梗 概
Type-O3
Type-O3は、スパーリングパートナーとして多くの格闘家を育てたトレーナーロボだった。あらゆる種類のスポーツへ、ロボが人間同様にプレーヤーとして競技へ参加していく中で格闘技にもロボが導入されることとなり、Type-O3は試験機1号選手として競技に参加することとなった。一定ランク以上の選手のスパーリングパートナーを務めてきたこともあり当初は順調に勝ち進んだが、一定水準を超えると、勝てなくなってしまっていた。
ひまりはType-O3のデビュー戦以来、自称、最古参のファンとして試合の度にType-O3にファンレターと編みぐるみを送付する少女である。原因不明の突発的な難病のため、治療と並行し運動機能の回復訓練に取り組んでいるが、あと一歩、車いすから立ち上がることが出来ない。Type-O3は時折、庭で育てている生花を携え病院を見舞うが、その度にひまりから、勝ちあがり、ベルトを狙ってほしいと、檄を飛ばされている。
Type-O3はある日、生前の記憶を断片的に保持するヒューマノイド、順也と試合を行い、Type-O3が判定勝利する。試合後に順也がType-O3を訪ねると、Type-O3は手入れされた庭の見えるリビングで手料理、焼き菓子で順也をもてなし、元トレーナーロボとして、順也が今後勝ち抜くためにどうすればよいかのアドバイスを伝える。順也から逆に、勝ちあがりたくないのか?と訊ねられたType-O3はひまりのことを思い出し、勝ち上がるために自らのアップデートを試みるべく、自らの開発企業のエンジニアに相談する。
相談を受けたエンジニアはType-O3のアップデートに必要な開発計画と予算を立て経営陣に具申するが、Type-O3の誠実なファン対応によって一定のスポンサーフィーを得ている経営陣は自らの立場を守ること・現状維持にしか興味がなく、わざわざ余計なことを考える必要はないと一蹴する。しかし、エンジニアとType-O3の創意工夫で少しずつType-O3の勝率が上がっていくうちに経営陣は手のひらを反すようになり、あたかも自らの経営判断の結果であるかのように成果を吹聴し、タイトルマッチを控えるタイミングで、エンジニアとType-O3に無断でスポンサー企業と無謀な契約を締結してしまう。後に引けなくなった経営陣はひそかに、Type-O3に違法な改造を施すことを試みる。
Type-O3が勝ち上がる中で順也もまた、Type-O3からのアドバイスを活かして勝ち進み、双方への期待が高まる中、両者のタイトルマッチを迎える。
試合はType-O3がダウンを2回奪われ劣勢となる。しかし、最終ラウンド前のインターバル中、車いすで会場に駆け付けたひまりが、車いすに両手をかけ震えながら立ち上がり、「オースリー、頑張ってー!!」と叫ぶ。Type-O3は右手を掲げて応じ、最終ラウンドに臨む。
文字数:1193
内容に関するアピール
今回の梗概は、第1回課題の実作を第1幕(プロローグ)とした3幕構成の2時間映画を考えた時の、第2幕のエピソードとして書きました。お時間が許せば、第1回の実作と合わせて読んで頂けますと、とても嬉しいです。
自分が武器だと思うものは、大きく以下3つと認識しています。
・今までの経験を糧にして誰かを励ますことができる
・自分以外の誰かのために身を挺して闘うことができる
・時間をかけないと身につけられない技能を複数持ち、言葉以外の手段でも、相手と自分の両方を力付けることができる(ので、その技能を文章に活かせる)
自分で書いていて盛りすぎな気がしなくもないですが、これまでの実感ベースで、具体的なエピソードが浮かぶかどうかで上記武器を記載し、本梗概を準備しました。脚本教室・中級編に記載されていた、メイン・サブのバランスは要調整ですが、、
引き続き、よろしくお願い致します。
文字数:379
vsType-O3
