梗 概
アラタ
- 概要
自然界に存在する四つの基本的な力を操作できた一部の選ばれしものたちが、争いをしたせいで異常現象が頻発し、それを解決するためのヒントを探すために再び集まって共闘する物語
- テーマ
手に負えない力を手に入れてしまったあとの選択こそが人間性をいちばん体現している
- 物語
20年前、物理学の大統一理論が完成した。理論の実用化研究のために世界政府によって実験都市「アラタ」が建設された。世界中から適性のある7歳以上の子供たちが選抜され実験都市の教育施設に入学させられ、そこで自然界の4つの力(電磁気力、重力、強い力、弱い力)のどちらかに特化する課程を専攻し、だいたい二十歳になる前に卒業して物理法則を書き換えられる文官という意味の「書記官」となって世界政府の部署に配属される。彼らはそれぞれの能力を駆使して飢饉や格差などの問題があっという間に解決されていくなか、アラタで秘密裏に第五の力を研究してそれを悪用しようとする書記官がいるという噂が引き金でもともと見解が異なる書記官どうしの大規模な内戦が4年前に始まった。
内戦が進むにつれ、書記官の意思とは関係のない物理現象の乱れが世界中で確認されたので、書記官たちは一旦停戦の和約を結んでアラタに集結する。
主人公の二人は、成立当初から全ての書記官たちの行動データを記録する「司史館」に所属し、今回のアラタ探索任務においても先鋒を担当する。果たして、彼らは異常現象を引き起こす第五の力の真相にたどり着けられるのか……
- キャラクター
1、夏 女性 30代 書記学校一期生 重力課程習得。卒業してから「司史館」勤務。内戦前にデータ収集と提供のために世界各地へ出張を繰り返し、書記官にかかわらず色んな人と面識あり。第五の力の真相を究明する意思が強い。普段は福岡弁。髪型はお団子ポニー。
2、麦 男性 18歳 書記学校七期生 強い力課程習得したらすぐ内戦勃発。夏に拾われて重力も操作可能になったが夏には遠く及ばない。内戦時主に「司史館」と共に各戦場を移動して残酷な真実を目にする。第五の力の真相と自分が持つ力への疑問を持っている。標準語のみ。髪型は非対称刈り。
3、春 女性 30代 夏と同期。重力/電磁気力課程習得。「司史館」のトップ、情報の分析が得意。「司史館」に入る前からいろんな部署を務めたようだが本人はあまり語らないため詳細は不明。第五の力の真相についてあくまで中立的な態度をとっている。普段は京都弁。髪型はサイドボブ。いつも眼帯型のゴーグルを装着。
←書記官の名前はいずれも代名。他に「司史館」の書記生の出身ではない事務官のキャラも三人ぐらい考えている。
←主人公側に協力するふりをして第五の力を手に入れようとする書記官の存在も必要
←第五の力を司るのは一人の少女、内戦中に育てられた最後の書記生
←特別な力を持たざる者の視点も必要
・設定(仮)
1書記生たちの肉体はあくまで人間でガジェットを使って自然界の力を操作する。「司史館」の場合は伸縮性の高い細棒状の黒い杖。
2「司史館」の本体はサーバーを搭載している巨大な飛行船
文字数:1267
内容に関するアピール
いつの時代でも若者にウケない物語は売れるはずがない。この考えに基づいて企画を考えました。
自分の観察する限り、「わたし」よりも「わたしたち」の物語を好むのが流行りらしい。つまり、変化が激しい時代で一人で奮闘してなんとかゴールに到達するよりも、仲のいい友と人生という長い道をのんびりと観光する、という生き方はこれから主流となるかもしれません。しかも、若者に関わらず現代人は技術の力で万能感に浸かることがますます多くなる一方、ふとした出来事で技術がうまく作動しない環境を強いられることもあるでしょう。その場合、人間はどうやって「わたしたち」を意識し続けるのか。僕はこの問題に関心を持ち、物語を書こうと思う。
今回の創作において、自分が小さい頃から影響を受けた作品のいくつかの要素を活かしたい。歳の離れた男女ペアの主人公、コードネームで呼び合う、なんらかの属性の能力などなど。ご意見いただけば幸いです。
