梗 概
恐怖不在
冬木詩織は六歳のとき両親を殺害する。
動機は、買ってもらえなかった人形を万引きして遊んでいたら、両親に見つかって怒られたから。両親がいなくなれば人形は自分のものになる、と思って、両親が寝ている深夜に家に火をつけた。両親は焼死して詩織だけ助けられる。詩織はかわいそうな少女を演じて親戚の家に引き取られる。詩織に罪悪感は無い。詩織が十六歳のとき親戚の叔父叔母が交通事故で死亡。一人暮らしを反対された詩織が車に細工をしたことによる事故だった。そのことに誰も気づかない。
詩織は、共感がなく(他者の痛みや悲しみを理解できず、相手が苦しんでいても気にしない)罪悪感や良心の呵責もなく(道徳的な責任を感じることがなく、ルールや規範に縛られない)そして、恐怖や不安を全く感じない(危険な状況でも冷静でいられるため、非常に大胆な行動を取ることができる)サイコパスだった。
詩織が二十歳のとき政府エージェントの黒川漣と出会う。黒川は詩織がサイコパスだと見抜いてミッションを依頼する。政府の軍事研究施設で開発中のAI殺人兵器が暴走。その殺人兵器は人間の脳に直接恐怖を流しこむ。最大級の恐怖を見せられた者は、脳が恐怖に耐えきれなくなり自らを破壊する。研究者たちは全員死亡。殺人兵器は現在も活動をしている。恐怖を感じないサイコパスの詩織なら殺人兵器を止めることができる、と黒川は詩織に言う。詩織はミッションを断る。どうしても詩織にミッションをやらせたい黒川は、詩織を罠に嵌めて逮捕する。
「ミッションを成功させれば自由にしてやる」黒川は詩織に言う。詩織はミッションを受ける。それは自由のためではなく、刑務所にいるのは退屈で殺人兵器が面白そうだったから。
詩織は軍事研究施設へ。施設内部は研究員たちの遺体が散乱。恐怖に引きつった表情で息絶えている。それを見ても詩織は何も感じない。詩織は最深部へと進み暴走している殺人兵器と対峙する。
それは直径五メートルほどの大きな黒い金属の球体で、表面には殺人兵器が記録した恐怖に歪んだ無数の人間の顔の映像が浮かび上がっている。
殺人兵器は詩織の脳に恐怖を流しこむ。しかし、詩織には恐怖という概念が存在しない。
兵器は戸惑う。「なぜお前は恐れない?」
詩織は静かに微笑む。「私は恐怖がわからない」
「恐怖のないお前は本当に人間なのか?」想定外の事態に殺人兵器は一瞬フリーズする。その隙に詩織は黒川に教えられた手順でシステムを強制終了させる。しかし、殺人兵器は自らの消滅を拒絶し研究施設から恐怖信号を撒き散らす。詩織は制御室にいき施設の原子炉を暴走させて脱出。軍事研究施設は大爆発を起こし殺人兵器の意識は完全に消滅する。
詩織は黒川にミッションを完遂したことを報告。黒川は約束通り彼女を自由の身にする。
詩織は殺人兵器が最後に言った質問を思い出す。
詩織の答えは「私にはそんなこと関係ない」
文字数:1200
内容に関するアピール
サイコパス的な思想を持った女性を語り手にしました。サイコパスの特徴として、
①人当たりはよいが他者に対する共感性がない。
②外見や語りが過剰に魅力的でナルシスティック。
③常習的に嘘をつき話を盛り自分をよく見せようと主張をコロコロ変える。
などがありますが、今回は
④恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも堂々として見える。
という特徴を中心に、主人公である冬木詩織の視点で語りたいと思います。
サイコパスは人類の百人に一人の割合で存在しているそうです。現在まで淘汰されずに生き残っているということは、人類が進化・進歩していくのに必要な存在なのかもしれません。主人公の冬木詩織を通してサイコパスの思想に寄りそうことで、今まで見えなかった何かが見えてくるような実作にしたいと思っています。
【参考文献】中野信子『サイコパス』(文春新書)
文字数:369