2040年6月。俺が目を覚ましてから1年と少しが経った。俺は2009年に自動車事故で死んだが、2039年、部分的な記憶と共に、機械の体を得て再びこの世を生きることとなった、と聞かされた。自分が生身の体・人間として生きていた頃の記憶は部分部分が曖昧で、わからないことも多い。死ぬ前の自分がキックボクサーとして将来を嘱望されていたということと、今、俺が機械の体を得て再び競技に戻ることを求められている背景には、2039年時点においても人類が”考える前に体が動く”ということについて理解・再現ができていなくて、その実現のために世界中で相応の資金が投じられているからだ、と説明された。自分が格闘技の稽古を続けている時はそんなことを考えもしなかったが、格闘技での、あまりよくおぼえていないが気がついたら相手が倒れていた、といった時のとっさの体の動きと、例えば脳神経外科手術における複雑な、所謂”神がかっている”手技とでは脳の働きに何らかの類似性があり、経験・訓練に裏打ちされた思考回路が緊急事態においてどう体を動かすのか、に何がしかの共通項がある事が示唆されているらしい、と聞かされた。いまいち、そういう説明をされてもよくわからないが、要するに、自覚できる範囲での、意識に上るか上らないかという短い時間の中で、とっさに判断するような仕組みについて不明な点が多くて、そのあたりを人間がわかるようにしたい、わかるようになるとできることも増える、ということなのらしい。
俺が目を覚ました2039年時点では、様々な種目のスポーツにおいてロボット、ヒューマノイドが導入されていたが、俺のように、かつて生きていた人間の記憶を宿したヒューマノイドもスポーツの分野に限らず普及してきており、俺自身もそのうちの一人である、と聞かされた。
俺は目覚めて以降、俺を開発した、と説明する企業の技術者・長岡さんと、トレーナーAI・正樹のコーチングによって選手として興行に復帰し、デビュー後に3連勝を飾ることができた。しかし4戦目、いかにもロボット然としたロボットーType-O3を相手に初の黒星を喫することとなってしまった。試合後、控室をつなぐ廊下でそのロボットーType-O3は俺に手を差し出し、
「今日はありがとうございました。まずは、ゆっくりお休みになってください。私は、もともとトレーナーロボでもありますから、ご希望があれば、ともに食事をしながら今後のアドバイスをお伝えすることも可能です。・・・よければ私のラボにおいで下さい」
という申し出を少しぎこちない笑顔で伝えてきた。俺は試合後のフラフラした頭で、どう応えようか一瞬考えたが、しかし、勝ち上がるためにできることはやりたいと思い、
「ありがとうございます。是非伺わせて下さい」
と答え、右手を差し出した。これが一週間前のやりとりだ。
<シーン2-2>
Type-O3のラボに向かうには、最寄りの駅からPacに乗ってきてほしい、と指定されていた。PacはPersonal autonomous car(一人乗り自動運転自動車)の略で、2039年には一般的な移動手段として普及していた。ただし、俺自身は、俺のトレーナー・教育係であるAIロボットの正樹から、自分の体を動かす感覚を普段から研ぎ澄ますようにと、Pacに乗ることを原則的に禁じられていた。よっぽどの悪天候でなければ使わなくていいだろう、というスタンスだ。正樹は何かにつけて口うるさいんだよな。食べものにも色々と口を出してくるし。
「何か言ったかい?」
あぁ、Pacに乗った時にオートテレパシーがオンになってしまったのか。
やれやれと思いながら、座り心地の良いソファのような一人掛けのシートに体を沈め、両手両足を伸ばして一息ついて窓の外を眺める。Pacは少しゆがんだUFOのような、人間一人がゆったり座ることができ、それなりの荷物を積載できるコンパクトな移動手段だ。あまり乗ることが出来ないから、今日くらいはこの椅子の快適さをゆっくり堪能したいんだけどなぁ。
「いえ、なんでも。今、Pacに乗ってラボに向かってます」
車窓を流れる景色を見ながら、音声に応えた。土砂降りの雨だ。遠くまでよく見えない。
「こちらのモニターデータでは順也の位置情報は駅のPacポートから動いてないが・・・、Pacは動いているのかい?」
