DIVA
観客席を撫でるように指差していく彼女と、目が合った気がした。
ツアー限定Tシャツの裾を、汗ばんだ手でぎゅっと掴む。
白い照明が明るさを増す。心臓が内側から身体を叩く。
一瞬のブレスのあと、彼女の声が全身を貫いた。
透き通った歌声が、会場いっぱいに満ちる。
五万人の視線を集めて光の中心に立つのは――歌奈。
歌奈は、代表曲のバラードを、一フレーズずつ別の国の言語で歌っていく。
「今日はみんな、来てくれてありがとう!」
間奏をバックに、歌奈は語りかける。
ステージの上空に、世界中の言語がホログラムで浮かび上がっていく。Thank you all for coming today! 今天謝謝大家的到來! Merci à tous d’être venus aujourd’hui ! Gracias a todos por venir hoy! आज आने के लिए धन्यवाद! ――このライブは、メタバースを通じて世界中へと同時中継されていた。
ドラムの激しいフィルインを合図に、ギタリストがオーバードライブを踏んだ。
滝のようなバンドサウンドをかきわけ、歌奈は鮮やかな高音をほとばしらせる。天井を仰ぎながら、身体を震わせている。
――わたしの代わりに、叫んでくれてる。学校に馴染めない自分の代わりに、割り切れない屈折や、行き場のない焦燥感を昇華してくれてる。そう思えた。
わたしは、歌奈に救われていた。
猛烈な拍手に押され、三度目のアンコールがはじまる。
ライブ仕様の長い間奏のなかで、ソロがリレーされていく。ギタリスト、ピアニスト、バイオリニスト、ベーシスト、ドラマー――彼女はバンドメンバーへ次々と近づき、煽る仕草を交えて紹介していった。
ステージの中央に戻った歌奈は、祈るようにマイクを顔の前に掲げた。全開の照明が、イブニングドレスをまとう輪郭を縁取る。
楽器の音が止んだ。
瞼を閉じた彼女は、サビを伸びやかなアカペラで歌いあげる。マイクから唇を離しながら、ビブラートを響かせる。
歌声の余韻が、観客に吸い込まれていく。
わずかな静寂のあと、雪崩のように熱狂が客席からステージへと流れ込んだ。
初の全世界中継ライブの成功のあと、歌奈の人気はさらに高まっていった。ストリーミングチャートの上位に長期滞在するヒット曲、国境を超えたタイアップのオファー、入手困難になるライブチケット――。
絶頂のなかで迎えたグラミー賞の授賞式。歌奈は『美声の歌姫』と称えられ、トロフィーを胸に抱き微笑む姿は各国のニュースサイトトップを飾った。それを最後に、彼女は理由を告げないまま消えた。
公の場から、完全に。
◇
二十一階に着くと、オフィスのエントランスに設置されたモニターがこちらを向いた。虹彩、顔、社員証。次々にカメラへと認識させると、ガラスの扉がすっと開いた。
執務スペースは高いパーティションで入り組んでいる。同僚たちへ挨拶と会釈をしながら自席へ向かう。
椅子を引いたとき、ななめ後ろからゆるい挨拶が降ってきた。
「おはよー」
振り返ると、紙コップを手にした佐藤社長が立っていた。コーヒーから蒸気が昇っている。短く刈り上げたグレイヘアが、茶色いフレームのスマートグラスに似合っていた。
「おはようございます、佐藤社長」
「ヨシダ先生の許諾、取れたんだって?」
「ようやくですよ」
「さすが。先生のタッチ特徴的だから、引き合い多くて。どうしても学習させたかったんだよね」
「上限いっぱいまで条件求められましたけどね」
これだよね、と言いながら彼は親指と人差し指で丸をつくる旧世代のハンドアクションをした。わたしは苦笑いしてうなずく。
「でも回収できるよ。データ使いたい出版社も映像制作会社も世界中にいるからね」
「令和レトロブーム、来てますもんね」
「僕の青春だよ、ヨシダ先生。尖った美麗な画風で売れまくってたんだ。どれだけあの人の漫画読んだかわかんない」
「いい絵ですよね」
「今はちょっとデッサン狂っちゃってね」
わたしは眉間に少し皺を寄せた。
「切ないですよね……。でも先生は、『AIに絵を学習させたら、そのAIまっさきに使いたい』って言ってましたよ。『俺がいちばん俺の絵が映えるネームを切れるんだ』って言い切ってて。ああいう人が、ほんとのプロなんだと思います」
「強いね」
うなずいて、社長はコーヒーを一口飲んだ。
「新規の相談あるんだよね。ビッグなやつ。絶対、沙月ちゃんに向いてる」
「っていうと音楽系ですか? やった」
「うん。今日クイックに打ち合わせできる?」
わたしはスマートウォッチからカレンダーアプリをホログラム投影し、空中でスワイプする。予定を示す青い光が、人差し指の先に反射する。「十六時からなら」
「おけ。じゃ会議室予約よろしく」社長はひらひらと手を振りながら、パーティションの向こうへ去っていった。
わたしはPCに向き直り、IDカードをインナーカメラにかざした。
学習士 渡井沙月。
肩書きと名前が、社内ポータルのログイン画面に浮かび上がった。
◇
学習士は、正式名称を「公認AI学習管理士」という。AI用の学習データに関する許諾や契約、使用を管理する有資格職だ。漫画家やイラストレーターにとっての絵、歌手や声優にとっての声、俳優にとっての容姿――そうした高度に属人的なクリエイティブデータの番人として機能する。
きっかけは、声優たちによるキャンペーンだった。自分の声がAIに学習され、チープな広告や性的なコンテンツに使われてしまう不条理への訴え。その中で、何も演じることなく地声で語られた言葉が注目を集めた。
次いで漫画家やイラストレーターたちが出版社と合同声明を出し、炎上は勢いを増した。すでにネット上は「あのキャラの絵」を精巧に再現したマンガやイラストであふれかえっていた。それらはSNSのインプレッション稼ぎや、アダルトな電子書籍サイトでの収益化に利用されていた。
その動きにミュージシャンたちも合流した。生成サービスに特定のミュージシャン名を入力すれば、瞬時に「新曲」が生成されるようになっていた。
俳優たちも続いた。若手女優の顔が学習されてアンダーグラウンドなアダルト業界で何が当たり前になったか、言うまでもないだろう。
その頃には、既存の著作権法や刑法で対応しきれないまま、訴訟やストライキが頻発し、エンターテインメントビジネスは停滞した。本屋から新刊漫画が、配信サイトから新作アニメが、CDショップから新曲が消えた日のことを、わたしはよく覚えている。
泥臭いロビイングと派手なキャンペーン。両輪での社会運動は、クリエイターだけでなく学者や法律家やジャーナリストも巻き込み、大きなうねりとなった。自由主義的な立場と二分されていた世論も、次第にクリエイター側に傾いていった。
やがてアメリカで、フェアユースを広範に解釈していた大企業が相次いで敗訴すると、影響は日本に波及し、転機を迎えた。
結果として、商業コンテンツに対する許諾なしのAI学習は禁止され、法と資格制度とライセンス体系が定められた。無断AI学習を取り締まるハードロー「学習法」と、それを管理する「公認AI学習管理士」、法の余白を埋める国際的なソフトロー「インテリジェンス・コモンズ」である。権利者に無断で学習させることには、罰則が科されることになった。
インテリジェンス・コモンズは、最終的に百五十を超える国と地域、そしてビッグテック企業群まで巻き込むライセンス体系へと発展した。制定に際し、権利保護を重視する欧州と、フェアユースを尊重するアメリカの中庸を取り持つ立場で、日本は久しぶりに国際的な存在感を示した。
同時に、コードによる学習防止策も一般化した。制作日時などのメタデータや電子透かし、商業コンテンツが登録されるデータベースに対応した判別機能の搭載を、すべてのスクレイピングソフトは義務付けられている。
「AI検出用AI」の技術も活用されている。例えば「野良AIソフト」による特定漫画に酷似した絵をSNSにアップしたら、タイムラインから排除され、投稿者情報とともに「証拠」としてアーカイブされる。
これらが功を奏し、社会的な混乱はおさまった。予想より無断学習は横行しなかった。3Dプリンタで銃をつくることも、大麻を栽培することも、作業としては簡単だが、実際に行う人はほとんどいないのだ。
一方で、正規の手続きを踏んだ学習データの活用は、活発に行われている。ライセンス規定を守り、対価を支払えば、偉大なクリエーターの力を創作に活かせる。今は亡きイラストレーターのノスタルジックな絵で最新プロダクトが広告に描かれ、時代を超えて歌手同士がコーラスを重ね合わせ、伝説の声優たちがバトルアニメで共闘する。
こうした挑戦を促し、同時にクリエイターを守るのが、わたしたち学習士の役割だ。
学習士になるには、IT・法律・臨床心理学の知識が求められ、合格倍率は五十倍を超える。
設立に際し重要視されたのは、「クリエイターの尊重」だった。その基本に立ち返ることこそが最適解だと、痛みを伴う経緯と概念実証事業から判明していた。実際、管理を受け入れたエンターテインメント産業は、V字回復した。ファンとしても、クリエイターの望みにかなったデータの使われ方は望ましいことだった。
だから学習士には、第一に合意形成力が求められる。クリエイターの思い、ビジネス上でのメリット、イノベーションの可能性――そうした諸要素の折り合いをつけ、最善の着地点を見つけていく。仕事ごとにポイントは異なる。対話を重ねながら合意へ導くセンスと努力が重要となる。
「クリエイターもファンも企業も、幸せにしたいんです」。青臭い思いを、精一杯洗練させて語ったわたしは、二日間の筆記試験と三回の面接を経て資格を取得した。三年前のことだ。
◇
「マジですか」
会議室のテーブルを挟んで向かい合う社長に、思わずカジュアルに聞き返した。
「大マジ。なんとしてでも許諾を取ってほしいんだ」
「大変な仕事ですね。まさかわたしが……」
「沙月ちゃんしかできない。優秀なだけでなく、会社でいちばん詳しいから」
「……業界でいちばん、だと思います」
社長はテーブルに両肘をついて前のめりになった。
「許諾が取れるかで、うちがどこまで行けるかが決まる。ベンチャーとしては落とせない。頼むよ」
小さな部屋が熱気でいっぱいになる。
「ありがたい話ですが、まだ頭が追いつかなくて」
「所属のグリッターエージェントは、うちの最大手クライアントだって知ってるよね。ここだけの話、向こうの圧がすごい。学習士指名の重みも分かるよね。もし成功すれば昇進も昇級も――」
「クリエイターの意志の最大尊重、が学習士の原則ですよね」思わず口を挟む。
「学習法三条、だよね。わかってる」
「なので、ご本人とまず話してからだと思います」
「うん。もちろん。さっきのは独り言。とにかく、残さなきゃいけない『人類の資産』なんだから」
「同意です。では、ぜひ引き受けさせてください。確認したいことが、沢山あります」
「よかった。じゃあ詳しく説明するね。……ごめん、覚悟して」
◇
