見られている星

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梗 概

見られている星

 恋人に別れを告げられた真由美はやけ酒をして涙目で歩いていた帰り道、通り過ぎながら気になっていた露店をのぞき込む。鉱物でできたアクセサリーを売っていて、真由美は普段であれば買わないが露店で売られていた水晶の指輪を購入する。表面が磨かれた水晶の中にさらに細かい水晶がいくつか中に入っており、夜の街灯の下で角度を変えてみると光って見えて美しかった。サイズが合ったことも決め手だけれど、「あなたの傷を癒す」などと意味が近くに書かかれていたこともあって、すがるように買ってしまった。

 翌朝、真由美は食卓に指輪を置いて眺める。星が流れたように見えたが、さほど気に留めず台所に立ち、食事の支度をしようとするも振られたことを思い出し、泣き出す。涙を拭っているときに指輪が跳ねて、真由美は吸い込まれる。

 エプロンをつけたまま宇宙空間に投げ出されている。息ができているので空気があるらしい。大地はあるが人はおらず、建造物などは何もなく、焼いていた卵が心配になったが、ここはどこだと思っていると、思念が飛んでくる。思念は、地球を観測するために忍ばせていた物が見つかってしまって騒がれたと思ったから引っ張ってきた、自分たちは宇宙人とも地球では呼ばれるが、地球の生命の行く末の形を持たない超人類で、神ではないから無慈悲の意味を持つセブルスとでも名乗ろうと、言い、この星の長老のような役割のセブルス以外は省エネでみんな姿を現さないが他の思念もいて、状況を見聞きしているという。物体を別次元に保存していて、それを出すことや、次元を通して飛ばすことができるという。

 日本から来たと言うと、なぜか突くタイプの鐘が出てきた。真由美は「柿食えば~」とかそういう?と思ったが、セブルスは肉体がないので時を刻む概念もなく、あこがれていたのだと言う。音は鳴らないのではないか、と思ったが、ゴーンと音が響き、「鐘の音は良い。魂の奥に響く気がする。」と孫に肩を叩いてもらったお年寄りのような反応が返ってくる。ゴーンと続けて鐘を鳴らしていると他の思念も喜んでいるのか背中が温かく包まれるような感覚があった。

 突然辺りが暗くなった。星の衝突が予測されるためこれ以上は留めておけないとセブルスは言い、真由美は指輪に吸い込まれて自分の部屋に戻される。

 指輪をのぞき込むと爆発が起こったように強い光が一瞬光って消えた。臭いでフライパンを見ると卵の片面が焦げていたので慌ててひっくり返す。

 それから帰り道に露店を探しても見つからなかった。真由美は恋人に似合うと言われて伸ばしていた髪を切った。真由美は肉体を持って生きている生命体がいるのは地球だけなら、もっと自分好みに自分の人生を生きていこうと思った。

文字数:1122

内容に関するアピール

大まかに言うと、地球(露店、家)→宇宙のどこかの星→地球(家、街)でシーンを切り替えました。

未だに地球以外で生命体が発見されていないこととか無形生命体の考えが面白いと思って書いてみました。
生命体が生息している可能性がある星をモデルにしてもっと星の設定を詰めて書けたらいいのかなと思っています。

文字数:146

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見られている星

 水晶の中にはさらにいくつもの小さな水晶のかけらが散らばっていた。リングを指にはめ、再び見つめるとその一粒一粒が街灯の光に反射してきらめいた気がした。それは露店に並んでいたいくつもの指輪の内の一つで、一見何の変哲もない指輪。……じゃなかった。

 

 青空の下、長机に黒いフェルト地のクロスが敷かれているその上に様々な色の色石たち。どれも指の太さほどはある、丸や四角と様々な形に指を彩るに見応えのある大きさに切り出した磨きのかかった鉱物をはめ込んだ指輪が並んでいる。机の正面に貼り付けられたポップな書体で打ち出された「天然石リング一個3,000円」の張り紙が風にそよぐ。シャッターのしまった店を背に歩道沿いに広げられたその露店を、信号待ちの途中に通りがかりの人がのぞいては通り過ぎていく。散歩途中の老夫婦、スーパーへの買い出しから戻る主婦、下校途中の小学生、夕方からのアルバイトに向かう大学生、・・・・・・暮夜、やけ酒に少々千鳥足のOL。

