アゲイン64

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梗 概

アゲイン64

1964年

東京オリンピックの会場の一つで客席が崩壊する事故が起きた。現場にいた観客の一人ヒガシ・ゼンジロウが死亡した。ヒガシ・ゼンジロウは当日、息子のタカオとに会場にいた。二人はともに事故の起きた競技場の建設を行った会社に勤めていた。瓦礫の下敷きになったゼンジロウを救出しようとタカオや周りの人々はコンクリートをどかそうとしたが力が足りず、救助がきたときにはゼンジロウの息は絶えていた。

2017年

東京オリンピック開会式のオープニングを行うプロジェクトにサトシはたずさわっていた。オープニングセレモニーではロボットがダンスを踊る予定になっており、彼はそのロボットのダンスをプログラムする仕事を任されていた。オープニングを行う場所は1964年に事故のあった競技場で、老朽化した競技場を建て直すために周辺の住民の立ち退きと区画整理が進んでいた。しかし、住民の一人ヒガシ・タカオは立ち退きに反対し居座り続けていた。ここ最近、サトシは仕事が終わると自宅のマンションではなく郊外にある実家に毎晩のように帰っていた。彼の父親を説得するためだった。サトシの母親が数年前に亡くなり、父親のヒガシ・タカオは古い一軒家に一人で住み続けている。サトシは自分のマンションに同居させようと考えていた。タカオ自身も病気持ちで一人で生活させておくことに不安を持っていたこと、そしてオリンピックの仕事の妨げになるからであった。タカオはゼンジロウの死後、身一つで家族を養ってきた。その自負から、汗を流さないサトシの仕事を軽蔑していた。そのこともあり、サトシの提案に頑なに反対していたが、ある日心筋梗塞で倒れて入院した。その時にサトシは実家の売却を進めた。

2020年

東京オリンピックの開会式。サトシは新しく建設された「東京競技場2020」にいた。オープニングの行われる舞台の裏でダンスを踊るロボットの最終調整を行っていた。タカオもテレビでその模様を観ていた。

五つの輪がステージの上から吊るされていて、その舞台にダンサーの男が出てきた。音楽が鳴り、男が踊りだす。そのタイミングでサトシはダンスロボットを起動させた。ステージに吊るされた五つの輪が舞台上に落ち、それぞれの輪が外れ、一つの棒となった。そこから両手と両足が出て立ち上がった。五体のロボットが起動した。男に合わせて五体のロボットが踊りはじめた。そして終盤、五体のロボットは男の両手と両足と背中に貼りつき、五体と一人は一体となった。男はステージから飛びあがり舞台と対岸にある聖火台に降り立った。そして聖火を灯しオープニングセレモニーは終わりをむかえた。その時、聖火台の下で爆発が起き、コンクリートの壁が競技場内に落下した。

 

1964年、再び

事故の起こる半年前、競技場の完成は目前に迫っていた。しかし、不発弾が競技場の下にあることがわかった。処理をするには一度競技場を解体してから行わなければならず、政府は完成の遅れを認めず不発弾は黙認された。

 

2020年、再び

1964年の落下事故、2017年からの工事で振動が蓄積した不発弾は開会式に爆発した。

聖火台から落下したコンクリートの壁をサトシのロボットが支え、観客を守った。

「サトシ、お前のロボットは人々を救った。しかしコンクリートの下に親父はもういないんだ。今が1964年だったら」

中継をみていたタカオはそう漏らした。

文字数:1388

内容に関するアピール

これまで自分自身が小説を書いていて/読んでいて「驚いたこと」を考えると、突飛な世界観やまるで未来を予見していたような想像力のある作品に魅かれてきました。

今回の課題が出たときに自分がこれまで驚いてきた「違った世界の少し先の未来の話」を考えてみようと思いました。

設定は東京オリンピックを選択し、開会式に向けて1964・2017・2020年の三つの年代からアプローチをしていき、三世代の話が2020年の開会式のなかで一つに収束していくことを考えています。

実作でのオリンピック開会式と現実の開会式でなにか共通するものがあるという「驚き」への期待を込めて書きたいと思っています。

 

文字数:284

課題提出者一覧