therapy

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梗 概

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外野とのゆき子は子供の頃から世界の役に立ちたいと思っていた。

大人になったゆき子は、世界を変えるバーチャル体験という謳い文句に誘われ、VR制作会社に入るが、任されるのは研修用の名刺交換VRなどつまらないものばかり。

せめてもう少しやりがいのある仕事をと思っていた矢先、上司である神谷が辞表を出したことを知る。

新卒時、ゆき子のメンターだった神谷は、彼女が理想とする世界の役に立つクリエイターだった。神谷はこれまでプロスポーツの訓練VRや多言語学習メタバースなど新たな価値を創出する仕事をしていた。

辞める直前、神谷が担当していたのは貧しい国で戦争被害にあったPTSD患者を治療するカウンセリングVRというもの。ゆき子はチャンスだと思い、神谷の後任となる形で治療VR開発を引き受ける。

暴露療法を目的としたVRの没入感は凄まじく、モザイク処理のないプロト版を体験したゆき子は再現された戦場を見て吐いてしまう。それでも映像チェックのために何度も見ているとその暴力性にも慣れていく。

しかし今度は別の症状が現れる。日常生活において自分がナイフや鉈を持っているような幻覚を見るように。あまつさえそれで人を殺す瞬間を幻視するようになる。

異常を感じたゆき子はVRを調査し、そこに奇妙な映像が仕込まれていること発見する。それは男がひたすら犬を殺し続けるカットを何百個も繋いだもの。それがサブリミナルで挿入されていた。映像には神谷の姿も映っており、ゆき子は神谷がアフリカ某国のキャンプにいることを知る。

ゆき子は某国へ飛ぶ。途中VRで見たような戦争の風景が広がっている。しかし神谷のいるキャンプは平和に見えた。皆が平然とした顔で銃や鉈で武装していること以外は。

神谷は村を案内し戦争被害にあった子供達がHMDを被って治療されている姿を見せる。子供達が見ているのは例の犬殺しVRだった。

神谷は説明する。元来ここに住むワトゥ族は周辺を敵対部族に囲まれており、そのような環境ゆえ、ワトゥ族には、いつでも敵と戦えるよう、そして敵である隣国を威嚇するよう、敵に見立てた犬を殺す犬殺しの儀式が存在していた。

しかし近代化に伴い儀式は廃止され、ワトゥ族は大国がバックに付いた隣国に侵略されるように。神谷はそんなワトゥ族を救うため再現された戦場の映像と犬殺しVRを使って野蛮さを再啓蒙していた。それはある意味では治療だった。

暴力が物事の解決手段になることに納得しないゆき子。しかし当の神谷自身が何食わぬ手つきで犬を殺す光景を見て諦める。神谷は現地の女性と結婚しており、彼の守る対象は政治的正しさではなく、いつ侵略されるかわからない家族達だった。

帰国後まもなく、ゆき子はキャンプが隣国ではなく西欧諸国の空爆によって破壊されたことを知る。

ゆき子は元の研修用VRを作る日々へ。そこでVRの中にサブリミナルで犬殺しVRを混ぜる。研修用VRが全国に納入された頃、ゆき子はふと休憩に入った喫茶店で客に理不尽に怒鳴られたウェイトレスがそっと手にナイフを忍ばせるのを目にし、小さく微笑む。

文字数:1264

内容に関するアピール

今回「自分とまったくちがう思想を持つ人」として、異なる地域と習俗のもと、戦争や紛争といった非常事態の中で生きている人間を設定しました。

現実では闇バイトが横行し、戦争も終わらず、世界がどんどんプリミティブで原始回帰的な流れを見せているので、呪術や因習、暴力性といったものが、かなりアクチュアルなものになっているとも感じています。

またVRは航空シミュレーターやスポーツシミュレーターのような没入感が学習の効率に直結する分野では有意性があることが科学的に実証されているので、舞台装置としての〈機械仕掛けの神〉的な役割でオチに使ってみました。

文字数:267

課題提出者一覧