幸せな子どもたち

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梗 概

幸せな子どもたち

少年が父親とダムの畔で遊んでいる。2人の笑い声が辺りに響く。
「あれなに?」
少年がダム中央のモニュメントを指差す。
「この地域を守る”柱”だよ」
「すごい大きいね、初めてみた!」
しばらく遊んだ後、父親は少年を抱え車に乗せる。
そして少年と通ったダムを後にし、病院へと向かった。

***
記憶には体験したときの感情に応じて付く”情酵素”と呼ばれる3種類(プラス、マイナス、N/A)のバッジのようなものがあり、それぞれ明素めいそ暗素あんそ中素ちゅうそと呼ばれている。
記憶を移転する技術”トム(Transfer of Memory)”が開発され、人々は暗素の付いた辛い記憶を移すことで苦しみから解放されるようになった。
トムによって取り除かれた記憶は溶解可能なチップ内に保存され、記憶を復元するにはチップを液体に溶かし接種する必要があった。

この地域では数か月ごとに雨季と乾季が入れ替わる。そのため雨季の間に水を確保することが重要な課題であり巨大なダムが建設されている。
ある乾季の朝、記憶チップを積んだ運搬用トラックが保管庫に向かう途中に事故を起こし、ダムへと転落した。
その後、ダムでは原因不明の水位上昇が起きはじめた。
調査の結果、ダム内にトラックが落下した際に記憶チップが溶け、辛い記憶に共感したと思われる”水”が泣くことで水量が増加していることが判明する。
ダムを管理する貯水局は、下流側の地区の避難を要請し緊急放流を行うが、情酵素は水門に設置されている高性能フィルタにはじかれてダム内に残ったままだった。
水位上昇を根本から止めるには全ての水を放流し情酵素を取り除く必要があったが、生活用水の40%をダムに頼っているため現実的な手段ではなかった。
乾季が終わりに近づいた頃、再び水位上昇がはじまる。前回の放流でダム内の暗素濃度が高くなり、水位は前回よりも速いスピードで上昇していった。

***
トム手術が終わるまでの間、父親は待合室でぼんやりとテレビの画面を眺めていた。
――終われば、再び少年に幸福を与える”義務”がある。
少年の笑顔が彼の脳裏に浮かぶ。10年前の転落事故以降、トムを開発した心療研究センターでは水位上昇を防ぐため様々な方法が検討された。
最終的には明素を含む記憶チップを集約した”柱”をダム内に建設し決壊を防ぐ案が採用されることになった。明素と暗素の相互分解で、中素化させることが狙いだったが、幸福な記憶を提供してくれる人物がいるはずもなかった。そこで孤児院に引き取られた幼い子どもたちに白羽の矢が立つ。
そしてセンターの職員たちが赤ん坊を引き取り、幸せな記憶を持つように育てることになった。

天気予報の最後にダムの貯水率が表示された。
――俺たちは、”正しい”ことをやっている……この地区を守っているんだ。
自分にそう言い聞かせながら、彼は手術が終わるのを待ち続ける。【了】

文字数:1191

内容に関するアピール

▲テーマについて
「ダムの水量」が増えていく物語を設定しています。
ダムの水は地域に住む人々の生活を豊かにする一方で、あるラインを超えてしまうと逆に人々の脅威になります。このバランスを調節しようと奮闘する部分に物語の魅力が出せればと考えています。

▲補足
情酵素:例えば、暗素記憶であっても過去のトラウマなどを克服し、マイナスな感情の記憶でなくなっていた場合、情酵素も更新されるというようなイメージをしています。
子どもたち:大人より子どものほうが高い幸福度を感じるということで、センターの職員たちは孤児を引き取り育てることになります。ある程度の年齢になるまで、子どもたちは定期的にトム手術を受けて記憶を移転させられています。