薄手のカーテンが、窓から差し込む風で揺れている。窓際の花瓶にはフリージアが活けられ、消毒液の匂いに交じってわずかに甘い香りが届く。部屋は、春の太陽にあたためられていた。
ベッドの横には、マーティンのアコースティックギターが置かれていた。棚には、本やCDやぬいぐるみが並んでいる。マイクを持ったテディベアに不似合いな薬瓶の存在が、ここがどういう場所かを思い出させる。
目の前に、ずっと憧れていた人がいる。
彼女はベッドに腰をかけ、背筋を伸ばして窓の外を見ていた。肩までの髪を、ざっくりとバレッタで留めている。空色の寝間着は、かつてステージで身にまとった衣装とほど遠い質素さだ。すとんと落ちる袖が、痩せた腕を際立たせている。
しかし、彼女のまとう空気には隠せない華やぎがあった。彼女は、こちらを向いて小さく口を開いた。
「学習士さん、か」
聴いた瞬間、わたしは肌が粟立つのを感じた。澄き通った声。どれだけ病気が大切なものを奪おうと、声は彼女のものだった。
歌奈。
「はじめまして、学習士の渡井沙月といいます。グリッターエージェント様のご依頼でうかがいました」
なんとか練習した通りに言えた。
名刺入れを取り出そうとした指先がもつれ、数秒を費やしてしまう。震える手で名刺を差し出すと、彼女の冷たい眼差しは、「公認AI学習管理士」という文字とわたしの顔を往復した。
「はじめまして。歌奈です。芸名だけどね。このホスピスでも、歌奈って呼んでもらっています」
「よろしくお願いします。あの、はじめに言っておきたくて……わたしは、歌奈さんの大ファンでした」
呼吸を落ち着かせようとすればするほど、乱れてしまう。
「それはそれは。どうもありがとう」
それは、洗練された外行きの微笑だった。これから言葉にすることに息苦しさを感じ、口の中が乾く。
「こちらに参りましたのは」
「聞いています。わたしを、学習したいんだよね」
歌奈の瞳は、まっすぐにわたしの瞳を捉えていた。わたしは怯えて、思わず少しだけ横に視線をそらしてしまう。
「――正確には、AI用学習データの許諾をお願いしたいと考えております。もちろん、許諾の範囲や条件はご相談前提です」
わたしは、プロとしての自分を思い出しながら一つずつ言葉を並べた。しかし、声がうわずるのは隠せなかった。
「その学習って、詞と曲と、やっぱり声?」
「はい。作詞、作曲、お声のデータについて、ご相談させていただきたいと考えております」
歌奈の眉間に深く皺が刻まれる。カーテン越しの光が、首筋に落ちる影を濃くした。
「声は、無理だね」
彼女は、低い声ではっきりと告げた。背筋を冷たい汗が走る。
「歌奈さんの声は特別です。多くの人を救ってきた声です。だからこそ、ご相談を」
言葉を絞り出したが、語尾は弱々しく震えた。彼女の黒い瞳に、感触なく言葉が吸い込まれる。
「困ったね、事務所には、『学習士に会ってはみる』って言っただけなのになあ」
彼女はさえぎるように言って、窓の外へ視線を移した。今日はこれ以上踏み込むべきではないと感じた。
「かしこまりました。本日はご挨拶のつもりでした。センシティブな話をしてしまって、申し訳ありません。よろしければ、またご相談させてください」
「力になれないと思うよ。あなたも大変だね」
続く言葉を待ったが、彼女は黙り込んだままだった。わたしは、自分の足が震えていることにようやく気づいた。
「では、こちらで失礼します。長々とすみませんでした」
深くお辞儀をして、部屋を出た。足早になりながら、奥歯を噛み締める。喉の奥で苦い熱が広がっていく。
部屋を出るときに見た無機質な表情を、しばらく頭から振り払うことができなかった。
◇
帰宅したわたしは、バッグを床に放り出しソファに倒れ込んだ。泥に落ちた小石のように身体が沈み込む。
「おかえり。ちょっと疲れてるみたいだね」
彼の声は、今夜も優しかった。
「うん。歌奈さんと会ったんだ」
「沙月、本当に好きだったもんね。どうだった?」
「痩せてて、見てるだけでつらくて……。でも、やっぱり素敵だった」
「仕事の話はできた?」
「少しだけ。声の許諾、とっても難しそう」
「あれだけの歌手だから、こだわりや誇りもすごいんだろうね」
「あまり話せなかったけど、そう見えたよ」
「まずはきちんと話せるといいね」
「うん。でも正直、すごく怖いよ。尊敬していた人に、冷たい顔されるのって……」
「沙月なら大丈夫。誠実な人柄が、きっと伝わるはずだよ」
彼と話しているうちに、興奮と疲労がないまぜになった心が、静かな水面のように凪いでいった。
◇
二回目の訪問も、重苦しい始まりだった。
「体調はいかがですか?」
「良かったらここにいないよね?」
鋭利な言葉が刺さる。わたしは言葉の選び方が下手になっている。動揺をおさえるために、鞄を握る指に力を込めた。
わたしは、穏やかなトーンを意識して、「学習」はあくまで話し合いとクリエイターの意志を前提とする決めごとだと伝えた。しかし断片的な拒絶だけが、さえぎるように返ってきた。
「お金ならもう十分。わたしがほしがると思う?」
「……いいえ、ただ」
「そんなのより声は大切なんだ。AIに扱わせるなんて」
「そうした思いをもっと聴かせてくださいませんか?」
「もういい、うんざり! ……ってのがわたしの思い! 事務所にも、あなたたちにも」
歌奈は吐き捨てるように言い、ため息をつく。目を伏せ、小さく首を振った。沈黙が部屋を圧迫する。
「あと何回会うのがルールなんだろ」彼女は窓の外に目をやりながら、ぽつりとこぼした。
胸の中で焦りが波打つ。期待に満ちた熱っぽい社長の顔が脳裏をよぎった。
「歌奈さん、あの、」
「なんか疲れちゃった」
彼女は唇を噛み、自分自身に苛立つように眉をひそめた。
準備した説明資料を入れたペーパータブを出すタイミングは、見つからなかった。鞄のファスナーに指をかけて震え続ける自分の指が滑稽だった。
「……申し訳ありません」
絞り出すように言う。
立ち上がったわたしの背後で、つぶやきが聞こえた。
「最後くらい、好きにさせてもらいたいのに」
その言葉は、重さをともなって胸にめり込んだ。返す言葉が見つからないまま振り向いたわたしへ、彼女は言った。
「あ、今の忘れて」
彼女は、こめかみを指先で挟み頭を抱えると、扉に向かって視線をやった。
失礼します、と言いながらレバーハンドルに手をかけたときだった。
扉の脇に貼られたものに目が引き寄せられる。うつむいていたまま部屋を出た昨日は気づかなかった。
記憶に焼きついていたそのビジュアルを見て、気づけばわたしは口を開いていた。
「これ、初の全世界中継ライブのですよね……?」
それはARポスターだった。スマートグラスやスマートフォンを通じて見れば、ライブの動画が浮かび上がる。
「ああ、それね。よく知ってるね。学習士ってそこまで調べるもんなんだ」
歌奈は硬い表情のまま、少しだけ顔を上げた。
「――わたしも会場にいましたから」
ポスター越しの拡張現実のどこかに、Tシャツ姿の自分も映り込んでいるはずだった。
歌奈の瞳に、かすかな光が宿った。
「え、どのあたり?」
「アリーナ席の中央ブロックです」
「へえ」
彼女は目を細めてポスターを見つめた。わたしの姿を、黒々とした観客の山から探し出すかのように。
「アンコール三回やったよね」
歌奈が、懐かしそうに言う。わたしの脳裏に鮮やかな光景に浮かび上がり、突き動かされるように口が回りだす。
「はい、最後の『Missing and Found』のサビで、楽器の音がすっと消えて歌奈さんの声だけが残るところがすごく良くて! あ、もちろんバンドのところも迫力あってよかったんですけどあそこのビブラートがとっても綺麗で! ぶわーっと鳥肌が立ちました!」
早口で一息に話したあと、急に我に返って顔が熱くなる。
「す、すみません。わたし、本当に歌奈さんのファンで」
「う、うん。ありがとう」
歌奈は目を丸くしてから、ゆっくりうなずいた。
「ふうん、そっか、あなた来てたの」
少しだけはにかむ様子に、初めて素顔を見られた気がした。
「素晴らしいライブでした、本当に」
「もしかして……グラミー後の東京凱旋ライブのチケットも取ってた?」
「はい! 発売と同時に購入ボタン連打しまくりました」
「――直前に中止にして、悪かったね」
歌奈は目を伏せ、わずかに唇を引き結んで言った。
「いえ、そんな……」
歌奈は視線を戻し、言葉を探すような間を置いてから口を開いた。
「この話って、すぐ決めなくてもいいんだよね?」
「は、はい! すぐ許諾を決定できる方はほとんどいらっしゃいません。大事なことですから」
「続きは明日、中庭でいい?」
「はい?」
彼女は、ギターを親指で示した。
「気持ちいいベンチがあるんだ。十五時開演ね」
◇
その夜、やりとりを伝えると、彼は柔和な笑みを浮かべた。
「昨日より、ちゃんと話せたよ」
「よかったねえ」
「次こそは、きちんと提案しなくちゃ」
わたしは膝上のPCに目を落とす。何度も手直ししたスライド資料が表示されていた。社長から共有された、経済と創作への効果を示す事例集の順番を入れ替える。
「沙月らしく情熱を込めてやっていけば、うまくいくよ」
彼は、いつものように的確な言葉で励ましてくれた。
「うん、頑張る。あの声が活かされないなんて……」
◇
中庭は、西のホスピス病棟と東の一般病棟群に挟まれるように位置していた。敷地外からは建物と木々に囲まれて見えない。
ホスピス病棟から続くなめらかな石畳の道を歩いた。一般病棟からの石畳と合流して、木立を抜けた先に、緑の芝生が広がっていた。
やわらかな日差しが一面に注いでいる。風が若葉の青い香りを運ぶ。花壇で、薄紫のパンジーが小さく揺れていた。
約束の時間通りに行くと、歌奈はすでに木漏れ日の差し込むベンチに座っていた。ワンピースにカーディガンを羽織り、組んだ足にアコースティックギターを載せて愛おしそうに調弦をしている。なにか神聖さのようなものを感じて、一瞬話しかけるのをためらった。
「こんにちは」
「いいでしょ、ここ」
歌奈は、太陽の光に目を細めながら顔を上げた。
「はい、気持ちいい場所ですね」
「うん、一人になるのにちょうどよくてね」
「……お待たせしましたか?」
「ううん、のんびりしてただけ」
歌奈は、ベンチをとんとんと軽く叩いてわたしに勧めた。少しためらってから隣に座る。顔が近い。憧れにときめく自分と学習士の自分とのあいだで心が揺れて、うまく表情がつくれない。歌奈は淡々した表情をしており、気持ちが読み取れなかった。
決意に反して、拒絶の恐怖が不意に蘇り、用意した言葉は喉の奥でつかえた。
そんなわたしへと歌奈はちらっと視線を寄こしたあと、おもむろに弦に指を這わせアルペジオを奏でだした。軽く唇を丸めて、瞳を閉じて息を吸い込むと、吐息に乗せてハミングを始める。そのハミングは、驚くほど強く空気を震わせた。
ハミングは歌詞をまとい、水彩で塗られたような透明感ある色彩を帯びていく。何千回と聴いた彼女のデビュー曲だ。歌声は、わたしの心配を軽やかに否定するように、力強かった。自分の目が潤んでいくのが分かった。
