焼き芋銀河

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梗 概

焼き芋銀河

サツマイモは銀河のどこでも育つ。つまり焼き芋屋もまた銀河のどこにでもいる。

マチューの勤める種苗企業は銀河全域に進出エリアを拡大している。彼も移動販売用の焼き芋舟艇で星間をまわっているが、業績はふるわない。そんな中、舟艇が故障し販売エリアでない氷河に覆われた星に不時着する。燃料が微量のまま飛行していたせいでエンジンに負荷がかかっていた。彼は積んでいたサツマイモを緊急用燃料として使用するためにバイオエタノール化することにし、サツマイモの発酵を待つために数日間、星に留まることにした。
星の景観はどこか懐かしいものだった。文明化で氷が融けて住めなくなったが、彼の故郷も氷で覆われた星だった。開拓記録にない星は会社の貴重なデータになる。もし、ここが新たな”畑”となれば彼の評価も上がる。辺りを調査してみると、氷河内のミネラルや下に広がる土壌はサツマイモ栽培に適したものだった。
マチューは起死回生の機会とにらみ、報告用レポートを作成する。

翌日、舟艇に向かってくる影がみえた。マチューは非常用の武器を取って隠れた。
一本角の豚だった。
豚は舟艇の周辺を嗅ぎながら歩き回る。転がっていたサツマイモを口にすると言葉を発した。
「旨い!」
この豚は話せるのか? マチューは一か八か豚の前に飛び出して星の状況が知りたいと伝えた。
豚はサツマイモを分けてくれるならと了承し、アルコール燃料が貯まるまで彼らのコロニーに滞在できることになった。
彼らは氷豚アイス・ピッグという知的生命豚で、星の氷を頭部の角で削り、食していた。氷には水分以外にも彼らにとって必要な栄養素がつまっているという。マチューは舟艇の焼き芋機の説明をするが、氷豚には食材に火を通すという概念がないようで理解してもらえなかった。

星の調査も終えた数日後、アルコール燃料が出来上がったが、マチューが少し目を離した隙に氷豚たちがそれを飲んでしまった。
しばらくすると酔った氷豚たちが嘔吐しはじめる。体内にアルコールを分解する酵素がないようだった。
彼らの吐瀉物の中に石があり、周囲の氷を融かしているのがみえた。
それは星特有の熱を自生する天然石で、氷豚たちは胃の中に石を所持することで、氷から水分と栄養素を効率的に分けていた。
マチューは石を焼き芋用の窯で加熱し、熱エネルギーを生み出すことにした。

――石やーきーいもー、おいもー♪
出発の朝、舟艇からアナウンスが流れると氷豚たちが集まってきた。
じっくりと加熱したサツマイモは表面の水分が抜け、剥くと皮がパリッと音を立てる。
湯気が寒空に昇り、甘い香りが広がる。中までじんわり火が通ったサツマイモは濃い黄金色をしていた。
氷河の中で食べるホクホクの焼き芋は氷豚たちにも好評だった。

星を離れたマチューは故郷を思い出し、氷豚たちの生態系を崩したくないと思った。
レポートを破棄し、支社までの燃料を確認する。ギリギリ足りそうだった。【了】

文字数:1198

内容に関するアピール

▲テーマについて
「焼き芋」が食べたくなってもらえると嬉しいと思い、話を考えました。
あさま山荘事件の際にカップヌードルが売れたという話をヒントに「寒い場所で温かい物を食べる」という状況は、「食べたくなる」一つの要素になるのではと考えています。(実際のあさま山荘事件では隊員の人たちが食べてるのはなんだ?という話題性で売れたようなのですが)

 

▲補足
・石
動物の胃石+カイロの酸化反応のような仕組みを考えています。
普段、氷の下に埋まっている石が掘り起こされて地表に出ると熱を持ちはじめる。
それを氷豚たちは体内に取り込んでいるといったイメージです。

・マチュー
業績が低いお荷物社員で、このままではクビになるかもしれないと追い込まれているような状況で星に不時着します。そこで星の開拓を考えますが、自身の過去(文明化で失った故郷)と氷豚たちの未来が重なり、断念します。

文字数:375

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焼き芋銀河

    1.

