(結婚における差別はなくなりました!)×3

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梗 概

(結婚における差別はなくなりました!)×3

【シーン1~3共通書き出し】
「僕たちの結婚がついに認められました!」
「本日、スタジオにお越しいただいたのは……」番組〝ザ・報道〟は始まった。

【シーン1同性婚】
 スタジオのゲストは男性同士のカップル。いくつもの同性婚禁止違憲判決が出ながら、長いこと同性婚が認められなかった苦悩が語られる。
 その後番組外のシーン。
 同カップルが、今まで、他の変態と一緒にされるとか我慢できなかった、近親相姦とか獣姦とか、と語る。少なくとも肩を並べる、いや向こうが下だろ、と語られる。

【シーン2近親婚】
 シーン1から百年時代が飛ぶ。
 全ての遺伝病が、胎児の段階で遺伝子操作ができる技術が開発され、克服されたことにより、近親婚のデメリットがなくなり、法が改正された。
 スタジオのゲストは姉弟のカップル。
 その後番組外のシーン。
 シーン1と同様に、他の変態と一緒にされること、たとえば獣姦とか、が苦痛であることが語られる。

【シーン3 獣婚】
 シーン2から百年時代が飛ぶ。
 動物と完全に会話ができる翻訳機が発明されている。この発明により、相手方の同意が確認できるようになるため、同意があれば動物虐待に当たらないということになり法が改正された。
 スタジオのゲストは男性と雌犬。二人で喜びを語る。

【シーン4】
 シーン1の続き。実は時間軸が3→2→1 であることが年表によってわかる。
 従って、シーン1・2で語られていた差別は法的にも不当な差別であることが読者に明かされる。
 司会が、同性婚は21世紀ごろに権利を認めるよう声が上がり、諸外国ではとっくに実現していたにもかかわらず、日本だけ遅れに遅れてしまった、と語る。

 ここで各性的少数者の差別が克服されてきた歴史が解説される。

 獣婚合法化が一番早い理由は、やはりAIの進化に尽きる、と説明がある。ひとたびディープラーニングという基幹技術が開発されると、技術のブレイクスルーが起きたため。
 近親婚はそれより少々技術的ハードルが高く、ゲノム編集のために狙ったところ以外の組み換えを抑制する技術と、デリバリーのためのナノマシン開発の技術が必要であった。
 しかしながらこの両者は、硬性憲法という障壁がなく、近親婚も男女だし獣婚も男女なので、日本国憲法の両性の合意にのみ基づく、ということに違反しなかった。

 出演しているゲストカップルは、シーン1で近親婚や獣婚に差別的な意識を持っていることが読者に既に開示されている状況で、それらに対する差別も良くないですよね、と善人を装ってコメントする。

【シーン5】
番組〝ザ・報道〟が開始する。
「ザ・デイ」と呼ばれる異星人が来襲した日から、地球がどのように変革したかを解説する。
全ての国家が解体され、法が全て作り直された件を語り、この日までひと文字たりとも変わらなかった日本国憲法が消滅したことを語った専門家が
「日本は、外圧に弱いんです」と締めくくる。

文字数:1197

内容に関するアピール

近年LGBTQの人権はようやく守られるようになってきましたが、
現在も残るタブーに関して、それがなぜタブーなのかを考え、
架空の技術によって飛躍するとそれが許される世の中が現れる。
一種の思考実験ですが、これがSFの醍醐味といえると思います。

お題の切り替えという観点で言えば、「同一のシーンから始まる」
ことでシーンを切り替える例として、同一の火事のシーンから始めて
視点を切り替えるという、映画「怪物」の例を参考にさせて
いただき、しかし私は時代を飛ばすことにしました。

時代を飛ばすだけではつまらないので、それを逆順にするトリックを
仕込み、そして逆転しうる理由付けを思考実験してみたものです。
この思考実験のおかげで、現代で最もタブー度の高いものから実現
してゆくという、面白い世界を構築することができた、と考える
ものであります。

