のせいで時空を飛び越えて行方不明になった。男を見つけ出して歪みを正さなくては未来だけでなく、地球が崩壊してしまう。人類の未来には興味はないが、地球の崩壊は避けねばならぬ。瑞々しくて美しい地球は、G5にとって第二の故郷とも呼べるかけがえのない星だ。
「監視者」と共に様々な並行世界を旅するG5。そして、起きるはずの無かった地震の謎に迫り、地球崩壊を目論む謎の組織の存在を知る。G5は、大切な地球を守ることができるのか?
文字数:1078
内容に関するアピール
課題1と課題2で書いたことを足掛かりにして妄想し、
色々真剣に考えた結果、こんな梗概になりました。
(これで書けんのか自分? 高次元とか並行世界とか謎の組織とか大丈夫か自分?)
という気持ちでいっぱいですが、出たとこ勝負で行けるだけいってみる、
という図々しさが自分の武器、かもしれません。
そして「物書きとしての自分の武器を考えてみる」というテーマが、
「物書きとしての自分の器を考えてみる」と問われているようで冷や汗がとまりません。
精進いたします。
文字数:220
Gは地球を救う
天の川銀河から遠く離れた宇宙の片隅に、BUG銀河がある。BUG銀河にある数々の惑星は、人類の視覚では完全に捉えどころが無い。色ではなく、「時間」「感覚」「記憶」といった概念が具現化したような色が空間を満たしている。そして、それぞれの惑星には、それぞれの環境に適合した高次元生命体が存在している。高次元生命体たちは、固定された物理的な形状を持たず、空間だけでなく時間や可能性の間を自由に移動することができる。彼らはそれぞれの惑星の環境に適した高次元生命体が存在している。G星もその一つだ。G星は、彼らは自分たちの惑星をG星と呼び、G星が所属している銀河系をBUG銀河と名付けている。この銀河系には、他にも似たような惑星があり、それぞれの環境に適合した高次元生命体が暮らしている。
「そして我々は、常に退屈している」
G5はつぶやいた。G5は、G星に五番目に生まれたG星人だ。彼は空間に揺らぎながら憂いていた。
「だからといって、みんなであの惑星に行くこともなかろう」
今現在、G星にいるG星人は、G5しかいない。他にもいることはいるのだが、繭化して仮眠状態になっている。フワフワと浮く同胞たちの繭にG5は語りかけた。
「あの低次元の惑星に、どれほどの魅力があるのか? 言ったところで低俗で野蛮な人類に叩き潰されて、しばらく繭化して活動休止になるなんて、無意味ではないのか?」
G5の言う『低次元の惑星』というのは、生まれて間もない天の川銀河にある太陽系の第三惑星・地球のことだ。BUG銀河連合宇宙観測隊がその青い星を発見して以来、BUG銀河の各惑星の高次元生命体たちは、自分たちの惑星を放置してこぞって地球を訪れる。そして、低次元な人類に叩き潰され、ダメージを負い、星に戻って繭化してメンテナンスを行うのだ。メンテナンスが終了すると、懲りずに再び地球へと向かう。G5は、それが理解できない。もちろん、地球を訪れた彼らの旅の記録はBUG銀河の星人たちに共有されているため、G5にも地球がどんな惑星であるのかは知っている。三次元の地球は、確かに好奇心をくすぐられる。だがG5は、実際に地球を訪れる気にはならなかった。地球に生息している人類がどうしても好きになれない。低次元な人類に叩き潰されるなんて耐えられない。G5は、二日前にダメージを受けて戻ってきたG11の繭に話しかけた。
「G11よ、メンテナンスが終わったら、私と遊ばないか? 地球には行かずに、私と『石投げ』で勝負をしよう。相手がいなくてしばらくやっていないが、私の腕は落ちていないぞ」