アルペジオがストロークへ変わる。軽快に刻むリズムに乗って、逡巡のようなものを振り切るように歌声は一気に駆け出した。歌奈は胸いっぱいに息を吸い込み、サビに向かってジャンプ台のような音階を駆け上がる。歌声は、見えない翼を得て羽ばたき、舞い上がっていった。
歌の最後が空気に溶けると、ざあっと枝葉が揺れた。自然と拍手をしていた。胸の中で溢れかけていた感情が、やっと外へ流れだす経路を見つけたかのような拍手だった。
「すごい……素晴らしいです。ありがとうございます」
「いえいえ。ファンへのお詫び」
歌奈は、そっとギターをベンチに立てかけた。視線を遠くの木立に移している。
わたしは深く息を吸った。
「歌奈さん」
意を決して彼女の瞳を見つめ、口を開く。
「どうか、AI学習の話をあらためてできませんか。その素晴らしい声のためのお話です」
説明資料のペーパータブを鞄から取り出したわたしを制し、歌奈は言った。
「いいよ、わたしもちゃんと言おうと思ってた」
わたしは、ペーパータブを持て余しながら唾を飲み込んだ。
「知識としては知ってるよ。学習の意味」
歌奈は、じっと手のひらを見ている。
「だけど、声を学習されてAIに使われるのは嫌だ。
わたしの声が、暴力的だったり、下品だったりする曲を歌うのには耐えられない。ビジネスだったらそういうことがあるのは、よく知ってる。だからといって、わたしの声で誰かが嫌な思いをしたり、鬱陶しく感じたりするのは、受け入れられない」
話す声は重く、なのに澄んでいた。返す言葉を選べないでいるうちに、彼女は続けた。
「あなたも知ってるよね。面白おかしくデータが使われることがあるって」
「ええ、ですが――」
「ねえ渡井さん。どうしても考えちゃうんだ。
わたしは声に心を込めて歌った、だから拍手をもらえた。でさ、
わたしの心とつながっていない声は、もうそれってわたしの声なのかな?」
問いに答えられない。口元がこわばる。それでもわたしはなんとか言葉を発した。
「あらためて説明させてください」
資料を広げる。これまで幾度も使ってきた言葉が、一転して流暢に口から流れ出した。
「学習データは、たくさんの創作者のクリエイティブを助けます。表現を開拓する挑戦を生みます。――学習による経済効果は、試算によれば、三百億円を超えます。縮小する日本の音楽業界に大きな貢献をします。データベース登録が、許諾のない学習から守ることになります。使用に関してもわたしたちが責任を持ちます。正しく使われることで、歌奈さんの声は永く愛されることになります。歌奈さんの声はファンを救います。『人類の資産』です。最善のかたちで声を残すことができるんです。……残したいんです」
届いている気はしなかった。だがわたしは続けるしかなかった。無表情のまま聞いていた歌奈が口を開いた。
「残したい、って学習士として? ファンとして?」
歌奈のまなざしが突き刺さる。目をそらしたくなる気持ちに抗い、目元に力を入れた。
「両方です。歌奈さんの声は、これからも人を救い続けられるんです」
「『救う』、『救う』ってあなたは言うけどさ」
歌奈は、眉根を寄せた。
「『救う』って、そんな軽いことなのかな」
宝物だった本心が、上っ面な言葉に堕していった。
熱くなった頬に、風が強く当たった。沈滞した空気を誤魔化すように、歌奈は四度進行をつまびきながら、再びハミングを始めた。
そのときだった。
「うるさいんだけど」
少女の声が飛んできた。茂みの向こうから、薄桃色のパジャマ姿の小さな女の子がずんずんやってくる。長い黒髪が肩の上で踊っている。歌奈のハミングが止まる。
少女は歌奈を睨んでいた。
「大人もお遊戯会やるんだ」
その声は、特徴的なかすれ声だった。高い声のなかに、砂場に落とした紙の本をめくるようなざらつきがある。幼い顔とのあいだに少し距離があって、うっすら違和感を感じた。
わたしは頭を下げた。
「ごめんね、わたしが歌ってもらうように頼んだんだ」
歌奈は、わずかに眉毛を吊り上げてすぐ穏やかな顔に戻る。
「うるさかった?」
「ちょーうるさい。ソーオン。散歩の邪魔」
「あのね、この人は――」
「渡井さん、いい」歌奈はわたしを制した。
「邪魔したね。あなた、歌は嫌い?」
「うん、きらい。歌う人のジコマン」
「言うねえ」
少女の頬は紅潮していた。「だから歌きらい」
歌奈は優しく言った。
「じゃあ、嫌いなものをわざわざ茂みのかげで聴いてたんだ?」
少女は、視線をせわしなく動かしたあと、唇を尖らせた。
「……暇だったから」
わたしは小さな声で歌奈に確認する。「気づいてたんですか」
「まあね。ずっと隠れて見てたよね」
少女はふてくされるように芝生を蹴っている。
離れたところから女性の声が聞こえた。
「ノア!」
石畳の縁を超えて、女性が早足でこちらへ向かってくる。
ノアと呼ばれた少女は、びくっとしたきり身体を硬くした。「ママ!」
「もう、いつまで散歩してるのかと思ったら」
少女は肩をすくめ、足元の芝生を見つめたまま「ごめんなさい」とつぶやく。
微妙な空気を感じとった母親は、歌奈とわたしに視線を往復させた。不安そうに聞く。
「すみません、この子、何かご迷惑を?」
「えーと……」わたしが言葉を選んでいると、横から言葉が飛んだ。
「いえ、おしゃべりしてただけですよ」
歌奈が落ち着いた声で言う。「ね、ノアちゃん」
いきなり名前を呼ばれた少女は、どきっとした顔で歌奈を見上げた。
「本当なの? ノア。また失礼なこと言ったんじゃ――」
ノアの母は、不安そうにわたしと歌奈の顔から何か探ろうする。突然、彼女ははっとした顔になった。何かに気づいた様子で視線がギターへ向かう。
「えっ、まさか? えっ」
「あー」困ったような歌奈の声。
「歌奈さん、ですよね?」
「うん」
「驚きました……え、すごい、なんでここに」
女性の口が中途半端に開いたまま止まる。歌奈がここにいる理由に思い至ったのだろう。あの頃より痩せている理由も。
「……まさか、ノアに歌を聴かせてくれたんですか? ありがとうございます」
「ええ、まあ聴かせたというか」
「なんて光栄な。この子、歌がとっても好きだから」
歌奈は興味深そうに少女を見た。
「やめてよママ!」
少女は居心地がわるそうにつぶやく。
「今は歌好きじゃない」
「この人、歌奈さんと言って、『Sky Skip』を歌った人なんだよ。ノアの好きな」
それは、アニメ映画の主題歌として大ヒットした曲だった。映画はいまでもTVで再放送されたり配信サービスでランクインしたりしている。
「え……『スカスキ』を!?」
ノアは、憧憬と引っ込みのつかなさで情緒が混乱した顔で歌奈を見上げた。「おんなじ声だ……」
歌奈は小さくうなづく。
「『スカスキ』、元気でるよね」わたしはノアに微笑みかけた。頬の赤みを増したノアはもじもじしている。
ノアの母は、ギターを見やってから、意を決するかのようにゆっくり口を開いた。
「こんなお願いするのは本当に本当に不躾だと思うのですが、よろしければ、『Sky Skip』を――」
ノアは、ぎゅっと母のジーンズを掴んで歌奈を見ている。
そのとき、鼻の先を冷たいものが打った。
雨だった。見上げると、さっきまで青かった空を灰色の雲が覆っている。
「ごめん、ちょっと待って」歌奈はすばやくギターをケースにしまいこみ、抱えこんだ。
地面を叩く音が、少しずつ重なっていく。木々の葉は濡れて色を深くした。
雨宿りに逃げ込んだ病棟の庇の下で、恐縮しながらノアの母は言った。
「すみません、さっきのは忘れてください」
「うん」歌奈は小さく返事をした。
ノアは、うつむいたまま、じっと黒く染まるアスファルトを見ていた。母は、少女の手を引いた。
「じゃ、戻ろっか」
歌奈は、さびしそうな二人を横目で見やった。「あーもう」歌奈は髪をくしゃっとかきあげる。
「あのベンチで歌うの気に入っちゃったなあ。気がむいたら、明日も十五時くらいに中庭で一人で歌の練習やろっかなあ。久しぶりに『Sky Skip』でも練習するかあ」
歌奈は雨空を見ながら、そこに投げつけるように言った。「見られちゃっても仕方ないなあ」
ノアは、緩む口角を縛り上げるように口をへの字に曲げながら、歌奈を見上げた。目のなかに小さな星があるみたいに見えた。
二人が去ったあと、歌奈はつぶやいた。
「なんか不器用な猫みたいな子だね」
「ですね」わたしは思い切って歌奈に聞いた。
「わたしも、明日の練習のぞき見していいですか?」
歌奈は肩をすくめた。「ま、一人増えても一緒か」
◇
「へえ、そんな子がいたんだ」
わたしは、ルイボスティーの入ったカップを両手で包みこみながら、今日あったことを彼に伝えた。たくさんのことがあったから、ずいぶん話が長くなった。
「ちっちゃいのに、物怖じしないでとんでもないこと言うんだもん」
「大物だね」言葉のあとに、笑い声が続く。
「でしょ、わたしドキドキしちゃって。歌奈さんが怒ったらどうしようかなって」
彼はわたしを穏やかに見つめる。
「歌奈さんって器大きいよね」
「うん。その子のために、好きな歌を歌ってあげるんだよ。すごいことだよね。やっぱり歌奈さんは優しい人だった、うれしい」
◇
次の日、離れた木立に立ったわたしのことを、彼女は手招きした。
「そんなところから見られてたら落ち着かないじゃん」
彼女は面倒くさそうな声で言った。「あの人たちも呼んできて」
所在なく幹の裏から顔を出すノアと母を目線で示す。「冗談わかんないよねえ、みんな」
指示されるままに三人が芝生に腰を下ろすと、すぐに歌奈はギターを構えなおした。午後の太陽がわたしたちの背中を温める。「いくよ」
メジャー調のストロークを奏ではじめる。『Sky Skip』のイントロだ。
踊るように軽やかな歌声が放たれる。
ノアが目を大きく開き、思わず隣の母に声をかける。
「……ほんものだ!」
ラップ調のBメロになると歌奈は、ピッキングに織り交ぜるようにギターのボディを叩いてビートを重ねた。リズムに合わせて、少女の肩が音楽に合わせて小さく動く。パジャマの胸元からは、薄いテープがのぞいていた。
歌がクライマックスに差し掛かり、高音が中庭に響く。ノアの口元が震えるように動いた。歌奈と目が合うと、少女はあわてて視線をそらした。
母に促されるまま、小さな手が拍手の音を重ねた。ふうっと、歌奈は息を吐いた。
ノアの母が、娘に耳打ちする。
「……ごめんなさい」
不本意そうな言葉の語尾は小さくなっていた。歌奈はノアの頭にポンと手を置いた。
「昨日、やっぱりこの子が失礼なことを言ったみたいで。すみませんでした」
「ぜんぜん大丈夫」
歌奈は小さく胸の前で手を振った。ノアは複雑な表情をしている。
わたしは、ノアの母に明るくたずねた。
「ノアちゃんは、いくつですか?」
彼女は、思ったよりも幼いノアの年齢を言った。ここに来たのは最近だという。本当は素直でいい子なんです、と母が言うと、だと思うよ、と歌奈は同意した。ノアは恥ずかしそうに顔をしかめて、首をぶんぶん横に振っていた。
ノアの母のポケットで音が鳴った。
電話が来たらしく、彼女は頭を下げると画面を隠すように背中を向けて、木立へ小走りで向かった。