文字数:308

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幸せな子どもたち

「あの大きい柱、パパが考えたの?」
「そうだよ」
「すごいね! かっこいい……はじめてみた!」
島の西に位置する第6ダムは、大雨の度に氾濫を繰り返した湖が十数年の工事を経て建設されたもので、淵に段丘のような人工浅瀬が造られていた。大雨に備えた予備放流後の何日間は潮が引いたような浜が表れ、期間限定のビーチが島民たちの遊び場の一つとなっていた。ダムの中央辺りにはアクリル状の透明な柱が建っている。私は人工浅瀬を息子と歩いていた。水面に曇天の青が映っていた。突然、彼は笑みを浮かべながら水面を蹴った。
「こら、止めなさい」
声をかけると息子はさらに嬉しそうに笑い声をあげた。
息子は靴が濡れるのも気にせずダムの浅瀬に入っていくと、今度は両手で私に水をかけだした。ポケットのなかの財布が濡れたことに気付いたが、全く怒る気はなかった。波紋や水飛沫が私たち2人の周りに溢れたが、息子がいたずらに飽きて浅瀬から上がるとまた元の水面に戻った。空は雲が濃くなりはじめていて、いつ雨が降り始めてもおかしくない様子になってきた。人工浅瀬は雨が少しでも降ると立ち入り禁止になる。雨は降りはじめると短時間でダムの水位を上げてしまうからだった。
「そろそろ行こうか」
息子の手をつかんだ。彼は私の手を強く振りはらった。
「いやだ」
「エルカロ、もうそろそろ時間だ」
「いやだ! いきたくない」
駄々をこねる彼を諭そうと私は空を指差した。
「ほら、みてごらん。雨雲が近づいている。濡れたら風邪を引いちゃう」
「……わかったよ。また来ようね」
息子は渋々納得し、小さな掌で私の手首を握った。車に乗せて発進すると、疲れていたのかエルカロはすぐに眠った。私は息子と通っているこの道が苦手だった。

病院に着くと、慣れた様子で問診票を記入する。夕方の病院は人がまばらで静かだった。
「時間はどれくらいかかりますか?」
「大体、いつも通りだと思いますよ」
「そうですか」
私が書類を記入している間にエルカロは看護師に案内され処置室へと入っていった。
「それじゃ、少しだけ目を閉じて。すぐ終わるからね」
医師は、簡易ベッドに横になったエルカロに優しい声で話しかけた。エルカロは”お掃除”と呼ばれる治療のために病院に来ていた。病院はあまり好きではなかった。はじめて受けるお掃除も何故か厭な感じがしていた。
「お掃除って痛いの?」
「そんなことないよ。少し眠るだけ。昼寝と一緒さ。目覚めたときには全部終わっている」
医師は吸引マスクを少年の口元に装着する。
――少し眠るだけ……
エルカロは麻酔ガスが苦手だと思った。甘ったるいくせに、妙に爽やかな臭いがする。それが嘘くさく感じた。
――昼寝と一緒……
彼は気をまぎらわせようと、さっきまで父親といたダムのことを思い出した。

蹴り上げた水、はにかみながら顔をしかめる父。
跳ねていた水は頭のなかで少しずつ重くなり、ねっとりとしはじめる。
それが皮膚に貼りつくと、水滴が取れないのではないかと思う。
自分の想像のなかでエルカロは、水たちが絡みついてくることに恐怖を覚えた。
最初は蹴り上げた足先から。
そして跳ねた水飛沫たちは磁力で引きつけられる砂鉄のように彼に群がった。
やがて身体は水たちに飲まれ、ダムのなかに吸い込まれていく。

――全部終わっている……
エルカロは父親に助けを求めようとした。しかし手足は既に彼の意識を離れ、叫ぼうにも喉を動かすこともできない。そこから先のことを思い出すことはもうない。
少年が眠りについたことを確認すると、医師たちは手術室にエルカロを運ぶ準備をはじめた。父親は手続きを済ませると、待合室のソファに腰を下した。