紫色に発光していた繭の隙間から、「いやだ。石投げなんか古臭くて退屈だ。地球に行く方が楽しい」とG11が答えた。そして、再び繭の中に閉じこもってしまった。「石投げ」というのは、惑星間空間に存在する固体物質をエネルギー波でどれだけ遠くに飛ばせるかを競い合う遊びだ。かつてBUG銀河系で流行し、公式ルールが制定されて競技化された。ただ石を飛ばせばいいというものではない。他の惑星にぶつからないように、環境を破壊しないように、石の大きさを瞬時に選定し、石の軌道をコントロールする、細心の注意と集中力を要するエレガントでエキサイティングな遊びなのだ。G5は、「石投げ」が得意だった。BUG銀河系で惑星対抗の大会が行われていたのだが、もう少しでG星の代表選手に選ばれるというところで、事件が起きた。今からおよそ6600万年前、隣のカメ星の選手が一発逆転を狙って巨大な「石」を投げ、制御不能になり、天の川銀河の太陽系第三惑星にぶつけてしまったのだ。直ちに、BUG銀河連合宇宙観測隊が調査に向かった。それが、昨今の地球観光ブームの発端となった。BUG銀河連合宇宙観測隊の報告は、退屈していたBUG銀河系の星人たちの興味を引いた。そして、「石投げ」よりも「地球」に夢中になってしまい、「石投げ」大会はそれ以降開催されていない。「石投げ」チャンピオンとして名を馳せるというG5の夢は、地球によって成し遂げられなかった。そんなことも加味して、G5の地球嫌いは加速した。
「カメ星人が地球なぞに石をぶつけなければ。私がこの星で退屈することもなかったのに」
G5は、今でも「石投げ」銀河大会の復活を心から望んでいる。早くみんなが地球に飽きてしまえばいいのに……青色のエネルギー波でため息をついたその時、赤色に輝く小さな量子が飛んできて、ポンっと弾けてエネルギー体に展開した。また一人、地球に行っていた同志がダメージを受けて戻ってきたのだ。
「もう、めっちゃ痛かった!」
乱れたエネルギー波を揺らして戻ってきたのは、G7だ。G7には、「推し」の人類がいる。G7の報告によると、その「推し」は、いつもG7に話しかけてくるのだという。時々いるのだ。三次元化した我々に話しかけてくる人類が。我々BUG銀河の高次元生命体は、地球で三次元展開すると人類たちから「虫」と呼ばれる姿になる。人類が小さき頃は「虫」に興味を抱きがちだが、やがて心が離れ、一部の変わり者だけが「虫好き」と呼ばれ、「虫」を偏愛する。しかし、我々G星人はそんな変わり者の「虫好き」からも相手にされない。概ね「ゴキブリ」と呼ばれ忌み嫌われ害虫などと蔑まれ疎まれ叩き潰される。きっと、その「推し」に叩き潰されたのだろう。
「だから言っただろう? 人類などと友だちになれるわけがないのだ。あいつらは、自分たちより小さきものを叩き潰す野蛮な生き物なのだから」
「ちがうもん。推しは、ズットモだもん。ズットモだから、私を叩き潰したりしないもん。私は、推しの娘に叩き潰されたの! さすがバレー部。スナップの効かせ方がハンパなかったわ。ピレスロイド系で神経ヤラれるのもキツイけど、やっぱり叩き潰されるのが一番シンドイいね」
とG7。三次元展開した我々は、三次元の体が機能不全になるとそれなりのダメージを受け、それ以上地球に居続けることが出来なくなり、量子化して星に戻る。そして、ダメージが癒えるまで、繭化してメンテナンスを行う。メンテナンスの時間は、ダメージの大きさにもよるが、スリッパなどで叩き潰された場合は、G星時間で一週間(人類時間にしておよそ五十年ほど)くらいかかる。
「友好の契りは間に合うのか? 人間の寿命は百年もないぞ」
「間に合うじゃないの。間に合わせるの!」
『友好の契り』というのは、低次元な人類と友好関係を結ぶ方法で、人類が我々を認識し、理解し、良好な関係性を望んだ時、人類が我々に触れるまでを言う。『友好の契り』を交わせば、我々はその人類の思念を我々の惑星に招待することができる。但しこの儀式が執り行われたのは過去に一度だけ。ファーブルという虫好きの変わり者がフンコロ星人と契りを交わした一例だけだ。とにかく、G7は何とか『友好の契り』を交わして「推し」を我々の星に招きたいのだが、人類の寿命は短い。命が尽きて肉体を失った人類の思念エネルギーはとても微弱で、我々と交流することは不可能になる。
「私の『推し』は悪運強いし、多分長生きするから、全力で治して、彼が死ぬまでに絶対に契りを交わしてやるわ!」
