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「テン年代」から逆照射する平成――批評家落合陽一について

続『ニッポンの思想』

今回の論考では「ニッポンの思想」において「テン年代」は「落合陽一ひとり勝ち」であるという認識に沿って、歴史の流れとは逆向きに「平成にとって批評とはなにか」を照らし出すことにする。これは言うまでもなく佐々木敦『ニッポンの思想』における「ゼロ年代」は「東浩紀ひとり勝ち」であるという認識を継承した上で、時代に沿ったアップデートを試みるものである。

しかしここで当然ながら以下の二つの疑問が立ちはだかることになる。

  1. 平成年間は1989年〜2019年の約30年間であるにも関わらず、「テン年代」に焦点を絞ることによって平成の全体像を描くことは可能なのか。
  2. 落合陽一は一般的には批評家と名乗っておらず、むしろ批評や批評家の存在自体に否定的な態度を取っている。そんな彼が何故批評において「テン年代」を代表するメイン・プレイヤーたり得るのか。

1については文字数制限の問題、射程の問題、今だからこそ可能になった振り返りの可能性から応答可能だ。本論考は『ニッポンの思想』と『現代日本の批評』を土台としており、その両者ともにある程度の年度ごとに区分を設けて語っていることが分かる。それにならって例えば平成年間を「90年代」、「ゼロ年代」、「テン年代」と10年単位で大雑把に区切るとする。そうすると、その一つの年代について語るだけで軽々と文字数制限に達してしまうことだろう。もしくは年代を区切らずに約30年間を統一のテーマで語るという手もあるだろうが、それでは余りも射程が広過ぎて、曖昧さや無理が生じる危険性がある。そうであるならば、むしろそれらの本では出版年度的に不可能だった、平成の終わりから「テン年代」を中心に「ゼロ年代」、「90年代」を振り返りつつ語ることが、「平成にとって批評とはなにか」に対して新しい視座を与えることになると考えた。

2については佐々木敦が「東浩紀ひとり勝ち」について、恣意的な選択である可能性を否定しなかったように、筆者の恣意的な選択である可能性を否定しない。しかし落合陽一を学者でもメディアアーティストでも実業家でもなく、「批評家」として捉えることによって「ニッポンの思想」の続編としての「テン年代」がより明晰に語れることは事実であり、本論考ではそれを試みたいということだ。

さて、以上の前提を経てここからは本題に入っていくことにする。

「ゲームボード」の複数化

まず落合陽一について語る前に、「テン年代」の批評が成立する前提条件についての話をまとめてみる。佐々木敦によれば、「ゼロ年代」に「東浩紀ひとり勝ち」の状況が生まれた要因として「ゲームボード」の再設定がある。これは要するに既存の「ゲーム」を降りて、自らが「ゲーム」のルールや審査基準を再設定し、その中で競争を生むことを指している。そして東浩紀は思想を「競技化」し、「勝敗」と「成功」を明確にすることによって、「90年代」における「相対化」の不毛さを切断することに成功した。その具体的な実践例として挙げられるのが「ゼロ年代」の「ゼロアカ」である。

その続編として「テン年代」における「批評再生塾」の実践があったわけだが、ここで一つの変化に気付く。それは「ゲンロンスクール」としての「ゲームボード」の拡張だ。「新芸術校」、「SF創作講座」、「ひらめき☆マンガ教室」などは芸術、文学、漫画と違うジャンルを扱っているようで、対象を「競技化」し、「勝敗」と「成功」を明確にするという「ゲームボード」の再設定を忠実に適用している。つまり「ゼロ年代」に「ゲームボード」の再設定という発明をした東浩紀は、「テン年代」にその規模を拡張することで、その方法論がジャンルを問わず有効であることを証明した。

しかし「テン年代」における最も重要な変化は「ゲームボード」の拡張ではなく、「ゲームボード」の複数化だ。これは簡単に言えば東浩紀が発明した「ゲームボード」の再設定を、誰も彼もが違う形で実践し出したということである。これは「テン年代」が「コレクティブの時代」であることにも深い関わりがある。例えば現代美術において「カオス*ラウンジ」による「カオス*ラウンジ宣言」が行われたのは2010年。それと前後して「渋家」や「パープルーム」といった「アート・コレクティブ」が設立され、強い影響力を持つようになった。黒瀬陽平によるコレクティブの実践は「前衛の再設定」という言葉で語られるが、これは「ゲームボード」の再設定と言い換えることも可能である。であるならば、「テン年代」におけるコレクティブ乱立の風景は、実は「ゲームボード」の複数化を象徴していると言える。