――サツマイモは銀河のどこでも育つ。つまり、焼き芋屋もまた銀河のどこにでもいる。

その一人がマチュー・ソーカンだった。オカリナ社の営業職である彼は、広告塔も兼ねた移動販売用の焼き芋舟艇に商品を積み、銀河中を飛び回っている。
元々、オカリナ社は小さな種苗企業からはじまったが、今では宇宙全域へと展開する巨大メーカーに成長した。現在では単にサツマイモを販売するだけではなく、様々な加工品や農業用プラントの製造も行っている。会社のイメージキャラクターにもなっている芋を持ったガチョウのイラストは、銀河のいたるところのスーパーマーケットで見かけることができた。サツマイモ特有の甘さを押し出したシェパーズ・ドレッシングは、前菜からデザートまでどんな料理にも合うと料理研究家たちの評判を呼んだ。また、スナック菓子のデリシャス・スティックや、棒付きのマーブル・キャンディーのフレーバーも販売されている。銀河中のファミレスには、サツマイモのジュースやティーバッグがドリンクバーに並んだ。サツマイモジュースはティーンエイジャーに人気の雑誌ピーチ・キャンにも取り上げられ、ソーダ水と混ぜると美味しいという情報が出回っていた。
なかでも今、売り出し中の商品はサツマイモのスピリッツ酒で、収穫したサツマイモを自らスピリッツ酒に製造できる蒸留機も開発していた。大人向けのアルコール飲料は、顧客層の幅を広げる新たなチャレンジだった。
搬入を終えたマチューはスーパーマーケットの裏でぼんやりと一服していた。何か話があるらしく、店長が出てくるのを待っていた。最近のスーパーマーケットは複顔族の店長が多かった。複顔族は独立した自意識を持った顔を複数持っていて、一人で多くのタスクを同時にこなすことに長けている種族だ。そのため、彼らのような人材は様々な企業で重宝されている。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえいえ」
耳たぶに装着している翻訳ピアスが銀河中に浸透したおかげで、ほとんどの種族間で、ある程度のコミュニケーションが取れるようになっている。
「どうぞ、こちらへ」
店長は、マチューをスーパーマーケット裏の保管庫へと案内する。その間も別の顔はどこかと電話をし、また別の顔は手でいじっている端末機器を眺めていた。言語が広がるとビジネスも広がる。様々な異文化が流行し、銀河経済はバブル化していた。
サツマイモが宇宙全域に浸透した理由の一つは、どの種族も好きだということだった。そのため、干ばつなどに強いサツマイモは銀河全域で栽培するのにうってつけで、そこに目をつけたオカリナ社は、様々な星の環境に適応できる品種を日々開発している。
「あの……来月なのですが、まわってこなくて大丈夫ですよ」
店長は少し言いにくそうに切り出して保管庫の前で立ち止まった。
「どうしてですか?」
「まだストックがありますし……」
相手のいいたいことはこれまでの経験でマチューはなんとなくわかっていた。要は返品バックしたいのだ。
「ほら、これです」
保管庫のなかに入ると廃棄間近のサツマイモが入ったコンテナが積まれていた。卸し業務は販促システムが算出したデータを元に近くの支社で荷物を積み、それを客先に運ぶ。ところがオカリナ社では、去年ベンダーを変えてから、システムの評判がすこぶる悪かった。それは現場にいるマチューたちが痛いほど感じていた。とはいえ会社は巨額の投資をしたこのシステムをまだ使い続けるようだった。返品されたサツマイモを舟艇の貯蔵室に積み、マチューはスーパーマーケットを後にした。

次の卸し先までは少なくとも、数日かかる距離だった。販促システムで道中のデータベース地図をみてみると真っ黒だった。データベースに登録のある星はマップ上に点灯しているが、そうでない星は真っ黒のまま表示される。星は文字どおり星の数ほどあり、会社のデータベースに登録されていない惑星も多々ある。卸し先のスケジュールやルートを効率的に決めるのも仕事の一つだが、マチューはそういうことが苦手だった。ルート構築の研修も受けたが、どんなに頑張っても無駄が出た。上司との定期面談でも毎回のように非効率さの指摘を受けている。
「また燃料だけが無駄に食われるな」
そうつぶやきながら、マチューは暗闇の宇宙を進んむ。
入社4年目となる彼の評価は、決して良いものではなかった。営業成績は大きく2つの項目に分かれ、一つはスーパーや提携農協への卸しによる純粋な売上、もう一つは新たな市場や栽培用の畑を新規開拓することだった。一大企業であるオカリナ社では社内での競争も激しく、マチューのような契約社員にとっては、正社員になることが一つの目標だった。明確な社内規定がある訳ではないが、おおむね正社員へのデッドラインは入社5年だといわれていた。そこで漏れれば、以降は残業代で薄給を補いながら、現場で長距離ドライバー兼、焼き芋屋として今後のサラリーマン人生を過ごすことになる。
故郷から飛び出したマチューに帰る場所はなかった。いくつか短期アルバイトを転々としながら、ようやく入社にこぎ着けた。周囲の同僚たちは大学を出た正社員ばかりで、営業部隊にいるのも最初の何年間かだけだ。あくまで彼らは経験として現場にいるだけで、そこから後は出世していく。
しかしマチュー・ソーカンにそのようなレールは無い。彼は焦っていた。

――石やーきーいもー、おいもー♪
お馴染みのパルス信号を発しながら星間を飛んでいると、舟艇に異常アラートが響いた。エンジンルームからの警告だった。万が一を考えると、どこかに着陸して細かく調査する必要がある。だが、一番近い支社までもかなり距離があった。
とりあえず一番近い星に向かうことにした。データベースを確認するが、登録のない真っ黒な場所。そういう星は救援用設備などが整っていない可能性もあるが、この際仕方なかった。
エンジンの残量は12%。燃料はみるみるうちに減っていく。迷っている暇はなかった。目的地に設定したキュウリ座系の惑星ナンバー8は、外からみると薄い紫色の星だった。マチューの焼き芋舟艇はそこに向けて下降を続け、星の引力に乗った。突然、通信環境が悪くなった。救援用設備どころか通信技術すらないところなのかもしれない。