文字数:396
アラタ 第0章
「アズキさんは…月の訛りですか?」
初めて学校に登校した日。担任に言われるままに自己紹介をしたら、半円卓の左側に座っている男の子が急に切り出した。眉毛を筋肉いっぱい引き上げているが口角は一文字に結んでいるというあまりにも珍しい表情をしたため教室から笑い声が起こった。街中でよく見かけたほかの子供と違って、この教室の子たちは顔の肌に艶があって鼻水を垂らしていない。朝食の時に小学校三年生はお前ほど大人やなかけん仲良うやれと父に言われた。ずっと家で見ている映画の中のような物を投げられたり髪を引っ張られたりするようなマネを予想していたが、男の子の目は真剣そのものなのでこっちも答えてあげなければという気になってきた。
私はほんの少しだけ考えてから、教室の端っこまで後退りして、それから何歩走って踏み切りをつけて飛び出した。家の中のロボットと遊ぶ時のように手よりも肩に意識すれば体が自然と回転して両足着地できた。体を回したら教室中が一瞬シーンとなって、そこから拍手が起きた。
「もしウチが月の生まれやったらこげん飛べることができんばい。なにせ月の重力が…」
「地球の六分の一…だよね」男の子はゆっくりと席に腰を下ろした。今度は眉毛が筋肉いっぱい垂れ下がって瞳がうるうるしている。その歳不相応な哀愁あふれる顔がまた同級生たちの笑いを誘った。
「ソラくん、アズキさんに謝りなさい」と女性担任は我に返ったように男の子を睨みつけた。それから私の方を見て、「アズキさんごめんね、この子はお父様のお仕事をなんか誤解しているようです。私の説明が悪いかもしれませんね。でも、びっくりしましたね。急に飛び出すなんて…」
「ごめんなさい、アズキさん」とソラくん。それから先生の方にもおじきした。
午後の授業は体育場での無人機操作実習。担当教員は首都のどこでも見かける肌が黒くて両手がザラザラな中年軍人。普段は石油坑井で働いているためなのか声がやたらと元気で、片手でアームをつかんで私たちに機体を見せつけながらこう言った「この前に、他の学校の授業でな、送信機のレバーを押しすぎて落としたバカがいた、で、そのご両親が一ヶ月の給料を前借りして弁償したんだ。みんなもレバーを押しすぎないように気をつけようなぁ。無人機の損失は犯罪だからな!それでは、学籍番号1番──」
ソラくんは列から出た。やはり眉毛に力を入れている。
「よし。では、まず無人機を飛ばす!この体育場を一周させてまたここに下ろす。教科書通りにやればいいさ、簡単だろ?」
教員の号令と共に、ソラくんは送信機の右レバーを押した。無人機が少し浮上して勢いよく芝草の端を擦って前方へと一直線に突き進んだ。
「おい、何をやっているんだ。まずは飛ばせって言ったんだろ!」教員の怒り声にもソラくんは眉毛一つ動かず左側のレバーを押した。今度は無人機が先とは全く逆の方向、つまり私たちの列の方へと飛び戻った。子供たちは不安を感じて列が崩れ始めた。
私は列から出てソラくんの肩を叩いた。
「任しときぃ」
と言って彼の手から送信機を取り上げて左のレバーを押した。無人機は空へと高く飛び出し、それから右へ大きく旋回して体育場の上空で円を描くように舞い上がった。この小学校の位置する川沿い地域の風景が地面に置いてある映像端末の画角によく納められていて、次にほかの小学校の体育場、緑の防無人機飛び出しの大きい網、川の三角州のど真ん中にある鉄塔式無線信号基地、港で船出しようとする石油タンカーの真っ白の甲板、そしてちょっと開いている口以外はおおよそ引き締まっている自分の顔が映し出された。
「先生、こん無人機は回収品です。外国の操作様式を変えなば落ちるのは当たり前ばい…です」
訛りをできるだけ抑えて喋っても通じるかどうかは自信はないが、教官が何か考え込む様子で無人機を見つめるのを見てひとまず安心した。
「君って、もしかしたら国立招待所に住んでいる…」父の名前と役職が出たので頷いたら、教官は急に両足を揃え、右手の指先が眉の前に来て、私の目をまっすぐに見つめた。