***
「ペットが自分の言葉を理解していると思ったことはありませんか?」
心療研究センターの開発員として勤務するカミュイは理研の発表会見で、集まった記者たちに語りかけた。
「例えば、“ご飯”と発すると返事をして近寄ってくるといったようなことです。インターネットの動画で何度か観たことがあるでしょう。可愛さのあまり私たちは、まるで言葉が通じているように思います。しかし実際には当然ですが、動物が人間の言語を理解しているわけではありません。先ほど例に挙げたご飯という言葉を一つ取っても、世界中にはいくつもご飯を意味する言語が存在します。それら全てを知ることは人間にだって難しい。しかし動物たちはあたかもそれらを理解しているかのような反応を示します。これは言葉の意味ではなく関連性を理解しているからです。簡単にいうと、ポジティブやネガティブな空気を読んでいるということです。動物が空気を読むというのは、変な風に聞こえるかもしれませんが、要は危機察知や回避の能力のようなものをここでは意味しています。野生でも敵が迫って来ると特定の音を発する場合がありますよね、これは動物同士で自分たちにとって危機であるネガティブな音を認識しているということになります。ペットは飼い主の発するご飯を意味する言葉の音が、自分にとってポジティブな、利益のある音の響きであると記憶し近寄ってくるのです。自分にとって得があるか、あるいは危険なのか。そういう意味でのポジティブやネガティブな空気をペットたちは感知しているのです」
彼はスクリーンにメディア向け資料を映した。
「実は記憶も似たような性質を帯びています。”記憶する”ということは、まず脳内の海馬と呼ばれる部分がオンの状態になり、そこに一時的に記憶を保管します。その後、本当に記憶をする大脳皮質部分がオンに切り替わり、海馬がオフになり記憶の移転のようなことが起こる。ここまでいくと、私たちは”記憶する”ということになります。海馬に仮で記憶し、大脳皮質に持っていって本当に記憶するということです。そしてこれまで、記憶の移転が行われた後の保管先について、ざっくりと大脳皮質であることはわかっていましたが、具体的にどの部分かまでは判明していませんでした。そして今回、私たちの研究で記憶は大脳皮質に明確に保存されているわけではないということがわかりました。実際は、記憶がプラモデルの部品のように幾つかに分解され、大脳皮質の各細胞たちにその断片を持たせていたのです」
カミュイはペットボトルの水を一口飲んで、次のスライドへと移った。
「記憶を思い出したときにぼんやりとしたものになるのはそのためだと思われます。再現時に記憶の一片を持つ細胞たちが必ずしも全て存在しているとは限らず、また分解した順番に再構築されているとも限らないからです。しかし、思い出したときに全く異なる記憶がある訳ではありませんよね。これは記憶に幹とでも言うべきいくつかの核の集合体があるからです。この“記憶核”に関しては失われることのないまま存在しています。要は記憶の土台です。記憶の再現とは、土台となる記憶核の上に大脳皮質の細胞たちが積み重なってできる柱のようなものです。そして、この記憶核を構成する要素にはいくつか種類があり、その一つが“情酵素”と呼ばれるものです。これは記憶には体験したときの感情に応じて付く3種類(プラス、マイナス、N/A)のバッジのようなものであり、それぞれ明素、暗素、中素と呼ばれています。情酵素は側頭葉にあるもので、記憶を保管するときの主観によってざっくりとポジティブか、ネガティブかタグ付けをするものになります。記憶というのはその時の環境や心理状況に大きく左右されます。例え出来事をネガティブなものとして記憶していても、思い出した時もネガティブなままかどうかはわかりません。もし辛い過去を克服し、ネガティブな記憶でなくなっていたら再現時に記憶核の情酵素も更新されるというような形です」
スライドでの説明を終えたカミュイは、ケースからチップを取り出す。記者たちが一斉にカメラをかまえた。
「このチップをご覧ください。ここには被験者の記憶の一部が保管されています。当センターでは情酵素のなかでも、暗素に反応する電気信号を発見しました。そして、反応した記憶を別媒体に保存させることに成功したのです。記憶移転技術”TOM(Transfer of Memory)”の実用化に向けた第一歩です」
フラッシュがたかれるなか、記者の一人が手を挙げた。
「取りだした記憶は、いわゆる記憶喪失のような形になるのですか?」
「そうですね、そういうことになります」
「では、仮に嫌な記憶を取りだしたとしても、誰かがそれを本人に話すことで再度記憶が作られるというようなことが起こりうるのではないのでしょか?」
カミュイは少しの間、黙った。
「そうですね……例えば、2週間前の昼食に何を食べたか覚えていますか?」
「いえ」
「では、友人がその時一緒にピザを食べたと言ったとします。しかし、後日財布からレシートが出てきて、実は一緒に食べていたのはハンバーガーだったことが判明する。その時、どう思いますか?」
「いえ、特には。ああ、そうだったんだとしか……」
「TOMによって取り出された記憶は、取りだした記憶が、その時の昼食はピザなのかハンバーガーなのかという認識に変化するようなものです。つまり正しく思い出せなかったとしても別にいいものへと変化する。取り出された記憶は、その後に第3者などの話によって取り出した部分を再度埋め合わせたとしても、明素、暗素どちらでもないN/Aの情酵素となっている為、その部分が大したことではないものだと思うようになるのです。それは一種の人間的成長、乗り越えたということです。思い出したくもないような記憶が、長い人生を過ごしているといつのまにか乗り越えていることがありますよね。その時は思い出しても辛くは感じない。TOMはそのような働きを間接的に助けてくれるのです」

