見知らぬりんご

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梗 概

見知らぬりんご

アマチュア無線が趣味の15歳少年は、日々見知らぬ人にCQ、CQと呼びかける。アマチュア無線人口が少なくなった今、応答してくれるのは、昔からの———時間が有り余る———年配ユーザーが殆どだった。それでも、古いアナログの技術や無線の世界は、少年にとってノスタルジックな憧れだった。

そのうち、無線機の調子が悪くなってしまう。なんとかバンドを合わせる。雑音の中から、CQ、CQと聞こえてくる。女性の声だった。少年は答える。それが未来からの声と、少年は知らない。

相手は少女だった。年齢は15歳。同い年、しかも女の子が無線ユーザーだったことはなく、少年は興奮した。少女は物静かで、少年の矢継ぎの質問に、ゆっくりと柔らかに答えた。二人は、毎日話すようになった。少年が質問をして、少女が答える。その繰り返しだった。少年が恋心を抱くのに時間は掛からなかった。相手の顔や姿を、声から想像を膨らませた。ただ、少年には疑問もあった。同い年のはずだが、知っていて当然の、例えば流行りの歌、人気のYoutuber、アニメ、何も知らなかった。相手はお嬢様?とも思い、興奮もしたが、親は何をしていると尋ねた時は黙ってしまい、何か複雑な事情があるのかとも思い混乱した。

2ヶ月が経った。少年の見知らぬ相手への恋心は、抑えきれない程に高まった。話さない時もずっと少女のことばかり考えていた。無線機のマイクを持つ掌は汗ばんでいた。少年は思い切り、いけないと思っていた一線を超える。少年は会いたいと伝えた。どこに住んでいるのか、と続ける。少女は答えない。俺のことが嫌い?と尋ねると、ううん、という。少年は何度も頼むが少女は答えず、そのままいなくなった。

次の日、そして次の日も、少女は現れなかった。少年は諦めず、毎日無線機のマイクを握った。

1ヶ月後、少女は再び戻ってきた。少年は慎重に言葉を選びながら、前の態度を詫びた。少女は柔らかに笑い、少年の好きなことを聞いてきた。少年は驚いた、初めて少女が質問をしてきたからだ。フルーツが好きと答えた、特にりんご。りんご?と少女が聞く。りんごはりんごだよ、というと、食べたことがない、と少女が言う。少年は混乱した。りんごを食べたことないってどういうこと、と聞くと、「私たちは、もう食事をしなくてもいいから」と言った。少年は目が泳ぎ背筋が冷たくなる。私たち、って何?。でも聞いたら少女が本当にいなくなると思い聞けなかった。少年は丁寧に、りんごの事を説明し始めた。少女は柔らかく、うんうん、と少年の説明に聞き入った。少女は、私も食べてみたいな、ありがとう、と答えた。少年は言った「りんごは、そちらにもうないの?」。呼びかけに答えはなかった。

文字数:1116

内容に関するアピール

昔から、自分から積極的に話し掛けることが、大の苦手です。

懇親会の席やパーティー、大抵話を聞いているか、質問に答えるだけ(酔ってたまに話し始める程度)そんなタイプの人間です。そんな自分ですが、実はアマチュア無線免許を、小学生の頃に取得しています。そもそも、話し掛けることが苦手なので、やはりというか、結局、ペーパーで一度も使うことなく機械を眠らせてしまいました。

あと、私は、蕎麦屋の息子として生まれ、昔から食事が好きで、食事のない生活は考えもできません。そこで、食べることが好きじゃない、いや、むしろ食べたことがない人がいたらどうなるんだろう、と考えました。

これは、自分にない要素をそれぞれ持った二人の、掛け合わせの物語です。

文字数:312

課題提出者一覧