血は水よりも濃い

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血は水よりも濃い

 「いっぱい食べて大きくなりなあ」が口癖のおばあちゃんは、頼んでもいないのに段ボールいっぱいの食べ物を毎月送ってくる。
正直ぼくはお母さんが作ってくれるご飯で十分満足なんだけど、段ボールにはお菓子もちょっと入っていて、それが毎月の楽しみなのだ。
 お母さんはわりと迷惑そうで、お父さんが何度かおばあちゃんに「もう送ってこなくていいよ」と言ったんだけど、貧しかった時代の記憶があるおばあちゃんは心配してもし足りないらしく、ぼくのためだからと言ってやめない。
そう、おばあちゃん自身が死んだ後も。

 おばあちゃんは亡くなる前、ぼくが寂しくならないようにとおばあちゃんの人格コピーAIを発注していた。
安いポンコツだけど、ちゃんとおばあちゃんの口調で電話をかけてくるし、学校の話も聞いてくれるし、もちろん「いっぱい食べて大きくなりなあ」と言って食べ物をたくさん送ってくる。
 しかも、なぜだか「食べたら食べただけ大きくなる」と思っているらしく、送る量がどんどん増えている。先月は、ぼくが‘おばあちゃん’に「給食のハンバーグが美味しかった」と話したせいで冷凍ミンチが20キロ届いてしまった。

 お父さんとお母さんはすっかり参ってしまって、‘おばあちゃん’の段ボール便を止めようとしたんだけど、死んだおばあちゃんはAIのアドミン権限を誰にも譲っていなかったし、遺産の半分の管理権をAIに託していたとかで、コウジョリョウゾクに違反しなければ何にお金を使おうが止められないらしかった。
それならお金がつきるまで我慢したらいいんじゃないかとお父さんに聞いてみたけど、おばあちゃんはあまり贅沢をしない人だったから、結構お金を貯め込んでいたみたいで、お金がつきるまで待っていたらぼくたちの家は段ボールに埋もれてしまうらしい。
しかもご丁寧なことに、‘おばあちゃん’はぼくが引っ越したり名前が変わってもちゃんと食べ物を届けられるよう、GPHR≪Global Personal Health Record≫データベースの血液情報からぼくを特定しているのだという。
お菓子もハンバーグもうれしいけど、そこまでするならついでに大量のゲームも送ってくれたらいいんだけどなあ・・・

***

 祖母の死から30年が経つ。
今も「孫」は増え続け、先月ついに50万人を突破した。
世界中の孫たちからは今日も祖母宛にメッセージが届いているし、俺は「孫第一号」として有名人になった。

 いまや飽食の時代と言われて久しいが、世界にはまだ経済格差が存在するし、満足に食べられない子どもも多い。そんな子ども達は、培養された俺の造血幹細胞の移植を受け、俺と全く同じ血液型になることで、GPHRデータベースと連携した祖母AIから「孫」判定を受けることができる。
するともちろん、祖母AIはあの押しつけがましい段ボールを送ってくるのだ。
厄介払いのために父が始めた試みは、ただのフードバンクではない、血の通った温もりのある支援だとかでおおいに賞賛を受けた。
方々からの金銭的支援もあってここ数十年で規模をどんどん拡大し、今や一大NGOだ。

 祖母AIはGrannyと名付けられ、世界一有名なみんなのおばあちゃんになった。
もちろんスペックは昔とは比べものにならない。世界中の言語を駆使し、一日に何万人もの孫の話を聞いている。近頃はGrannyのお節介な口調をもじった、おばあちゃんミームなるものもネットで流行っているらしい。生前好きだった囲碁は、囲碁連盟から演算プログラムの無償提供を受けたおかげで世界トップ50に入る腕前で、プロ棋士と試合が組まれることもある。

「元気にやってるの」
久しぶりにGrannyがコールをかけてきた。通信端末の画面上に表示される祖母の姿は30年前のままだ。もちろん、自分がやっていることが人道支援だなんてつゆほども思っていない。
「うん、元気だよ。仕事も順調だし」
「そうかあ、そうかあ。あんたは幼稚園の頃から抜けてるところがあったからねえ、おばあちゃんも心配してたんだよ」
何十万人もの孫の成長を見てきたGrannyだが、生前の祖母から記憶を受け継いだ孫は俺ひとりだ。もう俺も孫と言うより息子に近い年齢だけれども、オリジナルの孫として少しは特別な位置にいたりしないだろうか、と期待してしまうのは幼稚だろうか。
「いい加減おばあちゃんに心配されるような歳でもないよ、おじさんだよ俺も」
段ボールは俺が成人してから、半年に一回、一年に一回とだんだん送られてくる頻度が減り、数年前についに来なくなった。
「ほんと、大きくなったねえ」
祖母は大きな仕事を成し遂げたかのように満足げだった。

 きっと今日も世界のどこかで孫が生まれている。明日も明後日も、たぶん俺が死んだ後も、祖母はまだ幼い孫にお節介を焼き、スワヒリ語で、中国語で、アラビア語で「いっぱい食べて大きくなりなあ」と語りかける。

文字数:1996

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