「月への道は友だらけ!感・恩!」
その言葉を聞いた子供たちも拙いながらも教官の敬礼を真似て一列に並んで私に敬礼した。
「感・恩!」
幼い声が鼓膜に響きわたってきて、私はそのまま立ち尽くしてしまった。
学校が終わった後、ソラくんが近づいてきた。
「アズキさん、さっき声出しすぎてびっくりさせちゃってごめんね、あと…」
少年は一瞬下に向いてから顔をあげた。頬っぺたに赤みがかっていた。
「教科書で読んだんだ。月面基地の倉庫、みたいな所に手のひらで操作できる無人機があるって。将来…もしアズキさんと一緒に月へ行けたらさ、一緒に手のひらでこう、無人機を飛ばそうよ…」
その後つづいた言葉を全く聞いてなかった。手のひらで物を飛ばすことの想像を全く思い描けなかった。彼の坊主頭の青っぽいところは確かに月と似ているかもしれない。
人生初めての放課後。他の子供たちは正門でなんらかの進行曲を歌いながら帰宅の行列を並んでいる。私は裏門で担任から国定教科書と知育玩具が詰まった通学鞄をもらった。両肩に皮のベルトを固定させて担任に礼をしてから家の方向へと歩み出した。坂を一つ登ると両端によく整えられる杉の木の大通りが現れた。大通りの真ん中は馴染みのある保安警察のひまわり色の車両が一台止まっていて、運転席に座っている警官は仮眠をしている。
この地区は首都でも一二を争う住みやすい住宅区と言われており、百を超える滑らかな黄色コンクリート壁の九階建て団地が同じく東の方に向かって立ち並び、団地の共有農地には白い箱のような番号付き大型蓄電池が二個置かれている。川の向こうとは違って、坂の上では夜間電気規制のある日でも本が読めるぐらい照明が行き届いている。大通りの終わるところに土日以外の日はかならずやっている移動花屋のトラックはそこに止まっていて前輪のタイヤに「店主服役中につき今月営業停止いたします」との看板がかかげられている。
もう一つの坂に登った。先の坂と違ってひまわり色の車がなく、代わりに砲管を取り除かれた戦車がずらりと並んでいる。戦車の列を辿っていけば半円のゲートがあって、ここで一旦たち止まって真上にある監視カメラを見上げてから数秒待てば顔認証が通過しゲートが勢いよく裏から開けられる。そこには私がずっと住んでいる国立第二招待所の住居棟だ。物心がついた時にはこの国とは違う同じ訛りの人たちがたくさんいた。大人は白衣か灰色の作業服を着ていて、子供たちは黒綿のコートだった。日曜日に坂の下から軍服を着た人たちが来て、私たちに食べ物と着る物を配る。夜、私たちが誰かの家に集まって映画を見ているとき大人たちは住居棟のとなりの実験棟にこもってずっと何か作業をしていた。私たちはなぜ軍服の人たちそして街中の人たちとは喋り方が違うのか、映画のなかの人はなぜ軍服を着ないのかと父には何回も聞いたことがある。父の答えが長すぎて何故かいつも途中で月の話になるので結局なにも知らないまま今日に至っている。
この時間の実験棟には一人もいなかった。壁際に鉄のタイヤがいっぱい積まれて床は配線だらけである。映画を見る以外にもう一つの遊びは、父とその仲間たちが組み合わせた新しい機械のテスト要員になる時である。外骨格という半端ない硬い金属を体に取り付けて計算機に囲まれた中で他の子と一緒に壁に登ったり高い所を飛んだりするがあまりにも楽しくて、たとえロボットと無人機がなくても一人で走り回るようになり、気づいたら遊び仲間たちがいなくなって招待所の住人は私と父だけになった。
「アズキちゃんもお父しゃんと同じ、頭領さまに役に立つ人材になるばい」
いつか酔っ払った父の同僚に言われた言葉が急に脳内で響いた。頭領さま…父の長たらしい話の中にも登場した名前のような気がする。まだ何か思い出そうとしたら、目の前が真っ暗になって、しばらくしてから非常ランプが点いた。電気規制の時間だ。
私は通学カバンから教科書を取り出した。
