苦しくて楽しくて、痛い

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梗 概

苦しくて楽しくて、痛い

主人公は熱血系少年野球監督。厳しい指導の鬼監督として知られ、地域の少年野球チームを率いる。だが、チームの参加者は年々減少。隣町の褒めて伸ばす監督のチームにわざわざ行く子供も増えている。
監督を訪ねてきた男があり、子供の流出を食い止める秘策を持っている、として頭部に装着するヘルメット様の機器を示す。脳に作用して気持ちを前向きにする装置だという。監督は、そんな機器など要らん、といったんは一蹴するも、男は強引に機器を置いてゆく。
だが、一番ひ弱なだけに、最も目をかけていた少年Aが退団したがっている、という噂を聞き、まずAにだけその機器を試してみることにする。使い方は、毎日練習後にその機器をかぶるだけ。
Aはめきめきと成長。ある程度経ったら、機器の使用を監督はやめようとするが、すぐにAは駄目になり、やめることができない。練習後に監督とAがふたりきりで怪しげなことをやっているため、Aに秘策を授けてえこひいきしているとか、Aに性的なことをしている等の噂が子供たちの間に立ってしまう。慌てた監督は、全員に機器を使用することにする。
子供たちは嬉々として特訓に励み、チーム全員がめきめきと成長する。チームは、試合をどんどん勝ち抜き、決勝で隣町の褒めて伸ばすチームと対決し勝利、県大会に進出する。
男が再び現れ、県大会進出を祝福する。そして、「PTSD除去装置は有効に働いたようです」と述べる。監督は、「あれはあんな代物か、俺はPTSDなど与えていない!」と怒り出す。
男は、ひるまず解説を続ける。「PTSDは大きな災害などの後に起こることもありますが、小さな刺激の積み重ねでも起こります。この機器はそんな種を摘み取ってゆます。あなたが言う、厳しい練習に喜びがあるのは事実です。ただそれを上回る心の傷があって辞めてしまう子がいるだけなんです」と。
監督は認めず機器を叩き壊す。結果、県大会での試合はボロボロに負ける。
男がまたやってきて、機器のスペアを渡そうとする。
監督は、「お前、何者だ?なぜ一介の地方の一チームに固執する?」と問う。男は言う。「思い出せませんかね?まあ、無理もない、半年だけでしたから。私もあなたにこのチームに育てられ、そして脱落した。監督を尊敬していたし、チームが、野球が好きだった。だから、チームの役に立ちたいと思ったのです。誰も不幸にならないチームを作ることで」
監督は頑としてスペアを受け取らず、男を追い返す。
子供たちは、機器導入以来の活動の喜びと、試合に負けた苦痛やその後の練習の苦痛のあまりの落差に、一人ずつ辞めてゆき、最後にAだけが残る。
Aは特訓で泣きべそをかき弱音を吐き倒れつつも、しばらくすると必ず立ち上がるような少年だった。
物陰から男は二人の特訓を見て、二人は共依存関係にあるのだなと思う。そしてAの苦痛の表情の裏に幸福を見る。
男は「自分はAになりたかったんだな」とひとりごちて去る。

文字数:1200

内容に関するアピール

私はスポーツ全般がとにかく苦手で、熱血・ド根性といった世界とは相いれない人生を送ってきました。子供の頃から学生時代くらいまであった、「どこの野球チームのファンなのか」と質問される、という「贔屓の野球チームのひとつもない人間などいるはずがない」という空気に辟易していたものです。
一般に物語のドラマツルギーとして、主人公の何らかの〝生きにくさ〟というものがあると思っています。この物語は〝熱血〟が肯定されたり否定されたりして生きにくくなる物語となっています。
しかしながら、私は最終的に、監督も肯定したいし、A少年も肯定したいと思って書こうとしています。
最近の「表現の自由」などをめぐる論議で、「自分が快いものだけでなく、自分が不快なものの存在を認めること」の重要性がしばしば説かれています。
監督も、A少年も、私の人生と交わらないかもしれないけれど、どこかに存在していてほしい。そう思います。

 

文字数:393

課題提出者一覧