ノアはそわそわと足元を見つめた。
歌奈は、澄んだ声でノアに問いかけた。
「ノアちゃんって、ほんとに歌が嫌いなの?」
「きらい」
「なんで?」
「……自分の声が好きじゃ、なくなったから」
ノアは眉間に皺を寄せてうつむいている。言い方に、少し引っ掛かりを覚えた。
「ジャニス・ジョプリン。ロッド・スチュアート」
「え?」
「ジョー・コッカー。メイシー・グレイ。トム・ウェイツ。パティ・スミス。かすれた声の、すばらしい歌手たちだよ。みんな大好き」
ノアが顔を上げた。
「……知らないけど」
「そんなもんか。じゃ、調べて、渡井さん」
歌奈はわたしの肩をぽんと叩いた。歌奈に言われるままスマホを取り出し、名前をYouTubeで検索する。唐突なボディタッチもあいまって指先がうまく動かない。
「わたしの声、変じゃないの?」
ノアが、喉に手をやりながら聞いた。
「そんなわけない」
「でも、歌ったら変だって言われて……」
「そんな奴クソくらえだ」歌奈は本気で怒っていた。
再生ボタンを押すと、曲が流れ出した。かすれた声の女性ボーカリストが、布を切り裂くように歌っている。「うん、いい」歌奈は大きくうなずいている。
彼女は、湧き上がるものに身を委ねるようにハモりを加えた。透明な歌声がスマホから流れるバウンドサウンドに一瞬で馴染む。
それは恋人の夜の歌だった。英詞とはいえ大人の歌で心配になるわたしと対照的に、歌奈は生き生きした顔をして歌っている。
間奏で歌奈はノアに話しかける。
「あなたの声、切なくていいじゃん。わたしも昔、かすれた声に憧れて、お酒でうがいしようか悩んだよ」
わたしは驚いた。間奏が終わり、再び歌奈は歌い出した。シンプルな歌詞がリピートされる。
「ほら、ノアちゃんも」
戸惑うノアの視線が、歌奈へとゆらゆらと向かう。助けを求めるようにわたしの顔も見る。わたしには曖昧な笑顔を浮かべることしかできない。
「いっしょに」
おそるおそる少女が口を開く。歌奈に引き寄せられるように声を重ねる。
それは不思議な和声だった。少女の声のざらつきを、歌奈の声が柔らかく包み込む。副旋律のすぐ隣で、ノアの歌声が魅力的に浮き立ってくる。声に生えていた棘は、心に刺さる針になる。二つの声が抱き合うように浮かぶ。
「うまいじゃん」ノアは、カタカナ英語で歌っていた。驚きと興奮で目を見開いている。こんなふうに、プロの歌手に生で三度上のハーモニーをつけられることなんて、はじめての体験に違いない。
最後のサビを繰り返すあたりで、ノアの母が木立の向こうから帰ってきた。ノアは、笑みを浮かべる母に気づくと、ぴたりと歌うのをやめた。
「ありがとうございます……貴重な体験をさせていただいて」
ノアの母が深々とおじぎをした。彼女は、ノアの頭を押して強引におじぎをさせる。
少女は顔をあげると、上目遣いでぽつりと言った。
「明日も、中庭で練習すれば?」
「こらっ」ノアの母が眉をしかめる。
「はは」歌奈は困ったように笑う。
「ねーまた練習しなよ、映画で聴いたときの方がうまかったもん」
「失礼な」歌奈は、わざととらしく睨んでみせた。
「下手になったから聴かせたくないんでしょ?」
「違うっつうの」
「なら歌奈さん、明日も歌う?」
ノアが見つめる。歌奈は眉根を寄せて考えていた。高揚感が波のように引き、プロとしての冷静さが首をもたげているようだった。
ノアの母も歌奈の顔をみている。不安そうに、願うように。
少し間を置いて歌奈は、ノアの頭にそっと手を載せた。そして「いい子にしてたらね」と言ってうなずいた。「誰にも、ひどいこと言わないように」
少女ははにかんでうなずいた。わたしは思わず、くすっとする。歌奈の細めた目と、目が合った。
歌奈の優しさは、わたしの好きな歌奈の歌詞の世界と重なった。
ノアの母は縮こまりながら、再び娘におじぎを促した。ノアがたずねる。
「じゃあ明日、カオリちゃんとかも連れて来ていい?」
「図々しいなあ――十五時開演ね」
投薬の時間だ、と母は言った。手をつないだ親子は、石畳の向こうへ去っていく。少しだけ身体が軽くなったように歩く二人の後ろ姿をみながら、歌奈はつぶやいた。
「救う、かあ」
「え?」
「言ったよね、渡井さん、声は『救う』って」
「は、はい、確かに」
「本当に救い続けられるなら、いいよね」
横顔に、木の影が淡く差し込んでいた。
◇
翌日、ノアは母親とともに、入院着の少年と少女、さらに自動運転車椅子に乗った少年も連れてきた。その少年には付き添う看護師もいて、静かに車椅子のハンドルに手を添えていた。
「いっぱい連れてきたねえ」
歌奈は増えた観客に目を丸くした。
「お客さんあってのプロでしょ」
ノアが口を尖らせる。
「それはお客さんが言うセリフじゃないよ」
歌奈は苦笑いしながら、ギターのストラップを肩にかけた。
彼女は息を吸い込むと、すっと歌手の顔になった。歌がはじまる。
ノアが昨日より大きく身体を揺らしている。表情に、年齢相応の幼さが浮かんでいた。
一方、はじめて歌奈を見る子供たちは身を固くしていた。歌声に圧倒されながらも、こういうときのリアクションの仕方が分からないようで、ぽかんとしている。
しびれを切らしたノアが手拍子を始めた。まわりに見せつけるような大きな動きだ。それを見た子供たちが、真似しだす。ノアは得意そうに鼻をふくらませた。少年が、手拍子に合わせて車椅子のアームサポートを軽く叩くと、それは楽しげなパーカッション楽器のように響いた。
「……アンコール」とノアが小さな声でつぶやく。
「え?」
「アンコール。動画で観た。アンコールっていうのが、もう一曲歌ってほしいときのお願いの仕方なんでしょ? 合ってるよね? アンコール!」
なんだか怒ってるみたいだ。歌奈はわたしと目を合わせて、小さく吹き出した。
ほら、とノアにけしかけられるように腕を叩かれ、少年と少女たちも声を揃える。「アンコール!」
歌奈が三曲歌い終えたところで、看護師が「そろそろ時間ですよ」と子供たちに声をかけた。名残惜しそうな背中を、わたしと看護師は最後に演奏された曲の三拍子のリズムで石畳へと押す。子供たちは、歌奈を振り返りながら帰っていった。
ノアの母だけが中庭に残っていた。彼女は、大切そうに両手で抱えていた製菓店の箱を半ば押し付けるように歌奈に渡しながら、深々とおじぎをした。
「あんな風に、ノアの嬉しそうな姿を見れたことは手術以来なくて。久しぶりなんです。ありがとうございます」
「いいって。あと、こういうの今回限りね」
言いながら、歌奈は贈り物を受け取った。
ノアの母は、わたしのことも芸能関係者だと勘違いしていたようで、こちらにも頭を下げた。訂正しながら名刺を渡すと、彼女はわたしの珍しい職業名を、興味深そうに見つめていた。そして、ノアの声が手術によって変わってしまったことを、ささやくように歌奈とわたしに伝えた。
歌奈はベンチに残り、演奏中に苦戦したフィンガーピッキングを弾き直していた。何十回目かでコツを掴んだようで、彼女は「よし」とつぶやいた。思わず「やりましたね!」と言うと、彼女は照れたような顔で頭をかいた。思わず「『Dear You』は、アコースティックバージョンもいいですねえ」と話しかける。言ってしまったあと、つい古い知り合いのようなトーンで話していたことに気づいた。冷たい汗を脇の下に感じる。
歌奈はちょっとだけ目を丸くしてから、「元気だったらアコースティックのライブやるはずだったんだよね。ベストのセットリストで」と答えた。
ベストのセットリスト!
「それってどの曲ですか!?」思わず聞いてしまう。
それからしばらくわたしたちは、箱に入っていたシュークリームを食べながら、芝生の上でその楽曲たちについて話した。デビュー曲から順にディスクグラフィーを辿るように。わたしの熱っぽくニッチな質問に、歌奈が少しずつ饒舌になっていった。
わたしが好きな歌詞の話をすると、「収録の土壇場で書き換えたんだよね」と愉快そうに教えてくれた。作曲の影響を受けた古いバンドのことや、歌詞の言葉遊びの中に忍ばせた暗号のようなメッセージ。いくつもの魅力的な裏話が眠っていた。
ノアや子供たちの話や、中庭に咲く花々の話もした。彼女は花の名前に詳しく、花壇に植えられている花を次々にそらで言い当てた。
AIの話は、しなかった。
やがて、歌奈の額にじんわりと汗が浮かんでいるのに気づき、わたしは伝えた。
「部屋まで、お送りさせてください」
歌奈は少し空中で指先を漂わせたあと、わたしの手を取って立ち上がった。木立のあいだから、夕日の橙色がこぼれていた。ふと振り返ると、石畳に二人分の影が伸びていた。
次の日の十五時も、ノアたちが新しい観客を連れてきた。
歌奈はその様子を見て、わたしにそっと身体を寄せた。
「こりゃまた増えたね」いくつもの顔が歌奈を見上げている。
「大丈夫ですか? もしも言いにくいことがあったら、わたしが代わりに伝えます」
声をひそめて耳打ちすると、歌奈は小さく息を吐いて、ギターを抱えなおした。
「せっかく来てくれたし」
気づけば、歌奈は四曲歌っていた。人数が増えた分、拍手は大きくなっていた。
こうして十五時のミニライブは恒例になっていった。体調がすぐれない日はすぐ切りあげる。雨の日は中止。調子がよければ三曲か四曲歌う。
子供たちへ先輩風を吹かせるノアは、いつも最前列の真ん中に座った。歌うことはなかったが、手拍子をしたり、身体を揺らしてはまわりを盛り上げる。
はじめ、戸惑いと躊躇があるように見えた歌奈は、やがて新しい観客の名前を訊いて迎えるようになっていた。その様子は、ステージからファンに語りかけるMCをしていた彼女を思い出させた。
子供たちだけでなく、付き添う親、大人の患者、ヘルパー、事務員、医師などもしだいに聴衆に加わった。歌声に耳を傾けるときは、大人も子供とよく似た無防備な表情になっていた。
部屋へと送ったあと、話の続きをすることもあった。
その日の話題は、わたしの仕事の失敗談だった。歌奈が笑ってくれると、忘れたかった失敗に感謝したくなった。
しばらくすると、ベッドに座った歌奈の瞳がとろんとしてきて、小さくうなずいたかと思うと、いつの間にか歌奈は目を閉じていた。
細い寝息が部屋に満ちる。
風が、ふわふわとカーテンを泳がせる。日差しが、花瓶に落とす影を少しずつ倒していく。ずっと遠くで、誰かが大きな声を出すのが聞こえた。笑い声のようにも、叫び声のようにも聞こえた。
机の上には、小さな錠剤が詰まった瓶があった。光が屈折して、宝石のようにきらめいていた。
壁にはられたポスターが目に入る。胸の中がざわめいた。あの頃もどかしく観客席から手を伸ばしても届かなかった相手が、目の前で寝息を立てている。
不意に、恐れ多さに胸がいっぱいになる。現実離れした空間に現実が戻ってくる。
わたしは、できるだけ音を立てないように、そっと椅子から立ち上がった。
毛布を歌奈の身体にかける。建物が夜には涼しくなる地域に建っていることを思いながら、カーテンをかき分けてクレセント錠に手を伸ばした。ゆっくりすべらせるように窓を閉める。