「私から見れば、新しい時代の子供たちが本当に羨ましいのです。彼らの元気あふれる笑顔と比べたらあの太陽面爆発事件なんぞ神話時代の話のように感じます──たった二週間、通信が途切れただけで大国同士が核を撃ち合い、小国同士が人口を奪い合う。幸い、私たちの国は一番まとめですから、太陽フレア後も才能と根性そして常識のある方々がたくさん移住してくださいました。この歴史の教科書には彼らの証言はたくさんあるから信頼できるものです。それでも、皆さんには古い時代の大人たちの情けないところに目をつむってほしいです。あなたたちこそがこれからの人類の主役に違いありません。私はいつもあなたたちのような小さな友人に恩を感じているのです」「頭領さまのおことば」『新しい歴史』「頭領さまのおことば」
本文のページをめくろうとしたら外に足音が聞こえた。父にしては早い帰宅時間である。一回寝付けられなかった時があって、窓から父が軍用四輪車から降りたところを見たことがあった。黎明のわずかな光で白衣のしわがはっきりと見えていた。
家は住居棟の一階、廊下の最も奥の部屋。いつものように鍵穴にカギを差し込んで回そうとしたら扉の向こう側に物を落とした音がしたので、そのまま扉を開けて「お父しゃん、なにやっとーと」とカツを入れるのがいつもの流れだが、今日は違う。
父ではない少年がガスコンロの前に突っ立っている。
少年の前髪は耳を隠れるほどの長さで目のところは隙間を開けておいた。身の丈にぴったりの黒いジャッケットを羽織っていて軍靴もしっかりと磨かれている。背筋はまっすくだが私を見詰める目がどこかぼやんりとしている。何より不可解なのは両手に二段のせいろを持っていて、本来ガスコンロにあるはずのうちの鍋が床に転がっている。
「あ、あの、アズキお嬢さん、でよろしいです、か、俺は…」
「アサヒくんや、これからお前ん面倒ば見る子」突き出そうとする拳が背後から掴まれて全身が父の懐の中に抱き上げられた。
「こいつと一緒に毎日住むと?」
「なん言いよんーアサヒくんにも自分の家があるたい。たまにしか来んけん、仲良うやれや。なぁ、アサヒくん?」
「あ、はい…」少年はためらいながら応えた。
「今日帰ってくるのが早か、仕事は?」
「ああ、終わったばい。月面着陸の飛行士の選定や。これで一年は休めるわ」私を降ろしながら父は言葉を続けた「お前と同じぐらいん女ん子や、びっくりするやろ」
少年はせいろをガスコンロに置いといて、父に敬礼した。
「感・恩!」
アラタが打ち上げられた日のことは今でもはっきりと覚えている。
夜がほのぼのと明けはじめる時だった。バルコニーから見下ろした首都最大の真理広場はいつもと違ってひそひそ喋る声、冷えた体を温めるために手を擦る音、子供たちが小躍りする振動で響き渡っていた。いつもの夜とは違う賑やかさは旧時代の赤外線センサー搭載の双眼鏡越しからでもわかる。真っ白けな人影が甘いものに群がる蟻のように塊となって真理広場の真上に張ってある円形の銀幕の下に固まっている。スクリーンには宇宙船アラタ号———時事放送によれば、司令機械船「真理」と月着陸船「アラタ」からなるフルセット──が月に到着した様子が映っている。広場の違う方角から歓声が聞こえた。
「ここにいらしたんですか、お嬢。護衛からストーブを借りてきましたよ」
背後から男の人の低い声がして、それから灯油の匂いが漂ってきた。双眼鏡から視線を外して振り替えようとしたら、声の主がすでに私のとなりに来ていた。とくにエラが張っているわけではないが輪郭がくっきりとしていて、大きな両目はストーブのやさしい光に照らされてこがね色に輝いている。私より頭ひとつ分抜けているので口から出る白い息がよく見える。しかし、ここは家ではなく、首都の中心であるイガタの宮の天守だ。
私の疑念に満ちた目に気づいたか、彼は軍用ジャケットコートのポケットから一台の二つ折り携帯電話を取り出して経度と緯度を記した数字が表示された画面をちらつかせた。
「ここは天下一の軍管区ですよ。俺の携帯と紐づいてないと今頃お嬢はとっくに保安警察に捕まってますね…別に電源を切ることはないでしょう。はぁ、最近なんで俺と口を聞かなくなったのかわからないですけど、お嬢に何かあったらお父様と親父に怒られるのは俺ですけど…あ、見てください、お父様のお造りになったクモが浮いてるんです!」