落合陽一の「ゲームボード」

ここで落合陽一に話を移行する。彼は一見コレクティブとは無関係に思えるが、彼が主宰する「デジタルネイチャー研究室」はコレクティブとして解釈することが可能である。これに関しては確かに大学の中にある組織という意味で、民間企業として在野で立ち上げられた「ゲンロン」や「カオス*ラウンジ」とは違うという意見もありそうだ。しかし落合陽一は大学を一度辞職し、星貴之と共同創業した「ピクシーダストテクノロジーズ」が大学内に設立した「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」に再雇用されている。つまり自分の給料を自分で払うというスキームを構築することにより、大学内に自分のコレクティブを設立したと言える。

また「デジタルネイチャー研究室」では「ゲームボード」の再設定が行われている。何故ならここでは科学が「競技化」しており、論文をトップカンファレンスに通すことや受賞することが、「勝敗」と「成功」を明確化する基準となっているからだ。これは先程述べた東浩紀の「ゲームボード」の再設定の方法論とほとんど同一のものである。しかしこれまでは文系の文脈で「ゲームボード」の再設定が行われ、「ゲームボード」がコレクティブと共に複数化する流れがあった。それを科学という理系の文脈でやってみせたことが彼が新しい点なのである。

他にも「テン年代」としての落合陽一が「ゼロ年代」とは違う部分が存在する。東浩紀は「ゲンロン」を立ち上げ、「ゲームボード」の再設定に成功した後、既存のメディアに対する露出からは手を引いていった。一方でそれとは対照的に、落合陽一は「デジタルネイチャー研究室」を立ち上げ、自分のコレクティブを持つと共に既存のメディアに露出しまくっている。これは一体どういうことか。

「ゼロ年代」以降の批評の流れとしては、基本的に以下の二つの流れが存在する。

・「ゲームボード」の再設定に成功した後は、その場に閉じこもる。

・「ゲームボード」の再設定を行わず、既存メディアに露出する。

落合陽一はそのどちらでもなく、良いところ取りを選択したことになる。そのことにより彼は独自ルールによって自分が自由に動ける場を確保すると共に、テレビ、記事、広告/CMなど既存メディアを通して「ユビキタス落合陽一」とでも言えるような状況を出現させることに成功した。

先程「テン年代」は「コレクティブの時代」だと述べた。だとすれば、「テン年代」の「ニッポンの思想」を象徴するのは、落合陽一だけではなく、その他のコレクティブであっても良いはずだ。それにも関わらず落合陽一に拘る理由は、以下の2点に収束できる。

  1. 「ゲームボード」の再設定において、科学という既存とはかけ離れたジャンルを設定したこと。
  2. 「ゲームボード」の複数化において、オルタナティブであることの限界を認識し、主流の流れと往復し続ける動きがあること。

まず1には批評性がある。そもそも「ゲームボード」の再設定を行うということは、必然的に既存の「ゲーム」とはルールも審査基準も異なることに価値があるということだ。しかし既存の「ゲームボード」の再設定があくまで文系の範囲内で行われているのであれば、そこに理系や科学という新しい「ゲームボード」を再設定することには批評性があると言える。

2に関しては、「ゲームボード」の再設定とはオルタナティブであるという限界に対するカウンターである。「ゲームボード」の再設定が流行し、「ゲームボード」が複数化していることは、コレクティブの乱立に象徴されている。しかし逆に言えばそれらのオルタナティブが溢れ出している現状とは、ゼロ年代以前の全てが「相対化」してしまう流れを反復してしまっているとも言える。つまり東浩紀によって一度切断されたはずの流れは、皮肉にも東浩紀の影響力によってまた反復されようとしている。であるならば、自分の「ゲームボード」を持ちつつ、既存の「ゲームボード」でも上手くプレイするというのが最適解である可能性はある。それを誰よりも上手く実践しているのが落合陽一であると言えるだろう。

