梗 概
フィジカル長女とロジカル長女
【登場人物】
二名とも大富豪の娘だが認知をされていない。誕生日同じ。
[フィジカル長女・燈子]
両親の間に愛はなかったが、両親が通常の性行為を行い、母親が避妊具に穴を開け生誕。肉体関係と暴力的性格のWミーニング。
[ロジカル長女・文江]
両親の間に愛はあったものの、性行為はなし。別人の精子に対して父親の遺伝情報を上書きコピーしたものを人工授精し生誕。論理コピーと理論的性格のWミーニング。
【物語】
独身で大富豪の男が「財産は全て長女に相続する」という遺言を残して死去。認知した子もおらず謎の遺言状とされた。
二人はそれぞれその情報をキャッチし死後認知の申し立てを行う。二人は大学の同期だが、学内で会うたびに〝長女の定義とは何か〟を巡って罵倒しあうことになる。
[第一罵 →あなたは行為なき子供なのね! 行為だけが愛だなど動物的ですね←]
二人ともDNA鑑定で親子関係あり。この時点で富豪は二股をかけていたという認識になる。
何かおかしいと直感した燈子は探偵を使って文江を調べた結果、文江が人工授精で生まれたという情報を知る。
燈子は性行為子のみ真の子であると主張するがすでに世の中に人工授精で親子となった事例は星の数ほどあると文江は反論。
論点は[愛し合った事実がないのに子供と言えるのか]
[第二罵 →すり替えは手品師だけにしておきなさい! 論理のすり替えをした貴女が?←]
精子提供者が富豪とは別人であることが判明。どんなトリックを使ったのかと詰め寄る燈子。
DNAのみで純粋に決まる子であるかの話をしているので厳然たる事実がある以上トリックなどは論理のすり替えと文江は反論。
論点は[精子提供の事実とDNA鑑定とどちらが事実として重いのか]
[第三罵 →友情から子供は生まれない! では喧嘩から生まれるのかしら?←]
文江の母がアセクシュアルであり恋愛感情も性行為もない、という証言を燈子が得る。
一方、燈子の母親が富豪と激しい喧嘩ばかりしていた、という証言を文江が得る。
論点は[子は愛の結晶というが、性行為と友情レベルの仲良しとどちらが愛なのか]
[第四罵 →コピーにオリジナルの価値はない! デジタルにおいては違うのでは?←]
文江の母の兄が最先端の科学者であり、精子情報を上書きして得たものであるという事実を燈子は掴む。
論点は[クローン人間の子供はクローン元から見て実子といえるのか]
[最終罵]
弁護士登場。「二人長女が名乗り出るはずなのでその二人にこの音声を聞かせてほしい、と富豪に言われている」。
自分は自分の遺伝子が嫌いで断ち切りたいのに、文江の母にも燈子の母にも裏切られてしまい恨んでいる、よってあの遺言書で娘二人を喧嘩させるのが僕の復讐だよ、という内容。遺産は大半が死の瞬間の前に慈善団体に寄付され残り金額は4円(ご縁も無し、の意)。
二人は共に被害者である互いを確認し、姉妹として奇妙な友情が生まれて握手する。
文字数:1198
内容に関するアピール
仮の武器について。
一点目、小説を書くときに自分が何にこだわっているか振り返ったとき、私は文章のリズムに関するこだわりが人より強いように考えています。
二点目、過去作を分析してみたのですが、多いのが「『愛』要素があり『恋愛』要素のない作品」でした。
というわけで今回、この二点を武器として盛り込みました。
梗概で実作のリズムを表現するのは難しいですが、まずタイトルで韻を踏み、またサブタイトルを見せることで体験版っぽくしてみました。
親たちに愛はあったのか、という要素はあっても、絶対に恋愛物語ではない骨肉の罵倒物語を是非ともお楽しみいただければと思います。
文字数:274
フィジカル長女とロジカル長女
警告:この物語は、世にも浅ましい罵倒に次ぐ罵倒で構成された涙溢れる無感動物語である。
第一罵 疑念 ~何者だ貴様消防署の方から来た女か~
あたしが仕込まれたベッドであたしの両親は流血を伴うバイオレンスを繰り広げたあげく、そのまま別れてしまった。なのであたしの父親はあたしが生まれたことも仕込まれたことも知らないらしい。というのは母親の弁で、両者共に非があるみたい言い方をするが、どちらが悪かったかなんてあたしには知るよしもない。
でもあたしが仕込まれた経緯というのが、ゴムに穴を空けておいたのよ、だってあの人の子供が欲しかったんだモン、という語り口から見てすでに、母親に知性があるようには思えず、だいたいこの女が父親のことを別れた後も愛していたのか恨んでいたのかも判然としない。母親のほうに非があったんだろうというのは自然な発想だ。
母親のバイオレンスはあたしにも向けられた。しつけと称して行われるそれは大抵理不尽なものだった。母親が繰り出すビンタに大してあたしが初めてアンチ・ビンタを繰り出したとき、母親は自分が先に手をあげたくせに暴力反対とわめき、わめきながらアンチ・アンチ・ビンタを致す矛盾の塊だった。