TOMは、その後さらなる研究と実現化に向けての整備が急速に進んでいき、具体的な記憶の特定や判別も可能となった。取り出した記憶の所有権そのものは本人に帰属し、必要であればいつだって戻すことができた。その際に大きな手術とならないように、チップは記憶酵素と反応するとリキッド化するように開発された。これにより液体化したチップを脳内の記憶核に注入すれば元に戻ることが可能になった。銀行の預金と同じように記憶はいつでも引き出せるものになった。TOMが施行されると自殺率や精神疾患は次第に減少傾向をみせはじめた。一年もすれば、記憶を取り出すことは珍しいことではなくなった。それでも頑なに辛い記憶を持ち続けることはタンス記憶と呼ばれ、やがて人々は歯の検診に行くように定期的に記憶を取り除くようになった。
実用化に向けて一番の問題点となったのは、取り出すことではなく、記憶を戻す場合だった。記憶とはいわば究極のプライバシーであり、それを本人以外の第3者が強制的に戻すことは許されるのかということだった。例えば犯罪者がチップに記憶を保存していた場合、犯罪者はその記憶が欠如しているため自覚がない。その場合、捜査のためにチップを脳内に戻し記憶を復元させることは人道的に許されるのか。また幼い子どもや病を患い判断能力が乏しい人の場合、どこまで第3者の介入が許されるのか。それらについては様々なケースが想定されるため、明確に条項が規定されることはなかった。結局、時々の司法判断に任されることになり最適解は先送りされた。裁判所の判断が下りれば警察は記憶の再生が可能となっている。その一方で申請者の親族による再生はいかなる場合でも不可能となった。そのため、記憶の移転時には、申請者の判断能力が乏しいと診断された場合は親族など証人となる第3者の同意が必要となった。TOMの登場でPTSDや過去のトラウマを克服する必要は無くなった。ただ取り除けばよい。チップに移動させることで人々は嫌な記憶を取り除くことができ、悲しみから解放されることになった。施行から何年か経つと、まがいものの劣悪な記憶移転技術が出回るようになった。そのためTOMは法で管理されることになった。対象となる記憶は編集やトラッキングをされないようにチップ移転時にロックを掛けることが決まった。これによりチップのコピーやクラウド上での保管は不可とされ、行政の認可を受けた専用の物理的な保管庫で貯蔵管理されていた。

記憶チップを積んだ配送用トラックが保管庫に向けて順調に進んでいた。島の保管庫がある施設は、第6ダムを囲む道路から登った山の上にある一か所のみだった。運転手の男は窓ガラスを下げ、腕を車外に伸ばす。蒸し暑い南国特有の湿気が彼の右腕にまとわりつく。靄が濃くなり、運転手はヘッドライトを点けスピードを緩めた。突然、スコールが降りはじめた。雨季真っ只中の島ではよくあることだが、ダムの周りに発生している靄の影響で、男の視界は一層狭くなっていた。彼は面倒くさそうに舌打ちをしてから窓ガラスを閉めた。咥えていたキャンディーの棒をドリンクホルダーの空き缶に投げる。
運転手の視界に突然、人の影のようなものがみえた。空き缶から顔を上げたばかりの運転手はそれがただの樹であることを見定めることができず、慌てて急ブレーキを踏んだ。靄がかかると辺りの路面は滑りやすくなる。ダムの水分を含んだねっとりとした蒸気のせいだ。急ブレーキとともにハンドルが取られ、そのままトラックは側溝から乗り上げた。木々の折れる音が靄のなかに響き、トラックは岩肌に何度かぶつかりダムへと転落した。