星に入り雲間を抜けると、氷河景色が広がっていた。大気環境をチェックすると、適応ランクは”Bマイナス”。人間が宇宙服なしでも適応できる環境だった。最近の地球の大気環境が”B”であることを考えれば、大きな危険はなさそうだった。しかし、通信環境は最悪で、星に入ってからはほぼ何もつながらない。分厚い雲が信号を遮っているようだった。マチューは着陸準備に入った。着陸を知らせるトランペット音が空に響く。
数分後、舟艇は無事に着陸した。

***
星の景観はどこか懐かしいものだった。
舟艇から降りたマチューはヘルメットのスクリーンに表示されたレポート結果を確認して、それを脱いだ。息を吸い込むと、氷点下の冷たい空気が鼻を抜けて目頭に軽い痛みが走った。
「久しぶりだ、この感覚」
彼の故郷も、氷に覆われた土地だった。自動内部検査をまわしている間に、外傷がないかどうか舟艇の機体を調べる。特に飛行に異常はなさそうだった。辺りを見渡してみると、着陸した場所には舟艇以外何も見当たらなかった。地平線いっぱいに氷河が広がっている。文明はおろか生物すらいない気配だった。だからデータベースも真っ黒だったのかもしれないと彼は思った。
内部検査の結果、エンジンに負荷がかかっていたせいでアラートが鳴っていたことがわかった。おそらく燃料が微量のまま飛行していたせいだった。マチューはルート設定の不得意さを補おうと、燃料申請の値をギリギリで提出していた。改めて計算してみても、最も近い支社までの分も足りない。無人のエネルギー供給機を呼ぶしかないが、通信環境はうんともすんともいわない。星を脱出さえすればどうにかなるが、そのエネルギーを探さなければならなかった。

腹が鳴る。廃棄が一定量を超える場合、何故か社員側も負担することになっている。社内規約でそうなっているらしい。マチューはタンクに積まれたサツマイモを一つかじってみた。
「さすがに、生はきついよな」
焼く前のサツマイモは硬く、とてもじゃないが食べれたものではなかった。彼は個人向けに販売したアウトドア用の小型焼き芋機を舟艇の奥から引っ張り出してきた。全く売れなかったこの機械が役に立つとは思わなかった。サツマイモをセットし直し、しばらく待つことにした。故郷では、よくドラム缶で焼き芋を作っていた。ドラム缶の真ん中にレンガや粘土を積んで空気の通り道を作る。そこに生のサツマイモを積み上げていき蒸し焼きにする。できあがった焼き芋はドラム缶の上に敷かれた鉄板にそのまま乗せて冷めないようにする。寒い地方のサツマイモは細長いものではなく、まるまるとした短い品種のものが多かった。焼きあがると中が黄色くなり、サツマイモの中心にいくほど蜜があり甘かった。
古くからサツマイモは飢饉に備えて作っておかなければならない救荒作物だったという歴史がある。昔の戦争ではそれをアルコール燃料にし、航空機のエネルギーに使った国もあると聞いたことがあった。彼はサツマイモを宇宙へ舟艇を打ち上げるための緊急用燃料の足しにできるのではないかと考えた。星を出ることさえできれば、通信環境も回復するはずだ。そこで供給機を呼べばいい。燃料は残り9パーセント。どうにか二桁に持っていけば大丈夫なはずだ。
スピリッツ酒製造用のプラントにサツマイモを入れる。起動し、サツマイモを細かくスライスし常圧でふかしていく。更にすりつぶしたところで麹パックを開けて発酵準備に入る。燃料が完成するまでの数日間、彼は惑星ナンバー8に留まることにした。
陽が落ちてくると、気温はぐっと低下した。故郷では寒さを紛らわせるために強い酒を好んでよく飲んだ。マチューも身体を温めるためにスピリッツ酒を開けて一口飲んだが、すぐにふたを閉めた。彼は酒が美味しいとは思わなかった。こんなのを好んで飲む奴らの気が知れない。身体が段々と温まってくる。もう一口だけ飲んで、そのまま舟艇の運転デッキに寝袋シュラフを敷いて横になった。正確には酒ではなく、酔っぱらいが嫌いだった。

    2.