扉のレバーハンドルに触れたときだった。
「もう少し、いていいよ」
背後から、小さく柔らかな声が聞こえた。
振り向くと、歌奈は薄く目蓋を開けてこちらを見ていた。不思議なことに、まるで年下の少女のようにみえた。
彼女は小さく首をかしげると、少しだけ口の端を持ち上げた。「沙月さん」
わたしは、緊張で胸にたまっていた息をふっと吐き、再び椅子に腰を下ろした。
話題を探そうとしたけれど、彼女の照れたような表情を見て、何かを話す必要はないと気づいた。
歌奈は、枕に頬を押し付けるように、ゆっくりと窓の方へ顔を向けた。わたしも、彼女の視線を追って外を見つめる。
木立の枝に、小さな鳥が二匹並んで停まっていた。
そのまましばらく、わたしも白い鳥たちを見つづけた。
葬儀で歌奈の亡骸を前にしたとき、茫然としたわたしが思い出したのは、このときのことだった。あれほど話したのに、歌ってもらったのに、不思議とこの静かな病室の風景が脳裏に映し出されるばかりだった。安らかな表情が、似ていたからかもしれなかった。
「あれはね、生成AIが広がりきった頃だった」
ミニライブが終わり中庭で二人きりになると、ギターをクロスで磨きながら、歌奈は小さな声で話しはじめた。
「わたしの声で歌われていたのは、特定の立場の人を傷つける歌詞だった。わたしの曲の替え歌。思い込みで決めつけて、汚い言葉で嗤う。攻撃を楽しんでいた」
マホガニーのボディに、諦観に満ちた顔が映っていた。歌奈は、クロスをきつく指に巻きつけ直した。
「そんなものが、まるでわたしの表現のように拡散されていって、消費されていくのは耐えられなかった。声を奪われたような気がしたよ」
彼女は、暗いホールの縁をなぞるようにクロスで磨いた。わたしは静かにうなずきながら、涼しくなってきた空気を感じ、そっと彼女の肩にカーディガンをかけた。彼女は、ちらっとわたしを見て、目を細めた。
「ほかにも色々あったな。下ネタとか、気持ち悪いものとか、偏った思想の主張とか。地味にキたのが、歌い方を『もっとエモく調教してやる』みたいに改変されるやつ。自分でもバカみたいだって分かってるのに、動画を検索するのをやめられなかった」
「そういうのをなくしたいから、わたしは学習士になろうと思ったんです」
歌奈がギターから顔をあげて、静かにこちらを見つめる。わたしは、自分が拳を強く握りしめていたことに気づいた。
「大切なものを傷つけられるのが、本当に悔しかった。許せなかった。でも、生成AIを使った酷い遊びを面白がっているクラスメイトに、愛想笑いをしている自分も許せなかった。そんな自分にとっての答えが、この職業だったんです」
歌奈はそっとうなずいてから、目を伏せて言った。
「…………AIなんて大嫌いだったよ」
「わたしは、歌奈さんが自分のことを話してくれて嬉しいです」
歌奈は、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。それからわたしの目を見て、静かに訊いた。
「ねえ、学習士のこと教えて。どんなこと勉強するの?」
◇
仕立てのよいスーツに身を包んだ男性が、コの字型に並べられた長机の真向かいで顔をしかめている。そのグリッターエージェント所属の男性の左右には、広告会社に所属する女性と、ビッグテックに所属する男性が座っていた。机に並べた名刺には、いずれも所属企業の下に「AI《あい》あふれる声 推進委員会」という肩書きが書き加えられていた。
「要は、交渉の進捗が遅れている、ということですよね? 佐藤社長?」
正面の男性が言う。わたしと社長はグリッターエージェントのオフィスに呼び出されていた。三十五階の会議室の一面はガラス張りの窓で、街並みがよく見えた。
社長は恐縮しながらも、芯のある声で返した。
「進行はしております。クリエイターとの会話は、常にアジャイル的なので分かりにくく申し訳ありません。けれど着実に対話を重ねています。先ほど渡井が説明した通りです」
そう言って社長はわたしを見た。
「はい。今が大切なところです。もう少し、お時間をください」
「それに、プロジェクトの目標は本来、おっしゃるような短期的活用より、歌奈さんのお声を学習して残すこと、だったはずです。『人類の資産』として」
社長は、会議室の空気に言葉を置くように話した。
「そうした目標だとか『意志尊重』だとかが前提の交渉、というのはこちらサイドも十二分に分かってますよ」
グリッター社の男性から「交渉」という言葉が発せられるたびに、違和感で心がざわついた。
「でも状況は変わるので、キャッチアップはお願いしたく。すでに複数の企業がお待ちしている状況はご理解ください」
彼の言葉に、ビッグテックの男性が無表情でうなずく。張り詰めた空気の中、広告会社の女性がにこやかに口を開いた。
「まあまあ。確かにメリットがイメージしにくいですもんね。私たちは、こんなふうに活用したいんですよ」
彼女は、パワーポイントを大型モニターに表示させる。ウェブで拾ったらしき歌奈の写真の上に載せた再生ボタンをクリックした。
スピーカーから流れてきたのは、歌奈の声で、有名な商品名が連呼される曲だった。韻を踏んだ駄洒落のフレーズが、幾度もループされる。
「弊社では、委員会の施策第一弾として、こうしたCMソングを歌奈さんの声で制作して応募できる、ユーザー参加型グローバルキャンペーンを考えています。特設サイトから歌詞を入力するだけで曲とサムネイルをAIで生成でき、タイムラインから拡散できる設計です。
ファンを大切にした歌奈さんの思いにぴったりのキャンペーンですよね。
商品リブランディングは下期なので、データを早く活用できるとありがたいです」
「あの、ちょっと――」
熱い液体が頭に逆流する感覚のまま、思わず口を開いていた。
社長がわたしの靴の側面を蹴った。
はっとする。唇を一文字に結んで、言葉が飛び出ないように力を入れた。すかさず社長が明るい声で言う。
「すみません、画面の文字大きくしてもらえますか? いやあ僕老眼で。社員に気を遣わせてばっかりなんです」
横目で見ると、社長は目を細めて巧みな作り笑いを浮かべていた。口が小さく、こらえろ、という形に動いた。
陽気なトラックに乗せて、歌奈の声が商品名を延々と繰り返していた。会議室に音は反響し続けて、わたしの耳は逃れられなかった。
帰りの自動運転タクシーで、窓の外を眺めながら、わたしはひたすら気持ちの切り替えに努めていた。敵。悪。害。相手を決めつける暗い言葉が浮かぶのを押さえつけるが、うまくいかない。
上手に話を切り上げてくれた社長が、反対側の窓を見ながら言った。
「確かに、歌奈さんから許諾をいただくことが最優先だと僕は言った。けど、これはクライアントワークでもある」
社長の表情は見えない。声は低く、落ち着いていた。わたしは、自分の顔が赤くなるのを感じた。
社長に向き直り、頭を下げた。
「おっしゃる通りです……感情が出てしまい、申し訳ありません」
「まあ、気持ちは分かるけどね。これからクライアントや委員会は、僕がメインで対応しよう。大切なところなんだろ?」
社長の声には責める色がないぶん、胸に応えた。
「いえ、これからも同席させてください。冷静になれば、皆さんのおっしゃる全部が間違えているわけではないんです。先方が重視する広告やPRを勉強します。対応を、わたしも一緒に考えさせてください。お願いします」
◇
その日、歌奈は一曲だけ歌ったところで部屋に帰ってきた。歌っている途中から息が荒くなり、首筋に汗がにじんでいた。ベッドに体を載せた瞬間、歌奈はふっと脱力した。
少しして落ち着いたあと、彼女は吐息がまじる声で話しかけてきた。
「最近、デビューしたての頃を思い出すんだ。小さな会場で目の前のファンが、歌で表情が変わるのが嬉しかった」
わたしはグラスに水を注ぎ渡した。彼女は、ひと口だけ飲んだ。
「子供たち、ほんと嬉しそうですよね」
「ならいいけどね。ま、ノアちゃん、よく笑うようになったね」
「お母さんは、ひとりでいるときは歌奈さんの歌口ずさんでるって言ってましたよ」
歌奈は愉快そうに笑ったあと、わずかに眉根を寄せた。
「すぐ終わって、がっかりさせたかな」
「そのくらいで、がっかりなんてしないです。わたし、ファンの気持ちはよく知ってますから」
努めて明るく伝える。さっきタオルで拭ったのに、汗がシーツに淡い染みを作っている。
「沙月さんが言うなら、信じるとするかあ」
「はい!」
わたしがやたら大きい声で答えると、歌奈はいたずらっぽく片頬をあげた。
「…………沙月さん、なぜわたしがファンに何も言わず消えたのかって思ってるよね」
歌奈は、骨ばった手を天井に掲げて、開いたり握ったりしている。
「正直、あのときは思いました。けど今は――」
「わたしは、また戻るつもりだった」
歌奈は、ベッド脇のグラスに口をつけてから、言葉を継いだ。
「癌になったけどもう治りました、って言ってさ。医者に寛解したと言われたとき、公表して復帰しようとした。発表の直前に、病巣が残ってたのが分かった。医者の嘘つき、と思った。前より増えてた。また手術した。またダメだった。また手術した。そしてまた――こんなに科学が進んでも、医者がAIを使っても、治せない病気があるんだよね。
そうやってわたしはタイミングを逸した。ファンに何を話せばいいのかわからなくなった。すべてが手遅れになった」
わたしは、思わず彼女の手に、自分の手を重ねた。指は細くひんやりとしていて、氷細工を連想させた。
「歌奈さん」
「わたしには音楽しかなかった。プライベートはまるで駄目で、家族をつくるのは下手だった。わたしにとって、ファンが家族だったんだ。そのファンに、わたしは――」
歌奈の唇は、わずかに震えている。
「夜明け前に目が覚めると、もう眠れなくなる。ファンの冷えて凍った気持ちを考えて、わたしはますます一人になる。取り返しのつかない大きな間違いをしてしまったんだと思う。きちんと別れを言った音楽仲間たちに、みじめったらしくまた会いたくなってしまう」
歌奈の指が、コードを押さえるようにしてわたしの手を握り返していた。わたしの熱い手のひらから、彼女の心をあたためる何かが伝わるようにと祈った。
「――作詞と作曲のデータは、AIに学習させていいよ」
「え?」
「沙月さんの説明と提案、分かりやすかったよ。教えてくれた学習データを使った曲、確かに良いのがいくつかあった。ちょっと違うかもしれないけど色々なミュージシャンの真似して曲作りはじめたときのこと、思い出した。ざっと書いて埋めた書類、棚の上にあるでしょ」
「ありがとうございます……!」
「厳しめの条件だけど。確認したらまた話そう。声の件は、まだ考えさせて」
歌奈の瞳は、水晶のように透き通っていた。
「書類、読み込んで確認します。あとで詰めさせてください。なんとお礼をいっていいか」
「いえいえ。わたしやっかいな奴でしょ」
歌奈は、哀しげに笑った。懸命に否定するわたしへ、照れくさそうに彼女は続けた。
「ねえ、面倒ついでに、手伝ってもらえないかな?