そう宣言するや否や、G7はエネルギーを繭化させ、宙に浮かんだ。メンテナンスが始まったのだ。G7の「推し」という人類への執着に、G5は驚いていた。たかが人類だ。低次元で低俗で野蛮で愚かな種族に、それほどの魅了があるのか? 『友好の契り』第一号のファーブルもなかなかの変わり者だったが、G7「推し」はどれほどの変人なのだろうか。G5は、G7の『推し』に会ってみたくなった。
「G7よ、見に行っても良いか? おまえの『推し』を」
繭の中からG7がもごもごと答える。
「いいけど。手は出さないでよ。私の『推し』なんだから」
もちろんだとも。ちらっと見て、すぐに戻ってくる。私は、低俗な人類なんかと友好を結ぶつもりは毛頭ないし、地球にも興味がないのだから――G5は、いつも計画的で用意周到な自分の思いがけない気まぐれに少し驚いていた。
「それほどまでに、私は退屈していたのだな。まあ、気分転換の散歩のつもりでちらっと行って来よう」
※ ※ ※
量子化したG5は、超光速でワームホールを抜け、しばらくして地球の大気圏に突入した。人類は、ごく小さな隕石の欠片が落ちてきたと思っただろう。G7の「推し」が住む町は、日本というアジアの島国の真ん中ほどにある。G5は、地球の地面に着陸すると三次元展開し、ゴキブリの姿となった。
「重力、おっも!」
それが地球の第一印象だった。後ろ脚で立ち上がることもできるのだが、這いつくばっていたほうがいくらかマシだ。人類はよくも二本足で立っていられるものだ。重力に慣れてくると、ゴキブリの形状はとても快適だった。軽いし飛べるしどんな隙間にも入ることができる。そして、何よりも強烈だったのは「嗅覚」の獲得だ。触角がキャッチする様々な匂いは、日頃冷静沈着でG星の中でも達観していると自認しているG5を興奮させた。G7の『推し』の家の座標はインプットされているが、せっかくだからちょっとだけ寄り道をしようとG5は思った。それほどまでに、触角が感知した「匂い」は魅力的だった。そして、好ましい匂いを辿っていくと、そこは中華料理屋の裏手にあるゴミ置き場だった。
生ごみの山の上に、一匹のチャバネのゴキブリがいた。
「おや、珍しいな。G5じゃないか。おまえもとうとう地球に来たのか」
纏っているエネルギーの波動から、このチャバネはG星人だ。しかも、G5の知り合いらしい。波動の厚みから、存在年数的にG5よりも先輩であることは確かだ。ここは敬語でいこう。生意気なG7やマイペースのG11とは違い、G5は礼節を重んじるタイプなのだ。
「すみません、まだ三次元化された波動の判別に慣れていなくて。あなたは、どなたですか?」
「おれは、G1だ。久しぶりだな、G5」
G1といえば、『石投げ』の名手にしてBUG銀河連合宇宙観測隊の隊長を務めたG星の英雄だ。G5がまだ若い頃、「石投げ」の稽古をつけてもらったことがある。G1は、カメ星人が地球に「石」を投げつけ地球の調査に向かった後、地球の魅力に取りつかれ、G星での地位も名誉も捨て「おれは地球に骨を埋める」と言って、地球に住み続けている。尊敬していた英雄を地球がダメにしたとG5は思っている。だが、ここはそんな素振りも見せず、G5はうやうやしくG1に右前足を差し出した。
「お久しぶりです、G1」
G1もまた、自分の右前足を差し出し、G5のそれに触れた。
「おまえもついに地球に興味を抱いたのか? 地球の観光スポットなら私が案内するぞ」
「観光に来たのではありませんし、私は今でも地球に一ミリの興味もございません。私は友人の『推し』の人類がどんな変人なのか見にきただけで、すぐに帰るつもりです」
「そんなこといわず、ゆっくりしていきな。地球は楽しいぞ。ほら、そこの腐った肉、舐めてみな」
先輩の申し出を断るわけにもいかず、G5は窒素化合物や硫黄化合物の匂いのする肉片を舐めてみた。その瞬間、G5のチャバネの体に衝撃が走った。
「なんだこれは!」
エネルギーが満ちてくるこの感覚! 匂いと共に訪れる圧倒的な多幸感。なんてクセになる刺激臭!
