ふさわしい楽園

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梗 概

ふさわしい楽園

近未来。あるサービスが高齢富裕層に人気になりだしていた。
パラダイス。それは、「望む世界へ帰れる」サービス。
過去の写真やコンテンツを学習素材に、AIを活用して3Dのバーチャル上に理想の世界を構築してくれる。

ある高齢者は「初恋がかなえられる青春」を。
ある者は「秘密基地で遊んでいた放課後」を。
ある者は「イケメンたちから寵愛を受ける女子高生時代」を。
ある者は「勇者になれる懐かしのRPG異世界」を。

そのVR世界は鮮やかで生々しい。高齢者たちはヘッドセットを被り、郷愁や願望へ没入し続ける。

パラダイスチームは法も権利もルールも無視して、世界をカスタマイズして提供する。
富の集中が加速した高齢者を夢中にさせる。
溢れ出るドーパミン。それを止めない徹底的に媚びたアーキテクチャ。非常に高いサービス継続率。払われ続ける高額サブスクリプション。

高齢者が語りかける、ビデオ通話上でアバターの「再現士」たち。
彼らは、実は高い技術と怒りに満ちた子どもたちだった。
リーダーの少年、カノウ。No.2の少女、ニーナ。天才AIプログラマ、シヴァン。
中学生の年齢の三人を中心とするギャング的チーム。彼らは徹底的に高齢者を搾取することを決めていた。
そこへ三人に憧れる優秀な新人、ジュードが加わる。

「富の再移転だ」カノウは、分断された上の世代へひそかな宣戦布告をしていた。
「僕たちは怒ってるんだ。高齢者が富を独占することを。政治が彼らだけ優遇することを。もらえない年金料金を払うことを。AIに仕事を奪われていくことを。格差が再生産されることを。だから奪い返す」

日本有数の富豪から要望が来る。チームは、街丸ごと、膨大な人物AIを配置する最もリッチな「楽園」を作る。富豪は、叶えられなかった初恋を、美化した少女と成就させ感涙する。完璧なギャルゲームのように。
膨大な金額が、チームのクリプト・ウォレットに加わった。
「ノルタルジーに溺れろ。現実逃避し続けろ。フィクションを拠り所にしろ。脳汁の奴隷の老害どもめ」

増えすぎたイーサリアム残高は、チームに不協和音をもたらす。
ニーナに思いを寄せる少年二人。三角関係が生まれる。
「楽園」内の初恋のような初々しい思いを、カノウは冷笑的にしか処理できない。
リンダは、祖父がパラダイスで現実逃避をはじめたことを苦々しく思う。
シヴァンは、幸福を感じる高齢者と気持ちが通じる経験を経て悩み出す。

分解しそうなチームに、破綻がもたらされる。
ジュードは、警察のスパイだった。
アジトに踏み込まれ、壊滅に追い込まれる「パラダイス」。
捕まる寸前、シヴァンが身を挺して二人を逃がす。
証拠隠滅の強制終了。すべての楽園が爆散する。

NOT FOUND。多くの高齢者を社会復帰困難に追い込む結果とともに、パラダイスは消えた。

一年後、ダークウェブの一角で、あるサイトが見つかる。
パラダイス・リボーン。あのパラダイスとよく似たサイト。
誰が作ったものかは、まだ分からない。

文字数:1213

内容に関するアピール

課題に対しては、富裕高齢者たちの「理想の3Dのバーチャル・ワールド」と、若年層たちの「理不尽を押し付けられたシビアな現実」のシーンの切りかえで応えることを意図しています。

3Dのバーチャル・ワールドの様々な願望充足的なありようを切りかえていく演出もスパイスになると思いますが、上の世代の「天国」と下の世代の「現実」の切りかえが引き立つように描ければと考えています。

その切りかえは、社会の「分断」を行き来する体験でもある、と考えています。
と同時に、「分断」を分断として放置し完結させない地平まで行けたら、と考えています。

文字数:258

課題提出者一覧