サマリーオブ

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サマリーオブ

 げた箱を開けると、自分の学校指定靴の上に封筒が乗っていた。
 『山名つむぎさんへ』と書かれているから、私宛で合っているのだろう。そして女子生徒のげた箱に入っている封筒なんて、パターンはそう多くない。
 師走の夕方、下校時間帯。幸いにして昇降口には自分だけ。封筒を素早くカバンに突っ込むと、早足で学校を後にする。
 手紙と思しきものをもらった緊張感も少しあるけれど、面倒を抱えた気持ちの方が大きかった。いつまでも未開封のこれを持っているのは心労でしかない。それがどんな類のものだとしても。
 だから私は駅前のコーヒーショップに直行し、カフェオレを注文していちばん隅の席に滑り込んだ。封筒を開け、畳まれた紙を取り出す。そして開いた途端に、びっしり書き込まれた手紙が目に飛び込んできた。

拝啓 山名つむぎ様
 僕はあなたのその健やかな在り様に引かれ、このような言葉をしたためお送りしました。この言葉の束が、僕の手を離れ、時と場所を越えてあなたの心に届くことを願っています。それは、幾多の可能性の中で、一つの意志が別の意志を見出すような、奇跡的なめぐり合わせの始まりだと思えるからです。言葉は、時に予測不可能な力を持つものです。それは人の心を動かし、星さえも動かし得ると信じるからこその行為であると思っていただいていい。僕は、数多くの人の奔流の中であなたを目に捕らえた一介の男に過ぎません。この広大な世界の中で、偶然にも同じ時代に存在できた、ちっぽけな負の塊です。それでもなお、あなたの姿を目に写すたび、僕の魂は星々をめぐることができる。それは生命の鼓動そのものと言えるでしょう。山名さん。あなたは重力の底で逼塞する僕を導く光であるのです。閉じることをよしとした狭い世界に現れた灯火。そのあまりの眩しさよ。そして過去と未来の境界で輝くしなやかな指先、つややかな肌がすべてを示している。その健やかさが、なにより光となる。あなたそのものが、世界が欠いていたものを補完しているように思えてなりません。そしてこのあなたという存在が、僕のこの混沌とした現実に意味を与えてくれるとわかります。それは、無秩序な世界に引かれたひとつの真っ直ぐな線であります。道しるべとも言えます。僕の感じ方を個人のセンチメンタリズムだとあなたは笑うかもしれませんが、あなたの軌跡が人の良き真理に近いのは、それを追う僕には確信が持てることなのです。とはいえ、それは僕の感じ方でしかありません。一般的なものの見方ではないのです。だからこそ人は皆、あなたがそうであるようにまっすぐな人間になりたいと願いながら、そうはなれないのでしょう。現実の中でもがく世界は、まだ胎動が必要なのである、と。ただ、古い人間である僕に一つ許していただきたいことがあります。それは、あなたの近くにありたいという率直な願いです。小さな衛星としてでかまいません。そうであれば、あなたのその生命の表れたる体の髪の毛一筋も、かけがえのないその心も僕のなけなしの力で守って見せる、その気概を見せることもできます。それは僕の存在意義そのものとなるはずです。どうかあなたの存在に囚われた哀れな僕に微笑みをいただけますことを期待します。そして、この文字の連なりが、魂を結ぶ縁となり、その縁が新たな未来を紡ぎ出すことを。   M

「……これ、要約して。できる限り短く」
 初めの三行で読む気をなくした私は、スマホに向けてそう指示をした。周囲にいる客の注意を引かないように声を潜めて。スマホのカメラを手紙に向けながら。
 それだけでスマホにAIのウィンドウが立ち上がる。
『画像の文章を要約した結果は次の通りです。
”山名つむぎさんへ お慕いしています。 M“』
 画面にはすぐにそう表示された。
「本当にそれだけ?」
『再度要約します。画像の文章を要約し直した結果は次の通りです。
”山名つむぎ様 あなたに好意があるためお近づきになりたい。 Mより“』
 AIに念を押して確認したけれど、結果に大した違いはなかった。
「この文章への返信案を作って。大意は、”ちょっと……ごめんなさい“って」
 スマホにはこちらの指示を受け付けて一瞬ウェイトマークが表示された。さてAIは私の言葉をどう膨らませて文章を作ってくれるだろうか、と少し期待する。
 口を湿らせようとカフェオレを口に運んだけれど、まだ熱かった。
 そしてふと気になった。そういえば差出人の名前がMとしか書かれていないことに。封筒の表と裏にも宛名以外書かれていないことを確認してから、すでに返信案が表示されているスマホにむけてつぶやく。
「手紙の差出人情報を出して」
『Mが該当すると思われます』
「詳細は」
『ありません』
 やっぱりそうだった。
 なんなの、もう! どこに返事すればいいのよ! そう心の中でわめきながら、少しは冷めたことを期待して再度カップを持ち上げた。
 了

文字数:1999

内容に関するアピール

 数年後には時代遅れになる内容かもしれませんが、今ならまだいけるタイミングかと思います。

 自分的にはシンプルな話にできて満足しています。
 ただ、AIの発言を括る括弧はどうしようかと少し悩みました。

 あと、もう少し少しひねって、手紙の送り手と受け手を

・女性から男性
・男から男
・女性から女性
あるいは
・視点人物が教員

などのパターンも考えましたが、話が散漫になる気がしてやめました。
(これをお読みの受講生やその他の皆さん的に、この部分のお好み(ひねりがあった方がいい、とか性癖とか)があったら教えていただけると幸いです)

文字数:256

課題提出者一覧