あたしが寝た隙を見計らって、というのはあたしがずいぶん小さいうちのことで、寝ていようが寝ていまいが夜になるとふらっと出かけてそうして朝帰ってくる。朝、というのもあたしが小さいうちの話で昼になることもあった。出かけて肉欲を満たしていることを知ったのはあたしが少し大きくなってからだった。でもゴムに穴を空けたのはあたしの時一回きりで、その後は空ける意味はなかった。というかゴムの意味すらなかった。医学はよくわからないが、あたしを産んだせいでもう産めなくなったのだと、そんな感じのことを言ってまたビンタが飛んだ。子は産めなくても母親の脳は脳細胞の代わりに子宮内膜細胞でできているのかもしれなかった。
結局、あたしの母親は頭の悪さが災いしたのかスピロヘータが脳髄に回って一瞬のことだが創作中枢を刺激し、
〝わたしには 愛が全てよ 世界には 愛が満ちてる 泣きたいくらい〟という芸術性もかけらもない辞世を残して早死にしてしまった。
母親の夜な夜なする交尾が望んだものばかりではなかったのだろうと今にしてみれば思う。うちはずっと貧乏だった。好みの男からも好みでない男からも金を貰っていたのだろう。パパ活女子に市場を奪われてそうそう羽振りのいい男は残っていない。
あたしの父親は金持ちだったらしい。というのも母親の妄想か何かだと思う。
あたしは母親みたいにはなりたくない。そのために必要なのは男ではなく、金だ。
金が欲しい。一生働かなくて済むくらいの過剰極まりない金が。
私の母は大恋愛をしたらしい。そのはずなのに別れた。
この世で一番必要なものは愛なのよ、というのが母の口癖だった。愛が故に、入ってくるお金はいつの間にか寄付されていた。生活に必要な最低限、は残しておくはずがそれすら手をつけられることがあった。母にとって愛することは娘を愛さないという方法で行われていた。そんな時は伯父に借りに行くのだった。伯父は賢明で小出しにしか貸さず、しかし優しく必ず貸してくれた。あるいは伯父のほうが正しい愛の使い方をしているのかもしれなかった。
母は独身で私を産んだので、大人たちは誰の子かと噂した。伯父と母はただの成人した兄妹にしては距離が近すぎ、兄妹でありながら情を通じているなどという人がいた。幼い私は怖いもの知らずもあり、そもそも情を通じるという日本語の意味すら知らず、伯父に直に質問した。
伯父は情を通じる、という言葉の意味も解説しないまま、さらに難しい言葉を使った。ああ、文江ちゃんそれはありえないよ。だって律はアセクシュアルだもの。そのカタカナも意味がわからなかった。
大きくなって情を通じるの意味もわかるようになり、アセクシュアルも何やら誰にも性欲を抱かない性質らしい、とわかると、私は私が生まれた理由がわからなくなった。大恋愛とアセクシュアルがそもそも矛盾するのではないか。処女懐胎ではあるまいし、どこかで何かのトリックが使われているのではないか。
結局情を通じていた結果が自分ではないかと疑った私は、こっそりとDNA鑑定をした。私は紛れもなく母の子供であり伯父の子供ではなかった。
はっきりと証拠があがったというのに、ある日母は死んだ。伯父も死んだ。
時を同じくして死に同じところから死体があがり、そしてかねてからの噂も加味して、噂話は禁じられた兄妹心中と断定してしまった。情を通じていたのではないかという話は情を通じていたと断定調になった。
母は私を裏切り、伯父も私を裏切り、その前から世間はとっくに私を裏切り、私は誰も信じることはできなくなった。
裏切らぬものが欲しくてたまらなくなった。愛だの情だのではない、確固としたもの。
つまりは、金が欲しい。人を決して裏切ることのない金が。
アタシの依頼主はすでに物故してしまっているが報酬は前金として受け取っているので弁護士として業務を果たさなくてはいけない。つまりは遺言の処理と言うことだが……。
依頼主は独身で、しかし遺言には財産は長女に相続させる、とある。認知した相手はいない。
大富豪と呼んで差し支えない人物の、この財産が長女にあたる人間がいなければ国庫に入ってしまうのは依頼主の望むところではない。依頼書にそう書いてあるから間違いない。そして私も国家には司法試験を九回落とされた恨みがある。
まずは広告を出す。
〝故・兼為権太氏が遺言を残し~〟云々。
〝長女に思い当たる方は名乗り出られたし。DNA鑑定を行います〟
依頼主が大変な富豪である以上、DNA鑑定の意味もわからぬ愚かなゴミ共が大量に名乗り出てくることは容易に予想できる。まず最初の仕事はそいつらをバッサバッサと事務的になぎ倒してゆくことで、難易度はとてつもなく低く体力はMAXに使う。