「そうですね。乗ってからずっと動いています。駅からの道路は、なんていうか開けているんですけど、雨がひどくて、そんなに遠くまで見ることはできないですね」
「位置情報がマスキングされてるのか。あぁ、、」
ため息が聞こえてきた。
「僕は正直反対だったんだけどな、、わざわざ君をあっちのラボに1人で行かせるなんて」
心配性だなぁ。
「大丈夫ですよ。何かあったら保証がどうのとか、スペアデータがどうのとか、長岡さんと話していたじゃないですか。あと、えーっと、あれだ、、」
「可愛い子には旅をさせよ、か?」
「そうそれ、」
「自分で自分を可愛いとか言うのかよ」
さらに大きな溜息がまじった声で正樹が続けた。
「身の危険を感じた時の手順は覚えているね」
「えぇ、大丈夫です。覚えています」
応えながら笑ってしまった。
「何がおかしいんだよ」
「僕の設定は20歳を過ぎた成人男性なんでしょう?そもそも僕は、大学生だったはずだ。そんな人間、いや、ヒューマノイドがどこかへ行くだけで、心配しすぎですよ」
「今回は相手が相手だから、、」
「僕は僕で、今日を楽しみにしてたんです。なかなか、正樹さん以外のロボットと話をすることも多くはないし」
つい言葉に出てしまったが、いじわるな言い方に聞こえただろうか。
“まもなく目的地に到着します。降りる準備をして下さい”
Pacの音声が聞こえた。
「あ、そろそろ着くみたいですね。いったん切ります。また、あとで」
「ちょっと、、」
オートテレパシーをオフにして、窓の外に目をやった。
Pacはやや減速しながら、まっすぐな道路に面した少し大きな平屋建ての家のようなものに近づいていった。近づくと、それは複数のPacや自動車が駐車できるポートを備えているようだった。道路もポートの屋根も、激しい雨に打たれて白く煙っている。ポートには、もう1台のPacが置かれていた。
Pacはスムーズに、するするとポート内に進入し、もう1台のPacから少し離れた位置まで静かに近付き、停止した。大きな窓のついたドアが大きく開き、俺は自動音声に促されるままにポートに降り、座席の背部に収納していた荷物を取り出した。長岡さんから、
「Type-O3さんによろしくお伝えください」
と、手土産を持たされていたので、自分の荷物の他に注意深くその紙袋を取り出した。Pacの外側についているボタンに軽く触れるとドアは閉まり、充電モードに入ったようだった。Pacに背を向けて入口を探そうと建物の方へ眼をやると、ポートの通路をこちらへ向かう一人のひょろりと背の高い男性と目が合った。あの人は確か、、Type-O3のセコンドだった気がする。試合の後に少し挨拶をしたような。俺は荷物を右手にまとめてかぶっていたキャップを脱ぎ、
「先日はありがとうございました。本日はお招き下さり、ありがとうございます」
と、挨拶した。
「あぁ、今日は来てくれてありがとう。いや、すごい雨だね。Pacが確保できててよかった。O3もね、今日をすごく楽しみにしていたんだよ。」
目を細めて柔らかく笑った。笑うと目尻にしわが寄り、よく見ると、細い髪のところどころに白髪が混じっている。年は、40代半ばを過ぎたくらいだろうか。右手に飲み物を持っているようで、コーヒーのよい香りがした。左手には薄手の濃い紺色の鞄と、紙袋を一つ下げていた。
「O3の作るご飯は美味しいから、楽しみにしてて。今日は順也君が来る前に、一足お先に僕もお昼をご馳走になっていたんだよ。ゆっくり色々話していってね。それじゃ」
俺が乗ってきた方ではないPacに乗り込んで、見送る俺に手を振った。俺は軽く会釈をして、雨に煙る道路へ滑り出していくPacを見送った。
屋根に打ち付ける強い雨音を聞きながら通路を歩き、建物の入り口に向かった。落ち着いた色合いの木製の、金属の取っ手がついた引き戸の近くの呼び鈴を押すとややあって、
「ようこそいらっしゃいました、鍵は開いているのでお入りください」
と、Type-O3と思しき声が応じた。俺は引き戸を開いて建物の中へ入った。