鈍い物音で目を覚ました。
ブラインドスクリーンで閉まった運転デッキから外をみると、明るくなっていた。時計をみると午後になっていた。深夜になると気温はさらに低下し、吹雪が吹き荒れるようになった。その音があまりに大きく、朝方おさまるまで彼は眠りにつくことができなかった。スクリーンの下には雪がみえた。ここまで積もっているということは、機体の半分近くが雪に埋まっていることになる。
「一日中、雪掻きか……」
面倒になった彼は二度寝でもしようと寝袋のなかで寝返りを打った。そのとき、スクリーンを影が移動するのがみえた。
外にいる。
彼は慌てて寝袋から出ると非常用の銃を取りだした。新人研修のときに一度だけ使ったことがあったが、ほとんど覚えていなかった。マニュアルをみながら使用方法を確認する。その間にも、外にいる何かは時折、舟艇にぶつかり、その度に機体が少し揺れる。運転デッキに戻り、シートの裏に隠れながら外の様子を探る。しばらくして、再びスクリーンの前を通ったのは四足歩行の影だった。どうやら、その何かは機体の周辺をぐるぐると回っているようだった。マチューは、おそるおそるスクリーンの調光度を下げた。
外にいたのは、一本角の豚だった。
大きさは彼の知っている豚よりも一回りは大きく、体は白かった。体毛は地面につきそうなほど長かったが顔の周りだけは短く生えそろっている。豚は舟艇の周辺を嗅ぎながら歩き回り、時折、地面に顔を突っ込んで角で雪を掘っていた。サツマイモが目的だとマチューは思った。辺りは所々に穴があり、簡易焼き芋機も倒されていた。機械はぐしゃぐしゃにつぶされている。恐らく、昨日、外に残した焼き芋の匂いにつられてきたのだろう。
マチューは貯蔵室からサツマイモを一つ取り、上部ハッチを開いて機体の外に出た。それを地面に投げ、豚の視界に入らないよう屈んだ。銃のセーフティを解除し、いつでも撃てる準備をした。照準をサツマイモに合わせる。しばらくすると豚が寄ってきて転がったサツマイモの匂いを嗅いだ。そして、それを口にした。マチューは引き金に手をかける。
「旨い!」
翻訳ピアスが反応し、豚の声が聞こえた。つまり目の前にいるのは、ただの豚ではなく別の種族ということになる。そうなると簡単に撃つことはできない。それに、もしかしたら話が通じるかもしれない。マチューは銃を構えたまま、一か八か豚の前に飛び降りた。豚は最初、サツマイモに夢中だったが、マチューをみると驚いて頭を下げた。一本角をマチューの胸の高さに合わせると、前脚を折り曲げ、後ろ脚をピンと張った。
という雰囲気の姿勢を取った。向けられた角は鋭く、頭部から先端にいくにつれ銀色が濃くなっていた。
「待ってくれ!」
「なんだ?」
豚は姿勢を崩さずに答えた。少なくとも会話はできそうだった。
「助けてほしいんだ」
マチューは燃料の問題で不時着したこと、昨夜の吹雪で機体が雪に埋まってしまい動けないことを説明した。
「もし燃料になるようなものがあれば買い取りたい」
彼は機体の壁面にプリントされたオカリナ社のロゴを指した。
「ほら、このロゴ! みたことないか?」
「……ないな」
豚はしばらく沈黙した後、答えた。よく考えれば当たり前のことだった。ここはオカリナ社のデータベースにも登録されていないような星だ。豚がガチョウを知るはずもなかった。
「とにかく争う気はない。ほら!」
マチューは銃を下ろした。豚はじろっと彼を眺め、巨体を揺らしながらゆっくりと近寄ってくる。そして銃の匂いを嗅いだ。その間、マチューはじっとしていた。
「燃料はない。だが、その埋まっている機体は掘ってやる。それでいいだろう?」
「ありがとう。すごく助か……」
「ただし!」
豚は尻尾をピンと張って、銀色の角でサツマイモを指した。
「これを私たちにくれ。非常に美味だ」