湧いた。湧いた湧いた湧いたウジ虫共こいつらに検体採取のやり方とか教えたりとかなぜ検体採取しなきゃいけないのかとかそもそもDNAって何ですかとか言いやがるので二重螺旋ですよーとか言ってなんやその上から目線、と思わせてやりたいところ、遺伝子を調べて親子関係かどうか判定するんですよ、と優しく優しく説明してやるんですよ仕事だから。くそう検査代金向こう持ちにすればよかった、といっても経費で落とすけどそしてそれは遺産の一部から差っ引かれるから痛くも痒くもないけどね。
でなんやかんやで、二人の女性が残った。誕生日が同じ。同じということはどちらが長女か決められないということ。とても面白いことです。
別に長女様は私の依頼主でも何でもない。この面白い状況において私が闘犬を楽しんだところで何の罰も当たらない。長女様がいかに苦しもうと顧客起点という点に矛盾はない。
さあ、試合開始ですよ――!
◇
「あんただと聞いた時には驚いたわ。胡散臭すぎて」
「私もあなただと聞いて驚きましたね。下品すぎて」
なぜよりにもよってこんな嫌味な女と血が繋がっているのか。ありえない。誕生日が同じとかもっとありえない。こんな奴に相続されたらお金のほうがかわいそう。なので私はかわいそうなお金ちゃんの気持ちを考えて戦わないといけないのだ。
なぜよりにもよってこんな粗暴な女と血が繋がっているのかしら。私にもバイオレンスの血が流れている? おおいやだ。
大学のキャンパスという、本来知性で支配されるべき空間で初めて藤代燈子と出会ったとき、一瞬で私とは合わない決して関わってはいけない人種だと直感した。身体じゅうからバイオレンスのオーラがにじみ出ている。
初めて綾木文江と会ったとき一瞬で悪寒がして、そしてその直感の通り文江はあらゆる周囲を見下していて私一人が賢いんですのよンオホホホ、という心の声が聞こえるような態度で接していてとにかく性格ブスだった。もしこれが遺伝だとすれば文江の母親からの遺伝であることを祈る。どうやら大変残念なことに父親を共有している模様でその素養があたしの中に流れているとしたら救いようがないではないか。すくいようのない性格メダカブス、それが文江なのでそれがあたしに伝播するなどあってはならない。
もしこんなバイオレンス妖怪に遺産が渡った場合最悪犯罪に金が使われるかもしれないし、全くもって世のため人のためにはならない。なんとかこの化け物を不適格として長女の座から引き下ろす方法はないものか。金は平和のためにのみ使うべきだとは言わないが平穏に使われるべきである。私にはその判断ができて燈子にはできない、というだけであって別に欲に目が眩んでいるわけではない。
だいたい誕生日が同じという時点で二股ではないか。母親が全て悪いのだろうと母親を疑ったこともあるがすでに父親に非あり。兼為権太とか言ったか、それだけで悪の権化っぽい。名前の時点で女にはモテない気がするがなぜ母親と合体した。要するに割れ鍋に綴じ蓋ということか、いやそれもあるが金の力は偉大と言うことだろうな。金は全てを支配する。善と悪もひっくり返す。
とはいえ父親を責めてもすでに死んでいる。死人を蹴っても蹴り甲斐がない。蹴るなら生きている文江だ。むろん比喩であって本当には蹴らない。証拠が残らないことが保証されるならその限りではないがそんな特殊な世界はない。
この国に巣食う粗暴な人物たちに出会うたび思うことだが、全員怒り狂った拍子に脳の血管が切れてクモ膜下で死んでしまえばいい。脳動脈はそんな者共を殺すために進化した器官だとは考えられないだろうか。あとは感情の凪いだ、落ち着いた世界で人と人は話し合って理解し合って共存共栄生きていけばいいのだ。感情ほど邪魔な存在はなく、母も伯父も感情に殺されたのだ。私はそう理解することにしているし、それしか二人の死を説明しうるものはない。
あたしが富豪の娘だというのは思ってもみなかったとはいえ、分かってみれば今までの苦労とバイオレンスに見合う妥当な運命だといえるが、この文江という女にその運命が釣り合うとは思えない。どうも詐欺師然としているというか、何かインチキをしているのではなかろうか。こいつは徹底的に調べる必要がある。
私に財産が相続されるのは、初めて知った父や、母や伯父の感情に支配されてしまった金を浄化するという、金にとって、価値にとって、最もあるべき状態なのではないか。浄化という言葉をロンダリングなどという手垢のついた言葉で解釈しないでほしい。燈子という名前自体火をイメージさせ感情をイメージさせそれはつまりは暴力だ。あるべき姿とはいえない。やはり何か暴力的な不正があるのではないか。徹底的に調べる必要がある。
彼女らはいずれも闘争心敵愾心獰猛さを兼ね備えた申し分ない嚙み合わせであり、
こいつを長女の座から突き落としてやる。
こいつを長女の座から突き落としてやる。
闘犬開始、ファイッ!
