嘘つき少女ちよちゃんのその死と光明

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嘘つき少女ちよちゃんのその死と光明

いきなりこんな話をするのは心苦しいけれど嘘というのはとても難しい。
嘘とは事実と異なる話をすることだ。単純に人を騙すのも嘘の部類に入る。
人は自然と嘘をつく。身を守るため誰かのため。疲れているから話を有利に進めたいから。そうやって皆、嘘をつく。
何故こんな話をしてるかって?
それはちよちゃんが死んでしまったからだ。享年二〇歳。

というのは嘘だ。

ほら混乱するだろう。僕だって混乱している。仮にこの話が嘘である場合、二通りの受け取り方がある。まずちよちゃんが死んだことが嘘の場合、次に享年二〇歳が嘘の場合。で、残念な事に彼女が死んだことは本当だ。だからちよちゃんは生前、僕に嘘の年齢を教えていたことになる。
言っておくが僕がそういう神経質な人間というわけじゃない。
単にちよちゃんが嘘つきで彼女の嘘に騙されないためにはあらゆる事を疑ってかからねばならなかった。ただそれだけのことだ。
そう、ちよちゃんは凄い嘘つきだ。それも過剰な程に嘘つきなのである。
その証拠に彼女の送別会に行って僕は衝撃の事実を知った。
ちよちゃんはちよちゃんではなかったのだ。
というのも送別会の看板に全く別の名前が書いてあったから。千の夜と書いてちよ。千夜一夜のちよと彼女は初対面時にそう名乗ったが、それすらも嘘だったわけで、そして本名は田中恵子というらしい。なんで?

まあそんなことどうでもいい。
重要なのは僕はちよちゃんに騙され続けていたということだ。
ちよちゃんはいつもたくさん本を持ち歩いていた。
ブランド品の紙袋を片手にそこにバッグじゃなくて文庫本や大判本を詰め込んで、ご飯に行っても映画に行ってもいつもその片手は埋まっていた。
そして言うのだ。
知ってる?
人類は月になんか行ってないんだよとか。
海の向こうではまだ戦争が続いていて毎日たくさんの人が死んでるんだよとか。
そしてその細い指で取り出した本や冊子をパラパラと捲ってはそれがいかに真実であるかを僕に語り聞かせる。
ほらアフリカではまだ内戦が続いている。ミャンマー少数民族の虐殺は終わっていない。ロシアも中東も今はものすごい戦争してるよね。
そうやって聞きたくもない世界の嘘をちよちゃんは耳元でそっと囁いてくる。
更には今日は電車で来たと言いながら普通に自転車で帰ったりするし、ラーメン行こうと言ったくせにうどん屋に連れていく。意味不明だ。
ちよちゃんは何故こんなしょうもない嘘をつくのだろう。
ある日ちよちゃんに聞いてみると彼女は真剣な表情で答えた。私はそういう病気なのだと。嘘つき病、一〇〇万人に一人の先天性嘘つきまくり症候群なのだと。
当たり前だが嘘である。
それでも腹立たしいことにちよちゃんは魅力的な女の子だった。これはまあまあ本当の事だけどこの話は割愛する。

しかしながら、ちよちゃんは死んでしまった。まるで嘘のようにあっさりと。
正直言えば僕は少しほっとしている。
殺人、偸盗、姦淫、自死。ちよちゃんはこの世のありとあらゆる悲惨は無くなっていないと嘘をついた。世界にはまだ撲滅すべき悪が一杯あって、そのために善と悪とを選り分ける面倒で手のかかる仕事もたくさん残っているんだよと僕に言った。
僕はもううんざりだった。ちよちゃんのつく嘘にもそんな嘘が本当かもしれない世界を想像することも。
だからこうしてちよちゃんが死んだ後の世界はとても清々しい。世界には悲惨な戦争も貧困もないし、今この瞬間に飢えて死んでいく子供らもいない。
「いいじゃないですか、自分には関係のないことなんですから」
そう嘯いて最低な笑みを見せる彼女もいない。
僕はちよちゃんがいなくなったことでこの世界が確固たる土台の上に建っていることを確信することができた。そしてちよちゃんのいなくなった世界は急速に復活を遂げようとしていた。本当本物の生活、いわばそれを取り戻しつつあった。

だから僕も本当の戦いを始めることになった。僕の手には銃が握られている。
ちよちゃんの嘘がなくなったことでその清らかな『本当』と戦うことになったから。
過剰な嘘に満ちた世界と過剰な本当が溢れる世界。
そのどちらがましなのか僕にはわからない。
ただ一つ、真実がある。
それはちよちゃんはもういないということだ。
僕の世界の嘘をほとんど担っていたちよちゃんは嘘か誠か、その判断すらない無の世界に行ってしまった。

だから僕はこの嘘の話を書いた。事の初めからちよちゃんなんていないし僕は銃なんか握っていない。そしてこの世界の嘘にも本当にも興味はない。
ただこの話は疑ってかかるべきだろう。
あなたはいま改札を抜け橋を渡り、とあるビルの一室にやってきた。
そこには僕と同じような人達が集まっている。もちろんちよちゃんの死を悼みに来たわけではない。彼らは僕と同じ嘘をつくためにここに集まった。
それは言祝ぐべき事なのだろう。僕らの生活の全てが嘘なわけじゃない。けれども全くの本当というわけでもないのだから。

文字数:2000

内容に関するアピール

『過剰』をテーマにしたフラッシュフィクションということで、過剰に嘘をつくヒロインという直球な題材を持ってきました。

さらに嘘というキーワードから千夜一夜物語が連想されたので、これをベースとし、一般的にはよくないものとされる嘘をつくことによってポジティブな結果に繋がる、そういう価値転倒のお話を書こうと思いました。

とはいえ、それだけでは出オチ感が否めなかったので、そこに『過剰な本当』というサブテーマをぶつけてみたり、少しポリティカルな風味を出してみたりと、「私たちはいかにフィクションに規定されているか」的な話へ頑張って持っていきました。

結局、キャラクターに何とかしてもらった感はありますが、何でもかんでも(カスの)嘘をつきまくるヒロインというのは自分でも気に入っています。

あと、この手のメタフィクションオチはやはり禁じ手だと思うので手癖になる前にちゃんと締める練習をしていきたいです。

文字数:392

課題提出者一覧