マチューは運搬用の背負子キャリーフレームにサツマイモを何ケースかパッキングし、背負った。そして豚の後ろを歩き出す。雪道を歩くのは久しぶりのことだった。
彼らは氷豚アイス・ピッグという種族で、この惑星ナンバー8に住む唯一の知的生命体らしい。群れで移動しながら生活を送り、普段は星の氷を食しているという。吹雪は毎夜のように起こり、特に舟艇が不時着したところのような周囲に何もないような場所は、雪が強く吹き、すぐに積もるらしい。そういう場所は彼らにとって将来の餌場の候補で、雪の固まり具合を定期的にチェックしにくるという。
氷豚の名前はクシカツといい、群れの次期リーダーだという。舟艇が不時着するときに発したトランペット音に、聞きなれない異変を感じて、調査のためにきていたという。
「これは非常に良い食べものだ」
クシカツは、のそのそと尻を振りながら歩く。
「サツマイモって食べもので、ウチの商品なんだ」
「それはつまり、君たちの所有物ということだな?」
「まぁ、そういうことになるのかな」
「それは勝手に食べて悪かった。この星に外部から誰かくることは、まずない。だから、この星のものだと思ったんだ」
「いやいや、別にいいよ」
既に歩きだして30分程経っていたが、景色は変わらず一面、氷河だった。
「クシカツ。君の仲間の元まであと、どれくらいかかるんだ?」
「残りは大体、倍の時間だ」
「嘘だろ。まだ1時間くらいあるのか!」
「君に合わせているんだよ、こっちは。もっと早く歩けないのか?」
「無理だ」
「では、乗れ。すぐ着く」
クシカツの背中にまたがり、背負子の荷物が落ちないようにワイヤーを締め直す。氷豚の背中はふわふわとしていた。体毛のせいだろうか。乗馬のように強く毛を握ってもクシカツは何も気づいていないようだった。
「いいか、いくぞ」
クシカツが氷上を走る速さは、マチューの予想をはるかに超えていた。出発直後、身体が吹き飛ばれそうになり、身を屈めて背中の毛をぎゅっと握った。マチューは昔、祖父に連れられて犬ぞりでよく雪原を走った記憶を思い出した。元々、マチューたちも移動生活を送る民族だった。祖父はそこの族長で、マチューに猟の方法や民族の伝統的な神話を教えた。犬ぞりに慣れていたマチューだったが、あまりの氷豚の移動の速さにじっと目をつむって耐えることしかできなかった。しばらくして、突如風が止んだ。
「着いたぞ」
彼が顔を上げたとき、目の前に広がっていたのは、柵で覆われた複数のゲルだった。
「ここがクシカツたちの家?」
「そうだ」
「故郷と似ている。僕のところもこんな感じだったんだ」
「そうか。ところで、その手を離してくれないか? 我慢していたが多少は痛いんだよ」
マチューは慌てて手を離し、背中から飛び降りた。ゲルは氷で作られているようで、外からみると光沢があった。クシカツによると家族ごとで一つのゲルに住んでいて、全部で20棟のゲルがあった。そこに全部で数十もの氷豚たちが暮らしているという。クシカツが声をかけると、氷豚たちが一斉にマチューをみた。
「ようこそ、私たちのコロニーへ。君は初めての人間のお客だ」

氷豚たちは社交的な種族のようで、外から来たマチューに対しても興味津々だった。
「こんな所に何しに来たんだ?」
「氷食べるの?」
「人間に角はないんだね?」
「もしかして、昨日、音を出して飛んでいたのは君?」
矢継ぎ早に質問が飛ぶ。クシカツは村の皆に事情を説明し、舟艇を村まで運ぶことを提案した。早く掘り出さないと舟艇はまた雪に覆われることになる。そうなれば、余計に運びづらくなる。氷豚たちは、その日で作業することにした。しかし、クシカツが話している間も何体かの氷豚たちは鼻をヒクヒクとさせ、嗅いだことのない未知の食べもののことが気になっているようだった。
それを察したクシカツが得意そうにサツマイモの説明をすると、氷豚たちの好奇心は一気に高まった。マチューが背負子から降ろしたケースからサツマイモを取り出すと、氷豚たちは一斉にがっつく。歓喜の声があがり、ものの数分で運んできたサツマイモは全てなくなった。舟艇にはもっとサツマイモがあることをマチューが告げると、氷豚たちは澄んだ蒼い瞳を輝かせた。
「さぁいこう! サツマイモの元に」
クシカツの号令に氷豚たちは雄叫びをあげた。

***
氷豚たちは角で地面を掻き分けて雪をある程度取り除くと、身体を揺らしながら舟艇の下に潜り込んだ。
「いい? いくぞ」
タイミングを合わせて機体を持ち上げると積もっていた雪がドサッと落ちた。
「重い……早く入って」
持ち上げている何体かの氷豚の目にかかった雪を他の氷豚たちが角や鼻息で払うと、残り全員で機体の下に入り舟艇を安定させる。掛け声をかけながら村へと運んでいく。マチューはクシカツの上に乗り、氷豚たちを先導する。
「舟艇には何が入っているんだ?」
「サツマイモや、それの加工品とか、後は加工用の機械たちだ」
「あの私が壊してしまったやつの仲間か」
「そうそう」
「すまなかった」
「いいよ、どうせ売れなかった商品だし」
「あれは一体何だったんだ?」
マチューは焼き芋機の説明をするが、氷豚には食材に火を通すという概念がないようでクシカツには理解してもらえなかった。
「サツマイモも焼き芋にするともっと旨いんだよ」
「焼き芋?」
「火を通すんだ、サツマイモに」
「こんな旨いものにわざわざ”熱”を通すのか? そのままで十分なのに」
村に到着するころには陽が傾きかけていた。氷豚たちは汗をかき、皮膚はわずかに湿っていた。そのままゲルへと入っていく。氷豚たちは陽が落ちるころには眠りにつくことが多いらしい。
マチューはアルコール燃料が貯まるまでの間、氷豚たちの村に滞在することになった。クシカツのゲルに宿泊することになったが、家のなかが清潔なことに彼は驚いた。氷豚たちはきれい好きな種族で、それが将来、結婚するときの魅力の一つにもつながるという。マチューは舟艇から蒸留機を外に運び、発酵具合を確かめた。思ったよりもまだ少なかった。
「これは?」
「蒸留機といって、サツマイモをアルコール液にしているんだ」
「アルコール?」
「一応、本当は飲み物なんだけど、今回は打ち上げ用燃料にする予定なんだ」
「変わったものを使うんだな、人間は」
燃料に必要な量以外のサツマイモは、彼らにあげることにした。どうせ廃棄対象になるものなら、美味しそうに食べる彼らにあげた方がよっぽどよかった。氷豚たちもマチューに彼らの食べものを分けてくれた。星の氷を加工した雪粥と呼ばれるものだった。ほのかな甘みがあり、ふわふわとした食感はカキ氷のようだった。これは人間たちも好きな味だとマチューは思った。氷豚と人間の味覚には近いものがあるようだった。