第二罵 愛の不在と性の不在 ~不在尽くしは有罪の証拠~
燈子の母親と友達だった、という人物を突き止めた。
――まあ、友達だった、というか。
「過去形ですか」
――ですね。いろいろあったので。いろいろいろいろあったので。
「思い出したくない?」
――そりゃあ。
あの女の母親には兄がいたのか。
――二人はかわいそうなことになったね。
「いったい何が?」
――心中ですよ。
「誰と?」
――だから、お兄さんと。
「兄妹ですよね?」
――だから、怖い。いけないことになった二人がいよいよいけないことになって逝ってしまった。
「暴力?」
――そうね。まあそうね。
「やはり。具体的にはどんな? 殴られた?」
――殴られてはいない。
「ではどんな」
――殴り合っていた。
「誰が」
――兼為さんと、萌ちゃんが。
「止めて巻き込まれたとか?」
――いえ、止めてはいない。二人はそういうのが好きなんだと思おうとした。そうするしか二人を理解する方法がなかった。二人まとめて名栗川恋歌なんて演歌みたいなあだ名をつけてみた。
「演歌ですか……。それが彼らの気分を害したとか、」
――いえ。いえ。ただ、理解できなかった。理解しようとしたけど理解できなかった。理解できない世界の人たちだった。だから何もされていないけれど、友達を続けるのは無理だった。
「でも、子供ができました」
――そうですか……そういうこともあるんですね、としか。理解できない世界のことだから理解できないことが起こるんだわ。そうですか。
「大事なところなんですが、律さんは兼為さんではなくお兄さんと愛し合っていたと」
――律は、人を性的に見られないと言っていました。だから愛し合ってはいない。愛し合うよりもっといけないことになったのだと、そういうことなんだと。
「意味がよくわかりませんが」
――わかってはいけないのだと思う。わかったらもうあちら側のひとになるので、わからないほうがよいものはわからないままにしておかないと。それは兼為さんも同じことで。
「結局お兄さんと兼為さんと、どっちが強い絆なんです? この言い方が悪ければ、どっちがよりいけないことになったんです?」
――わからないままにしたので、わからない。ひとが命を絶つって、たいへんなことなので。たいへんなことって、わかったことにしてしまうと、たいへんでなくなるので。
「でも子供ができましたよね。愛し合わなくては子供はできないでしょう」
――律は子供を欲しがっていました。子供を欲しいと思うことと性欲は別のものなので、別に実現したのだと。どうやったのかはわかりません。
二人とも相手が間違いなくインチキだと怒鳴り込んできたよ。この事務処理が終わるまでは兼為の屋敷に詰めることにしてるのね。ここは住環境がアタシのワンルームのアパートに比べるとダンチなので。
んでノートPCで配信の「淫獄近親相姦~爆乳母のいけない目覚め~」を観ていたら二人揃って来たわけよ。なんでも来る途中でばったり会って、同じ場所を目指しているからと罵り合いながらも並んで来たらしいです。息ぴったりだよね。
んでこいつの母には愛がなかったとかこいつの母には性愛がなかったとか言い出すんですね。
若いっていいね、法律とか全然わかってないから。法律はDNA鑑定を粛々と処理するだけなんで、相続人特定不能扱いにするかどっちも長女で半分こするかどっちかしかないんで、愛がないの性がないのって意味ないんだけど、そこはね、ヘーそうですか、難しいですねぇ、とか適当に応えてのらりくらり。もうちょっと泳がせて闘犬を続けます。
怒鳴るだけ怒鳴って疲弊して帰っていったけど、二人とも根性はありそうだねまだまだ続くよ楽しいね。
さて動画の続きを観ますか。親子とかいってちっとも似てねぇじゃねえか。でもこう目覚めちゃった母の目覚め方というのがゾーン入っているというか、マジです。本気です。演技だとしても完全に目覚めた母という役が憑依している。
愛とか性愛とかは、こういうことのためにあるんじゃないかしら。
しかし惜しいのはモザイクだな。なんで日本の法律はこうなってるんでしょう。誰も幸せになれない。法を司る者として、実に嘆かわしい――! 全法曹界を代表して、声を大にして申し上げたいですね。
第三罵 バナナの精 ~セーラー服を脱がさないで~
「子供っていうのはね、愛の結晶というのよ。愛のないところから子供が生まれるわけがない。きっとあなたは木の股か何かから生まれた妖怪ね」