 OLは涙目だった。少し鼻もすすっていた。先刻、真由美はそろそろ結婚をと考えていた恋人に別れを告げられたばかりだった。酔いが回っていたからかひどく感傷的になっていた。帰り道を歩きながら「むかつくむかつくむかつく、こんなままじゃ絶対に嫌っ」と心の底では大声で叫んでいた。そこへいつもの信号待ちの四つ角にさしかかる。普段は通りすぎるだけの指輪の店に目をやった、というわけだった。

 

 店番は上品な感じの中年の女性で、天然石は一つとして同じ石はないんです、いろいろ試してみてくださいね、などと対応し、閉店間際であることも付け加えた。石ごとの説明が指輪の側に添えられている。ピンク色の石の側には「ローズクォーツ・恋愛成就」、黄緑色の石の側には「ベリドット・希望」、黒色の石の側には「オニキス・魔除け」などなど。横向きのオーバル型に切り出された透明な一つの石に目を止める。シルバーの土台に石がはめ込まれているだけのシンプルなデザイン。不思議な感じがした。水晶の中に無数の細かい水晶が入っている。角ばったそれと見えるものから気泡とか点みたいな細かい欠片が。真由美はすくい上げて左手の人差し指にはめてみる。第一関節まで滑り込むリングが少し冷たい。少し右手で上にあげてみるがきつくもなく緩くもない。指を広げて街灯の光に翳して見ると星々が瞬いたかのように光った。説明書きを見ると「クォーツインクォーツ・あなたの傷を癒す」と添えられている。

 胸がつかえているような感じがある。不意打ちを食わせた彼だけでなく、自分に対してもむかついていた。道すがら、自分のだめだった思う場面が次々と浮かんだ。別れを告げられたことに対して、ふるいにかけられて最後には選んでもらえなくなったのは自分がだめだったからだろうと。

本当はあいまいにしていた。主張して嫌われるのが怖くて彼には合わせてばかりだった。勝手に先回りして期待されているだろう役を演じるかのように口が勝手に話していてこれは誰だと思うときもあった。そういうのもつまらなかったのかもしれない。いつからこんな風になってしまったのか、どこか途方に暮れている。自分のメッキが剥げかけて本当の中身はボロボロな気がする。

この際、気休めでもいいと、真由美は「これ、買います」と言って鞄から財布を取り出していた。

 

 目を覚ますと真由美は昨日の服のままだった。目覚ましのデジタル時計は11時、わたしとしたことがと慌てて飛び起きたが、土曜日で休みだった。

 軽い鈍痛を感じ、冷蔵庫から出したペットボトルの水で頭痛薬を流し込んだ。

 惰性でエプロンを着ける。食器棚から皿を出し、冷蔵庫からストックの野菜を盛り付けた。熱して油を回し入れたフライパンに卵を割り入れようとするも、指に見覚えのない指輪。外した指輪を食卓に置いて眺めると、一筋星が流れたように光って見えたが、フライパンの上で卵を割って中火にする。

 昨日の服、頭痛、指輪、点が線でつながった。

 振られた。

 最初は涙がつーっと垂れてきただけだったが、だんだん嗚咽になった。

 狭いアパートだからうるさいかもしれないと少し冷静になって、指で涙を拭っていると、食卓の指輪が跳ねた。

 真由美は虹色の光の帯に包まれて、驚く間もなく指輪に吸い込まれた。部屋からは指輪ごと消えた。

 

 辺りを見回すことしかできないがどうしたってこんな場所に来たのかと真由美は思う。先ほどまでの自分の部屋とは打って変わっている。足元は紫色に覆われた大地で他の星々の光によって照らされている。空に一番大きく見えるのがぼうっとした赤い星。そして無数の点のような白い光が空から届いている。周りには何もない。息ができているので空気はあるらしい。

 建造物もなく、人もいない。いるとしたら宇宙人? そもそも、地球外に生命体は見つかっていないのではなかったか。無人島ならぬ無人星か。

 昨日の服にとっさに黒いエプロンとスリッパを身につけた状態で宇宙空間と思しき場所に真由美は空間移動していた。そうだ、目玉焼きは? いや、もうそんなことより、ここはどこで、これはどういう状態で、何だってこんなことになって、どうやったら帰れるのか、夢なのか? 嫌な夢を見たらよくやる手段で頬をつねる。でもでもこうしている間に火事になっていたら一大事だとぽかぽか頭を叩いてみるが痛いだけである。