「それが味覚というやつだ。G星では体験できない刺激だろう?」
「味覚」とは、味物質と受容体が結合すると電気信号が発生し、そのシグナルが脳に伝達されることをいう――という知識は、G5にもある。同胞たちからもその刺激的な体験を聞かされている。だが、ここまで圧倒され、心を奪われるものだとは。
「ずっと昔に退化した機能が、三次元化するとちゃんと蘇るんだよなあ」
G星人も、太古の昔は人類のように本能というメカニズムを持っていた。だが、高次元のエネルギー体に進化していくにつれ本能は不必要となり、それに伴う感覚も衰退していった。食欲という本能がこんな愉悦を孕んだものだとは。だからこそ、制御不能になったりするやっかいな代物なのだな。本能に翻弄される人類をバカにしていたが、地球にいる間だけはこの原始体験を楽しむのも良いかもしれない、とひとりごちながら、G5は夢中になって肉片を舐めた。
「ところでG5。『時の監視者』のことは知っているな?」
人類のほとんどが三次元の生命体だが、実はごく少数ではあるが、五次元生命体の人類が存在する。その五次元人をBUG銀河系の星人たちは、『時の監視者』と呼んでいる。彼らは並行世界を移動し、時間をコントロールする能力がある。それが人類の進化系かどうかはG5たちにも分からない。高次元生命体の彼らは、並行世界に干渉されない次元にいる。だから、人類が三次元だろうが五次元だろうが関心がないのだ。ただ、五次元人は高次元生物の波動を感知し、それが地球外生物であることを知っている。
「やつらを見かけたら、すぐに逃げろ。絶対に関わるな」
『時の監視者』は、三次元化した高次元生命体を敵視している。その理由は分からないが、見つけ次第叩き潰す。『時の監視者』の容赦ない制裁は、高次元生命体にかなりのダメージを与え、メンテナンスに通常の十倍近くの時間を必要とする。
「まあ、地球(ここ)では、なるべく目立たいのが一番だけどな。まあ、せっかく来たんだから、思う存分地球を楽しんで!」
そう言って、G1はサッと羽を広げて飛び立っていった。目立つなとG5に言ったくせに、とても目立つ去り際だった。
もう、G7の『推し』のことなどどうだっていい。人類を推すくらいなら自分はこの『生ごみ』を推す。この匂いと味をたらふく堪能して、さっさと星に帰ろう。そして、G7にこのグルメ体験を自慢しよう。帰ったらどうせ暇だし、漫画にするのもいいかもしれない。タイトルは『百年の孤独にグルメ』なんてどうだろう? G5が再び生ごみの妖艶なる芳香と官能的な味覚に没頭していると、
「Hey、そこのG!」
と人類の声が聴こえた。後ろを振り向くと、スキンヘッドに革ジャン、ダメージデニムに皮のブーツという服装の人類年齢40歳前後の人類が立っている。その人類に背を向け、ゴキブリらしくカサカサと逃げようとしたその瞬間、G5の体が宙に浮いた。左後ろ足をそいつが掴んで、G5を宙づりにしているのだ。この体の弱点は足だ。とにかく簡単に取れてしまう。
「足はダメだ、足は!」
思わず思念をその人類に飛ばしてしまった。スキンヘッド人類はニヤリと笑い、G5を自分の左の手のひらに乗せた。
「虫けら異星人、おまえに話がある」
ヤバい、バレてる。G5がただのチャバネゴキブリではなく、三次元化した高次元生命体の異星人だということがバレている。ということは、この人類が『時の監視者』なのか? 兎にも角にも、バレてしまったのなら仕方がない。G5は、人類の手のひらに後ろ足で立ちあがった。高次元生命体としての威厳を保ち、少しでも大きく見せるためだ。G5は、真ん中の足を腰に添え、前足で腕組をしながら少し反り気味の姿勢で強めの思念を送った。
「いかにも私は異星人である。私の名前はG5。BUG銀河系にあるG星の高次元生命体だ」
「ジーファイブ! いいじゃん。一匹でもファイブだなんて、ロックじゃん! そしておれは、マルーン5もジャクソン5も嫌いじゃないぜ」