センターの技術主任となっていたカミュイは、貯水局からの要請で第6ダムへと向かっていた。ダムに沿って湾曲して作られた道路には、半年前のトラック転落事故以降に設置されたガードレールの反射板が光っていた。島では3、4ヶ月毎に雨季と乾季が入れ替わり、乾季に入ると強い日照りとともに水不足が続く。そのため雨季の貯水は重要な問題だった。ダムはいくつかあったが、第6ダムは島内で使用する水量の40パーセントをまかなう巨大なものだった。晴れた日には対岸をかすかにみることができるが、その広さのために少しでも天候が悪くなると一面に靄が張る。ダム周辺一帯は静寂のなかにあり、鳥のさえずりが時折聞こえた。
ダムで最初に異常が見つかったのは3か月前、乾季にも関わらずダムの水位が徐々に上昇していることだった。数年前から島では雨季と乾季が不安定な周期を繰り返すようになり、一昨年は乾季が半年以上続き深刻な水不足に直面した。以降、貯水局では過去の記録や衛星からのデータを元に、雨季乾季の予報を作成している。天気予報でもダムの貯水率を放送するようになった。降雨量の予測が年々難しくなっているのは事実である。それでも大原則がある。雨が降るから水位は上がる。しかし乾季に入って数か月、雨は僅かも降っていなかった。調査を開始して2週間が経っても原因不明の水位上昇は変わらず、このまま対策を取らなければ雨が降らずとも貯水限度ラインを超える可能性があるとのシミュレーション結果が貯水局側で算出された。第6ダムでは事前放流の準備をはじまった。それまで貯水局では、年間計画に基づいた予備放流のみを行っていたが、初めて事前放流を実施することになった。下流地区の住民の避難と交通規制を行い、最低限の貯水率まで水位を下げる事前放流が行われた。それは島にとって大きなニュースで事前放流の際は報道番組による生中継も行われた。しかし、その後も水位上昇は収まらず、寧ろ事前放流前より高い上昇率を示していた。貯水局はダムの全面的な点検を行ったが原因究明には至らず、同時期に起きた転落事故に原因があるのではと考え、研究センターに調査依頼を出していた。

カミュイは第6ダムに着くと、管理部の若手職員が運転するゴムボートでトラックが転落した場所まで向かった。水位上昇と直接関係があるかは不明だったが、記憶酵素は水に溶ける性質がある。転落時にダムに溶けている可能性は十分にあった。調査のサンプル用に水を採取すると、対岸の方へ向かうよう指示した。最も離れた場所の水と比較するためだった。
普段は外からみているダムだったが中からみると、よりその巨大さが際立った。これを人工的に作ったのだと思うと感動すら覚えた。