「へええ、最近は愛し合ったこともない人間から子供が産まれるのね。それこそ超常現象だわ。きっと宇宙人の精子がテレポーテーションして子宮に入ったのね」
今この瞬間も燈子の声量のほうが大きい。生まれついたものであるがこれは私が不利な状況にあることを意味しない。この声質がドスの利いたものであることがむしろ私を有利にしている。それだけで燈子が暴力団のテメエを締めあげんぞ指詰められてえか的な様相を帯びるからだ。
すでにギャラリーが集まっている。あたし達を見ている。遠巻きに見ている。つまりこの女の鼻持ちならぬオーラがより多くの人間に晒されるというわけ。あたしは壁を叩きつける。イラつきを増幅してギャラリーに伝えるために。
かかった。自らギャラリーに自分の暴力性を伝えている。私はそれだけで不幸な脅された被害者になる。誰かが小声で『面白れえ』と言ったのを私は聞き逃さなかった。今燈子には暴れる珍獣を見るという動物園観覧視線が向けられている。
誰かが『面白れえ』と言った。文江の醜さを面白がっているのだ。私はそれに演出を添える。それが私の役割だ。私は私の責務を果たさなければいけない。
◇
今度は男性と接触することができた。
――ええ、確かに萌はですね、かなり有名でした。こう、誰でも受け付ける感じで。来る者拒まぬというか。
「それは、つまり言葉を濁さずに確認させていただくと、性行為のことでしょうか」
――その通りです。貴女、ずいぶんものをはっきり言うんですね。
「そこは必要に迫られまして。私の身に迫った喫緊の事情があって」
――私たちはあまりはっきり言わないのがスマートだという空気がありまして、彼女のことはバナナ受付嬢と呼んでいましたね。
「バナナを受け付けまくっていれば、子を産んだとしても誰の子かわかりませんね」
――あれ、萌子供産んだんですか。それは意外だな。
「意外?」
――避妊には本当にうるさい子でしたから。絶対ゴムつけてねって、相手をひっぱたいてでもね。
「あなたもおやりになった?」
――ええ、まあ。良かったです。内部的に。
「良かったかどうかは関係ありません。ともかく複数の男性とやりまくっていたと」
――子供産んだっていうことは、本命の彼氏がいたんですかね。誰です?
「彼氏が誰かどうかは関係ありません」
――ええ、産むと言っていました、律は。誰の子なのかって訊くより前に、ついにその、瓜を破ったのかって、まずそれを訊いた。だってそんなこと全然できないって、興味が持てないって言っていた子だったから。潔癖症なのかって思ってたんだけど、ついに受け入れたのかと思ったら違うというのね。何なんだろうと思ってたら訊いたら体外受精です、って。びっくりしたわ。これが現代の処女懐胎かって」
「体外受精とは! 私もびっくりです」
――愛と性は科学で切り離される。それがびっくりよ。律にびっくりしたというより科学にびっくりした。びっくりしすぎて、こうびっくりすると私茶化しちゃう癖があって。ちょっとお下品な言葉を使ってしまった。ああ兼為さんから精子提供を受けたのねって。そしたら、律は固まってしまったのね。ちょっとこくんと首を縦に振ればいい話かと思ったんだけど、それをしない。うげっ、て変な想像をしてしまった。とはいえ律でなくても、こんな時に首を横に触れる度胸のある子なんていないから、縦に振るか全く振らないか、しかないんだけど、とにかく固まってしまった。
「他の男性の子だと?」
――そうかもしれない。別に性欲はなくても一番の仲良しの人の精子である必要はないのかもしれない。純粋に子供が欲しい、というだけなのなら。だって結婚するわけじゃないでしょう。そんなのはいわゆる伝統的日本家庭の価値観で考えるから変だって思うだけで。性と愛が一致しないなら繁殖も一致しなくていいのかもしれなくて。
またあいつらが仲良く来たのは「私たち運命の臍の緒で繋がれていたの~双子百合姉妹は再び生まれたままの姿で喘ぐ」を鑑賞していた時で、やっぱりこの女優二人似てねえよ! コンセプト的にこの前の母子以上にそっくりさん探して来なきゃいけないと思わない? 本物の双子でもいいしさ。なのになんで髪型似せたぐらいで双子を名乗るの。身長まで違うじゃねーか。いや他にもさ、タイトル長えよ。なろう系か。
感想はともあれ、アタシはやってきた二人を改めて上から下まで見つめてみた。
「その点あなた方は似ていますね」
「はあ?」
「何言ってんだジジイ」