言ってることがさっぱり分からない。
「だから、話とは何なのだ?」
「とりあえず、ちょっと一緒に来てくれないか?」
※ ※ ※
『時の監視者』の名前は、「乾」。イヌッチと呼んでくれと言われたが、G5は「乾」と呼ぶことにした。低俗な次元の生物と慣れ合うつもりは毛頭ないのだ。地球に降り立ち人類時間で約二時間後、G5は乾の革ジャンの胸ポケットに入って移動していた。幸いにして乾の革ジャンはG5と同じチャバネ色なので、人ごみでも他の人類に気付かれずに済んでいる。ポケットのゴキブリだけでも十分にヤバイ人類なのだが、乾は歩き方が特に変だった。首を左右に振りながら口笛を吹き、それに合わせて両手で何かを叩く素振りをしながら歩くのだ。
「何をしているのだ?」
とG5が尋ねると、
「歩きながらビートを刻んでいるのさ。ロックだろ?」
ロックというのは、比較的新しく地球に誕生した音楽のジャンルのことである、と『地球用語辞典』に書いてあったことをG5は思い出した。
「乾はロックが好きなのか?」
とG5が尋ねると、
「俺がロックを好きなんじゃない。ロックがおれを選んだのだ」
と訳の分からない返事をした。
「おまえは、バカなのか?」
とG5が尋ねると、
「バカで上等。俺は天下無敵のロックバカだ!」
とこれまた訳の分からない返事が返ってきた。この人類とこれ以上まともな会話を望むことはあきらめようとG5は心に決めた。乾のビート歩きは、バス停の前で泊まった。これからバスに乗って空港へと向かい、飛行機という非効率な乗り物に乗って北海道という北にある島に向かうという。
「五次元人の能力は時間移動だけなのか? 不便だな」
とG5があざ笑うと、乾は体で拍子をとりながら、
「旅はいいぞ。ロックだぞ」
と相変わらず訳の分からない返事をする。
「だったら、おまえだけ飛行機とやらで行けばいい。座標さえ教えてくれれば、私なら量子で秒。すぐに着く」
乾は「ヒュー」と口笛を鳴らすと、突然ドンドン, タン!ドンドン, タン!と手拍子を打ち、「量子で秒!量子で秒!量子で秒!ROCK YOU!」と歌いだした。本当に変なヤツだとG5が呆れていると、
「すまんすまん、今のフレーズが、めっちゃクイーンなロックだったんで。いや、移動中に諸々説明したいからさ。飛行機で一緒に行こうよ。弁当分けてやるからさ」
弁当と聞いて、G5は胸が躍った。地球旅行の報告書に、「腐った弁当」についてのレポートがあったのだ。本能に翻弄されていると思いつつ、G5は弁当の誘惑に抗うことができなかった。腐りかけ弁当は、すっぱい匂いがたまらないという。
「弁当は、腐りかけだとありがたい」
G5のリクエストに、「マジ?」と乾。「マジ?」というのは、「真面目に言ってんのかよ?」の略語であり、驚きの表現であると地球用語辞典に乗っていた。どうやら「腐りかけ」という点が「マジ」らしい。なぜ「マジ」かというと、人類の胃腸は「腐りかけ」を受け付けない仕組みになっているからだ。
「ちなみに、この三次元化した体は、食べ物の消化を助ける微生物を守りながら、命を脅かす危険な細菌を選んで殺す、とっても賢い抗菌ペプチド(AMPs)をつくることができるのだ。簡単に言うと副作用のない超~強力な抗生物質だな。すぐ腹を壊す脆弱な人類には羨ましい話だろう」
G5は、優越感に酔いしれた。悔しがれ羨ましがれ、私を心から尊敬しろ、人類よ。
「そうそう、ジーファイブってなげーから、あんたのことはGって呼ぶぜ」
自慢話を受け流され、名前まで短縮されてムッとするG5だったが、「ムッとしている」という思念は送らずに、触角をピクピクと震わせるだけに留めた。相手にしてはならぬ。相手はバカな五次元人だ。そうこうしているうちに羽田行きのバスがやってきた。乾は、いちばん後ろの席に腰掛け、
「異星人のあんたに声をかけたのはほかでもない、一緒に地球を救ってほしいんだ」