文字数:358

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結婚と愛と差別に関する三つの改革

「僕たちの結婚がついに認められました!」
「本日、スタジオにお越しいただいたのは……」番組〝ザ・報道〟は始まった。「男性同士のご結婚を果たされた、上連雀昭雄・湊さんです」
「どうもこんにちは」「こんにちは」
 スタジオにはスーツに身を包んだ男性二人が少し緊張した面持ちで立っている。
「まずは率直なご感想をお聞かせいただけますか」一方、番組を毎週こなし続けているアナウンサーの言葉は流暢だ。
「はい、とても嬉しいです」「ほんとうに、ようやく認められたのかと……」
 〝ザ・報道〟は長い歴史を持つ番組で、それだけにその権威もまた大きい。アナウンサーは何度も代替わりしつつも、報道の第一線の人物が担当して番組を進行している。
「今まで、何度も何度も、同性婚を禁止する民法に対して違憲判決が出ている中、長いことこれが改正されることはありませんでした。性的少数者の方々の人権をマジョリティの方と同じように守る、その当たり前というべきことが実現するのに、なぜこれほどまでに時間がかかってしまったのか、番組ではその歴史を追ってみたいと思います」
 こんな長いセリフも、アナウンサーはさすがプロフェッショナルで、実に流暢に話す。

  ◇

「緊張したー!」
「お疲れ様、湊」
 二人は新婚……と呼ぶのは、同棲の期間が長すぎたため難しかった。入籍して程無いという辞書的な意味では新婚に違いなかった。それでも二人の仲は睦まじいと言って差し支えなかった。
 お疲れ様、と言っておいて、ソファの上に座る湊に膝枕して寝転がったのは昭雄のほうだった。
「入籍したその足でスタジオに来いとか人使い荒いよなあ」
「そういうのがあの人たちのいうリアリティなんじゃないの」湊が上から答える。
「役所にもカメラ入れておいてヤラセそのものだ」
「別に結婚は僕たちの意思なんだからそこは」
「役所でも学芸会の気分になったけどな」
「僕たちが取材の許可を出して取材料も出ているんだから文句は言わない」
「文句とかじゃないさ、ただマスコミの体質を客観的に分析しているだけ……」
「まあそうなのかもね」
「これでやれやれだ。変態と言われる日々さようなら」
「そんなことを言う人はもう少ないよ」
「変態の称号はもっと変態な奴らにお譲りします。近親相姦とか獣姦とかでハメてる奴らに」
「今も一応違法ってわけじゃ」
「だからって俺には理解できないね。あいつらと一緒にはされたくないよ」

  ◇

「僕たちの結婚がついに認められました!」
「本日、スタジオにお越しいただいたのは……」番組〝ザ・報道〟は始まった。兄妹での結婚を果たされた、草加浩介・幸子さんです」
 ゲストの二人は、新婚ではあるが、中年というべき年齢であった。
 同性婚合法化の年から百年ほど年を隔てたこの年、民法が改正され、一親等に至るまでの結婚が合法化された。
 歴史ある番組〝ザ・報道〟が、その状況を伝えようとしている。
「今のお気持ちをご率直に」
「はい、とても嬉しいです」「ほんとうに、ようやく認められたのかと……」
 スクリーンに年表が映る。
「ご覧のように、胎児遺伝子治療技術の確立で、人類が全ての遺伝病を撲滅してから実に20年になります。つまりこの時点で近親婚のデメリットが消失しているわけですが、それから法改正まで20年かかってしまったということです。本日はもう一人、結婚制度にお詳しい馬場正彦早応大学教授にお越しいただいています。馬場教授、どうしてこんなに時間がかかってしまったのでしょう」
「結局、偏見は問題がなくなると同時に消失しない、ということなんですね。そもそも昔から近親相姦ということ自体は、成人同士が同意をもって行うぶんには日本では違法ではなかった。結婚ができなかっただけです。しかし合法とはいっても、常に偏見の目に晒され続けていました。昔は、子供が障害を負う可能性が高まるという理由付けがなされていましたが、そもそもその問題があり得ないはずの同性間の場合すら白眼視されていたという現実があって、つまりこれは当時においてすら、問題の有無と人の意識が必ずしもリンクしないことの証明が存在していたんです」
「なるほど……。そして草加さんご夫妻には、息子さんがいらっしゃいます」
「はい、今年14になります」
「つまり生誕当時お二人は結婚はできていない時点ということになりますが……妊娠当時技術確立から5年、当然遺伝子治療は受けていた」
「はい、そうなんです。なのに……。とても父親を明かすことはできなくて、私はずっとシングルマザーを装っていたんです」
「私はこっそりと役所に認知届を出して……」
「でも世間には私生児と思われていて……」
「とてもお辛かったと思います」