 —―我々は地球を見ていた。

 心の中に次々思い浮かんでいるところに、不意に思念が飛んでくる。

 どこか人工的な男性とも女性とも取れないような高さの声が直接頭に響いてくるようだった。真由美はびくっとしたが、思いのほか冷静に捉えていた。

 地球とか言っている=宇宙人? 主語が複数形ってことは、もしかして仲間がいたりする? というか語り系? 「我々」って言っているところにもやっぱり宇宙人味を感じるんですが。

 最初から聞いていたかのように思念は続ける。

—―なぜここに来たのか。我々は水晶と言われるそれで地球を見ていた。ひっそりとして見つかることはない。我々は見ているだけでそちらに手を加えたりはしない。このように見つかって大声を出されたなら連れてくるしかないという判断になった。

「何も見つけてない。こっちの事情で泣いてただけで。今初めて知ってます。宇宙人さん、私は無害です。」

 とっさに口をはさむ。

—―我々は宇宙人とも呼ばれるが、正しくは違う。生命はある地点で、タンパク質に宿って生存の計算をして生きていくのをやめた。地球の生命の行く末の生命、姿を持たない超人類とでも言おう。

 「地球を見ていて、姿がないって神様ってこと?」

—―神ではない。肉体を持たない我々は肉体のあったころの生命のいる地球を見ている。肉体があるから体は成長し、老い、死ぬ。我々は姿がなく、遠くから見守ることしかできない。無慈悲、そんな意味を持つ地球の言葉でセブルスとでも名乗ろう。

 

 またセブルスは一人ではなくとりまとめのような役割なのだと言う。外部と交信することはエネルギーを消費するので仲間は思念として語りかけることはしないが、いつのまにか真由美の指にある指輪の、同じように地球上にある特別な水晶から、状況を見聞きしているらしい。

 真由美を水晶の指輪の中の塵のような小さい星にミニチュアの小さい姿に再構成して引っ張ってきており、この小さい星は地球よりもずっと小さな重力であるという。ここでの時間は地球の時間より高速で過ぎ、地球に戻った時には大して経っていないことになるとも。

 真由美は、セブルスの一つに対して文章調の長い返答が返ってくることに、会話慣れしている生命体というわけではなくて、AIのような機械的な知能なのかもしれないという感想を持つ。

 自分たちのことがばれたらやばいと思って引っ張ってきた割に、肉体がないゆえに、肉体がある地球にとても憧れがあることをとても羨ましいことなのだと言う。

 思念の話に耳を傾けていると無害認定されたのか、物体を別次元に保存していて、それを出すことや次元を通して飛ばすことができ、コレクションしていることまで教えてくれる。さらに国に縁のあるものを出すと言い始めるので、「日本って国から来たんだけど」と答えると、木造の櫓が宇宙空間に出現する。

 真由美は灯台を一度想起した。そういう町を見渡すような高い建物だった。

—―時の鐘。

 見上げると楼の上に鐘が付いている。

「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺……とかそういう? 有名な俳句。」

 思い浮かんだことを言ってみる。文学にまでは精通していないみたいだった。聞いていないかのように次の思念が飛んできた。

—―鐘の音を聞いてみたい。

 日本では時計が一般的でなかったころ、鐘の音が広く時を知らせていた。肉体がない生命体としての彼らに老いはなく、見守るだけの日常にさほど時を意識することや、実感として時を刻む概念もなかった。地球の、太古から時を知らせる手段としての鐘の音を聞くことに憧れていたのだという。異次元ポケットにコレクションはしたものの、肉体がないから自分で音を聞いてみることができないと、悔しい思いをしていたらしい。その鐘と縁ある国の者を引き入れたとあっては、真っ先に浮かんだのは鐘、なのだそうだ。

 真由美は学校や会社のチャイムや、夕方の防災無線から流れる音楽を思い出していた。

 建物の扉を開けて入る。木製の階段を上って一番上にたどり着く。青緑色の重そうな鋳造の鐘が天井の組まれた柱に直接吊り下がっている。鐘を撞くための丸太のような棒が上から吊られていて、棒にくくりつけられた綱が1本垂れている。