と、唐突にG5に言った。まるでどこかのチャリティ番組のタイトルのように軽やかに。
「今から地球を救うのか? 私とおまえの二人で? この太陽系第三惑星を?」
「おれ一人でやるしかないと思っていたんだが、Gが手伝ってくれたら鬼に金棒だ! いや、ビートルズにマイケル・ジャクソンだ!」
例えがまるでよく分からない。けれど、こいつはあれだ、地球用語辞典に掲載されていた『中二病』という病にかかった中年というヤツだ、とG5は頷いた。『中二病』というのは思春期の少年が行いがちな自己愛に満ちた空想や嗜好、身の丈に合わない壮大すぎる設定や仰々しすぎる世界観を持ったまま中年になってしまった人類をいう。理知的で現実主義者のG5が最も関わりたくないタイプの人類だ。しかも乾はロックバカだ。弁当に未練はあるが、こいつと関わるとロクなことはないだろう。さっさと星に帰った方が得策だとG5は判断した。
「おまえの妄想に付き合っている暇はない。それに、正直に言うと、地球の存亡などどうでもいい。悪いが他を当たってくれ。すまんが、降りさせてもらうぞ」
すると乾の目つきが変わった。
「Gよ、そりゃ無理だ。もはやおれとおまえは運命共同体なのだ」
「運命共同体というのは、所属する人が、繁栄するときも衰亡するときも運命をともにする組織や団体。また、その関係にあることをいうのだ。おれはおまえと同じ組織にも団体にも所属していない。というか、住んでる惑星も銀河系も全く別だから!」
あまりの乾のばかちんぶりに、普段冷静沈着なG5も声を荒げた。
「そりゃ、ロックじゃないぜ。これまで散々あんたら虫けら異星人は、地球には迷惑かけてきたよな? 地球に隕石ぶつけたり、バッタの大群で地球上の穀物を食い尽くそうとしたり、蚊やダニで感染症を広めたり……直接あんたには関係のないことかもしれないが、あんたの仲間がやったことだ。今ここで俺に出会ってしまった以上、あんたはおれを手伝う運命なのだ」
高ぶった思念を何とか宥めて、G5は考えた。運命という言葉にはパワーがある。ありとあらゆる世界線は微妙に修正補正し未来を変えることもできるのだが、どの世界線でも変わらない「理(ことわり)」というものがある。それを人類は運命と呼ぶ。あれほど地球に興味のなかったG5が、常に沈着冷静で目的と過程を重んじて慎重に行動するG5が、突然G7の『推し』を見てみたいという気まぐれを起こしたのは何故なのか? つまり、それが「理」だったからだ。乾の言う通り、G5が地球を訪れ、乾と出会うことは「運命」だったのだ。「理」ならば従うしかない。
「仕方がない。受け入れよう。だからせめて、もう少し普通に具体的に説明してくれ」
乾は、「よし、16ビートで説明してやる」とrhymeもへったくれもない、ヘタクソなラップで状況を説明し始めた。あまりにお粗末だったので、ラップをスルーして、以下に要約する。
世界線αで時空の歪が出現した。1868(明治元)年の旧暦5月11日(現在の暦で6月20日)、北海道函館を震源地とする大地震が原因だ。時空の歪みは、その日死ぬはずだった男を別の世界線へと弾き飛ばした。時空の歪みによる世界線移動は、大幅な未来地図の書き換えを起こす。その書き換えにより五次元人のルーツが途絶え、2200年に誕生するはずの五次元人第一号が生まれてこないという世界線Σが現われ、その結果すべての世界線がやがて人類の滅亡と地球の消滅という最悪のシナリオに収束する。
「世界線Σの分岐が確定する前に、そいつを元の世界に連れ戻すというわけだな。連れ戻すために、高次元生命体である私の協力が必要なのだな」
とG5が要約すると、乾が「oh yes!」とロックな返事をした。
「まずは現地に飛んで、時空の歪の状態を見る。そして、歪みを辿る。三次元の人間を時間移動させる力はおれにはない。だから、あんたのパワーを借りたいのだ。あんたらは、隕石だって動かせるのだろう?」
※ ※ ※
「なるほど、五芒星か。三次元人はこの形が好きだな」