前半の議論まとめ

ここまでの議論の流れは「テン年代」の特徴や落合陽一について触れてはいても、批評について語っていないと思われるかもしれない。しかしそれは間違いである。むしろ「テン年代」においては批評の不在や消失が散々叫ばれてきたわけであるが、それを理解するためにはまず前提として「テン年代」の特徴である「ゲームボード」の複数化を理解しなければならない。つまり各自がコレクティブなどを通して「ゲームボード」の再設定に成功しなければ、批評や批評家としての土台にすら立てない、もしくは存在すら認識されないということだ。落合陽一の言う「ポジションを取った後に批評しろ」とはこれを意味していると思われる。つまり「テン年代」において批評は不在になったわけでも消失したわけでもなく、落合陽一を中心に別の「ゲームボード」上で展開され始めたと言える。

またこの流れにここまで文字数を割いて考えてきたのは、「テン年代」においては「何を言うかではなく、誰が言うか」の問題が極限にまで到達し、あるポジションを確保しなければ存在すら認識されないという問題が強力な力を持って抑圧してくるからだ。これは「コンスタティブ/パォーマティブ」の問題の極地でもあるわけだが、「テン年代」の批評は「ゼロ年代」以上にこの問題を考えなければならない。つまりこの構造的な問題を考えることが、そのまま「テン年代」の批評について考えることになり得るということだ。しかしそれでも批評である以上、内容の問題についても考えなければならない。そこでここからは批評家落合陽一として彼の思想を検討すると共に、それが「ゼロ年代以前」、具体的に言えば「90年代」の平成初期の思想とも結び付いていることについて語ってみたい。

浅田彰の隔世遺伝としての落合陽一

落合陽一は浅田彰の隔世遺伝である。一先ずそう断言してみる。そしてその場合の遺伝関係は以下のようになる。

「90年代」: 浅田彰→「ゼロ年代」: 東浩紀→「テン年代」: 落合陽一

ただ浅田彰の代表作である『構造と力』が「80年代」に発表され、東浩紀が柄谷行人を父、浅田彰を兄と表現している以上、この整理の仕方には様々なツッコミが考えられるだろう。またあくまで落合陽一から遡ってその影響関係を整理するとこの関係性が分かり易いということだ。もちろん先程も述べたように、落合陽一は「ゼロ年代」における東浩紀の「ゲームボード」の再設定を継承しており、「テン年代」における「ゲームボード」の複数化の状況を上手く生き延びている。しかし一方で彼は浅田彰を反復している点が多々見られ、浅田彰の衒学的な言説とメディア露出における振る舞いを反面教師として活動してきた「ゼロ年代」東浩紀の教訓が伝わっていないように見受けられる。これはニューアカの反復として既に指摘されていることだが、ここではより詳細にその遺伝関係について考えてみたい。

衒学的な文体と理系用語の詩的な散乱

浅田彰の文章の特徴と言えば、その衒学的な文体にあるだろう。『構造と力』においてその衒学性は際立っており、内容以前にそれを美しいと思うか意味不明と思うかでその評価は二分される。一方でその衒学的な文体を乗り越えて執筆された文章の完成形が東浩紀『観光客の哲学』である。ここでは一見平易に見える文体によって、複雑な構造を持つ概念が極めて分かり易く執筆されている。それらと落合陽一『デジタルネイチャー』を比較してみる。すると明らかに浅田彰の衒学的な文体が時を経て復活していることが見て取れる。他方で浅田彰から落合陽一においてアップデートされているのは、理系用語の詩的な散乱である。まえがきを読むだけでも「ミー散乱」、「ガウシアンプロセス」、「離散時間信号」などの理系用語が詩的に散りばめられていることが分かる。しかも両者共にメインとなる主張自体は単純明快なために分かってしまう、もしくは分からなくても分かった気になるか、分かった振りを強制されるような空気が醸成されるという点が類似している。この流れで仮にソーカル事件の教訓が継承されていないとするならば、「明晰にできることはできるだけ明晰に」という浅田彰の言葉を再び強調する必要があるだろう。

また当時の浅田彰はニューアカの旗手、時代の寵児としてメディア露出を制限なく行っていた。『ニッポンの思想』を読めば、浅田彰がそのような振る舞いに至った原因が「要約機械」としての役割を求められていたからであることが分かる。つまり詩的な「文体」も難解な「作品」も即座に解説可能であるという彼の性質は、メディアにとって非常に貴重であったはずだ。このような性質は東浩紀にも引き継がれ、既存メディアからもその役割を期待されていたが、彼は意図的にそれらとの距離を置くことになる。そこで代わりとして出てきたのが落合陽一であり、「テン年代」における「要約機械」として既存メディアから引っ張りだこになり、随時あらゆる物事に対するコメントを求められているというのが現状である。ただし『文學界』に掲載された「落合陽一・古市憲寿対談」における炎上は、その「要約機械」としての役割の限界を既に露呈したと言えるかもしれない。

