廻る大間さん(仮)

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ネーム

廻る大間さん(仮)

ネームに関するアピール

『「マンガ何か?」を証明するあなたなりのネームを提出してください』という課題を受け取ったとき、「証明」という言葉の仰々しさに少し腰が引けましたが、私はこれを『「自分なりの描きたいマンガ」を示せればいいということなのだろう』と、ゆるめに解釈しました。

自分なりの描きたいマンガ

「マンガ」とひとくくりにしても様々な形がありますが、おおよそどのような形であれ本懐は「バラエティ」であるのがマンガの使命だと感じます。もっと雑に表現すると、つまりマンガとは「面白いもの」。例えば、漫画「カイジ」は説教臭い描写が多々あり、登場人物による教訓的で耳の痛いセリフが非常に有名ではあるものの、大筋は主人公がギャンブルで破滅し、最終的に首の皮一枚繋がって危機を脱するカタルシスを描いたバラエティです。

バラエティに意味はあまりない

マンガの意味は読者の理解に委ねるもの。あくまで「裏に隠された何かを読者が感じ取って下さったら幸せ」というスタンスで、マンガ自身が殊更に意味を主張しているものはあまり見かけません。意味の全く無いマンガというのもなかなか存在しませんが、意味ありげな言葉を散りばめて最終的にさほど意味がないマンガもあれば、読者の理解力の多寡に応じて理解の到達点を多数用意している精巧に練られたマンガもあり、みな共通して言えるのは「意味なんてものは置いておいてまず読者を楽しませられるか」を重要視しているということです。例えマンガの『意味』が分からなくとも、読んだ人それぞれになにか『意味』が残るもの――理想を言えばそんなマンガが一番マンガらしいのかも知れません。

大間さんのペットボトルキャップの行方は、如何に。

理想はさておき、そういうわけで、自分なりのアンサーとしてのマンガはこのようになりました。マンガの使命、果たせていますでしょうか。

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