夜光アクアリウム

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梗 概

夜光アクアリウム

主人公・藍田浩一は、都会の狭いアパートで孤独な生活を送る30代の会社員。
癒やしを求めて数年前にアクアリウムを始めてから、多種多様な水草や観賞魚の美しさに魅了され、水槽の維持改善に給料の大半を投入している。

中でも彼のお気に入りは、発光する鰭を持つルミナステトラや、水中で大輪の花を咲かせるスターリーフといった、遺伝子改良された最新品種の魚・水草だった。
これらの遺伝子改良生物は、先端環境技術企業ネクスフィアが開発したもので、一般に流通してはいないが、藍田は知り合いのアクアショップ店長の伝で特別に入手できたのだった。

ある日、水槽で奇妙な現象が起きる。
魚の群れが等間隔に陣形を為し、鰭の光を点滅させる。連動するように、遺伝子改良水草の成長が不自然に加速する。この奇妙な現象は、以降定期的に発生するようになる。
藍田は魚の点滅パターンや水草の成長速度を記録し、水温や水質、酸素といった水槽の条件を変えて実験を行い、その結果として光の点滅が何らかの信号として機能していることを突き止める。
どうやら魚たちは水槽の環境情報を共有し、それを元に集団で行動を調整しているようだった。さらに観察を続けると、その行動が彼ら自身の生存ではなく、水槽環境の最適化を目的としていると判明した。酸素濃度が不足すれば、魚達は仲間を攻撃して数を減らし、水質が悪くなれば絶食して悪化を遅らせていた。遺伝子改良水草も、魚から何らかの情報を得て同様に生育を調整しているようだった。

藍田が実験結果をネットに投稿すると、2日もしないうちに投稿が削除されていた。
間もなくして、藍田は中学校の同級生、能作貴子と15年ぶりに再会する。彼女は自らが開発企業ネクスフィアの研究者だと明かし、水槽を直ちに廃棄するよう警告する。
曰く、件の遺伝子改良生物群は、環境破壊が進む中で持続的な生物多様性を実現するための試験的プロジェクトの産物だった。そのゴールは、人の介入なしで絶滅危惧種の保存や過剰繁殖種の間引きができ、望ましい方向に進化していく、集合意識を持った自立的な生態系を作り出すこと。
閉鎖的環境に住み、生命のサイクルが短いアクアリウムの生物は、変化を追うための実験対象として最適だった。
しかし実験中、不適切な管理をされた生物群の一部が、環境悪化を人間活動によるものと特定し、人間に有害な毒素を排出するようになる。会社は計画を秘密裏に放棄したが、営利目的で横流しした者がいたために藍田の元に生物が届いてしまった。会社は情報の流出を恐れ、流通に関わった者を処断しており、能作は藍田の身を案じて先んじて忠告しにきてくれたのだった。

忠告を受け、藍田は手間をかけた水槽を惜しみつつ廃棄する。丁寧に世話をしてきたからか、藍田の生物たちは毒を吐くことなどなかった。もし彼らが地球上に流出したら人類に牙を剥くのだろうか、と考えつつ、心の中で捨てられる生物たちに謝罪する。

文字数:1200

内容に関するアピール

今回は綺麗でちょっと不気味なものを書いてみようと思いました。

見知らぬ生き物って、魚にせよ虫にせよ植物にせよ、得体が知れなくてちょっと怖いんですが、だからこそ惹かれるものがあります。SFを読む時も(モノによりますが)未知に直面した時の背筋がひやっとする感覚があって、それらをうまく繋げてみたら何か面白い感覚に出会えるのでは、という狙いです。

それともう一つ作品のテーマとして、手前勝手な都合で他の生命を操作し、果ては排除するという人間のエゴに対して、外からの批判を加えるのではなく当事者として向き合ってみる、というものがあります。

風景描写、心情描写ともに求められる難しそうな梗概にしてしまいましたが、ぜひ実作で力試しをしてみようと思います。

文字数:318

課題提出者一覧