翌日には彼らの餌場である採氷場に連れていってもらった。氷豚たちは採氷場の近くに村を作り、そこを掘りつくすとまた別の場所に移動する。採氷場にはいくつものくり抜いた跡があった。子どものうちは角が小さく、ただのデキモノのようにしかみえない。産まれたての氷豚の角はぷにぷにとして柔らかかった。角は成長するにつれて次第に太く伸びていき、硬度も強くなるらしい。氷を削るときは甲高い音が響く。突く角度や強度も大事で、その迫力にマチューは圧倒された。
「すごい……人間からしたら氷だけで生命維持しているのは信じられないことだよ。僕らは色々な食べものから栄養を摂取しないといけないから」
「私たちもそうだ。氷から栄養をもらっているんだ」
「水分だけじゃないの?」
「氷は中心にいけばいくほど、栄養がつまっている。だから、角で奥まで突く必要があるんだ」
栄養素が氷につまっているということは、もしかしたらサツマイモも育つかもしれない。マチューは滞在している間に、星のボーリング調査を行ってみることにした。開拓記録にない星は会社にとって貴重なデータになる。それに、もしここが新たな畑となれば、社内での評価も上がることになる。正社員になれるかもしれない。辺りを調査してみると、星の環境は申し分なかった。氷河内のミネラルや、その下に広がる土壌はサツマイモ栽培に適したものだった。星には畑にするだけの十分な広さの土地もあるし、何か所か別の場所の土壌も調べてみたが、どこも素晴らしい適性値を示した。いい結果が出せるかもしれないとマチューは思った。そして、新規開拓用レポートの作成に着手した。
マチューは採氷場の近くに根出し済みのサツマイモ苗を植えてみることにした。苗の間は、しばらく光や風を避ける必要がある。カバーで苗を覆い、ペグを打つ。品種は成長の速い<福建16号>を選んだ。福建16号は、できる芋自体は小さく甘みも少ないが、他の品種に比べ3分の2ほどの期間で収穫までもっていくことができる。福建シリーズは昔から栽培されているサツマイモの古種で、そこから派生して現在人気の<銀河金時>や<ベニネバダ>なども出ている。壁に観測用カメラを設置し、経過をみていく。レポートが通れば、他の品種も持って再度、訪れるつもりだった。きっといい芋たちが採れるはずだ。

    3.

「よし、どうにか溜まったな」
打ち上げにギリギリ足りる程度の量だったが、蒸留機にアルコール液が出来上がっていた。
「明日の朝には出発することにするよ」
「そうか。では今夜が最後だな」
クシカツは少し寂しそうな様子をみせた。
「レポートが社内で採用されたら、また来れるから」
「ちょっと来てくれないか」
マチューはクシカツに連れられ、村の外から少し外れた崖に向かった。崖の裏側にまわると、そこには掘った穴があり、なかに苗が入っていた。クシカツはマチューの話を聞いてみて、ここにサツマイモを植えてみたという。ここは光を避けることができて、風の少ない場所だという。
「どうだ? これでサツマイモはできるか?」
「そうだな……実験用の苗なら根元はなくてもいいかな。その方が速く成長する」
「そうなのか?」
「白い根の部分が芋になっていくんだけど、いっぱいあるとその分成長に時間がかかる。後は土がみえるまでもう少し掘ったほうがいい。そこに苗を植えて雪をかぶせるんだ。そして、そのまま放置する。何週間か経つと根が張るから、そしたら光のある場所に移すといい。きっと芋ができる。この品種は速く成長するから」
「できたら食べていいんだな?」
「全部は駄目だよ。次の分を残して種イモから苗をまた育てる。場所によって出来不出来がわかってくるから、それをしっかり覚えておいた方がいい」
「わかった」
「後は肥料も与えるといい」
「肥料?」
「例えば、君たちの糞や尿だ。生物の糞尿は植物にとって栄養になることが多いし」
「それなら我々と同じだな」
「どういうことだ?」
「雪粥だ。あれは私たちの糞尿と星の氷からできている……なんだ、変な顔をして。人間は違うのか?」