と五稜郭タワーから五稜郭を一望してG5はつぶやいた。
「黄金比というのは、ロックだぜ」
G5は、すべてを「ロック」で片付けてしまう乾とのやり取りにも馴れてきた。1868年に世界線αで起きた大地震はこの五稜郭直下が震源地だ。
「おれの能力も黄金比を使うんだ」
乾は目を閉じた。左手を前に突き出して、手のひらで五芒星を描く。周囲の時間が一旦止まる。なんだか胡散臭い呪術師のような動きだが、やがて空間に光の扉が現われた。
「ふむ、三次元の世界では能力の発動に可視化されたイメージが必要なのか。しかも、手間がかかる。不便だな」
G5が乾の胸ポケットでぼやくと、
「だからこそ、ロックなんだよ」
と乾が光の扉に入っていく。扉の先は、1868年の世界線α。大地震が起きる一分前だ。無論、先ほどまで二人がいた、函館タワーはない。G5と乾は、函館山から五稜郭を見下ろしていた。辺りは長閑で静かだが、耳を澄ませば麓の方から砲弾の音がする。
「確か、内戦中だったな。本当に人類ってやつは、殺し合いが好きだな。全く持って非効率。石投げでもすればいいのに」
G5の地球嫌いは、そこだった。いつもどこかで人類は殺し合っている。動物たちの本能である縄張り争いにしては大げさで、悪趣味な破壊行為を繰り返している。本能が暴走して理性を失い、どれほど文明が発展しようと原始的で野蛮な行為を止められない。愚かで憐れな人類たち。
「私は戦争が嫌いだ。理解しがたく、吐き気がする」
「同感だ。でも、だからこそおれたちが誕生したんだ」
「なるほど。人類は殺し合いで破滅する前に、遺伝子を書き換えたのか」
そして、大地が揺れた。戦いの騒音が消え、風が止み、空が割れた。割れた空に、人影が吸い込まれていく。「いくぞ、今なら四次元空間で確保できるかもしれん」とG5が人影を追いかけようとすると、
「ちょっと待て」
と乾が引き留めた。
「この地震は何だかおかしい。地下の岩盤は揺れてはいない。震源は、五稜郭の建物の中にある。調べてからでも追いつくだろう?」
確かにG5は、弾き飛ばされた人類の波動を記録している。この波動を追えば、人影は簡単に見つかるだろう。
「まずは、震源の解明だ」
割れた空が完全に元に戻り、再び時が動き出した。余震が続く中、G5と乾は五稜郭の中心部へと向かった。
※ ※ ※
ロックな服装のスキンヘッドの中年と一匹のゴキブリが、当時の人々に怪しまれずにどうやって移動したのか。それは、乾の五次元の力を使えば可能だった。時間を止めてしまえば、二人の姿は他の人には見えない。決して作者が手を抜いているわけではない。乾のスキルがそうなのだから仕方がない。ズルいと思われるかもしれないが、能力というものは持たざる者から見ればそういう「ズルい」ものなのだ。かくして一人と一匹は、函館奉行所の中へと堂々と入っていった。G5は乾の革ジャンから這い出して肩に乗り、一時停止している当時の日本人を興味深げに観察した。
「用語辞典のとおり、この頃は洋装も増えているのだな。まあ、主に軍服だが」
「なあ、Gよ。もしかして、地震によって時空が歪んだのではなく、時空を歪ませるために地震が起きたんじゃないのか?」
乾がロックバカを封印して真面目に話していることに驚きつつ、G5は言った。
「世界線を分岐させて人類滅亡を目論むヤツがいるということか?」
「例えば、おまえたち虫けら異星人とか」
「あり得ない。なぜなら、そんな面倒なことをする意味がないからだ。我々にとって地球は原始体験ができるテーマパークだ。わざわざ破滅させようだなんて思わない。そもそも破滅させるのであれば、とっくの昔にやっている。どでかい石をぶつけるだけでいいんだからな。それより、我々の調査によると、人類の敵は人類というのが定説なのだが?」