  ◇

 草加家の幸せな夕飯が始まろうとしていた。はずだった。
「浩幸。なんだその顔は」
 浩幸少年はうつむき、とても不機嫌に見えた。
「別に……」
「せっかく母さんが作ってくれたご飯なんだからそんな顔で食うな」
「……」
「浩幸、父さんの言う通りよ。ご飯は美味しく食べないと」
「……伯父さんは伯父さんだよ、今さら……」
「浩幸!」浩介の語勢が強くなった。
「お父さんにあやまりなさい!」
 浩幸少年は箸を置き、ごちそうさまも言わず席を立った。
 そして自室に行こうとして振り向いて叫んだ。
「なんでテレビなんて出たんだよ!」
「浩幸! 学校で何か言われたのか?」
 浩幸少年はそれには答えず自室に走った。猫のミイコが後を追った。
「あの野郎……あれでは、」
「年頃、って言うのかしらね」
「そんな言葉で済むものか。不愉快だ」そう言って浩介はテレビをつけた。
 この時代も、テレビは3Dホログラムになってはいなかった。偏向シャッター式3Dテレビが出た時も、裸眼3Dテレビが出たときも、「なんか疲れる」という問題を解決できずに廃れていった。
 それもあって、テレビという名詞は、延々と時代を超えて残り続け、そこに映されるコンテンツは相変わらず番組と呼ばれ、人々は平面を愛し続けた。平面の向こうは、知らない人たちがいるべきだった。現実にはあり得ない平面人間を見れば、人はそう思うことができた。
 そんなところに知った人が映るという現実に、浩幸少年も浩幸少年のクラスメイトも混乱した。混乱したので子供じみた、からかいなどが起こった。

 浩幸少年は自室で猫のミイコに慰められていた。

  ◇

「僕たちの結婚がついに認められました!」
「本日、スタジオにお越しいただいたのは……」番組〝ザ・報道〟は始まった。めでたく結婚を果たされた、犬養隆・モモさんです」
 ゲストの一人は男性で、スーツを着て緊張した面持ちで立っていた。もう一人は女性で、少し視線の低いところに座っていた。
 近親婚合法化の年から百年ほど年を隔てたこの年、民法が改正された。
「今のお気持ちをご率直に」
「はい、とても嬉しいです」男性の声は肉声だった。
「ほんとうに、ようやく認められたのかと……」女性の声は合成音声だった。
 アナウンサーはカメラ目線に向き直り、流暢に言葉を継いだ。
「ついに、一部の動物との婚姻が認められました。完全な会話翻訳機が開発され、それまでは合意が確認できないために虐待と思われていたものも、相手の意思がわかり、合意が確認できるようになりました。しかし、日本国憲法に定められた、婚姻は両性の合意のみに基くという条文があるにもかかわらず、それから20年にわたって法律は改正されなかったのです」
 アナウンサーは秋田犬のモモにマイクを向けた。
「モモさんは今5歳、人間換算で40歳ということですが、改正までのあいだ、やはり忸怩たる思いがあったのではないでしょうか」
「はい、それはもう……私たちにはこんなに喋れることがあって、つまり頭も心も人間と同じように持っているのに、どうしてそれを理解してくれない人がいるのかと……」

  ◇

「収録ってのも疲れるな」
 モモは返事をしなかった。そのかわり隆に顔をすりよせた。
「すまなかったな。お前、本当は無口な性格なのに、あんなに喋らせて」
 またモモは返事をしなかった。翻訳機はまだ取り付けられているが、本当はモモは喋るのは得意ではなかった。それは人間の女性に喋るのが得意ではない人がいるのと変わりはなかった。
 隆は翻訳機を外し、モモに口づけた。本当は、隆とモモは翻訳機のない日常を送っていた。二人は抱き合いながらソファに横たわった。
「俺たちは世の中に……理解されたけど理解されてないんだ」
 翻訳機などなくても、隆にはモモと心が通じ合っている確信があった。言語化されなくても、モモの言いたいことは理解できた。そんな態度の隆に、たまに翻訳機をつけることがあってもモモから異議は上がらなかった。
 寝室のベッドの上で、隣のモモは既に眠ってしまったが、隆は宙に向かってひとりごちた。
「翻訳機がなければ人格を認められず、翻訳機を外せば言語縛りプレイなんて言われて、……いや人格はおかしいか。犬格だよな。俺はありのままの、犬のままのモモを愛している……」