センターに戻り、採取した水を検査に回した。当時の現場調査員による最初のレポートには確かにチップ紛失の記述があり、水中で溶けている可能性があると記載してあった。しかし、その報告書は手続きで部署を転々としている間のどこかで消えていた。意図的に削除されたのか、単に漏れたのかはわからない。ただ最終提出された事故の検証結果にチップ紛失の記載はなく、そしてその報告書に貯水局と行政側とセンターの捺印がされている。書類としての不備はなかった。
転落時にチップがダムに溶けたというのはほぼ間違いないだろうとカミュイは思った。しかし彼が気になっていたのは、それが水位上昇と関連しているのか、もしそうなら何故放流後もその割合が増えているのかということだった。事前放流によって水が排出されていれば、暗素を含む水の量は減る。そうなると水位上昇は起きなくなる、あるいはその割合が減るはずだった。
翌日、結果が出た。陰性。暗素があるという反応だ。記憶酵素は自然には発生しない、やはりチップはダム内に溶解している。しかし、事故の発生した場所と反対側の水からも暗素が検出された。それは不可解だった。転落した際の記憶チップに含まれる暗素の量と釣り合わない。その後、第6ダムの様々な場所でランダムに採取した水からはどれも暗素が検出された。
つまり、ダム内では暗素が増えていることになる。
この結果に貯水局側は不安になっていた。島のダムでは雨季に降る雨で生活用水の大部分をまかなうため、水の安全性にかなり慎重になっている。暗素の溶けた水が人々に何かしら悪影響を及ぼすのではないかということを一番気にしていた。
「安全性に問題はないのですか?」
「ええ、フィルタのおかげです。ダム内には暗素を含む水がありますが、生活用水には全く含まれていません」
調査結果のフィードバックを受けた貯水局の担当者は少し安堵したようだった。暗素の流出を防いでいたのは、放水門前に設置された高性能フィルタたちだった。フィルタは網内部からあらゆる不純物を跳ね返す音波が放出されている。これによりダムの水質チェックそのものは不要になっている。雑な言い方をすれば、どのような水であってもフィルタが守ってくれている。
しかし、細かい調査を行っても相変わらずダムの水が増えている理由はわからなかった。
――どうやって水位上昇しているんだ。これが乾季だから何も起きていないだけで、もし今が雨季だったら……
カミュイはダムを眺めながら、これほどの水がコントロールできず決壊でもしたらと思うと恐怖を覚えた。

カミュイの報告を受けて開かれたセンター内の会議は重たい空気に包まれていた。水位上昇に記憶チップが関わっていること、そして何より最上級のプライバシーとされている記憶を紛失していることが公になると、センターにとって大きすぎる過失だった。
「何故水位は上昇しているんだ?」
「フィルタで弾かれた記憶酵素はダム内に残ります。水位上昇率が放流後に上がっているのはその為と考えています。要は記憶酵素の濃度が濃くなっているのです。酵素は環境の変化に強いので、ダムに上手く適応しているのだと思われますが、何故適応しているのかは、正直なところわかりません。そもそも適応という言葉を使うこと自体変ですが、暗素が増えているのは事実です」
「例えばダムの水を全て破棄すれば解決するのでは?」
「あまり現実的ではないかと。島の40パーセントをまかなっている水を捨てるということになります。乾季にそんなことはできませんし、市民生活や水力発電にも影響がでるかと」
会議室は静まり返った。しばらくしてカミュイが口を開いた。
「一つ考えがあります。中和反応の利用です」
「中和?」
「ええ。ダムのなかの暗素そのものは無くすことは出来なくても、上昇率を抑えることが出来るかもしれません。明素記憶を埋め込んだチップをダム内に溶けさせれば上手く水位を抑えることができる可能性はあります。間接的に打ち消す作業です」
「プラマイゼロということか」
「簡単にいうとそういうことになります。暗素と明素はそれぞれ相対的性質を持っているので。うまくいくかはわかりませんが、明素記憶を埋め込んだチップの集合体をダム内に沈め、そこで起こる電解反応で水位上昇を抑えることはできるかもしれません」
提案してみたものの、カミュイには本当に上手くいくかどうか全くわからなかった。それにあの水量に溶けた暗素記憶を中和する明素記憶など現実的に無いに等しい。これまでの研究で暗素記憶は明素記憶よりチップの容量を多く占めることがわかっていた。つまりあのダムに溶けている以上の明素が必要だった。何よりこの計画を実行するには、誰かの記憶を捨てなければならない。
「まだ問題があります。暗素と明素を比較した場合、暗素の方がより強く定着率も高い。これは辛い記憶の方が脳に残りやすいことと関係しています。例えばダム内にある暗素記憶が100だとします。打ち消すには明素記憶を100以上投入し続ける必要があります。それに暗素記憶は容量が大きく、同じ場所でストックすると明素記憶の容量も侵食していきます。大脳皮質内で両記憶が分けて保存されているのもそのためだと思われます。単純なプラマイゼロとはならない」
「そんなの……」
「第6ダムの機能を維持させつつ、上昇率を抑えるには明素記憶は定期的に投入し続けなければならない。それに記憶は主観的なものなので数値化が非常に難しい。例えば失恋したというネガティブな記憶が人によって30の場合もあれば100のときもあります。記憶は主観のまま保存されますから一概に数値化できないのです。ダム内にどれだけの暗素があるのかは正直わかりません。それに、これが一番の問題ですが、誰の記憶を犠牲にするのかとうことです。暗素記憶を破棄したい人はいても明素記憶を捨てたい人はいない。まずその記憶を提供してくれる人を見つけること、そしてそれがダムを覆い尽くす暗素を打ち消すほどの幸福でなければならないのです。これはあまりにも難しい」

