梗 概
土産バトラーひな子
私は鷺宮ひな子、二五歳。明日は初めての出張の日。それはすなわち、土産バトラーとしてデビューするということを意味する。
土産バトラーとは、出張の際に所属部署に対し、限られた原資でいかに満足される土産を買ってこれるかを競う競技者のことだ。ここで言う土産物とは一口サイズの食品類のことである。しかも配って終わりではない。価格、満足度、土地ならでは感、必要配布数と封入数の差の少なさなどで評価される。この評価によって出世の有無が判断されると言われている。つまりわが社では、上に行けば行くほど強豪の土産バトラーたちと戦わねばならないのだ。
購入に使える原資にも条件がある。すなわち、会社から出る出張費と実際に出張で負担した金額の差。当社は交通費は実費が支給されるものの、宿泊費は定額で支給される。さらに日当まで出る。つまりいかに安く泊まって差額を出し、日当を足した額で適切なお土産を買って帰るかが問われる。
他にもルールはたくさんある。複数日程ならより高額な土産が必要だし、出社人数の把握は必須技能ですらある。
同時に、会社の定める出張規則も厳守する必要がある。もし出張費の清算時に規則違反が判明すれば、出張費そのものが減額されることにも繋がり、バトルにおいては致命的な失点になりかねない。
「鷺宮さん。明日は出張なのだから、定時でお帰りなさい。先方とはオンラインで顔見知りだけど、失礼のないようにね。印をもらう書類も忘れずに」
部署の大先輩である尾張夫人が声をかけてくれる。
「がんばるのですよ……」
そう言って自席に戻っていく尾張夫人の背中に向け、私は心の中で礼を言った。
出張は開始された。
往路の東海道新幹線の中で、私は現地の土産物を検索していた。何度も繰り返した行為だ。目星はつけ、試算も行ってはいる。しかし土産というのは現地で見て初めてわかるものらしい。探し、吟味する時間の確保もまた重要なのだ。
懸念もあった。最近ホテルの代金が高騰しており、駅近の宿では差額の捻出どころではない。そのため私が予約した宿は、人里離れた怪しげなものとなった。精神力や体力、時間のロスがなければいいのだが。
先方の会社に到着し、いざ挨拶を交わそうとして問題に気づいた。名刺を忘れてきた。さらに契約書もない。これでは土産バトル以前の問題である。私はデビュー戦に浮かれていたのだ。しかし、尾朝夫人が困ったときにと持たせてくれた花柄の糸閉じ書類袋があることを思いだした。中には私の名刺と予備の契約書があった。私は心の中で感謝した。
出張の業務部分はこうしてなんとか終了した。
これからが土産バトラーの戦いである。
私が幼い頃に、無謀な土産物探しで行方不明になった父。私は土産バトルでのし上がり、私の家庭をどん底に突き落としたこの仕組みに復讐する。
ホテルの売店に並べられた土産の品々。これを見定めるのが、その第一歩となるのだ。
文字数:1200
内容に関するアピール
出張。それは血で血を洗う行為。
移動。それは命をすり減らす行い。
清算。それは己の誠実さの証明。
その中で、戦士は土地の土産を買って持ち帰らねばならぬ。
休んだのではない。出張に行ってきたのだと、仕事だったのだと示すために。
これは、未来における恐るべき出張の姿なのだ。
文字数:135