  ◇

「今スクリーンに映っているのが差別が解消されてきた年表です。こちらの地点が現在、2291年です。ざっくり言って百年に一度くらい、大きな法改正がありました」
 年表には以下が記されていた。

2080 動物婚に関する改正
2185 近親婚に関する改正
2291 同性婚に関する改正

  ◇

 浩幸少年は猫のミイコに慰められていた。
 浩幸少年とミイコは部屋に二人きりで、

  ◇

「23世紀末になってようやく同性婚が認められた日本は、諸外国に比べて大きく立ち遅れていると言わざるを得ません。諸外国では、21世紀初頭には多くの国が同性婚を認める法改正を行っています。他の二つの法改正に比べて、技術の進歩を待つ必要が全くなかったにもかかわらず、日本にはそれができなかったのです」

  ◇

「〝ザ・報道〟の時間です。本日は急速に発達した動物翻訳機の技術革新について迫ってみたいと思います。スクリーンの年表をご覧ください。2006年にジェフリー・ヒントンのチームによってディープラーニング技術が発明されました。この技術の応用が加速し始めたのが2023年ごろからと言われています。この頃は、外国語の翻訳精度の向上などがもたらされ、世界に衝撃を与えました」
 スクリーンには、外国映画に日本語字幕がリアルタイム生成されるイメージ映像が映った。さすが半官半民の放送局だけあって、黎明期の動画がきちんと保存されており、ところどころ誤認識しているさまがうかがえる。
「当初は、画像認識専門、音声認識専門といった特化型AIが台頭しましたが、LLMと呼ばれるAIはテキストの入出力をするAIとして当初は発表されましたが、次第に画像認識など多様な認識を行うことができるようになってきます。こうなると、聴覚・視覚を統合した意味認識をする試みが出てきました」
 次に犬の画像が映る。
「例えば、犬が尻尾を振っている状況を分析して、〝嬉しい〟と言語表現に変換するところから開発は始まりました。犬の気持ちがわかる、とされた人間は当時でも多数いたため、その人たちの認識を学習する壮大な試みが始まったのです」

  ◇

「馬場教授、今回の法改正によって、近親婚に関する偏見はなくなっていくでしょうか」
「そう簡単とは言えません。しかしながら、長期的な視点を持てばゆっくりとではありますが無くなってゆくと考えられます。私はご覧の通り馬ですが、人間の妻がいます。この結婚が可能となった2080年当時、法が改正されてもまだまだ動物婚は白眼視された状態でした。しかし、百年経った今、動物と人間との恋愛をとやかく言う者は少なくなりました」

  ◇

 涙を流す浩幸少年の顔をミイコは舐め、浩幸少年の心はゆっくりと癒され、

  ◇

「〝ザ・報道〟の時間です。本日はついに本格化した胎児遺伝子治療の技術について迫っていきたいと思います」
 歴史ある番組〝ザ・報道〟は時々科学特集を組む。こうやって国民の科学リテラシーを上げていこうという、半官半民の放送局らしい方針だ。
「〝遺伝子治療〟という言葉、幾度となく耳にしたことがあるかもしれません。しかし大多数の人にとっては、最先端らしいが、自分の生活に縁のない技術という印象の言葉だと思います。しかし、ごく普通の女性でも、出産に向けて産婦人科に通い始めた女性にとっては、いま、ごく身近なものになっているのです」

 ゲストとして現れた教授は見る限り熊でレオナルドという名だった。
「レオナルド教授、もうほとんど全ての産婦人科で治療が行われているとのことですね」
「より正確には、検査して必要な場合に全ての人が受けられようになったわけです。ほとんどの場合は必要ありませんし、必要な場合も病気にかかわる最低限の遺伝子を変更するだけで、一部にまだ誤解が残っていますがやたらに遺伝子をいじり回すような話ではなく、生まれてくる子も新人類ではなく普通の人類です。この技術によって、全ての遺伝病が撲滅された、という宣言がなされています」
 
 画面は、初期の遺伝子治療が狙った遺伝子以外にも組変わってしまう副作用がありそれをいかに抑制してきたか、そして、胎児のところまで治療用遺伝子を届けるためのナノマシン開発の開発に、20世紀末から研究を進めて、約150年ほどかかったことが、緊迫感はあるが前向きなBGMと映像で語られていった。だが予算の関係で、BGMは同放送局の〝ザ・プロジェクト〟からの流用だった。