自分の二つ折り携帯電話の真っ暗な画面から彼の指さした方向に目をやると、広場の真上のスクリーンに父の実験場で何回か見たクモ型ロボットが空を覆うような大きさで映されていて、しかも四本の足がぴょんぴょん跳ねたり前後の足が地面を引きつけてから交互に前に伸ばしたりするのではなく、正方形の頭部の両側に折り畳まれていて─そして彼のいう通りに、月のどこまで伸びるわからない灰色の帯状の真上を緩やかに飛んでいる。
「前時代の月面レールがまだ機能しているんだ、月面基地はすげぇな…」と頭を仰ぎ月の方向を見ながら呟く彼の瞳には未来への憧れで溢れている。
しかし、私にはその憧れが不思議なものに思えた。だって、未来のことはすでにわかったもの。
10年前、太陽の表面に大きな爆発が起きた。爆発によってもたされたエネルギーが数分後に地球に届き、大惨事となった。その日はちょうど完成したばかりの月面基地から地球への電気伝送実験が行われる予定だった。もし実験がうまく行く場合地球上すべての地域に電気が届くようになり、全人類は不自由のない暮らしを送るようになるはず、だ。『新しい歴史』にはそう書いてあった。どうやら私が生まれたごろ、携帯電話は軍用品ではなく一般的に普及していたらしい。二つ折りではなく一枚の平らの面しかなく、鍵盤もないみたい。空を飛ぶ何千基とも数えきれない衛星がつないだ情報通信網を通して地球の向こう側にいる教科書の中でしか見たことのない髪色の違う人たちとすぐ通信できたと。みんなが板のような携帯電話を使っておしゃべりし放題になったとしても、16歳になったらそれぞれの適性によって石油関係の工場か探索隊に割り当てられ、旧時代の瓦礫から使えるものを回収する作業を延々とこなす人生を送ることになる。たとえ私やアサヒのような出身でもそれ以外の選択肢が与えられたわけではないのだ。
初めてアサヒと知り合った日から、父は休むところか帰宅頻度が月に一回あるかないかようになった。父がいないとき、毎日ではないけど一週間に何回かうちに来て、せいろで蒸し料理を作ってくれた。食後はロボットでゲームをするか、しょうもない会話をして過ごした。どうやら彼の家はみんな軍人のためアサヒの口数も少ない。ただし月とか月面着陸の話題になると、彼の顔は必ず赤くなりぶつぶつ言いながら空を眺める素振りになる。今はまさにそのようだ。
銀幕の上では拡大されているとはいえ、月面基地の司令塔に向かう新時代初めての宇宙飛行士は私と身長がそんなに変わらないのはすぐわかった。アサヒが大事に切り取っておいた科学雑誌の表紙でその子の顔を何度も見たことがある。髪を左の耳の後ろにスピンで止めて肌が明るくて華奢そのもの。頭脳明晰のはずなのに眼鏡かけてない。私やアサヒとそこまで歳変わらないのに、「主役である自分を一日も忘れたことはありません…毎日寝る前に頭領さまのおことばを思い出します。心の中で衛星を一日一個打ち上げていますね」みたいな大人らしいことばでしめくくるインタービュー記事を思い出して私は思わずふっと笑ってしまった。
アサヒは珍しい物でも見たように私の方に顔を半分傾けて言った。
「お嬢、見せ場はまだこれですよ。ハルさんは頑張ってるんです」
「宇宙から電気ば届けてくるやろ。そげんことできたとしてうれしゅなること…」
「みんなさん、まもなくです。東の方に向けてください。東の方に向けてください。」真理広場の拡声器から頭領さまの声が響いた。「特に14歳以下の方々、今日はあなたたちが成人になった日です。おめでとうございます。」
東の方の遠い夜空に一本の白い柱が現れた。すぐ消えてからまた現れ、それから変化することはなかった。双眼鏡のレンズが突然真っ白になった。気付いたら真理広場の電灯柱は全て明かりがついた。川の向こうも少ないながら黄色の点が散りばめられて、特に高いほうの建物の輪郭は一目瞭然だった。広場の拍子ががった歓声を聞いて、私は自分の頭の中で何かチカチカしているのを感じた。