最終的に表向きはダムのモニュメントとして、明素記憶のチップを埋め込む柱をダム内に建設することが決定した。鏡面パネルを組み合わせた3角錐は光を水面に反射させ、ダムの水をきらびやかにみせた。どこか神秘的な柱は人々の関心を引くのに十分なものだった。柱の内部にはチップを格納する貯蔵庫があり、そこで記憶を複製できるようになっていた。心療研究センターは柱の建設される一年以内に、明素記憶を提供してくれる“生け贄”を探さなければならなかった。

***
待合室に設置されたテレビに映る時刻を何度も見上げる。手術を待つ時間はいつも苦手だった。もう何度目の記憶移転だろうか。
――幸せな記憶を作るように選ばれた子どもの一人、エルカロ。
私はエルカロと初めて会ったときのことを思い出していた。

「ほら、お父さんだよ」
孤児院の職員が赤子をあやしながら、私の両腕にゆっくりと乗せた。自分の指を小さな手が掴んだとき、これまでに感じたことのない感覚を覚えた。しかし直ぐに、この赤子がこれからたどる人生を思い憂鬱になった。赤子の目は顔の面積と比較すると大きく、真っ黒な瞳に見つめられると苦しくなった。
センターで実施した調査で最も幸福度を得られるのは“愛情の注がれた子ども”であるという結論が出た。大人と子どもの幸福度を比較すると持続性の項目に最も大きな開きがあった。大人の幸福が短時間で失われるのに対し、子どもは一つの幸福を長く感じ、さらには反芻する場合もあった。また、それはコストの面からも良い結果だった。金銭的コストと幸福度の関係を比較した場合、子どもの方が経済的負担も少ない。
センターは孤児院からまだ記憶の定着していない乳児たちを引き取ることを決定した。法律上もTOMの手続きの上でも、職員の誰かが親であれば問題はない。センターが孤児の引き取りを決定した時点では、今思えば不可解なことだが私は何も感じなかった。しかし実際にエルカロと出会い、過ごす時間のなかで変化が起きはじめた。はじめてエルカロを風呂に入れたときのことだった。赤子は体積が小さいため、同じ人間であっても大人と同じように考えてはならなかった。適切な温度である38から40度になるようにタライに移した湯に温度計を挿して適温を待った。その間にエルカロの服を脱がし、足から順番に湯へ浸けた。エルカロは驚いたのか急にぐずりだした。その後、何度か湯を足し直し温度計をみながら試しても機嫌は戻らず仕方なく服を着せた。せめて足だけでも洗おうと思い、湯に浸けると嫌がらなかった。そのままエルカロを湯に入れ、そのなかで服を脱がせた。エルカロは笑いながら足をばたつかせた。跳ねた湯が服を濡らしたが嫌な気は全くしなかった。

