梗 概
DIVA
3年前、女子大生だった私は歌手の歌奈に熱狂していた。
彼女は、誰より美しい声だと言われ、世界的な人気を誇った。
しかし、歌奈は1年程前から姿を消していた。
現在。私は「学習官」になっていた。
学習官は、AI学習データの本人許諾を取得し、管理する職業。
学習データに関する訴訟や社会問題が増えたため生まれた、法・IT・心理学の知見を兼ね備えた職業だ。監査外のAI学習は罰せられる。
私は学習官としてベッドの上の歌奈に再会する。
3ヶ月、それが癌の歌奈の余命だった。
私は芸能事務所に、裏のミッションとして、歌奈にAI学習の許諾と収録協力をさせるよう頼まれていた。
歌奈と相談し、AI学習データ範囲に許諾を与えていく。説得のかいがあって作曲、作詞データはある程度許諾が下りた。
しかし、声だけは、歌奈が許諾しない。
私は歌奈と会話を重ねる。末期癌のホスピスで。
ファンとして声を残してほしい気持ちがあった。事務所の要請もあった。ホスピスの子供も歌に聞き惚れた。人類の資産、だと私は言った。
歌奈は、AIで学習されて卑猥、珍妙、暴力的な歌を歌わされることを恐怖していた。それも理解し、私は悩む。歌奈も迷い始める。
私は、自宅では死んでAIとなった彼氏に依存していた。
歪さを自覚しながら、AIの彼に支えられていた。
歌奈は、ホスピスの人気者になった。ちいさな子供たちに歌ってあげ元気づけることに喜びを感じていた。
身体の一部を失い、歩けなくなり、話せなくなる少年少女たち。二人は、とりわけ一人の少女と仲良くなる。
二人は小さなライブをひらく。幸せな拍手で幕を閉じる。
しかし、私と歌奈は次の日、目の当たりにする、足と肺を失っていた少女が立てなくなり、恐怖と無能感で慟哭する姿を。
歌奈は彼女の手を握り歌う。
少女が亡くなった次の日、私と歌奈は、気持ちを分かち合う。
私は、少女の母が少女のデータ学習を希望していたことを、AIの彼氏に依存するつらさと救いを、はじめて人に話す。
歌奈は、もう生きて歌えない恐怖を、母に歌をほめられた日の喜びを、声の果たす意味を、話す。
そして歌奈はある願いを口にし、私はかなえる約束をする。
次の日から、歌奈は最後のいのちを燃やして、完璧を期すAI学習データを収録し始める。
私は、覚悟を決め、有力な法学者に、政治家に、芸能事務所に、大量のメールを送り出す。
枯れ木のような歌姫の身体から、信じられない絶唱が収録スタジオに響いた。私は熱狂のライブを幻視する。
3年後、ナイジェリアの貧村に、歌奈の美しい声で家族へ歌う少女がいた。
インテリジェンス・コモンズ・特殊規定No.17。それは、人工声帯にのみ使用でき、他はいっさい許さないAI学習規定。
うしなう人のために、残したい。それが、歌奈の最後の願いだった。
歌奈の音声データ【DIVA】は、声帯を失くした人だけが無償で持ち得る美しい声になった。世界各地で、闇夜に灯る光のような声が響く。
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内容に関するアピール
自分の武器について考えると、私の職業である広告クリエイティブに関連したものが挙げられるかと思います。
私は、クリエイティブ・ディレクターやCMプランナーなどをしてきました。
<映像的に考える>
映像のコンテを書いたり、撮影や編集をディレクションしたりといった仕事。
それは、仕上がりの「画」を脳内で先取りすることでもあります。
印象的なシーンをあらかじめ考えて企画することも多くありました。
今回、こうした感覚で考えた部分があります。
例えば、歌手の絶唱のシーン。スタジオの歌唱と同ポジで熱狂の画をオーバーラップさせつつカメラが引いていく。
ラストの、世界各地の人たちが新しい声で歌うシーン。千差万別の背景をもつ人々を短めのカットをつなぐラッシュ。
そうしたイメージを持っています。
個人的に、すべての小説が映像的である必要はないとは思いますが、
楔のように胸に打ち込まれた小説の多くは映像的に思い出されるように思います。
<周辺の創作・技術領域を絡める>
デザイン、アート、音楽、AIなど、広告のクリエイティブは種々の表現・技術領域と接しています。
そうした領域への知見や感覚を活かすことを考えました。
今回であれば、歌手の音楽と音声合成AIといった領域がそれに当たります。
これらによって、彩りやメジャー感を付与することに貢献できればと考えています。
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