2人が戻ると村が騒がしかった。何体かが笑いながら辺りを転がり、体を地面にこすりつけている。真っ白なきれいな体がくすんでいく。普段から清潔さを好む氷豚の生態を考えると、あり得ない行動だった。
「おい、何しているんだ!」
クシカツは驚いた様子で仲間に駆け寄る。別の氷豚たちは舟艇の壁にもたれながら上機嫌に笑っている。蒸留機が倒されていた。アルコール液はほとんど残っていない。どうやら氷豚たちが飲んだようだった。
「嗅いだことのない匂いだったから興味があってさ。結構いけるね!」
「そうそう。ちょっとくらい大丈夫かなと思ったら、もう止まらなくて」
「でも、いいじゃん! また作れば。マチューももう少しここにいたいだろ?」
クシカツは仲間の異変を察し、マチューを睨んだ。氷豚たちは完全に酔っていた。
「マチュー。これはどういうことだ?」
クシカツは初めて会ったときのように顎を引いた。角が彼の胸の高さに合う。
「アルコールを摂取すると人間は一時的に酔っぱらって少し変になることがある。きっと彼らもそうだ」
「治るのか?」
「多分」
「たぶん?」
「人間と同じような体の構造であれば、ほとんどの場合、酔いは限定的なものだ。しばらく様子をみよう」
「どうしたらいい?」
「とりあえず水を飲ませて横にしよう」
クシカツは頭を上げると、ゲルのなかへ入っていった。氷豚たちの体内にはアルコールを分解する酵素はおそらくない。当然だ、彼らの歴史のなかに酒はないのだ。そこに自分が勝手に持ち込んだ。マチューは自分が故郷にいたときの役人たちのように思えた。

マチューたちのような先住民族は、よその人々との交易がはじまるようになると、次第に土地を離れるようになっていった。外での生活は便利で魅力的だったからだ。彼の祖父の代には多くの人々が氷上での移動生活をやめ都市で生活するようになっていた。それでも祖父は民族を守るために居座り続けていた。マチューは祖父と猟に出て、雪洞イグルーのなかで温かいものを食べながら古い民話を聞くのが好きだった。
ある日、マチューがアザラシ狩りから戻ると、よその人たちと祖父が酒を飲みかわしながら談笑していた。後から母親に聞くと、それは州政府の役人たちだった。その人たちはマチューをみつけると笑顔で手を振った。マチューも振り替えした。笑顔は友好の証だったからだ。祖父はマチューに気がつくと、大声で彼を呼びつけようとした。
「おい、マチュー! お前も一杯どうだ?」
「区長さん、子どもはまだ駄目ですよ」
祖父は酒が好きで酔うと気が大きくなる質だった。その人たちは何度も彼の祖父の元を訪れるようになった。その度に瓶に入った酒をいくとも手土産にして、今後についてのをした。会議には次第に他の大人たちも入るようになった。そんなことが半年以上続き、突然マチューたち家族も都市に住むことになった。故郷は立入禁止の区域になり、先住民族ですら許可が無ければ入れなくなった。
それ以来、彼は酔っぱらいが嫌いになった。

氷豚たちの体を横にして数十分ほど経過すると、彼らは苦しそうにうなり声をあげはじめた。背中をさすりながら時折、水を飲ませた。しばらくすると、何体かが、嘔吐しはじめた。クシカツは驚いたが、マチューはそのまま背中をなでるように指示した。
「おい、まずいんじゃないのか?」
「大丈夫。これでいい。吐くのはアルコールを体外に排出しているだけだ」
氷豚たちが吐けるというのは良い兆候だった。全て出してしまえばおさまるはずだ。水を飲んでは吐くを繰り返した。

***
翌朝には、ほとんどの氷豚たちの体調が回復していた。何体かは角がキンキンとして頭が痛いと嘆いていた。マチューとクシカツは彼らの吐いたものを片付けていた。
「よかった、無事におさまって」
「すまなかった、昨日は。私のせいで村の皆を危険にさらしたと思ったんだ」
「いいよ、気にしなくて」
「そもそもこっちが勝手にやったことなのに。せっかくの燃料が無くなってしまった」
「大丈夫。また溜めるさ」
吐しゃ物のなかに橙色の石があった。それは地面の氷を融かしている。
「これは?」
「私たちの胃石だ」
胃石は星特有の熱を自生する天然石で、氷豚たちは胃のなかに石を所持することで氷から水分と栄養素を効率的に分けていた。石は成長するにつれて必要な数や大きさも変わり、長生きすると大小10個以上もの石を体内に持つ場合もあるらしい。
「これは使えるかもしれない」
マチューはそれらを集めて焼き芋用の窯に入れてみた。石の発熱がエネルギーになる可能性がある。窯のなかでは石からの遠赤外線が対流し、エネルギー量の数値が上昇していく。窯内の熱エネルギーで発射用タービンが回った。これはいけると彼は思った。

   4.