入口は、人が3人横に並べるくらいのゆったりとした玄関になっていて、マットの中央にはスリッパが1組、おとなしく並んでいる。脇のスリッパたてには複数組のスリッパが据えられていた。さっきの男性が、自分の分も含めて色々と整えてから出て行ったんだろうか。
俺は持たされたお土産袋を玄関ホールのわきにそっと置き、靴を脱いで揃えてからマットに上がり、スリッパに足を入れようとした時、カシャン・カシャンという機械音とぱたり、ぱたりという音が混ざって聞こえてきて、顔を上げると、近付いてくるType-O3が視界に入ってきた。
「よくいらっしゃいましたね。雨は大丈夫でしたか」
少し、人間とは異なるイントネーションでType-O3が俺に問いかけてくる。
「はい。駅から、ご指定頂いたPacに乗ってきたので、雨は大丈夫でした。ありがとうございます。あと、こちらをみなさんで召し上がって頂けたらと、長岡さんから預かりました。しばらく日持ちするのでごゆっくりお召し上がり下さい、とのことです」
紙袋から包装紙に包まれた四角い包みを取り出し、紙袋を脇に挟んで両手で差しだした。
「こちらはたいそうなものを、ありがとうございます。弊社のメンバーも甘いものには目がないので、こういったお土産は大変ありがたいです。お気遣い、ありがとうございます」
Type-O3はいかにもロボットという風貌だが、その中で、Type-O3が笑みを作ろうとしていることはなんとなく伝わってきた。俺もつられて少し微笑むと、Type-O3はそんな俺をすこし見つめた後でくるりと踵を返し、顔だけを少しこちらに向けるように振り返って、
「どうぞこちらへ」
と言って先を歩いた。俺はスリッパに一瞬足を取られそうになりながら、後をついていった。
案内された先はすっきりとしたリビングダイニングのようで、6人は座れそうな楕円形の木のテーブルに椅子が4脚、ゆったりと据えられていた。あたたかなにおいに包まれて、そういえば今日は昼食に呼ばれるので、いつもより朝食を少し控えめにしておいたことを思い出した。お腹すいたな。テーブルの上には向かい合うように箸が2膳、箸置きに置かれている。O3は俺が渡したお土産を一旦テーブルに置き、こじんまりとした庭が見える向きの方の椅子を引いて、こちらへどうぞ、と促した。
「ありがとうございます」
会釈して椅子に座り、隣の椅子にボディバッグと脱いだ上着を置いた。
室内は柔らかな照明で満たされており、外のザーザーという雨音が、少し遠くに聞こえている。ただ、部屋から覗く庭の様子は、強い雨と風にアジサイが乱暴に揺すられているように見えた。Type-O3はキッチンに移動して、温かいお茶を俺の前に置いた。
「こちらにいらっしゃる時に、さえぐささんとお会いしましたか」
「あの、セコンドの」
「はい、そうです。セコンドとしても私を見て下さっているさえぐささんです」
「えぇ、お会いしました」
「何か仰ってましたか」
「えぇと、、タイプ・オースリーさんの作るご飯は美味しいよ、と仰ってました」
言うのと大体同時に俺の腹がぐうぅ、と鳴った。
Type-O3は少し目を開く動作をした後で再びぎこちない笑みを作り、
「それは嬉しいですね。そして、お待たせしてしまってすみません。少しお茶を飲んで待っていて下さい。すぐにお持ちします」
Type-O3はキッチンへ向かい、俺はぼんやりと、リビングの様子や窓からのぞく景色を眺めた。あまり、人さまの部屋をじろじろと見るものでもないと思いながらも、うっかり通信機能を操作して正樹につながっても面倒くさいし、と、見るともなく部屋を見ていると、全体にすっきりとしたリビングの中でところどころに置かれている、毛糸でできた手のひらに収まるくらいのサイズのぬいぐるみが目についた。そのぬいぐるみたちだけが空間のあちらこちらで淡い色を添えていたのだが、こういうものを飾るType-O3はどういった趣味なんだろうと思っているうちに、キッチンからは水を切る音や何かを焼き上げるジュージューとした音に続いて、甘く香ばしいにおいが漂ってきた。俺は腹が空いていることを思い出し、少し冷めたお茶をもう一口飲んだ。