まあ勇ましいけどバナナと精子の話です。AVと次元が変わらないです。結局こいつはインチキだとわめくばかりです。前と何も変わらないですね。昔おニャン子クラブが「バナナの涙」っていう歌を歌ってたんですが、それを思い出しました。今の時代あんな歌は歌えないですが、この目の前のお嬢様方がある意味似た感じで踊る踊る踊る。ある意味芸能というかボケツッコミ漫才というか。それが独演会じゃなくてひとりなのは観客のほうなので逆独演会ですよ。それでバナナですからね。それで精子ですからね。
頑張ってくださいね。
第四罵 無限演繹 ~思考トラップ無間地獄~
バナナ受付嬢からは確率的に言って狙った男の種が実る可能性は低い。兼為氏の種がたまたま実る可能性はゼロではないが、たとえば量子力学的な思考をしてみる。思考実験だ。あるコップに水が注がれている。これがガラスをすり抜けて漏れ出してくる可能性は存在確率密度的にゼロではない。だからといってひとりでに水が漏れる可能性を考えるだろうか。おちおち牛乳も飲めやしない。
ああ、男というのは牛乳と言っただけで白い液がどうのと言い出す生き物だった。中学校のときにさんざん経験した。女子が牛乳を飲もうとすると「あ、白い液飲んでる」と言い出す系男子は滅びろ。あの弁護士もそういう目をしている。心の中で凶暴なくらい猥褻なことを考えていそうだ。男と言うのは存在が猥褻な生き物だった。
結局、そういう生き物である男に散々インサートに次ぐインサートをされた結果生まれたのが燈子である。なんという肉体派。インサート試行回数を無限大で近似すれば燈子が兼為氏の子である可能性は事実上ゼロだ。
従ってDNA鑑定で何らかのトリックが使われたことが確定する。
文江の伯父について調べてみると、かなりどえらい科学者であることが判明した。偉いのは文江の伯父であって文江ではない。なので文江が偉そうにして良い理由にならないことは言うまでもないことをあえて言うまでもないがここに強く強く強調しておく。
そしてその研究内容は、疑惑についてドンピシャなものだった。
〝精子の遺伝子の書き換え〟というものであることが判明したのだ。この技術を使えば兼為の髪の毛なりなんなり細胞ひとつ手に入れてしまえば、兼為とおセックスすることなく兼為の子を捏造できる。文江はいわば論理コピー。書き換え元となる精子だが、書き換え元の遺伝情報は消失してしまうので誰でもいいわけだから、当然手近にあるものを使うだろう。文江の伯父は男なので、男という時点で精子を無限に生産できる機能を有している。つまり伯父は研究室の隅でシュコシュコシュコシュコして呻いて出していたに違いなく、その時点で合体していなかろうが事実上近親相姦確定。ああおぞましい。どえらい科学者じゃなくてどえろい科学者だった。どうして男ってこうなのか。
また仲良く二人が駆け込んできたのは、「タイムスリップ~親犯しのパラドックス・若き日の母ちゃんとヤっちゃった・オレの父親はオレだった~」という企画物を観ていたときなのだが、ますます題名が長くなる上、タイトルで全てネタバレしてしまうというのは映像作品一般の訴求力としてどうなの、とまじめに考えてしまう。と言いつつ観てしまったアタシもアタシなんだけど。
さらに科学的に真面目に考えると、通常母親の遺伝子と父親の遺伝子が半々に交じって子供ができるところ父親のクローンみたいなことになるわけでしょう。科学考証的にもどうなんだろうとね……。
で二人が来るわけです、駅からよーいドンしてね、こう今どきの偽善的な運動会みたいに、全員仲良く並んでみんな頑張ったねーとか言ってテープを切る的なやつに結果としてなるので、やっぱり仲良しなんじゃないかと。途中横向きながら罵声を浴びせ合っているのがゴールに近づくと屋敷からも見えるんで仲良しでない風を装って仲良しなんです。最近流行りの言葉だとツンデレっていうんだっけ。
で無限インサートの話と近親相姦の話でした。やっぱりAVです。よく小説や漫画に文句を言うなら自分で書いてみろなんて論法がありますし個人的には好きくないんですが、その論法に乗せてしまえばこのお二人がAVに出てみればよいのではないか。だってほら仲良しですし。素材的にも悪くないと思いますし。性格は問題がありそうですが、そんなものはAV的にはどうでもいいんですね。なぜならディスプレイの向こうの人はどんなに性格が悪くても次元を越えて攻めてきませんから。ネット上のやばい人なんかもわざわざ、素晴らしいあなたは正しいとか、あなたが攻撃している人は性格悪いよねとか、そんな風に肯定してやって、やばい人育ててる人がいますよね? あれネットだからですね。自分に刃を向けない限りにおいてやばい人というのは見ていて面白いのです。観賞用に人為的に育てあげられたのがネット上のやばい人。