そこまで言うと、乾は難しい顔をして黙り込んでしまった。つまらない、とG5は思った。ロックじゃない乾は、ただのつまらない中年人類だ。ストップモーションとなった奉行所の廊下は、負傷者であふれかえっていた。乾はつま先立ちでその隙間を進み、やがて中庭に出た。中庭もまた負傷者であふれかえっている。人類の敵は人類。愚かな種族よ。
「なんだ、あれは」
と、乾が中庭の真ん中を指さした。ポツンと黒い箱がある。大きさは、一辺が30センチほどの正四角形の立方体。近づいてみると、上面に液晶で『1868』と表示されている。
「この時代のモノではなさそうだ」
とG5。あらゆる世界線を知る乾も、こんな装置は見たことがないと唸る。G5は、乾の肩から飛び降り、箱の上に乗る。と、その時、背後で銃声がした。乾が倒れた気配。振り返ると、特殊素材でできた白いローブを纏った男が銃らしきものを構えて立っていた。乾は、右太ももを負傷して蹲っている。肉の焦げた匂い。レーザー的な類の銃だろう。乾の五次元能力が発動された空間で、動ける奴は限られている。高次元生命体か、五次元の人類だ。だが、男は高次元生命体であるG5には気づいていない。五次元人であれば、箱の上のゴキブリが異星人であるとすぐに分かるはずだ。少し様子を見てみようとG5は箱の上で二人のやり取りを見物した。
「五次元人は、万死に値す」
と男が乾に言った。
「おまえは、何者だ?」
と乾。
「我が名はアラエル。2630年、我々プシュケーは、三次元人補完計画を遂行するために、五次元人の殲滅を決定した」
「三次元人補完計画? 五次元人の殲滅? バカな。おれたち五次元人が地球を救う鍵なんだぞ!」
「おまえたち五次元人は人類の裏切り者だ。サタンの手先だ!」
なんだか昔G11 に借りて見た地球のSFアニメを薄っぺらくしたようなやり取りだな、とG5は二人のやりとりをうんざりと聞いていた。聞きながら、G5は考察した。五次元人が誕生した未来において、三次元人vs五次元人という戦いが始まっているのだろう。おそらく、五次元人が地球を救う鍵だという乾の話は本当なのだろうが、もっと正確にいえば、五次元人と三次元人の共存が地球を救う鍵なのだろう。乾が知らぬ間に、三次元人はテクノロジーを発展させてタイムマシン的な装置の開発に成功したのだろう。この四角い箱はその装置で、膨大なエネルギーによって発着の際に時空を歪ませる。それが地震の正体なのだろう。時空を歪ませれば五次元人が現われる。つまり、この箱は、五次元人ホイホイというわけだ。五次元空間で三次元の男が動けるのは、おそらく体に五次元対応装置的なものを身に着けているのだろう。能力がないのなら装置を開発すればいいじゃない、と三次元の知恵と粘着質な努力で乾が過去の世界線でロックな生活を満喫している間に、まんまとこうして五次元装置を開発したというわけだ。そして、罠だと知らずに乾はホイホイと現れてしまった。アホだ。五次元人も三次元人も同じくらい低級なアホだ。人類は一度絶滅したほうがいいかもしれない。それが原因で地球が消滅すれば、BUG銀河系の各星人たちは暇を持て余して「石投げ」を再開するだろう。素晴らしい。
「だが、しかし」
とG5は立ち上がった。
「私は、乾と出会ってしまった」
三次元人と五次元人の言い合いは終盤にさしかかり、白いローブの三次元人が「悪魔よ去れ!」とレーザー的な銃を乾の頭に向けた。その瞬間、拳くらいの隕石が三次元人の頭上に落ちてきた。大気圏を突入し重力で加速された隕石は、三次元人の頭に直撃し、頭蓋骨を打ち砕いた。命拾いした乾がポカンと血に染まった白いローブを眺めていると、背後で「ズンズンチャ!」という微かなビートが聴こえてきた。乾が振り返ると、黒い箱の上でG5が足踏みをしている。G5は、箱の上に後ろ足で立ち、右手を突き上げて乾に叫んだ。
「見たか? これが真のrock だ!」
G5は、『石投げ』が得意なのだ。
<完>
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