梗 概
フェイク・ミー・アップ
羽鳥由衣は、嘘つきインフルエンサーだ。
ディープフェイクのスキルを使って、SNSやYouTube上で自分を別人のように捏造し、投稿している。
足を伸ばし、肌を滑らかにし、目を大きくした美女「ゆいりん」として。
その技術はとても無料アプリで真似できない。
彼女は本業として広告制作会社で『AIデザイナー』の仕事をしていた。
AIを操作して動画や静止画を作成し、合成やレタッチを組み合わせて仕上げる近未来の職業。
そのディープフェイク作りに最適なスキルを流用し、人気ファッション・インフルエンサーとして偽りの活躍をしていた。
ちやほやされ、企業の案件をこなし、承認欲求と金銭欲を満たしていた。
そんな彼女の嘘が、スマホを覗き見た同僚の営業の高田にバレてしまう。
「黙っててほしかったら、ちょっと言うこと聞いてほしい」
「脅すつもり?」
――高田に連れられて行った先には、ベッドの上の女性がいた。高田の妹、凛。
凛は「百名山をすべて登る」挑戦をしていた登山系人気YouTuberだった。
だが凛は、大きな怪我をしてもう歩けなくなっていた。
「あと、たった五つ。ディープフェイクで登った映像を作ってほしいんです。――そして、やり切ったことにして、事情を探られず、明るく引退したい」
自分と重ねた由衣は、高田と山に登って背景素材を撮影する。
「なんで、港区の飲みの日にこんなことを……」
由依はAIで凛を合成し、違和感のないクオリティで登山動画を仕上げて。
細かいリクエストも叶えられた凛の目は、本当に登山を体験したかのように輝く。
沸くコメント欄。
次の山に行く由衣は、少し愚痴が減っていた。口の悪い会話をする高田との登山は、楽しい時間に。バーチャルで山に登る凛も、笑顔になることが増えた。
由依はいつの間にか、嘘の更新をSNSでしなくなっていた。
残るは最後の山一つ。
迷いやつらさを由依たちに語る凛。下半身の制御さえできない自分を恥じていた。
凛は、最後に掲出する予定の引退文を見せる。それは嘘を明らかにするものだった。
居心地が悪くなった由依は、投げやりな凛にイラつき衝突。逆に自分のSNSを凛に糾弾され怒り、険悪に。
由依は久しぶりに、自分のSNSを開く。
たくさんの嘘とそれを評価する案件DM。
三人で過ごした時間を思う。
彼女は覚悟を決めた。AIに強く、拡散力があり、企業とつながり、そばに営業もいる自分にできること。
由依がつくった最後の登山動画を開く凛。
そこには、山道の空中いっぱいに広がる、バーチャルの広告の連なりがあった。
青空に翻る色とりどりのスポンサーのポスターの前を、『凛』が元気に登っていく。
頂上には、最新AIパワードスーツの企業があった。
神経とリンクし繊細に歩行を補佐する高額商品。スポンサーから集めたお金で由依は、それを凛へ贈ると言う。
「また高尾山からはじめない? 三人で」
凛は、笑ってアップロードボタンを押した。
文字数:1188
内容に関するアピール
承認欲求が目的化した、ディープフェイク技術を虚飾に使うインフルエンサーを主人公にしました。
私とは行動も思想も異なります。
けれど、本当に何もかも自分と違うのかというと、そうとも言い切れないと思います。
この課題は難しく、面白い課題だと思いました。
どれほど「思想が違う登場人物」でも、考えていくうちに、自分の中に「その人」を見出してしまう。題意と合っているか迷ってしまう。そんな体験でした。
自分との「遠さ」と「近さ」の揺らぎに、物語を考える意味の一つがあるのではないかと思いました。
なお、この小説は、以前この講座にて考えた、インフルエンサー×SFの連作短編集の企画の一つとして想定している作品でもあります(単品でお読みいただいて問題ありません)。
https://school.genron.co.jp/works/sf/2024/students/katagiri/8961/
文字数:385