まあこの二人の場合目の前に現れてしまっているからリスクありますが……今のところお互いに刃は向いているようなので、もう少し鑑賞を続けます。
そうかこの二人、素材的に悪くないことを考えると、なぞらえるなら金魚か。フナから人為的に交配に次ぐ交配で作り上げられ、リュウキンみたいなびらびらした尾びれを持たされることを強いられた不遇な金魚たち。かわいそうにね。
最終罵 自分語り ~人は個より出でて子に至る~
母が父と深く愛し合っていたのは、昔からずっと言い聞かされていた。それが兼為氏というのは知らなかったが。身体の関係がないだけで純愛だった。性行為に愛が宿るなんていう幻想を、世の男たちは持ちすぎている。
でも、純粋に子供が欲しい、という気持ちもまた、純愛のひとつだろう。穢らわしいことをせずに愛を貫くのに、先端の科学技術を使って何が悪いのだろう。私は全く悪くないと考える。だというのに、母も、伯父ですら、そんな旧弊な価値観に押し潰されてしまった。
二人が命を絶ったのは、ほんの三年前のことだ。近親相姦ではないのに、だから私に障害がそれを理由として生じることはないのに、そして現に私はこんなにも健康で優秀に育つことができたというのに。
二人はそれを目の当たりにしながら、それでも禁忌を犯したという件で私が産まれてから三年前まで、ずっとずっと悩み続けていた。
その苦悩が深く、思慮深いものであることは、私にそっと宛てた遺書に書いてあったから知っている。でも私は二人を失ったショックで、その遺書を破り捨ててしまった。思えば取っておけば今回有利に働いたかもしれないのに。
いっときの感情で動くことは、かくも悲惨な結果をもたらす。感情は敵だ。
だから感情をあからさまに表す燈子が嫌いだ。
あたしは腐れビッチな母親のことは大嫌いだけれど、尊敬すべき点もわずかながらあって、一切父とよりを戻そうとしなかったことと、一切嘘をつかなかったことだ。だからあたしが兼為の娘であることに間違いがあろうはずがない。だからDNA鑑定の結果が正しく出たのだし、文江と違ってシスコンのわいせつな科学者がバックについていたりもしない。
娼婦という職業は嫌いだが、詐欺師のほうがさらに嫌いであり、嫌いな職業ナンバー1に燦然と輝く。淫蕩より虚偽のほうが罪が深い。文江は詐欺師ということで間違いないため嫌うのは正しい。
「お二人とも、お互いのことずいぶんと調べ上げられましたね。その行動力には純粋な感動を覚えています。ともあれ、三か月が経ちました。お二人とも本日もよくいらっしゃいました。本当に仲良しですね」
「三か月がどうしたというの」
「仲良しじゃねぇし」
「三か月と依頼書にありましたので」
「依頼書?」
「なんだそりゃ」
「兼為からアタシへの依頼書ですよ」
「その内容を聞いているんです」
「その前に……アタシ、勉伍史郎と兼為は古い友人でしてね。親友と言ってよかった。学生時代からしばらくルームシェアしていたんです」
「なんか自分語り始まりました」
「てかアンタ勉伍史郎って名前なのか。ギャグか」
「大学でAV研で一緒だったんです。あ、変な想像したでしょ? オーディオ・ビジュアル研究会ですよ。究極のスピーカーとして知られるスーパースワンを二人で工作して下宿に置いたりしてました。ほら、いまもそこに置いてあるでしょう? ここに置かせて貰っているだけで、材料費もほとんどアタシが出したし、工作したのもアタシが多かったからアタシの財産なのだけど……。とてつもなくいい音がするんですよ。二人で下宿で、音楽聴いたり映像見たりしてね。今でも思い出す、スピーカーから聴こえる、あ……」
「あ?」
「アルトサックスの響き……」いかん、喘ぎ声と言うところだった。昔のほうが画質は荒かったけどコンテンツの質は良かったよなあ、としみじみしている場合ではなくて職務を全うしなくては。
「そして兼為は実業家となり、そのたぐい稀な才能でとんでもない財を築き、一方私は法曹の道へと。道は分かれたけれど、我々の友情は変わりませんでした。そんな兼為の依頼で、死後お二人が名乗り出て三か月経ったら聞かせたいという音声がありまして」
「ちょっと待て。今お二人って言った?」
「兼為氏は私たち二人とも認識していて、それであの遺言を書いたんです? ちょっと意味がわかりませんが……」