あの頃できなかった、ベストのアコースティックライブがやりたい」
◇
「歌奈さんは心残りがあるんだね」
一日の出来事を聞いた彼は、うなずいた。
「ライブ、全力で手伝ってあげたい。こんな時間がずっと続く気がしてしまってたけど、そんなことないから」
「やっぱりすごいね、沙月は。歌奈さんに信頼してもらえて。つらいのに、がんばれて」
「……あなたがいるから」
◇
「マジでお遊戯会じゃん」
ノアがクレヨンを手に、口を尖らせる。
画用紙には、ギターを弾きながら歌う歌奈の絵。
「お遊戯会じゃなくて、アコースティックライブ、ね」
子供たちが集い、食堂の一角を借りて、明日の準備をしていた。歌奈には内緒だ。
「こういうエンシュツって、子供だましって奴でしょ。手作りのミリョクだって、沙月さん言うけど」
「そう言いながら、しっかり準備手伝ってくれてるね」
「……グダグダだとダサいから」
言葉に反して、彼女はクレヨンの色を悩みながら選び、歌奈さんの姿を丁寧に色付けていく。
「歌奈さんの絵うまいね。顔そっくり。よく見てるんだね」
「そう? このくらいいくらでも描けるよ」
「ギター描けるのもすごくない?」わたしは、金色を選んで塗られたギターを指した。
「ヨユー」少女は小さく鼻を鳴らす。
隣で絵を描いていた男の子が声をかけてきた。「ノア、これどう?」
「まあまあじゃん。ん、これあたし?」
彼の絵の中では、歌奈を取り囲む少年少女と同じように、ノアらしき少女が大きな口をあけていた。口からは音符が飛びだしている。
「あたし、歌わないし!」「えー」
「いいじゃんいいじゃん、ノアちゃんの絵かわいいよ」わたしは口を挟む。
「その言い方引っかかる! 実物もかわいいです」ノアが口を尖らせる。
少し間をおいてから、わたしは彼女に聞いた。
「ねえノアちゃん、やっぱり歌が嫌い?」
「……歌うのは、まだきらい」
ノアは、微妙に質問と違う角度から言葉をぽつりと返した。
「そっかあ。わたしは、歌が好きだよ」
「聞いてないし!」
言いながら、ノアは笑った。
よく晴れた中庭に、手作りの装飾が施されている。ギターや音符のかたちに切られた紙が紐に通され、木々のあいだをカラフルに繋ぐ。医務室から借りたホワイトボードを埋めるのは手書きのポスターたち。それぞれにギターを弾いて歌う歌奈の姿がクレヨンや色鉛筆で描かれていた。ひときわ大きな紙には金色のギターを持つ歌奈と「かなさんのライブにようこそ!」という字が踊っている。
子供も大人も、たくさんの人たちが芝生に集まっていた。医療スタッフたちと協力をし、患者の方々が心地よく聴けるよう、ゆったり座れる椅子や寝そべられる寝具やマットを用意した。
十五時ぴったりに、歌奈が登場した。
「今日はみんな、来てくれてありがとう!」
彼女がギターを抱くようにしておじぎをすると、歓声が上がった。
一曲目はデビュー曲だった。この日のために用意したマイクを通して、中庭のすみずみへと張りのある歌声が届く。歌に合わせて、前方の子供たちが手拍子を始めた。中央には当たり前のようにノアがいた。
「ここまでしてくれて嬉しいです。二曲目からは座らせてもらうね」
セットリストは、彼女が選んだベストの十曲。大ヒットした映画主題歌、挑戦的な変拍子の楽曲、切なげなバラード、パワフルなロックチューン。彼女の幅広い魅力を伝えるセレクションだった。
それぞれが身体を揺らしたり、のんびりとしたり、拍手を重ねたりしながら、耳を傾けている。人々のあいだを通り過ぎる風からは、夏の気配がした。ときおり、波紋のように感嘆のざわめきが起こる。
後方に佐藤社長がいることに気づいた。あれ、この時間は打ち合わせ入っていたはずだが。社長からの「役得」というメッセージがスマートウォッチの上に浮かんだ。心の中で苦笑する。
不思議なことに、今日、歌奈はあまり汗をかいていない。
ペットボトルの水を口にすると、歌奈は子供たちを見回した。視線が真ん中のノアで止まる。
「次の曲は一緒に歌おっか」
アップテンポのストロークがはじまる。ノアの好きな『Sky Skip』だ。
歌奈の声に子供たちの合唱が重なった。
ノアは、じっと口をへの字にして、エイトビートで上下する手元を見ていた。そして視線をぐぐっと歌奈の口元へと上げると、――大きな声で歌い出した。
歌奈が、歌いながら目を細める。ノアは口をいっぱいに広げ、目の前の歌奈にぶつけるみたいに歌声を放った。かすれた声は合唱に混ざり、アクセントカラーのような彩りを加えた。
そのままノアは、ラップ調の難しいBメロまで含めて、すべてのフレーズを歌詞を間違うことなく歌い上げた。木立の陰で、ノアの母が後ろを向いていた。
歌奈は、にやにやしていた。ノアは、赤くした顔をしかめさせて歌奈をにらんだ。そしてそのまま、残りの曲もいっぱい歌った。
予定されていた十曲目が終わった。
「アンコール!」
ノアだ。最前列の子供たちから始まった手拍子が、後方の観客へ広がっていく。
わたしは隣の医師と目配せをした。疲れは大丈夫だろうか。不安そうな社長とも目があう。
歌奈は目を閉じ、鋭く息を吐いてから、すっと背筋を伸ばした。
中庭が静まり返る。
ストロークと同時に、声がメロディを紡ぎはじめた。それは、わたしも知らない歌だった。
新曲だ。
歌詞は、少女が世界と出会っていく物語仕立てだった。異国の街を歩き、広大な海を渡り、色に満ちた花畑を駆け、宇宙船で星を巡り――未知のもので自分を編み上げていく喜びの歌だった。
歌が、太陽のようなあたたかさをまとって観客へ降り注ぐ。
ノアは身を乗り出して、音を味わうように大きく空気を吸い込んだ。歌奈へと腕を伸ばして、手のひらを拳へと握りむこむ。歌奈が拳へと指先を伸ばすと、そこにはわずかな距離が残っているだけだった。
ノアが駆け寄ってくる。タックルするみたいに抱きつくと、勢いあまって歌奈の髪がゆれる。歌奈のギターケースは、わたしが抱えていたので無事だった。
「えっとね、歌奈さんの新しい曲、すっごい、すっごい……わるくない!」
「はは、ありがとう」紅潮したノアの頬に、歌奈はそっと手を当てる。
「ノアちゃん、『わるくない』じゃなくて『よかった』でしょ?」わたしは苦笑しながら口を挟んだ。
「別に……メロディがぶわーっと来て、なんかこう、歌詞のなかをずんずん進んでく感じがしたってだけだもん」
ノアは照れた様子で視線を逸らした。
「じゃあ次の曲でほめてもらわないとね」歌奈がわざとらしく顎に手を当てる。
「ねー歌奈さん……歌の女の子って、もしかして?」
「うふふ」見つめるノアに、歌奈は思わせぶりな笑みを浮かべる。
「また歌ってよ、一人で歌うの寂しそうだから覚えて一緒に歌ってあげるっ!」
「うん。ノアちゃん、頼んだ!」
三人の視線が重なって、同じくらい大きな笑みがこぼれた。
わたしは抱えているギターケースを、ぎゅっと胸に引き寄せた。
部屋で横になり、安らいだ歌奈に話しかけた。
「さっきは驚きました。いつのまにあんな素敵な曲作ってたんです?」
歌奈は、いたずらっぽい顔で言った。
「ふふ、いい曲でしょ。プロにとって、最高の一曲はいつも新曲だからね」
◇
ノアの母から、二人にすぐ来て欲しい、と請われた。青ざめた顔からこぼれ落ちた言葉は途切れ途切れで、内容をつなぎ合わせるのに時間がかかった。ノアの姿をあのライブのあとずっと見かけておらず、歌奈とわたしは心配していたところだった。
歌奈の部屋に入ると、彼女は倦怠感を隠すように横たえた体を起こした。痛みを緩和する錠剤がシーツに無造作にこぼれている。
その姿を見て、わたしは歌奈にノアの話をするか一瞬迷う。だが歌奈はわたしの表情からすぐ何かを察して、目に光を宿した。わたしは、意を決して口を開く。
歌奈は即座に立ち上がった。まっすぐに手がわたしへと伸ばされる。いつもは冷たく感じられていた指先が、熱を帯びている。
手を握り返しながら廊下を進む。二人の手汗が混ざりあう。
石畳を通り過ぎ一般病棟に入ると、ホスピス病棟よりもずっと強い消毒液の臭気が鼻をついた。一室の前で、両手を胸の前でにぎりしめた母が待っていた。
病室に入ると、歌奈の足がぴたりと止まった。
ベッドの上に、包帯に巻かれたノアがいた。
細い身体から、いくつもの管が伸びている。
鼻孔には透明なチューブが通され、乾いた唇は弱々しく半開きになっている。喉元につながった管が、ときおり蒸気で曇る。鎖骨の下からは太いドレーンが伸び、赤い液体の粒を、ゆっくりとボトルへと運んでいる。腕へ固定された針の先には、古びた点滴スタンドがたたずみ、薬液を落とし続けていた。
横たわるノアの身体は、中庭で見るよりずっと小さく見えた。
母が、赤く腫れた目で、わたしと歌奈を見つめた。
歌奈はノアのベッドへ走り寄った。静かに手を取る。手は羽のように軽々と持ち上がった。
「ノアちゃん……!」
歌奈が名前を呼んだ。
彼女は、歌奈の方に顔を小さく傾けた。顔と首からつながる管が揺れる。
ノアは、目蓋を薄く開き、ひゅー、ひゅー、という音を出した。
もどかしそうに眉を寄せたノアは、指先で首元の包帯と管を掴んだ。包帯がずれた先にあったのは、黒く丸い空洞だった。円は赤く縁取られ、左右に縫合の痕が走っていた。
歌奈は、ノアの手を握りながら崩れ落ちた。
母が駆け寄り、首元の包帯をそっと整え直す。
わたしは、ただ口を動かすだけで言葉が出てこなかった。助けを求めるように病室を見渡すと、看護師が立っていることにいまさら気づいた。動揺するわたしへ、小さく耳打ちをする。「リンパ節から再発して……進行がはやく……」
歌奈は、か細い手をつかんだままベッドの脇に膝をついていた。肩が小刻みに震えていた。
ノアの指が、かすかに動いた。
歌奈の手の甲を小さく叩きだす。肌のうえにリズムが刻まれていく。お気に入りのあの曲のBPMで。
歌奈が顔を上げた。ノアの眉毛が、期待するようにわずかに持ち上がった。
歌奈は息を吸うが、それはただ弱々しい吐息にしかならなかった。包帯の巻かれた喉を見つめている。歌奈の瞳は濡れて、揺れ動いていた。彼女はもう一度、深く息を吸った。
歌奈は、肌を打つリズムに合わせ、歌い出した。
澄んだ歌声が、液体のこぼれ落ちる音や機械音や少女の身体から出る音を打ち消す。
歌奈はノアの手を深く握りしめた。少女の指は、落ち着く場所を見つけたかのように手首の窪みを打ちづづけている。
ノアの母の慟哭が、病室に響いた。
それでも歌奈は、歌うのをやめなかった。母は嗚咽を抑えるようにシーツを掴み、顔に押し当てている。
ノアは、目蓋をゆっくりと落としながら、歌奈の手首の上で親指を躍らせ続けていた。
きらきらとした声が、ノアのまわりに満ちて、ベッドごと包み込んでいくように感じた。
歌声は、ノアが寝息を立てるまで続いた。
◇
「……こんなことって」
わたしはソファに身を沈めて、気持ちを整理しようと彼と話していた。
「つらいよね」
ふんわりとした彼の声が、リビングの空気を震わせる。
「ノアちゃんのお母さんに……なんて言っていいのか」
「難しい話だね」
「大切な人が奪われるって、ほんとにつらいから」
「僕はずっとそばにいるからね」
胸の奥が、刺されるように痛む。
「…………うん」
「何があっても、沙月のそばにいる」
「………………………」
「伝わっているかな?」
「……………………………やめて」
「君を愛しているよ」
「……………………………………やめてよ」
「沙月?」
「…………………………………………うるさい!!」
言葉より先に、わたしは「それ」を床に叩きつけていた。
鈍い音が響く。円柱型のデバイスが壁で跳ね返り、フローリングを転がる。
ぷつん、というノイズが鳴った後、リビングが静まり返った。自分の荒い息遣いだけが響く。ソファを力いっぱい叩くと、フェザーの反発する虚しい感触がした。
しばらくあとで、わたしは『それ』を拾い、電源を入れ直した。
「…………ごめんね」
