愛の複製不可能定理 Love`s no-cloning

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梗 概

愛の複製不可能定理 Love`s no-cloning

量子コンピュータ研究センターに籍を置く三上修一は論文発表を控えていた。
その日、共同研究していた量子コンピュータの理論(量子誤り訂正)についての論文が発表される。三上はその反響をエージェントから電話で受け取る手筈だった。
しかし着信した電話は警察からであり、かつての恋人である広瀬海紘みひろが海外で亡くなったことを知らされる。
呆然とする三上にエージェントから電話が入り、発表が成功し、ブレイクスルーを生むであろうことを知らされる。
三上は街路樹のイチョウの葉が散るのを見ながら、自分の人生には明確な分岐点があったことを自身が論文に書いた「量子状態は複製できない」という事柄に関連付けて思い起こす。弱った三上は自分が研究を続けられないと感じる。

場面は変わりカフェで男と話す女性の視点となる。
女性は死んだはずの三上の恋人である海紘。ここから始まるのは海紘が死ななかった場合の世界の話である。
海紘はそこで別バージョンの三上と付き合っている。
別バージョンの三上は研究所勤めではなく大手電機メーカーの派遣技術者だった。
海紘は、ぱっとしない三上に不満を抱いており、しかも度々、素粒子物理学の話をするのに辟易している。それに自分はもっと広い世界が見たいと思っており、このまま三上といて将来の可能性が狭まることについても悩んでいる。
海紘はそこでいきなり三上から別れ話を切り出される。海紘は突然の話に驚いて、思わず窓の外を見やる。そこでイチョウの葉が落ちるのを目で追った。

ふたたび場面が変わり海紘の葬儀に来た三上の視点。
休憩所の新聞で三上は発表した論文が世界を変えつつあることを再確認する。そこに海紘の妹である鳴海が現れる。二人は海紘について話す。三上はそこで自分が研究者にならず、海紘と付き合っていれば彼女は死ななかったかもしれないと述懐する。
鳴海はそれを否定する。「姉は――」そう言いかけて、鳴海は遠い目をする。

場面は、三上に別れ話を切り出された海紘の視点に戻る。
三上は自分が仕事を辞めて研究者に戻ろうと思っていることを明かす。
海紘は別れ話をあっさり引き受け、それを機にやりたかった国際支援NGOの仕事にやろうと思っていることを言う。三上は安定志向だと思っていた海紘がそんな活動的な仕事に憧れていることに驚く。

最後の場面転換。視点は記者会見場にいる三上の視点。論文を発表したものの、量子コンピュータ開発で他国と差をつけられている状況をマスコミに糾弾されている。
そこで三上は突然、量子複製不可能定理の説明を始める。
ある一つの時間をやり直したいのであれば、それは時間の始まりからやり直すほかない。
ざわつく記者会見場を後にする三上。
鳴海から聞いた海紘の人格像から彼女の死が偶然でないことを知った。ある意味、その死は彼女が積み重ねてきた「確からしさ」の結果だった。
それならば自分が研究者として生きていくのも同様に「確からしい」はずであると三上は結論づける。
イチョウの葉が散る中、三上は自分が研究に復帰できると確信する。

文字数:1248

内容に関するアピール

 今回のお題を受け、「シーンの切りかえ」に単純な場面転換以上の意味を持たせられないかと考えました。
 
 そこで「パラレルワールド」をテーマにして、場面転換が、別の登場人物への切りかえ、さらには別の世界、多世界解釈でいう分岐した世界への切りかえにもなっているという構成に落とし込みました。

 ちょうど量子コンピュータという時事にも絡めることができ、そこについても小説構成とシナジーのある題材を採用できたのは上手くいったのかなと思います。

 また前々回、三人称で上手く書けなかったのがなかなかに悔しかったので、実作ではそのリベンジができたらなと思います。

文字数:272

課題提出者一覧