惑星ナンバー8を発つ朝、マチューは残っていたサツマイモを全て焼き芋にすることにした。サツマイモの良さを客に伝えるには実食が一番というのがオカリナ社の考え方だった。そのため、新人研修のときに美味しい焼き芋の作り方をまずは学ぶ。美味しい焼き芋を作るコツはたった一つ、サツマイモに含まれるデンプンを麦芽糖に変換することだった。糖はベータ・アミラーゼ酵素を活発にさせることで生まれる。ベータ・アミラーゼは70℃で最もよく働き、この温度を長く保つことでデンプンが糊化し、甘みが強くなる。そうやってゆっくりと焼きあげるサツマイモは、ただ熱いだけなく甘みがじんわりと浸透した極上の食べものになっていく。

――石やーきーいもー、おいもー♪
舟艇からアナウンスが流れると氷豚たちが集まってきた。
マチューの焼いている福建16号は、焼き具合をわかりやすく示すために、70℃で皮が変色するようになっており、さらにビタミンCを多く含む中央部だけは甘みが増すようにデザインされている。焼き窯を覗く。変色した皮がぺりぺりと音を立てはじめた。食べごろだ。
一列に並んだ氷豚たちへ順番に焼き芋を配っていく。
じっくりと加熱したサツマイモは表面の水分が抜け、剥くと皮がパリッと渇いた音を立てる。
湯気が寒空に昇り、甘い香りが辺り一帯に広がる。なかまでじんわり火が通ったサツマイモは濃い黄金色をしていた。
「焼き芋は、寒いところで食べるとより美味しいんだ。さぁ、食べてみて!」
氷河のなかで食べるホクホクの焼き芋は氷豚たちにも好評だった。あちこちから聞こえてくる旨いという声にマチューは頬が緩んだ。
「クシカツ、どう? 美味しい?」
「そうだな。熱を通す食べものも悪くないんだな」
クシカツは、その後、焼き芋を2個もおかわりした。マチューは焼き芋の美味しい作り方を氷豚たちに教えた。

舟艇から出発を知らせるトランペット音が村に鳴り響く。氷豚たちは角をぶつけ合い、甲高い音を奏でる。彼らが仲間を送り出すときの儀式だ。
「マチュー、また来るよな?」
「……レポートの結果次第かな」
「そうか、うまくいくといいな。いつでもきていいからな」
「ありがとう、じゃあね!」
マチューが飛び立っても、見えなくまで氷豚たちは角をぶつけ合った。送りの儀式が終わった後も、クシカツは分厚い雲の向こうをしばらくの間、見続けた。村には焼き芋の香りがまだ残っている。

雲を抜けて惑星ナンバー8を脱出すると、通信環境が回復した。社内システムと接続し、マチューは無人エネルギー供給機の要請をした。舟艇内のシステムが復旧すると同時に、上司から納期遅延に関する催促のメッセージが何件も入ってきた。謝罪メッセージを返し、次の卸し先までの日程を再計算する。だいぶ地球に帰っていないなと彼は思った。祖父の亡くなった後、両親は民族的な生活を捨てる決断をした。その方が時代に合っていたからだ。しかし、マチューはそれに反発し続け、成人するとそのまま家を出た。以来、ほとんど家には帰っていない。次の長期休暇にでも久々に実家に顔を出そう。マチューはそう思った。それは氷豚たちのおかげだった。彼らの純真さは、知らず識らずのうちにマチューが抱えていた焦りのようなものを解かしていた。
氷豚たちはこのままの生活を送った方がいいと彼は思った。卸し先に新たなスケジュールを送り、作成したレポートを破棄する。真っ黒な宇宙空間で、彼は供給機が来るのを待った。運転デッキからはキュウリ座系の惑星ナンバー8がみえる。

   5.

――火を通す。
このシンプルな調理方法は、氷豚たちの歴史を変えた。マチュー・ソーカンが去って数十年の間で、氷豚たちの食文化は大きく変化した。彼の残していった福建16号は惑星ナンバー8で独自の進化をたどった。
あるとき、それまでのサツマイモとは異なる、皮に縞模様の入ったものが一つ収穫できた。それは地面から引き抜いた際に根から落ちてしまったために、最初は本当にサツマイモなのかと氷豚たちの間で議論になった。そして、誰かのイタズラだろうと結論付けられた。しかし、そのイモは次の収穫でも発見され、次第にその量が増えていった。氷豚たちは改めて縞模様のイモを検証することにした。
検証とは食べることだった。氷豚たちのなかから、持ち前の好奇心を発揮した者が試しにそれを食べてみた。縞模様のサツマイモは従来の福建16号より硬くスジがあり、彼らの顎でも噛み砕くことは容易でなかった。火を通してみても、70℃になっても皮の色は変わらなかった。倍以上の時間をかけてようやく皮の変色が起きた。そして改めて食べてみると、スジっぽさがなくなり歯ごたえだけが残った。中心部にいくにしたがってみずみずしさを含む不思議な食感があった。
彼らはそれを、さらにトロトロになるまで一晩中、火にかけて溶かしていった。デンプン質がむちゃむちゃとなるくらいの触感が目安だった。それを雪粥の上にかけて食べてみた。すると、不思議な食感と従来の甘さが熱で濃縮され、口に入ったときにほのかな香りが鼻を抜けた。優しい淡い味で、のどごしも良い。氷豚たちは、すっかりこの料理の虜になった。彼らはこの料理をイシヤキイモオイモと名付けた。
イシヤキイモオイモは後世に引き継がれ、やがて銀河中に知られる料理となった。【了】

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