「なんのこと?」
円柱の中央に浮かぶホログラムの彼が、いつものように微笑んでいた。
◇
灰色の雲のあいだから、わずかに空がのぞいている。朝に降った雨の名残が、芝生を濡らしている。花壇では、散った花弁が土に混じっていた。土の中に、ライブを飾りつけたときの折り紙の切れ端を見つけて拾った。
ノアが亡くなった翌日、わたしと歌奈は中庭にいた。
「ノアちゃんのお母さんから、聞いてるんでしょ」
「……お母さんは、人格データの学習とAI移行を希望しました」
「そっか。やっぱり。つらいもんね」
歌奈の横顔には、優しさがにじんでいた。
ノアの母が、学習士のわたしに人格AIの相談を寄せていたことを、歌奈も知っていた。
「はい、とてもつらそうでした。せめてもう一度話したい、そうお母さんは言っていて」
「話したい、会いたい、という気持ちは、ときに容赦ないから」
「その気持ちは、よく分かります」
湿気を多く含んだ風が、頬を撫でる。木立の葉先で揺れる水滴が、土の上に落ちる。
遠くで、名前の知らない鳥が小さく鳴いていた。
「――――――わたしも、死んだ恋人をAIにしているんです」
自分でも予想しなかった言葉が、喉をすり抜けた。
歌奈は、静かにわたしへ顔を向けた。瞳は湖面のように澄んでいた。
「もう一年以上、依存しています。亡くなった理由は、交通事故でした。最初、人格AIに頼るのは一時的なものだと思ってた。けれど彼の声を聞くことを、どうしても、どうしてもやめられない。壊したことも、捨てたこともある。けど、どうしても駄目だった。慰め、ごまかし。そんなこと分かってた。分かってるのに。おかしいですよね」
「必死で生き延びようとする人を、どうして笑えるの」
風が、木立のあいだをさらさらと通り過ぎた。
「彼のこと、誰にも話せなかった。話したの、歌奈さんがはじめてです」
「うん。話せないことで人の半分はできてる」
彼女は目を細め、霧でけぶる木立の向こうを見やった。
「大切な人をどういうかたちでも残したい気持ち、分かるよ。
最初にわたしの声を褒めてくれたのは、お母さんだった。歌うたび、上手いって褒めてくれて。料理してるときも、掃除してるときも背中を追いかけて歌った。オリジナルをはじめて聴かせたのもお母さん。いま思えばとても拙かった曲を、素晴らしすぎる、なんて言ってくれて。
デビュー曲は、生きてるあいだに間に合わなかったよ。亡くなったときは人格AIが普及していなかったけど、あったなら人格を残そうと悩んだかもしれない」
歌奈は、言葉を切るとわたしの目を見つめた。わたしはその目を捉えたまま言った。
「勝手を言わせてください、そのとき人格AIがなくてよかったです。
AI――これほど並外れた技術もないけれど、これほど残酷なツールもないと思います。メリットを偉そうに語り、日常的に使いながらも、飲み込めない部分がある。依存させたり奪ったり傷つけたり大切なものを軽くしたり――。
それでもわたしは、歌奈さんに声を残してほしい。学習させてほしいんです」
「それは学習士として? ファンとして?」
「渡井沙月として、です」
「うん」
歌奈は、目を合わせたまま微笑んだ。
「声は力だと思うんです。そう言うと陳腐だけれど。まっすぐ心に届いて鼓舞する。和らげる。慰めになる。寄り添う。立ち上がらせる。否応なしに身体を動かしてくれる。だからノアちゃんに、みんなに、歌奈さんの声を届けられて本当に良かった。その声を、次に届く誰かのために、ちゃんと役立てられる誰かのために、残したいと思ってしまっているんです」
「わたしも、ステージでいつも考えてたよ。一つ間違えば暴力になる声というものを、どう人のための力にして届けるか」
「わたしには、ちゃんと届いていました」
「ありがとう」
「ノアちゃんにも、絶対に」
歌奈は目線を、足元の芝生に落とした。
「わたしも、沙月にだけ話す。……死ぬのが怖い。自分がなくなるのが怖い。歌えなくなるのが怖い。生きていられるのは、あと少しだけだって」
歌奈は、手のひらで目元を覆った。手の甲に血管が浮き上がっている。わたしがはじめてホスピスに来たときよりも、明らかに手首が細くなっていた。
「夜になっても、目が覚めない気がして眠れなくなってきた。この世界に『残せた』と思う音楽たちだけを、か細い支えにして無理やり目を閉じるんだ」
歌奈は、震える手で顔をふさいだまま言った。
「わたしにできることがあれば、言ってください。言ってほしい」
歌奈は視線を上げて、わたしを見た。
「ずっと考えてた、AIのこと。沙月とたくさん話せたから見つかった。」
わたしがのぞき込むと瞳は揺れ動くのをやめ、ただまっすぐな光を宿した。
「いつか教えてくれたね、この先、AIでできるようになるかもしれない研究のこと」
「歌奈さん……?」
「決めたんだ。沙月にお願いがある」
歌奈は、それを口にした。
「力を貸して」
「――約束します。一緒に叶えます」
◇
今回は、わたしの方から会議室に社長を呼び出している。
「例の件だよね?」
佐藤社長は、入室するやいなや問いかけてきた。
「はい、社長、顔が広いですよね」
「ほい」
ペーパータブの束が、わたしの前に置かれた。
「話を聞いてくれそうな技術者、官僚、政治家、実業家、法律家、学者、メディア関係者。この手の話題に強いインフルエンサーも入ってる」
ペーパータブには、氏名や所属や連絡先や関係性が表になってまとまっていた。
「社長……」
スマートウォッチが震え、同じリストの受信通知が浮かんだ。
「全員、僕からの紹介って言って。メールのCCには僕も入れておいて。会食は領収書忘れないように。あと企画書、分厚すぎるから立場別に要約版つくっておいた方がいい」
「ありがとうございます。リスト、大事に使わせていただきます」
「あらためて聞くんだけど、わかってるよね? 時計の針を五年進めるような開発するうえに、大騒ぎして決めた国際的な規約に変更加えるってことだよ」
「覚悟してます」
「システム構築にロビイングにPRもか。めちゃくちゃ大変だよ。ビジネス性ない話を前例にしたくないから抵抗する関係者はいる。かつての功労者っていうか老害っていうか……」
「認識してます。でもやります」
「しんどいときは言ってね。まあ僕もしんどいんだけどね。連日事務所に呼び出されるし。業界人たちにも目つけられるし。エースの稼働取られるし。はあ。でも、やるんだよな、うん。きっとこの仕事は、こういう仕事だったんだな。やるか。一緒にやったるかあ」
「申し訳ないです社長……。歌奈さんと設立する財団から、費用は出していただけます。書類の通り、事務所や委員会への協力費も含めて資産成長分でまかなえる試算です。彼らのCSRに活かせるソーシャル・グッド文脈でのPR活用も可能にしており――」
「いいんだ、分かってる。ここまでやってくれたら、会社が相対するステークホルダーは僕がなんとかする。沙月ちゃんは、ほかを全部、やりきってほしい」
わたしは、スタジオに向かう自動運転タクシーでメールを打ち続けた。社長のリストと自分が用意したリストをマージして、片っ端からつぶしていく。コールも織り交ぜて次々アポを入れる。スマートウォッチ上に浮かぶカレンダーが、青のブロックで満ちていく。
◇
「よろしくお願いします」
歌奈はガラスの向こうでマイクの前に立つと、深く頭を下げた。
収録ブースの外の人は皆、息を潜めて彼女に集中している。
音声収録を担うスタッフがトークバックボタンを点灯させ、ブース内へ声をかけた。
「昨日の続きで、基本的な母音をやっていきましょう」
「はい」
「では『い』の音を五回ください、まずフラットなトーンでお願いします」
歌奈がスタジオ入りしたのは、願いを語ったすぐ後だった。
彼女は、自分の声を、AI用データとして残すことを希望した。
完璧を期す形で。
発展途上の技術のうえに歌奈の希望する完璧さを築き上げるには、既存の楽曲や会話の音声データだけでは不足していた。あらゆる母音や子音をはじめ、撥音、促音、長音、特殊なフレーズ……等をさまざまなイントネーションや声調で収録することが必要だった。
音声合成ソフトウェアの開発で実績を積んだ音声収録スタッフが集まり、音楽スタジオを貸し切っている。医者や看護師などの医療スタッフも常時待機している。わたしは、歌奈の願いを数百のタスクへ分解し、彼らスタッフのアサインと環境の調整を最優先に行なっていた。
「今ので大丈夫ですか?」
ガラスの向こうの歌奈に、収録スタッフたちがうなずき合う。彼らの真剣な面持ちは、一つ一つの収録データがもたらす意味を理解していた。
優れた音感の持ち主でもある歌奈は、世界中の言語を網羅するための母音と子音を、モデル音声に合わせ再現していく。母音は、i,e,ɛ,a,ɑ,o,u,ɯ,ə,ɜなどの基本形に加えて、鼻母音ɛ~,ɑ~,ɔ~や声調言語の音高変化˥,˦,˧,˨といったものまで。子音はp,b,t,d,k,g,q,ɢ,f,vなどの一般的なものから、アフリカ系言語の ʘ,ǀ,ǁ,ǂといったクリック音まで網羅した。
今度は、半音ずつ上下する声を収録する。限界まで低い声、限界まで高いファルセット。歌奈は五オクターブもの音域をなめらかに発することができた。
「次は、感情を乗せた発声をお願いします」
指示に従い、歌奈は表現していく。驚き。口蓋が上下左右いっぱいに開かれる。喜び。口角の先で頬骨が浮かび上がる。悲しみ。眉間に深い影が落ちる。
声は、見事に感情を描き出していった。
そのたび、歌奈の顔はくしゃくしゃになる。皮膚を引きつらせながら、筋肉が収縮と弛緩を繰り返す。こめかみに刻まれた皺のひだを、汗がつたった。前開きの病衣は汗を吸い、まだらの染みを作って痩せた鎖骨にはりつく。
わたしと医療チームは、歌奈の様子と、腕に巻いた測定機器の情報を見て適切なタイミングで休憩を設けた。そのたび歌奈は、測定機器の警告を無視して「もう少し」と言って続けたがった。
車椅子に乗った歌奈を、身体を揺らさないようにして仮設の病室へ送り届ける。わたしがその係を務めることを、歌奈が希望した。
腕に伝わる身体の重みが、今日もまた少し減った気がする。
仮設の病室は会議室を改造して設けられており、収録スタジオから通路一本で直結していた。ベッドの脇に酸素吸入機や点滴スタンドが配置され、壁際には吸引機や心拍モニターが控えている。歌奈が貼ることを所望したあのポスターが、ここを無機質なだけでない場所にしていた。
電動式ベッドがゆっくりと、負荷が最小限の姿勢へ導いた。彼女は表情を歪めながら、体を丸めて浅い呼吸を繰り返す。腰をかがめた医師と小さく言葉を交わすと、モルヒネポンプが静かに動き出した。薬剤を送り込む規則的な音が響く。酸素吸入も始まり、呼吸が少しずつ整う。わたしは、医師に教えてもらった「送風療法」として、うちわで彼女の顔をあおいだ。痺れてくるたび、右手と左手を交換した。
歌奈は、手首の点滴チューブをぼんやりとした目で眺めていた。やがて、モルヒネの効果が少しずつ現れたのか、眉間の歪みが和らいでいった。彼女は、うわずった声で言った。
「……時間、ないね。もっと早く決めていれば――」
「歌奈さん、無理しないで。お願いだから」
「最後くらい……好きにさせてよ」
歌奈は、笑ってわたしを見た。その表情は、内緒で新曲を披露したときの、いたずらっぽい彼女を思いださせた。喉の奥で湧き上がるものを止めるため手のひらに爪を立て、歯を食いしばって目蓋に力を込めた。だけど、もう無理だった。自分の方がずっとつらいはずの歌奈は、背中を優しく撫でてくれていた。
小康状態にあるとき、仮設の病室で歌奈とわたしは、未来のことを話すのを好んだ。
「歌奈さん、本当に、あなたの思いや人生をPRに使ってしまってもいいんですか」
「うん。沙月に託す」
歌奈の目には迷いがなかった。BGMにしたARポスターのライブ動画から、歓声が響いた。
