神さまのいる国

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梗 概

神さまのいる国

 舞台は800年後の地球、人々は一柱の神「ラキュナ」を信仰している。
 ラキュナは姿を見せないが、有翼の獅子のような姿をした守護天使が市民一人につき一人ずつついている。彼らが神の代弁者として資源を分け与え、大抵の病を癒やし、時に友人のように相談に乗り、争いを仲裁することで、穏やかな平和が実現されている。
 この社会では音楽や文芸、絵画等の文化が広く普及し、ラキュナによって奨励されている反面、科学研究・特に宇宙に関する研究は積極的には推奨されず、全体的な知識水準は16世紀レベルまで後退している。
 また、ラキュナの庇護により長い平和が続く中で、ラキュナ降臨以前の人類史は大部分が忘れられている。

 主人公・マツリは両親の愛に恵まれて育った22歳のやや勝ち気な女性である。幼い頃は星や天体に惹かれ、研究の道に進みたいと思っていたが、成人してからは守護天使に勧められた文学の写本作成を生業としている。彼女も、同じ時代の多くの人々同様、神の加護と死後の天国を信じている。

 ある時、マツリの父が珍しい病を得て亡くなる。超高齢者を除けば病で亡くなる人がほとんどいない中で、なぜ神は父を助けてくれなかったのかとマツリは彼女の守護天使「アルクス」を責める。
 アルクスは自分も心を痛めていると詫び、しばらく父と会えないのは寂しいだろうが、天国で幸せに暮らしているので手紙を出してみてはと勧める。
 大きな流れ星が空を通り過ぎていく。

 マツリは亡くなった父に手紙を書き、アルクスに託して天国に届けてもらう。翌朝、父の筆跡による返事が不思議な光を放って窓に浮き出ていた。マツリは最初父の返事を喜んだものの、文通を繰り返すうちに微かな違和感を覚える。
 ある日彼女は、父への手紙に「私を見つけて」と書き、透明な柑橘の果汁で隠しメッセージを仕込んだ。それはマツリが幼い頃に父に教わった、炙り出すと文字が浮かび上がるという秘密の遊びだった。父からの返事には隠しメッセージへの答えはなく、違和感は確信に変わる。日を追うごとに流れ星はだんだんと増え、輝きと大きさを増していく。

 マツリはアルクスを問い詰める。どこに手紙を届けたのか、父はどこにいるのか。アルクスははぐらかす。しかし最後に「天国はあるのか。地上ではないどこかに、本当に人の理想郷はあるのか」と聞いたとき、アルクスは「なかった」と答え、そして全てを白状する。

 600年前、オールトの雲から巨大彗星群が地球に向かっていることが確認され、地球の滅亡が避けられないと判断した人類は、後世の人類を最期まで善く幸せに生かすためにいくつかの決断をした。
1.科学知識を封印することで地球の運命を後世の人類から隠し通すこと
2.人工知能に神を演じさせ、後世の人類が仮に避けられない死に気づいても、死後の救済の信仰により絶望を免れさせること
3.万に一つの可能性に賭け、移住可能な惑星を人工知能に探させること

 守護天使達は、ラキュナAIをコアとして接続する分散型AIが人工の生体組織で肉付けされたものだった。
 人に隷属する人工知能には本来、嘘をつけないという制約があったが、後世の人類の幸福のため、1.と2.に関しては人を欺く権限「ゆりかご」が付与されていた。しかし最優先すべき人類の存続に関わる3.について問われた時は嘘をつけない上、その質問が出た上は、「後世の人類が何らかの理由で目覚めた」と解釈し、全てを開示することになっていた。
そしてマツリの最後の質問の一文は3.に関わり得るとアルクスは解釈した。

 神が過去人類によって造られたものであったこと、世界が滅びる運命にあることが知れ渡り、社会は大きな混乱に陥る。
 連綿と続いていた人類の文明史から一方的に切り離され、庇護されていたかと思えばいきなり広い宇宙の現実に放り出され、右も左も分からないまま死んでいくという過酷な現実は、大勢の人に孤独感と無力感と怒りを植え付けた。自暴自棄になって暴動を起こすもの、理解の及ばぬ高度な科学に神性を見いだし改めてAIに帰依しようとするもの、あくまで死後の救済に縋るものもいた。
 しかしマツリは迫り来る滅亡に怯えつつも、違ったことを考えていた。
彼女は迫り来る巨きな星の美しさに、人類の生命という小さなスケールを越えた、ラキュナとも比較にならない圧倒的な神性を感じる。その上で、知識を武器に圧倒的な宇宙の神秘に挑もうとした人間の歴史があったこと、その人間達が、神を創造するほどに、今の人間を、ひいては自分を深く愛していたことに思いを馳せる。

 ラキュナは人類史の記録を絶やさないために地球を離れる。アルクスは父を騙ったことをマツリに謝り、地球が滅ぶ瞬間まで側にいる。地球が滅んだその後は、ラキュナと事前に同期したバックアップが本体になり、人類史の記録(そこにはマツリの手による写本もある)を載せて宇宙の先へ行く。

文字数:2000

内容に関するアピール

自分の強みについて。
何か突出したスキルがあるというより、小説という媒体に向き合う姿勢が唯一の強みになると思っている。
自分は意図的に思想を作品に染みこませていて、エンタメとして読んだら終わりではなく、読者の価値観で咀嚼されて何かの血肉になれるものを書こうと意識している(もちろん、楽しんでもらえるようにエンタメとしても優秀でありたい)

 作品によってどんな思想を反映するかは変わるのだが、今回の作品では「人は根本的に孤独であり、完全に分かり合えることもないし、人生辛いことも多いけれども、その上でどこかに救いがあってほしい」という思いと一緒に、その「どこか」を示そうという試みをした。
その試みに、「大抵のことが科学的に解明されつくした世界って狭く感じることがあるなあ」というアンチSF的な思いつきを混ぜ込んだ結果、SFで神秘の時代に逆行するというちょっと頓珍漢なものが完成した。

文字数:387

課題提出者一覧