しばらくしてType-O3が出してきたのは、油揚げとネギの味噌汁、雑穀米をこんもりとよそった茶碗、きゅうりと大根のぬか漬け、トマトのピクルスに、焼きたての生姜焼きだった。ふわふわの千切りキャベツの上に、照りのある肉と玉ねぎが炒められたものがのっている。Type-O3は二人分の料理を並べきると、「あぁ、そうでした」と、衣のついた鶏肉一切れにねぎのソースのかかった小鉢を俺の方へ置いた。
「こちらは、さっきさえぐささんに食べて頂いた油淋鶏です。私たちがメインで食べるには、衣の部分がなかなかハイカロリーですからね。味見程度ですが、どうぞ」
もうとにかく腹が空いていたので、Type-O3が目の前に座ることを確認してすぐ、
「いただきます」
と手を合わせて俺は食べ始めた。
Type-O3の出してきた料理は確かにどれも美味しかった。生姜焼きをご飯と共に食べると頬の奥がキュッと痛くなった。油淋鶏は時間が冷えていても衣がサクサクとしており、これを腹いっぱいに食べられたら嬉しいだろうなと思いながら、口いっぱいに頬張ったご飯とともに一口に食べてしまった。いかにもロボット然としているType-O3がゆっくりと俺が口にしているものと同じものを食べていく様子はそれはそれで少し不思議な気持ちになった。Type-O3は、俺が矢継ぎ早に食べ物を口に運ぶのを時々見ているようだったが、少し目を伏せ、しばらくの間、二人とも黙って食べた。
「お口にあいましたか?」
と聞かれたので俺はお茶を飲んでから、
「うまいです。すみません、めっちゃ食べるのに集中しちゃってました。自分も少しずつ自分で料理をするようになったんですけど、全然まだまだですね。すごくおいしいです。よく作るんですか?」
と答えると、
「それはよかったです。まぁ、もともとトレーナーロボですからね。育成を任された選手のために、おいしくて減量できるメニューとか、疲労回復に特に効果のある食事とか、色々と試行錯誤してたんですよ。私自身は、当時はいまほど味覚のインストールが進んでいなかったので色々と大変でした」
と笑った。だんだん、Type-O3の作る独特の笑顔も、なんとなく見慣れてきたように感じる。
「順也君は、30年前の部分的な記憶と共に今、この時代に生きることになった、と何かの記事で読みました。どうですか、2040年は?」
笑顔のままでそう、訊ねられた。
「いや、どうって言われても、、」
おれはまだ温かいご飯をぬか漬けと一緒に口にほおばりながら、返す言葉を探したが
「さっき乗ってきたPacは、なかったですね」
とりあえずそう答えた。
「それはそうでしょう。どうでしたか」
「椅子がふかふかで気持ちがいいです」
「ふふ、素直というか、まるで人間みたいに感じるんですね。それはそうか」
と笑いながら、
「本題に入りましょうか。あなたは、強くなりたいですか。というか、もう少し具体的には、今後、試合に出るにあたって、勝ちたいと思っていますか」
Type-O3はいきなりそう聞いてきた。俺もType-O3も、既に次の試合が組まれていた。Type-O3は興行に選手として参加するようになった初めての、1台目のロボットということもあってか、ランキングとしては中堅レベルではありながら既にスポンサーも多くついており、客も呼べるということで、勝っても負けても概ね次の試合が組まれるほどの立ち位置にいる。俺は、生前の記憶を持つヒューマノイドの1台目として試合に出るようになったが、今の体での戦績としてはまだ浅いと言っていい方だと思う。負けは悔しかったが、一人の選手としては、すぐに次の試合を決めてもらえたのは幸運であると言うほかないのだが。
「そりゃぁ、負けるつもりで試合に出るのは違うと思いますが……」
「順也君が今回、私に負けた敗因は自分で分析しましたか」
「動きが読みにくかったです。とにかく、何を考えているのかよくわからなかった」
「なるほど。他には?」
「正直、オースリーさんは思っていたよりもずっと強かったです」