「メディアが好きな、SNSで受ける、分かりやすい物語にしてしまうかもしれません。インタビュー動画を切り刻んでしまうかもしれません。その代わり、絶対に人を動かします。敵に見える人さえ、味方にするくらい」
彼女は骨格の浮き出た手で、わたしの指先を握った。
「お願い」
スタッフが、ブース内の歌奈へ「フォルティッシモ×スクリーミング×歌声」の項目を要求した。その厳しさから、充分な休憩と医師の確認を経てからの収録だった。
歌奈が目蓋を閉じる。
酸素をかき集めるように深く息を吸って、胸部を大きく膨らませる。
天井を仰ぐと、枯れ木のような身体から、信じられない声が放たれた。
歌奈は全身を震わせていた。喉元で筋が浮き立ち、指先の一本一本まで張り詰めている。
莫大な声量はスタジオの壁を揺らし、わたしの全身を貫いた。
心臓が跳ね上がり、膨れ上がった感情が意識を押し流していく。
次の瞬間、わたしはライブ会場にいた。
すべての照明が一点を照射し、歌奈を浮かび上がらせた。
力強い歌声はうねりながら、会場の最奥まで駆け抜ける。
観客の熱狂が渦となり、空間を揺れ動かす。
最前列で、子供たちが柵から身を乗り出している。
その真ん中に、ノアが立っている。身体を精一杯伸ばし、拳を天高く突き上げている。
小さな口をいっぱいに開き、叫ぶように自分の声を歌奈に重ね合わせている。
歌奈はノアの小さな拳に指先を伸ばしながら、ビブラートを響かせた。
気づくと、目の前にガラス越しの歌奈がいた。
肩を大きく上下させ、マイクからゆっくり唇を離しながらわたしに手を伸ばしている。
宝石のような汗が、顔を途方もなく美しく輝かせていた。
◇
歌奈は、一ヶ月後に亡くなった。
◇
六年後、ナイジェリア、ソコト州の村。
砂埃の匂いが舞う乾季の庭で、少女が歌っている。
歌奈の声で。
少女の歌は、慈雨のように家族に降り注いでいる。重い荷物を抱えて遠い市場へ往復する父母をねぎらう、ハウサ語の歌。少女のそばで弟たちが無邪気に踊っている。母がこらえるように両手を合わせる横で、父が「奇跡」という意味の言葉をつぶやいた。
少女の喉には、デバイスの小さな膨らみがある。
〈DIVA〉――歌奈の音声を学習したAI用データセット。
歌奈の声は、声帯を失くした人だけが手にする声になった。
声をうしなう人たちのために、残したい。
それが歌奈の願いだった。
〈DIVA〉が搭載された人工声帯デバイスによって、世界中の言語で自然に話し、歌うことができる。歌奈が亡くなる直前まで収録した、網羅的な音声データのおかげで。
癌による喉頭の摘出、ALS、筋ジストロフィー、気管切開、麻痺、事故や被災での負傷といった理不尽な理由で声をうしなった人たちが、〈DIVA〉提供の対象となる。損なわれた生活と心を支え、少しでも満たせるように。
財団の支援のもと、人工声帯で声を表現するAI技術は、プロジェクトを契機に大きく前進した。ベースとなったのは、今世紀初頭から存在する喉や口舌の振動を感知して発声する「電気式人工喉頭」の技術。機械的な音に近かった声質を発展させるため組み合わされたのが、充実したデータセットを前提とした、音声合成を行うAIのアルゴリズムだ。機械学習による最適化が組み込まれ、その人の身体と意思に寄り添った「発したくなる」発声が可能になった。
真に多様な生のシーンへ対応した――歌唱も含む――発声には、著しく豊かな表現力を内包したデータセットが必要だった。奇跡のような声のデータセットが。
膨大な人が同じ音声を使う文化は、改善のためのビッグデータが一箇所に集まることを意味した。「言い直し」などの情報を機械学習することで、〈DIVA〉を支える基盤システムが成長する。そうやってシステムは評価と改善がループする一大プラットフォームになりつつあった。
〈DIVA〉の社会実装のために、国際的なライセンス体系の複雑な改訂が行われた。
『インテリジェンス・コモンズ 特殊規定No.1』。
人工声帯を必要とする人だけが無償で当該音声データを使用でき、他の用途での利用を禁じる規定。
この改訂を実現するために、わたしはずいぶんと時間をかけてしまった。
人工声帯AI技術に、歌奈という存在が果たした役割は象徴としても大きなものだった。かつてのヴォーカロイドと並べて語られるように、人が心を寄せる象徴が、急速な普及や進化を促していた。
だからこそ遠くない未来、「象徴」は役割を終え歴史に溶けてしまうかもしれない。
けれど、彼女はそれでいいと言うだろう。あの照れたような笑みを浮かべて。
◇
ようやく、〈DIVA〉のハードウェア上でのユーザーテストがはじまったときのことだった。
ブースの中で、大きなプロトタイプを装着した男性と女性、五名ずつ協力者が並ぶ。子供から高齢者まで、みな声をうしなった人たちだった。
次々と歌奈の声で話す。歌う。驚きと喜びと若干の戸惑いが入り混じった表情を浮かべている。車椅子の歌奈と、後ろでハンドグリップを握るわたしは、ガラスの向こうからその様子を見せてもらった。
どの声も機械的な気配がするが、滑らかだった。同じ声色でありながら、癖が滲んで別の人の声だと分かる。不思議な体験だった。ラグやノイズの課題も、スタッフから丁寧な説明を受けると改善を信じられた。
男性向けカスタマイズの精度も予想以上だった。女声をサンプリングして低音に最適化し、男声のヴォーカロイドに仕上げる技術を応用したという。それらはゼロ年代から商品としても存在してきたが、それらより自然に聞こえる。男性らしい話し方や歌い方は特徴量が明確で学習しやすかったのだとスタッフが説明してくれた。
わたしは、安堵していた。歌奈に見せることができた。彼女が生きているうちに、高い崖に指先が届いたのだ。
けれど、歌奈の顔にあったのは明るさだけでなかった。笑みを浮かべて説明にうなずきながらも、意識の一部を別の場所に置いている。頬の陰影が、いっそう濃く感じられる。
彼女の願う「完璧さ」にはまるで辿り着けていないのだろうか。
二人きりになってから、わたしは歌奈に話しかけた。
「歌奈さん、どうでしたか?」
「すごい。ちゃんとできてる。でも、…………やっぱり、すべての人が、自分の声で話したり歌ったりするのは、難しいのかな?」
そのとき、わたしはノアの声を思い出していた。心にひっかかるようなかすれた歌声。皮肉っぽいことを寂しそうに言う声。
痛いほど、歌奈の気持ちが伝わってきた。
「……はい。今は過渡期なんです。現状でも、本人の声を搭載することはできます。ですが、地球上の声をうしなう全員が、これだけの量のデータセットを収録することは厳しいです。専門の技術者や機器が必要で、相応の費用がかかる。病気が進行し、十分な発声ができない人も多いです。
だから、歌奈さんの声が大切なんです。統一のプラットフォームができれば、ユーザーデータを集められる。その学習がAIを進化させ、本人の声にパーソナライズした人工声帯開発を加速させられる」
専門のスタッフたちと何度も話し、論文を読んで覚えた内容を説明する。それは、歌奈に全力で寄り添ってきた仲間たちの代弁でもあった。
「分かるよ……けど、どうしても目の当たりにすると、人の声の居場所を奪ってしまった気になるんだ。決めたはずなのに落ち着かないんだ」
「義足や義手も、本人の肉体ではないという意味で、多くの人の理想ではないかもしれません。けれど、歩いたり、掴んだり、人に触れたりといった希望を叶えるものですよね」
「でも、声は特別だと思うんだ――人の持つものの中でも」
わたしは、そっと彼女の手をとった。彼女は言葉を押しとどめるように口元を引き結び、そっと握り返してくれた。
時間をかけて、自分のなかで言葉を整えた。歌奈はわたしの顔を見ながら、じっと待っていた。
「そうです、歌奈さんの声も、ノアちゃんの声も、わたしの恋人の声も、どの人の声も、――たった一つの特別なもの。
だから、一番目の願いは叶えるものではないかもしれません。不完全だと言われるかもしれない。
けれど、二番目の願いは叶えます。話したい、歌いたい、伝えたい、という願いを。
それは、人が人であることを支える願いだと思います。精一杯の救いです。
必死を、笑うことなんてできない」
わたしは、歌奈さんの目を見ながら語りかける。雨上がりの中庭で話したときのように。自分の心の底まで映せるように、瞳に力を込めた。
「……そうだったね、沙月。思い出した」
歌奈は、ガラス扉が空いたブースの中を見つめた。少年が興奮気味にマンガの主人公のセリフをマネしている。
「最初の一歩として、これほど素晴らしい声はないです。世界中みんなが知っていて、好きになる声なんだから。
その先に、誰もが自分の声で話して歌える時代が来ます。ううん、来させます。
それまでずっと、歌奈さんの感じた違和感を握りしめます」
「じゃあ約束。――あなたは、いっぱい長生きして、その時代まで見届けて」
◇
フランス、ロレーヌの街。
母は、キッチンでキッシュの生地のこね方を幼い息子に教えている。
「バター溶けちゃうよ――指先だけでやさしく」
息子がつぶやいた。
「……母さんの声じゃない」
母はうつむいて眉尻を下げた。
何か言葉を継ごうとと考えたが、何を言ってもこの声になることに気づき、無言になるしかなかった。
「でも、そのぶっきらぼうな言い方は母さんだ」
母が顔をあげる。息子は、少しはにかんで、生地に目を落としたまま言った。
「もういっかい言ってみてよ、早く慣れるかもしんないから」
インドネシア、クサンバの漁村。
「ったく、さっさと網解きしなよ」
軒下で声を張り上げ、妻が夫を叱っている。まだ二人にとって聞きなれない声で。
「文句ばっかで、綺麗な声が台無しだな」
スマホのサッカー中継に夢中になっていた夫は、のんびりと振り向く。
「こないだまで文句も言えなかったんだから、いいだろ?」
「また、このおしゃべりの相手を毎日すんのかよ」
悪態をつきながらのろのろ網を広げはじめた夫は、言葉に反して笑っていた。
オーストラリア、メルボルンのサザンクロス駅。
青年は、改札を足早に通り過ぎる。
若い女性が駆け寄る。
彼は彼女の肩を掴み、おそるおそる恋人の耳元で言葉をささやいた。
それは何度も何度も、メールに、チャットに、書いた言葉だった。
そして、女性がはじめて聴く言葉だった。
「もう一度、言って」
今まで音のなかった時間を埋めるように、二人のおしゃべりは続く。
青年の手は、喉元をもう隠してはおらず、女性の手を握っていた。
わたしは、各地から届けられたエピソードがトラブルシューティング・ログに混じるペーパータブから顔をあげた。
病棟から連なる中庭には、やわらかな芝生が広がっている。植物たちが色を濃くする季節が、また巡ってきていた。
「次どれにする?」「これ!」小型スピーカーの前で子供たちがやりとりをしている。
ギターがストロークを刻むイントロのあと、子供たちが歌いはじめた。
「この歌、好き!!」
歌奈が最後に作った曲だ。
合唱の中に〈DIVA〉が一筋、混じっている。
喉元が膨らんだ少女が、伸びやかに歌っている。顔馴染みのスタッフたちが、手拍子をしながら見守っていた。
空は青く澄み、ときおり流れる白い雲が影となって芝生を撫でていく。
わたしは、目の前の光景を見つめながら、歌奈と過ごした時間を思い出していた。
ふと、誰もいないベンチを見やる。
歌奈さん。一緒に歌ってますよね。
〈DIVA〉が、世界中で響いている。
重なりあい、矛盾もこわばりも痛みも喜びも、ぜんぶを包み込んで。
わたしは、声の輪へ駆け寄った。
文字数:37470
内容に関するアピール
課題として執筆したのち、創元SF短編賞に出品し、最終選考に残った作品を改稿しました。
その過程でいただいたご意見やご感想、講評を参考にさせていただきましたことを、この場をお借りしてお礼申し上げます。
文字数:98