「まさに技術の蓄積……ついに素晴らしい技術が完成したわけですね」
「ところが、こんな素晴らしい技術なのに、実際に使われるまでは30年もかかったのです」
「それは、やはり、コストなどの問題でしょうか?」
「いえ、コストについては30年前と変わっていません。問題は、法律だったのです」
 画面にはこんな文字が映った。

〝生殖細胞系列遺伝子治療〟

「治療を受ける個体その場限りの効果ではなく、遺伝子が次世代に受け継がれていくような遺伝子治療、これを〝生殖細胞系列遺伝子治療〟と呼びます。しかし、これは種の改造に繋がるとして、30年前当時、世界的に禁止されていたのです」

 さらに画面が移り変わり、〝この先、災害を映したショッキングな画面があります〟というテロップが出て、やはり緊迫感はあるが重苦しいBGMに変わった。
 そのショッキングな映像に被せてレオナルド教授は語る。

「これが一変したのが、皆さん忘れもしない、10年前の〝バニッシュアステロイド〟の飛来でした」

 恐竜絶滅時の1.5倍とされる、7000億トンの隕石が地球に激突し、世界は一変し人類の半分が死んだ。
 半分が死んだのは、世界人口の大半を占める発展途上国だった。先進国は、平均して一割減少に留まった。
 20世紀末から経済低迷を続けていた日本は、いまだ先進国を自称していたが、人口は三割減少した。これを根拠に、もはや日本は先進国を名乗ることはできない、という点と、動物と普通に恋愛するくせに人口しか統計をとっていないのは何事なのか、という両面から大騒ぎになり、国会は大乱闘となった。
 だが、日本の国会での大乱闘は、たびたび20世紀から起こってきた、いつの時代も変わることのない、政治のひとコマであった。
 だが、世界人口がこれだけ減少すると、人類という種を絶対に残さなくてはいけない、という通称〝生き延びろ論〟が諸外国を支配した。一方日本は変わらなかった。が、諸外国の機運が高まったため、結局同調するかたちで法律は改正された。

 レオナルド教授は、カメラを正面に見据えて言う。
「悲しいことですが、医療の最大の障壁は、科学が追い付いていないことではなくて、法律なのです。そして、それはより悲しい出来事でしか突破できなかったのです」

  ◇

 モモは目を覚まし、ベッドで眠っている隆の顔をいとおしく舐めた。

  ◇

 アナウンサーは馬場教授と話し続ける。
「すると、近親婚に対する差別もなくなってゆくと」
「もちろん、法律が制定されたからといって、人の内心には差別は残り続けます。それはあらゆる差別がそうです。しかし、それを根絶しようと考えてはなりません。人の内面に踏み込もうとするということは、国家や、国家でなくとも他者が、人を統制しようとするものです。これを行った国家が不幸になり、戦争だって起きることは歴史が証明しています。内心の自由というものは、良心のみ自由というものではない。悪人の心であろうと内心を守らないと、善人の心すら守ることはできないのです」

  ◇

「上連雀さん、今までさまざまな差別解消の試みがあり、成功したものがあり、失敗したものがあり、しかし日本では日本国憲法の〝両性の合意〟という一文のために同性婚に対する差別が遅れに遅れてしまった。いち日本国民として、もっと早くに何か自分にもでさたのではないかという思いがしています。私もいち日本国民としてお詫びしたいと思います」
「いえ、そういう風には考えてもらいたくないですよ。なぜなら私もいち日本国民だからです。私も、いつ差別をする側になってしまうかどうかわからない。マジョリティが差別をしないよう、マイノリティはただ解決を待っている、そんな図式として捉えてはいけないと思うんです」
「はい、今回は同性婚が実現しましたが、先ほど歴史をたどりましたけれども、動物婚も近親婚も、合法化された後も根強く差別は残っています」
「ええ、なので今後私たちへの差別も残り続けるでしょうけれども、私たち自身が、別の立場からはマジョリティとして、それらの方への差別に決して加担してはいけない、と強く思います」