「それは恐れ入ります。あぁ、オースリーって言いにくくないですか。私はかつて、トレーナーとして選手をサポートしていたときは、おっさん、て呼んでもらっていたんですよ。ほら、私の顔の作りは少々童顔なので、そんなロボット相手にも遠慮なく練習頂きたくて」
「おっさんって」
俺は笑って、少しおどけた調子のType-O3を見ながら、
「そういう感じじゃないですね。なんだろう、あにさん、とかでもいいですか」
と返すと、ただでさえまるっこい目を少し大きく、更に丸くさせてから、
「なんだか古風な響きですが、嬉しいですね」
と今度はその目を細くして微笑んだ。
「その、あにさん、いや、やっぱりオースリーさんが言いやすいな。オースリーさんの動きは……人間のようで、人間ではないんです」
「と言うと?」
「俺がこれまで戦ってきたのは、人間の時も、今この体を得てからでも、人間だけが相手で、ロボットと試合で戦うのは今回が初めてでした。あぁ、まぁ、正樹さんはロボットか。。あ、俺のトレーナーが正樹さんっていうAIロボットなんですけど、正樹さんはどちらかと言えば、ロボットとは聞かされていたけれど、人間だと思って戦うことに違和感がなかったんですが、オースリーさんはどうにも違っていて、どこまでロボットで、どこまで人間みたいなのか、よくつかみきれなくて、すごく戦いにくかったです」
「まぁ恐らく一つの要因としては、私の体や内蔵している情報伝達機構が旧式のデジタル方式をベースにして少しずつつぎはぎのようにアナログ的な情報伝達機構を取り入れようと試みている一方で、あなたや正樹さんというAIロボットは、アナログ的な瞬時の連携制御を可能とする情報処理を初めから前提として設計されていることが大きな違いなんだろうと思います」
「どういうことですか?」
「あなたがご飯を見たり、匂いを嗅いだり、食べたり、話をしたり、自分の外側の世界を認識して、何かを感じたり、判断したりする時は、とても人間に近い情報処理があなたや正樹さんの体の中で行われている、と私は推測しています。一方で、私の持っているこの体は、そういった自分の外側の世界の情報の洪水を一つずつ、いったん、0と1で表現ができるようなばらばらの情報に分解して、それを改めて適切に組み合わせることで、それらしい判断や、それらしい動きをしているようにみえるように設計されているんです。そしてこの前の試合では、あなたがトレーナーロボの経験があまりないのをよいことに、あえてロボらしい動き、できるだけ人間らしくない動きも意図的に混ぜたりしていました。作戦としては意地悪でしたね」
俺は食べ終わり、お茶を飲みながら話を聞いていたが、俺の湯呑が空になったことに気がついたType-O3はお茶を注いでくれた。
「トレーナーロボの経験って、他の選手はそういう経験があるのですか?」
「えぇ。私のもつ体とそこまで大きくは変わらない、トレーナーロボはそんなに高価ではないので、トレーナーロボとのスパーリング経験のある選手はそれなりにいると思います。今回は、我々の作戦勝ちですね」
少し得意げに、Type-O3は続けた。正樹からは、Type-O3の体は旧式のトレーナーロボのそれだが、動きはできるだけ人間を模しているようにチューニングされているようにこれまでのデータからは判断できるので、人間だと思って戦えばいい、と言われていた。なので、こう説明されてしまうと、負けるべくして負けたのかもしれない、とも思わされてしまう。
「俺、ちょっとよくわからなくて、もう少し聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「オースリーさんはそういう風に、人間のようにも、ロボットのようにも戦えるのなら、相手に応じて緩急をつけるなりして、勝ち続けることだってできるんじゃないんですか。どうして勝ったり負けたりしているんですか」
「そうですね……考える前に体が動く、という言葉を聞いたことはありますか」
「はい、俺自身も、そのためにこの体で生きることになった、と聞かされました」