誰かが私を呼んでいる。
「お嬢、中で宴会はもう始まってますよ。行こうよ」アサヒの声はまるで拡声器から伝わってきたようだ。
「アサヒ…家まで送ってくれるかいな。ごめん…なさい」
広場の騒ぎが耳から離れていく。床が自分の顔に近づいてくるのが最後の記憶だった。
初めてリンゴを宙に浮かせた日のことはなんとなく覚えている。
丘の上に木製の風車がたくさんたち並んで、真っ直ぐな国道沿いに旧時代の飛行機の残骸が散見され、その周りに緑一面の稲畑がどこまでも続いている。首都以外の人たちはこの畑の中で生活しているかを考えると不思議な気分になる。それ以上に、バスはすでに一時間ぐらい運転していることに驚いた。同級生たちは海辺へ行けると聞いてバスの中でずっとバカ騒ぎをしていた。
圧巻の広さだった。時事放送映画の説明通り、海の上から宇宙からの電気を受信するための円盤の形をなす受信部は陸から覗いてもその大きさが窺える。もちろん今日の目玉行事はその円盤ではなく、宇宙技術博覧会の展示である。
会場の外見とは違って中はまるで招待所の実験棟のようで配線が混雑していて、世界中から集められた重機とデカイ車のような乗り物が円を描くようにずらりと並べられていて、それぞれの展示物の前に解説員が解説し、あるいは展示物に乗り込もうとする小学生──頭領さまがいう未来の主役たちを乗り物の座席に降りるように苦心して説得している。
ある乗り物(看板には「生命科学実験装置」と書いてある)の前を通りかかった時、一瞬なにかが輝いたのを見た。ロボットと遊ぶ時たまに起きることで、電力不足のサインだ。しかしどういう気が働いたか私は中に入り込んだ。
縁に緑のランプが付いている、太鼓。あの装置を見た時に私は思った。しかも両側に細いロープに締め括られていてますますそう見える。装置と呼ぶには仰々しいすぎる。ボタンもひとつしかなく、ここを押してくださいと言わんばりかに矢印が書かれている。私の手がそこに触れた。
点滅している緑のランプが一気に付いて、全身が照らされた。ガーンという音が鳴って、装置が回転し出した時、私はやっとこれは乗り物ではないことを気づいた。時すでに遅し、目の前の会場とこちらに駆けつけてくる人の群れは色褪せて紐のようなものに見えた。
私はきっととんでもない速度で回されているはずなのに、天地は逆転してない。私の足が宙に浮いていて、装置の音声も聞き取れる。グ・ラ・ビ・ト、とかなんとか言ってるらしい。自分の知っている言葉はない。
回転が止まった。体がまるで重力に押しつぶされたようにペタっと装置の床に落ちた。
結局、私はあの日以来、アサヒとまとまった会話もしないままやってきた。彼がなぜ頭領さまと、あのハルという少女飛行士の話にあんなにのめり込んだのか知らないし、父は一体どれぐらい月面基地に関わったのかも知らない。私と父と、招待所に住んていた人は一体どこの国から来たものかも知らないままここで人生を終えるかもしれない、といろんなことに思いを巡らしているあいだ。職員たちと何人かの学生が入ってきた。ソラくんもいた。彼の手には赤いものを持っている。
その赤をもっと近寄ってみたい、と睨んでいたら赤色が急に薄まって私の前に飛んできた。
形で推測するに、りんごだった。そして、私の頭の上でそのまま止まっていた。
「救急車はもうすぐ来ます。頑張ってください」と人の群れをかき分けながら私の前に駆けつけた男はいう。
この時初めて、私は頭領さまの顔がわかった。アサヒとよく似ている輪郭がくっきりしている顔だ。
「主役は、やはり思わぬところで現れるものですね」
(作者から:異能バトルをもっと読みたい!という方にはもうしわけない気分です。今回の物語はあくまで前日譚のようなものです。信頼のおける科学考証とイラストレーター、ほかに物語に何か考えやアイデアのある方は、僕に連絡してくださいね。お待ちしております!→waonyih326@gmail.com)
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