  ◇

 昭雄は湊の膝の上で眠りに落ちていった。
 湊は上から昭雄の顔を見つめた。
(昭雄は嘘が上手いね)
(僕は君が善い人だから好きになったけど、結局善い人でも悪い人でもあって、でも僕はそんな君がずっと好きだ)
(ああでも君は、善悪なんてものは相対的なもので、そのときどきで歴史が決めるもので、ある日突然オセロみたいにひっくり返ったりするんだと言っていたね。うん、それを言ったのは……確か、〝あの日〟……。僕たちは、僕たちの世界は、これからどうなっていくんだろうね)
 
  ◇

「〝ザ・報道〟の時間です。本日は旧憲法と新憲法について特集したいと思います」
 歴史ある番組〝ザ・報道〟は時々社会学特集を組む。こうやって国民の社会学リテラシーを上げていこうという、半官半民の放送局らしい方針だ。
「旧憲法は日本国憲法と呼ばれ、1945年に日本の敗北によって終結した第二次世界大戦の翌年に制定されたものです。これはほとんど全ての条文が戦勝国によって作られ、それが和訳されたものです。日本は、敗戦国としてこれを受け入れるしかなかったのです。しかし、その内容は、当時の日本としては、さらにその前の大日本帝国憲法に比べますと飛躍的なものでした」
 画面には、第十四条の内容が映された。

〝すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的、社会的関係において、差別されない〟

「この条文により、日本から全ての差別がなくなるに違いないと、日本国民は敗戦の屈辱と貧困に耐えながらも、未来への希望を抱いたのです。しかし、日本から差別がなくなるわけではありませんでした」

 ここでスクリーンはさまざまな差別を表すキーワードが映り、部落差別、性差別、人種差別、学歴差別、動物愛差別、近親愛差別、同性愛差別など数えきれない言葉が映っては消えた。

「成立当時はほぼ国民全員が歓迎していた日本国憲法ですが、年月が経つにつれ、改憲論議が起こり、対して護憲論議が起こって、内紛は学生運動など小規模なものに留まりましたが、論戦は長く続きました。しかし、バニッシュアステロイドを経ても、条文は一文字たりとも変わることはなかったのです」

 画面は暗転した。

「そして、あの日がやってきました」

  ◇

 浩幸少年の涙がひくと、少年はミイコの小さな両肩をそっと掴んで、改めて顔を真っ赤にして言った。
「ずっと君のことが好きだった」

  ◇

「我々はあの日、バニッシュアステロイドが地球教化のための、〝主星〟からのバックドアであったことを知ったのです。中に仕込まれたナノマシンにより地球観測のためのネットワークが敷かれ、いよいよ我々が戦争や差別といった諸問題を自力で解決することができないと判断した主星から、あの日、本隊がやってきました。そう、〝大いなる恵みの日〟です。バニッシュアステロイドから約百年が経っていました」

 アナウンサーはここでひと呼吸おいた。

「バニッシュアステロイドを送り込む前から、主星は遠隔観察により、地球の人口が多すぎることは把握しており、これを半減することは〝全く妥当なことでした〟。そして大いなる恵みの日から、主星の指導のもと、地球はついに理想に向けて歩み始めることができるようになったのです。全ての国家は解体され、憲法も法律も全て再構築を指示されました。もちろん日本も例外ではなく、ここに旧憲法、日本国憲法は消滅し、主星の言葉を各国に翻訳するかたちで、地球統一憲法が制定されたのです」

 ここでアナウンサーの声が上ずり、声が震え始めた。
「ちょっとカメラ止めて!」

  ◇

 湊は、膝で眠る昭雄にそっとキスをした。そして湊もまどろみに落ちてゆく。

  ◇

 モモは、再び眠りに落ちていった。

  ◇

 プロデューサーが近づくと、アナウンサーの目に涙がにじんでいた。
「今のところ、カットしますよ! 〝とても喜ばしいこと〟なんですから……。ちょっと呼吸整えましょう、今のは放送流せないから、……わかるでしょう。〝体調悪い〟んですかね? ちょっと休憩して、15分後に再開しましょうか」

  ◇

 ミイコは、
「お友達のままでいましょう」と言って断った。
 いつの時代になっても変わることのない、青春のひとコマだった。

  ◇

 再開すると、アナウンサーはさすがプロフェッショナルで、まるでモデルのような満面の人工的な笑顔を浮かべた。
「こうして、主星の指導による地球統一憲法のもと、ついに地球から全ての差別がなくなったのです!」
 震えている足はカメラアングル外だった。

文字数:9011

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