「それも全て音声をお聞きになればわかりますので……では再生します。あ、スーパースワンから音を出すのは単にアタシの趣味です。ひいては故人とアタシが共有した趣味といいますか」
やあ。君たち二人のことは最初から知っていたし、
どうせ二人とも名乗り出てくるだろうと思っていたよ。
まずたぶん誤解していると思うから言っておくと、
僕は二股なんてかけていないからね。
精神的交流は律、肉体的交流は萌と分けていただけ。
両者を混同なんてしていないからあしからず。
僕たちは、仲良くやっていると思ってたんだけど、
二人とも僕を裏切ったよね。
最低だよね。
僕は僕の遺伝子が大嫌いなんだよ。
こんな遺伝子、僕の代で断ち切りたいと
ずっと二人に話していたのに、
裏切りやがった。なんというクソ女だろう。
君たちはそんなクソ女の子供なんだ。
クソ女が産んだクソ女だからクソクソ女ね。
それが二人だからクソクソクソクソ女女ね。
でもクソ女二人は死んでしまった。
だから復讐するなら
クソクソクソクソ女女にするしかないんだ。
つまり君ら二人を、僕の財産を巡って
浅ましい喧嘩をさせることこそ、
僕のささやかな復讐なんだ。
誕生日が同じと知った時は
何たる偶然! と思ったけれど、
これは天が導いた格好の復讐の機会だったわけ。
クソクソ女×クソクソ女
バトルマッチを生きて見たかったけれど、
その観客役は勉伍に任せるよ。
それではお待ちかね、遺産総額の発表です!
「依頼書にはここで一旦止めて、通帳を示す、とありますのでお見せいたします」
というわけでアタシは通帳を広げて見せた。二人が目を剥く。
「4円!?」
「どうしてこんな半端な」
「そして音声を再開する指示になっておりまして」
というわけで、御縁もありませんでした~!!
クソ女の遺伝子を持つクソ女だからさんざん
遺産あてにしてたでしょ? してたでしょ?
そうに決まっている。否定しても駄目だ。
根がそうできているのだ。
遺伝子レベルで決まっているのだ。
なお、この音声は自動的に消滅とか
しないから、この音声を繰り返し繰り返し聴いて
自分の浅ましさ愚かさを振り返るがいいさ。
それじゃ、ばいばいびーん。
願わくは君たち二人が一生不幸で呪われた
人生を歩みますように!
心から願っています!
「音声は以上でして、この音声ファイルのUSBメモリをお渡しするように依頼書にはありまして……あ、4円以外のお金は全て慈善団体に寄付されています、このお屋敷もそうなる手はずでして、まもなく取り壊しです。あと無形のデジタルデータ等は全てアタシに生前贈与されておりまして……」
「ふざけんな!」あたしは思わず蹴りを入れた。人間に傷をつけてはいけない分別はずっとついている。やるなら対物だ。激しい音がした。
「ああっ! アタシのスーパースワンが! エージングがかかってプライスレスに円熟した状態なのに! これで再生する熟じょ……」
「知るか!」
「このキモいホモソーシャルがぁっ!」燈子は右のスピーカーを破壊したので続いて私も左に蹴りを入れた。燈子ほどの強力な破壊はできなかったがそれでも十分にダメージは加わったようだった。
「ああっ! 右のみならず左までも! 器物破損! 財産権の侵害! 訴えてやる!」
まさに知るか、だ。好きなだけわめいているがいい。私は屋敷を後にした。
要するに屋敷から逃げたのだ。こんな屋敷に用はない。なんというクソ親だろう!
なんというクソ弁護士だろう! 屋敷から逃げると、隣に燈子が並走している。私たちは、
笑った。
二人して笑いながら走って、走って走って、また駅までたどり着くと、
そこで立ち止まって息を切らし、
息が整うと顔を上げて、
「あなた、やるじゃない」私は初めて文江が綺麗だと思った。あたしと遺伝子を共有しているから当たり前だけど。「あんなに声を荒げるのを始めて見たわ」
「あなたの破壊力に驚いた」まさに、美少女キック。この世に美しい破壊があることを知った。そして燈子も美しかった。私と遺伝子を共有しているから当たり前だけど。「初めて暴力が美しいと思ったわ」
そうして私たちは、初めて斜めに構えずに正面に向き合い、初めて互いに微笑みを浮かべ、握手をしたのだった。
閉告:これにて、実はクソ面白い物語の、終劇也。 二人がのちに手をたずさえ、クソ男性に苦しめられた女性を救う 「姉妹探偵社」を起業するのは、また別の話……。
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