作品プラン
自らの存在を見つめ直し、自分は何であるかを表現する、という独り言
エンブレムというと、ブランド最盛期を通過してきた私は、すべてのものが光り輝いていたあの80年代をつい思い出してしまうのだが、そんな胸を張って誇れる何かが今の自分にあるだろうか。むしろそういうものを捨ててここにいる気がする。
自らの存在!?今でもいろいろなことが私の周りでは絡み合ってぐるぐる動いているので、自分の存在も実に不安定で怪しい。病気をしてから人生の設計を立てるのもやめてしまったので、常に今どうしているかでしか自分を語れない。
主婦という規格の中にギリギリ収まっているのは自分でも最近すごいと思うようになった。少々難あり。周囲はいつも雑然としている。生後9ヶ月の時に家が土砂崩れで全壊した。被災児であるせいか、いつも何かに不安であり、周囲に対して良い子癖が抜けず、誰にも頼れない。クロスドミナンスで吃音・左右盲という十分すぎるお荷物付きで人生を送ることになってしまったのは母のせい。美術を諦めたのは17歳の時。30歳の時に友達が死んだので人生2倍生き抜かなければと思っている。自らが母性の鎖にがんじがらめに繋がれて随分生き方を歪めてきた(それは今でも続いている。)のに、自分もまた過剰な母性で息子や夫を縛ろうとするので家ではうざがられている。自分のことには疎いので気付けば免疫異常のレッテル付き。痛みは友達。心も体も自己を攻撃してしまうようにできている。
そんな私の存在を認めてくれている人は3人。夫と息子と12歳の時からの友人。世の中に3人の理解者がいればそれで人生は乗り越えられるとずっと昔にシスターが言っていた。私は大丈夫だ。でも彼らはエンブレムというわけではないし。
それでは、自分は何であるか?私は今は絵を描く人間である。描かずにはいられない衝動があって、ひたすらその欲求を満たすためだけに描くことがある。そんな時、私にはそこに何が描かれているかという事実より、描くという過程・描くという時間のほうが重要なのだ。しかしそこに残るものは何なのだろう?他人に理解されなくて良いのか?私は「アーチスト」である。と言いつつも、発表の機会も極力少なくして来た。「アーチスト」になりたくてここに来たはずだったのに。でも何でそう呼ばれたいのだろう。単なる承認欲求だけなんじゃないか?「もう十分ではないか。この上何を手に入れようと?」と、闇からは囁く声がして、私を絡め取ろうとする。
いつまでも何かを言い訳にウジウジと外に出ずにいるのは、私にはアーチストとしてのウリがないからだ。でもウリを作ることはそこで足をとめてしまうことにならないか?
結局、話は壊れてきて、今夜も結論は出ずじまい。時間切れ。エンブレムからはだいぶ離れてしまったし。
<キーワード>
破壊と矯正。クロスドミナンス。免疫異常。雲間にこたつみかん。植え忘れた何かの種。
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