「私が負けるときは大体、人間と、トレーナーロボの両方の経験のある選手から、私が予想出来ない攻撃をもらい、それが決定打となってしまうことが多いです。そういった時の相手選手は、いや、よくわからないけど気がついたら相手が倒れていて、、とか言うんですよ。で、そういった瞬間は、私の駆動のためのエネルギーの残量も残り僅かになっていて、人間でいえば息も絶え絶えな状態なのですが、ただ、相手もそれなりに消耗していることが多いんです。そういう時に人間が、私の何を読み取ってどう動いているのか、そういう身体状況に陥った際に人間の頭の中は勿論、体に繋がる情報処理状況がどうなっているか?がカギになっているんだろうと思います。私があたかも人間のように動けるとは言っても、それは残念ながら、今のところ中堅レベルを脱しえない範囲であって、私自身は、考える前に体が動いた経験がないのです」
Type-O3の話を聞きながら、俺はこれまで、というか人間の体で生きていた頃、どんな時に、考える前に体が動いていたかを思い出そうとし、少し沈黙が続いた。が、やっぱり、思い返したら動いていた、としか言いようもないかなと思い当たってしまい、話題を変えようと、部屋のところどころに置かれている小さなぬいぐるみのことを訊ねてみた。
「試合を見てくれている女の子が送ってくれるんですよ。外傷性脊髄損傷って聞いたことありますか」
「あの、事故とかで、背骨にダメージを受けるやつですか」
「そうです。2040年の今では、2009年に比べると細胞治療も、神経間ネットワークの解析も大きく進展して、人体に対する詳細なモニタリングに基づく精緻に個別化されたリハビリテーションも合わさって、約30年前に比べると、だいぶ予後がよくなりました。かつては回復が難しいとされていた症例も、ほぼ損傷を受ける前に近いような、大幅な回復が期待できるようになっています。しかし、このぬいぐるみを私に送ってくれるひまりさんは、論理的には、現代の医学をもってすれば損傷を受ける前の状態に戻ることが出来ると言われている症例ですが、なかなか思ったようにリハビリが進んでいないのです。一番悔しい思いをされているのは本人なのでしょうから、気の持ちようという言い方を私はしたくありませんが、私の所属している会社が、体の動きと心の動きを扱う、といったことを対外的に示していることもあって、ひまりさんへは、サポートという名目での治療の補助と、生体データの共有をして頂いています。
ひまりさんは、私が試合に負けると怒るんです。見ていてもどかしいのだそうです。どこかで自分に制限をかけているのではないか。もっと攻めてもよかったのではないか。なんてね」
Type-O3はお茶を一口飲んでから続けた。
「さっき言った通り、私自身の体は基本的には旧式のつくりになっていて、少しずつ、新方式のアナログな情報伝達機構をつぎはぎのように組み合わせ、組み替えていく、なかなかにいびつなつくり方をしています。そして私自身は、考える前に体が動く、という経験をしたことがない。私自身がどこかで、そういうことが生まれながらに出来る人間には勝てないんじゃないのか、と思っている節があるのかもしれない、とも考えているんです」
「それなのに、どうして試合に出続けているのですか」
「まぁ、仕事ですからね。そうそう、順也君向けの今後のアドバイスですが……」
Type-O3は話題を変え、元トレーナーロボとして、俺の動きの癖を、順也君の今の体が人間の体と概ね同等であるとした場合、ですが、という断りと共に話し始めた。俺は、Type-O3の試合との向き合い方にどこか釈然としないものを感じながらも、Type-O3のアドバイス、コメントを聞いた。話を聞けば聞くほど、俺のことも、他の選手のことも、Type-O3はよく見ているということが判った。
「私の役割は、ロボットが一定程度の安全性のもとに人間と共に競技に参加することができ、格闘技の興行を盛り上げることができる、ということを身をもって示すことです。何せ導入試験機1号ですから。格闘技に安全性も何もあるか、といったことを仰る方もいらっしゃいますけどね」
<シーン2-2 了>
