梗 概
パンドラの残光
時代は数億年後。太陽が膨張し、人々は太陽系を離れて遠い惑星群へ移住している。進歩した技術により、ロボットも人間らしい感情を獲得している。不老不死に近づいた人間は、危険な仕事を全てロボットに任せている。
主人公は最後の光景を撮影するため、太陽に飲み込まれゆく地球に派遣されることとなった人型ロボット、パンドラ。かつて地球で暮らしていた女性の冷凍脳を用いて学習したAIが搭載され、その女性の人格や能力を再現しているパンドラは、勉強にも運動にも苦手意識があり、地球派遣の任務も自分をお払い箱にするためのものだと考えていた。
同じロボットともロボットを監督する人類とも馴染めなかったパンドラは、寂しく思いながら地球へ向かうロケットに一人で乗り込む。その運転手であるロボットのイヴは、二人の名前が神話由来であることを口実にパンドラと仲良くなろうとする。神話が誕生した古代とは違い、現代の人々には死のリスクというものがない。だが地球には神話の名残があるはずだとイヴは語り、パンドラが撮影する地球の光景を楽しみにしていると言う。パンドラは自分が命と引き換えに撮影する景色を呑気に楽しみにするイブに腹立たしさを覚えるが、それをイヴに伝える勇気はなく文句を言えないまま地球へ降り立った。
太陽は見える空の半分を占めるほど巨大で、周囲の景色はパンドラのデータベースにある景色とは全く異なり、植物が死滅して砂地になっている。イヴのロケットはすぐに発射し、見渡す限り広がる砂漠をパンドラは歩き始める。遠く離れた母星へ送信できるデータの大きさは限られているため、パンドラは視界データから特に優れた画像を選別して送る。訪れるように予め指示があった、かつて人類にとって重要であった場所を辿りながら、パンドラは接近する太陽と干上がった大地、そして廃れた建造物を映し続けた。
数回昼夜を繰り返した後、パンドラは新種の生物を発見する。それは毛の無い鼠のような動物で、砂を食べて生きているようだった。地球上の生物は死滅したと思っていたパンドラは生命のしぶとさに感動する一方、鼠の動作に自分のものではない記憶が呼び覚まされるのを感じる。それはパンドラの学習データとなった女性のもので、彼女が飼っていたハムスターとの思い出だった。そしてパンドラは学習元の女性がパンドラと同様に劣等生であったこと、しかし写真を撮る才能があり、数々の賞を受賞したことを思い出す。その名でデータベースを検索したパンドラは、写真の才を称えて彼女の脳が冷凍されたことを知り、パンドラのAIは元々この任務のため、美しい地球の景色を残すために学習されたものなのだと気付く。
自分はお払い箱ではなく人類の希望なのだと知ったパンドラは、捕まえた新種の鼠を連れ、前向きな気持ちで撮影の旅を続ける。目的地を全て回ったパンドラは、学習元の女性の故郷へと向かうことにする。やがて太陽はさらに地球へ近づき、パンドラの身体は許容量を超える熱に溶け始めている。
海の眺めが有名だった女性の故郷は一変して砂漠となっていた。パンドラがやるせなさを感じながら立っていると、ついに目のレンズが溶けて視界がぼやけてしまう。もう撮影の役割も満足に果たせなくなったパンドラは、死を予感して座り込む。しかしそこにロケットが降り立ち、運転手のイヴがパンドラを抱き起こした。彼女はパンドラが撮影した新種の鼠の研究のため、鼠とパンドラを回収する任務を与えられたのだと言う。そしてロケットに乗せられたパンドラは、学習元の女性の思い出を追憶できたこと、自分に眠る才能に気づいたこと、生き延びたことに対する喜びを噛みしめた。そしてようやくパンドラは、死地に向かう人の前でべらべらと趣味を語るような、イヴの無神経さに文句を言えたのだった。
数年後。地球の景色の撮影者として一躍有名になったパンドラは、イヴのロケットであちこちの星を飛び回り、前人未到の絶景を撮るフォトグラファーとなった。星ごとに特色のある風景写真だけでなく、いつも連れているペットの鼠の写真も人気だ。学習元の女性も今は無い地球でこんな日々を過ごしていたのだろうかと思いながら、パンドラはどこか寂しくも充実した日々を過ごした。
文字数:1736
内容に関するアピール
私の武器は以下の二点だと考えます。
・斬新な掛け合わせができる(七福神×システム、腕の切断×仕事)
・キャラクターに愛嬌がある
これらは意識しない方が上手くできるような気がしたので、まずは上記を生かす上で課題となる世界設定の甘さをなんとかすることにしました。そして考案したのが、舞台のスケールを宇宙規模にすることで詰めの甘さを誤魔化すという、意地汚い作戦でした。
宇宙規模の話を練ると決めて真っ先に思いついたのは「死んだ星の光も届く」という事実です。元々、夜空の光と実際の星に時空的な隔たりがあることに強くロマンを感じていたので、これで書きたいと思いました。そこから「死者の思いも届く」ということで、「冷凍脳」と「自然脳を用いた人工知能学習」を掛け合わせ、死者の思考回路(死者の遺伝子や経験によってチューニングされた脳のパラメータ)がロボットに宿るイメージを作りました。
そのロボットに宇宙で何をさせようかと思ったとき、ふと物理の教科書に載っていた一枚の写真を思い出しました。それは小惑星探査機はやぶさが地球への大気圏再突入をする際に撮った写真です。送信途中で通信途絶したために写真の下部が欠けており、まるでロボットの走馬灯のようにも思えます。そこから「太陽に飲み込まれる直前の地球の光景を撮影するロボット」の発想が生まれました。そして振り返ってみると「光が残っている」という点において、星の光と写真は似ているような気がしました。そこでタイトルは「パンドラの箱」にも通じるように、「パンドラの残光」としました。
最近トランプ大統領の銃撃直後を映した写真が世間を席巻したこともあり、写真の威力というものをつくづく感じています。主人公の名前がパンドラなのは、宇宙関連の名付けは神話から引用されがちというのもありますが、一枚の写真がもたらす混乱の中に希望があってほしいという思いもあります。
文字数:786