はじめて明素記憶の移転手術を行ったのは、引き取ってから半年後だった。退院して戻ってきた息子は”新品”そのものだった。確かにそれはエルカロだった。だが、あの時間を共有した、風呂に入ることをぐずった子じゃない。私はそう思った。そして、はじめて自分たちのしていることの恐ろしさを実感した。それから何度かセンターに他の方法を再度検討するべきだと提言した。しかしまともに取り合うことはなかった。
「君にはあの子を”幸せ”にする義務がある。わかるな。そのためには経費がかかっても構わない。これはセンターの存続が関係しているんだ。それにTOM開発チームの君はセンターだけではなく、世間のヒーローだ。TOMは何人もの自殺志願者を救っている。海外では退役軍人の治療にも有効だと広がりはじめている。その名に傷をつけたくないだろ」
上司との面談ではわかりきった回答しか返ってこなかった。
「よく考えたまえ。孤児院に捨てられた子どもが何不自由なく、なんなら平均より裕福な生活を送れるんだ。それだけで十分な”幸福”だろ。それに幼少期の記憶はほとんどの人間が曖昧だ。君だってそうだろ。幼児のときに何をしているかなんて誰も覚えちゃいない。いいも悪いもないんだ。だからあの子たちの人生にも大した影響はないさ」
幸福とはそういうものではない。しかし私はなにも言い返すことができなかった。はじめたのは私なのだ。

私は一度TOMを使ってエルカロとの記憶を取り除いたことがある。8回目の手術の時だ。本当にすっきりした。そこに悲しみの感情は無い、本当に無くなっていた。記憶を一旦外へ持ち出すことは、例えいつでも戻せるとしてもやはり何かを失うことだった。一度出してしまえばそれを戻そうと人は思わない、放棄してしまう、無かったことにしてしまう生き物だ。それからは自分の涙をみるたびに思った、TOMで悲しみを取り除くようになった分、耐えることに私たちは弱くなるのだ。悲しみとは最大の共感だ。それを失うと、人ではなくなる。
テレビでは天気予報が流れていた。
「続いて本日の水位情報です。来月初旬から訪れる予定の乾季を前に、島内のダム貯水率は90%を維持しており、乾季到来後も問題なく使用できる見込みが立ったと貯水局から……」
ライブカメラの映像に切り替わり、ダムが画面に映る。月に照らされた水面に光が広がっていく。奥には夜の暗がりのなかでライトアップされた柱が堂々とそびえ立っている。
柱を設置し数年が経過し、水位上昇率は次第に緩やかになっていた。もしかしたら水が私の悲しみに共感して泣いてくれているのかもしれない。そんなあり得ないことが頭に浮かぶ。センター上層部は安堵し、チップの溶解問題を解決すると、それまで慎重に進めていたTOMの拡大計画に力を入れはじめた。国内でTOMを一度でも利用したことのある人々は8割となっていた。
年齢が上がるにつれ、エルカロの幸福度は少しずつ下がっていた。それでも一般的な成人に比べればまだまだ高い幸福度だったが、センターではエルカロの明素記憶の容量に不満の声が上がりはじめていた。もう数年も使用しているのだからそろそろ替えどきでは。そんな声が前回の定例報告会で上がった。
エルカロは人間だ。劣化したのではなく成長しているのだ。だが同時にセンターがエルカロをどうみているかもわかっていた。恐らくセンターはその内、次の子どもたちを探しはじめるだろう。

手術が終わり病室で眠っているエルカロは本当に幼い、無垢な表情をしていた。医師からは取り出せる明素記憶の量が格段に下がっていると報告を受けた。ベッド脇の椅子に腰掛け、渡されたデータを眺める。取り出せた明素の数値は上層部を再び落胆させるだろう。
目覚めたらまた最初からだった。この子の記憶は半永久的に囚われたまま、ダムをさまようのだ。ただ、それでも寝顔をみていると早く目覚めて欲しいと思う自分自身がいた。この子には幸福になってほしい。そして幸福であり続けてほしい。シーツからはみ出た掌に触れる。手もだいぶ大きくなった。手を握ると温かい、彼はきちんと生きている。エルカロは生け贄ではない。この子はまだ何も知らない。犠牲者ではなく被害者であろう。私はエルカロのために何をした、何をしてきた。私はエルカロを愛している、血は繋がっていなくても私たちはいつの間にか親子となっている。
「エルカロ、お父さんだよ」
まだ起きない我が子を抱え、病室を出た。次に目覚めたときは消えない記憶を与えることを覚悟しながら。【了】

文字数:12012

課題提出者一覧