 除夜の鐘くらいしかこうした鐘の音を聞いたことはないかもしれないと思った。鐘を撞いたことは一度もないなと思った。ここで同じように鳴るのだろうか。

—―九つ。

 九回撞いて欲しいということか。真由美は、帰るためならばと、大人しくリクエストに応えようと思う。

 両手で綱を担ぐようにぐっと持つ。がに股になってちょっと格好悪い。力を入れて綱を思いっきり後ろに引っ張る。

 ゴーン。

 棒が鐘にぶつかり、震えた鐘の音が鼓膜に伝わる。遠く遠く宇宙に広がっていく。

—―鐘の音は良い。魂の奥に響く気がする。

 セブルスの思念が孫に肩を叩いてもらったときに喜んでいるみたいなお年寄りのような反応に思えた。でも、自分にも心洗われる気持ちがするのは分かる。

 ゴーン。ゴーン。

 数を数えながら、無心に鐘を撞く。

 ゴーン。ゴーン。ゴーン。

 背中がふわりと温かく包まれるような感覚があった。なぜだか鼻の頭の奥からこみ上げてくるものがある。セブルスも他の思念も喜んでいるのか、見えないけれど安心感のある、熱を帯びた大きなエネルギーを感じて何だか応援されているみたいな気持ちになった。

 ゴーン。ゴーン。ゴーン……。

 九つ目を鳴らし終える。鐘の音がこだましているうちに、真由美は櫓から周りを見渡す。

 何も誰もいない、星々の広がるだけの空間を鐘の余韻とともにしばらく見つめていた。

 

 と、唐突に辺りが暗くなる。

—―この星に別の星の衝突が予測される。肉体をもつ地球の者をこれ以上留めてはおけない。

 慌てるような早口な声でセブルスの思念が飛んでくると、真由美は来た時と同じように指輪が放つ、虹色の光の帯に吸い込まれていった。

 

 指輪をのぞき込むと爆発が起こったように強い光が一瞬光って消えた。真由美は窓から差し込む太陽の光が強く反射しただけなのかもしれないとも思った。いつもの自分の部屋に戻ってきている。さっきまでいた宇宙空間や姿を表さない生命体の懐は、昨日の失恋からくる情緒不安定による錯覚で、気のせいなのかもしれないし、時間が経つとすぐ忘れてしまう夢かもしれない。だけど、本当にあったことだと確信はできないけれど宇宙に響く鐘の音や背中から包まれた感覚はまだ生温かく残っていた。

 

 う、焦げ臭い。フライパンの上の卵がどうみても焦げているので、慌ててひっくり返す。真由美はこの黒さは食べられるかぎりぎりかもしれないと思案しながら、卵もタンパク質だなとも思ったりする。

 

「カラーはストロベリーショコラカラーで。前髪は眉ぐらいで重めに切りそろえてください」

 彼に似合うと言われて伸ばしていた長めの前髪は切ることにした。カラーも黒髪からずっと染めたいと思っていた色に変えることにした。

 

 あれから帰り道に露店を探しても見つからなかった。開く場所を変えたのかもしれない。期間限定の出店など気まぐれな店だったのかも分からない。ネットで調べても情報はつかめなかった。

 指輪は、着けて出かけたり、時々見つめたりする。水晶の中の水晶の中の欠片の先からこちらを、地球のことを、セブルスたちが見つめているなんていちいち意識して緊張することはしないけど、じっと見入ってしまう時がある。

 

 真由美はセブルスたちが省エネのために持たなくて、そうでありながら憧れている肉体を持っていることについて思いめぐらす。

 地球外生命体の謎理論、”地球じゃないと肉体がない、肉体があるから時間がある”。地球にいるから時間が経てば年を取る、とは。気づいた今が一番若い、とは確かによく言う。こうしなきゃああしなきゃと誰かの常識にとらわれながら葛藤していても時間は経つし、年を取る。そうやって生きるのが癖になっていたような気がする。そうであるならば誰に何を言われようともっと自分好みに生きた方がせっかく地球に生きている命をうまく使えるような気がする。

 本当のわたしはかわいいものが好きだった。色だったらピンクとか赤色が好きだった。なのに気づいたら白黒のシンプルなものばかり集めていた。もうとうに封印していたロリィタ服。お洋服も一着一着買えるだけで嬉しくて、最初は勇気が要ったボンネットやヘッドドレスといったアイテムも大事に大事に少しずつ集めていた。それなのに年とか男ウケとかっていつのまにか衣装ケースの中にしまい込んで・・・・・・。隠すことなんてなかったのに。

 わたしは好きなものにさえ好きと言えなくなっていた。それってやっぱりつまらなかったのかもしれない。

 とんだ白昼夢の可能性99.9999%かもしれないけれど、地球で生きているなら堂々としていた方がきっと面白い。地球フリークの地球外生命体に、今日もどこかで見られているかもしれないから。(Fin)

文字数:5839

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