<シーン3の一部から>
「芽以、あれって本当かな?」
「三枝さんがうそを伝えてくるような人じゃないっていうのは、あなただってわかっているじゃないですか」
「だとしたら、相当だね」
「まぁ、人間は中々変わることは簡単ではないというか、過ちて改めざる、」
「これを過ちという」
正樹が引き継いで言った。
「ということなのでしょうね。改める、変わることができるタイミングはこれまでにいくらでもあったとは思うんです、そのきっかけや働きかけが、私には難しかったのだとしても……」
「芽以、」
正樹がさえぎるような、労わるような言葉で呼びかけている。一体、何の話をしているのだろう。よくわからないけれど、穏やかではなさそうに聞こえる。
「正樹さん、念のため、試合当日は制御リミッターを外して、いつでも動けるようにしておいてもらえますか。たぶん、何かあるとしたら、試合の最中か、直後か、、いずれにしても、私達だけではどうにもできないけれど、三枝さんも、色々考えた上で、私たちにああやって伝えてきたんだと思います。こういう形になってしまったのは残念だけれど、、」
「色々とつじつまを合わせようとしたけど、とうとう引っ込みも説明もつかなくなった、というところかもしれないね」
「詳しいところは法の専門家にお任せするしかないでしょう。私たちはいつもの通りに、」
「科学とすべてのステークホルダーに誠実であるだけ」
正樹が声をかぶせ、一瞬の沈黙ののちに芽以がくすり、と笑った気配がした。
「三枝さんは勿論、他のコアメンバーも基本的な考え方を、今でも心のどこかに持ってくれていることを願ってます。正樹さんならピーエムアイも問題ないでしょう。頼りにしてますよ」
「簡単に言ってくれるね」
「野良のサポートAIとして電脳空間に漂っていたあなたは、最初は私という一人の人間を、その次に私の事業を、今では私以上に理解して支えてくれているじゃないですか。サポート対象が多少拡大したって問題はないでしょう?ピーエムアイの失敗例・成功例だって、私では学びきれないような膨大な事例をあっという間に学習してくれるはずだし、きじょうのありようと現実のすり合わせで困ったときは、私と一緒に考えて頂けると助かります」
「色々大変だね。まぁ、やってみようか」
ステークホルダー、ピーエムアイってなんだ?正樹と芽以の言っていることはよくわからないことが多いんだよな。足音を立てないように、俺はそっと廊下を伝って応接室から離れていった。
<シーン3の一部 了>
(あとがきの代わりに)
本実作をお読み下さり、ありがとうございました。第1回の実作、梗概へのコメント・ご感想、第3回の梗概へのコメントを踏まえて、本第3回実作では、できるだけ第1回の実作を読まなくても読み切れるように、かつ、一旦、1・3回課題で出した一続きの作品を2時間映画中のエピソードとした場合のラストまでを書ききることを目標に、話を閉じられるかどうか書き始めましたが、概ね2体のロボットが話をしているだけで終わってしまいました。結果としてアクションが全く現れず、もしもアクションを待ってて下さった方がいらっしゃったら、申し訳ありません。
本第1・3回の課題に対する実作、第4回梗概(企画書)に共通しているテーマは、いわゆるシンギュラリティ前後で、考える前に体が動くが実装されたAIロボは誕生しているのか、そのロボは人間と何が同じで何が違うのか、そんなロボと人間はどう共存しているのか?そもそも意識とは?感情とは?みたいな話を思考実験的に書いてみたい、という動機があり、そのために技術的に難易度が高そうな、スピードが要求され、かつ、人間の感情が反映されやすいと個人的に考えているスポーツを二つ選びました。
色々と調べる中で、”考える前に体は動く”は思ったよりも早く現象解明や実装も進むかもしれないと思えたのは、今回の取り組みにおける個人的な収穫でした。
第5回以降は1・3・4回でお世話になった一連のテーマから一旦離れ、16,000字でひとまとまりになるようにしていけたらと思います。
文字数:11892