脱人間中心主義という名の人間中心主義

ここで落合陽一自身の思想に触れておきたい。彼の核となる思想は言うまでもなく「デジタルネイチャー」である。これは「計算機自然」とも言われるが、簡単に言えば計算機が「神」として再設定され、人間と機械、物質と情報の間の区別が消失した世界である。これは「神」を再設定し、終末論の変形であるシンギュラリティと類似した概念である。しかし『シンギュラリティは近い』を著したレイ・カーツワイルや『ホモ・サピエンス』、『ホモ・デウス』を著したユヴァル・ノア・ハラリが、どうしても西洋的な超人の概念の延長線上としての「神」から脱出できない一方で、落合陽一は東洋思想と接続することで、「超人」というよりは人間と機械が混合して区別が付かなくなった脱人間中心主義的な世界観を提示している。

しかし「デジタルネイチャー」には二つの穴がある。一つはスピリチュアリズムへの近接であり、もう一つはパラメーターの発見と設定の限界だ。東浩紀によればシンギュラリティは「カリフォルニアン・イデオロギー」の復活である。「カリフォルニアン・イデオロギー」がハッカーとヒッピームーブメントによる生まれた思想だとすれば、ここでも東浩紀から落合陽一へのスピリチュアリズム的なものに対する耐性の継承は失敗していると言える。そしてそれはニューアカで言えば中沢新一的なものの復活である。これはオウム事件を経て一度は社会的にスピリチュアリズムへの自主規制が強まったことにより、「テン年代」にはむしろそういったものに耐性を持たない世代が台頭してきたということだろう。また「デジタルネイチャー」のもう一つの穴は、パラメーターの発見と設定にある。これは人間が知覚できる限界を超えた領域において、何をどこまでパラメーターとして扱えるのかという問題。さらにそのパラメーターを発見し入力するのが人間である以上、結局は人間中心主義的なデジタルネイチャーになってしまう可能性があるという問題である。

「エモさ」のパラメーター

他にも落合陽一の思想の特徴として挙げられるのは「エモさ」というパラメーターとして設定しづらい性質を重要視している点だ。これは古語で言えば「もののあはれ」や「いとおかし」の意味であると解説されているが、これは平成年間におけるインターネット→SNSの発達と無関係ではない。平成年間とはそれらのテクノロジーの発達により、コミュニケーションの質が大きく変質した時代であった。人々は長文を読むことが難しくなり、短文→絵文字→スタンプという流れを経て遂に言語からイメージ主体のコミュニケーションへと移行した。そして言語ではなくイメージで伝わるものは感情を主体とした「エモさ」であるだろうし、逆説的に言えば「エモさ」を伝達してさえいれば、そこに内容が存在しなくてもコミュニケーションは成立するということだ。

落合陽一はこの考えをさらに推し進めて、イメージが直接相手に投影され、コミュニケーションが行われる世界を構想している。彼の専門はホログラム研究であるが、近年の網膜投影技術やイルカのコミュニケーションの研究を積極的に行っているのはこのような世界を実現するためだろう。落合陽一の自然言語に対する批判、もしくは批評に対する批判はこのような世界観が根底にあると考えられるが、しかしこのような世界が仮に到来したとして、そこで自然言語や批評の役割が失われるとは考えにくい。何故ならイメージを直接伝達できたとして、さらに具体的な説明には自然言語を必要とするし、批評の役割とは新しいパースペクティブの提供であって、それは言語ゲームとはまた別の役割であるからだ。しかしこれ以上は「テン年代」以降、つまり平成年間以降の話になると思われるので、一先ずはここで一旦話を終えることにする。

「平成にとって批評とはなにか」

本論考の前半では「テン年代」における批評が成立する条件として「ゲームボード」の複数化という概念を提唱した。これはつまりコレクティブなどを通して「ゲームボード」の再設定を各自が行うことでしか、批評や批評家が存在できない状況が発生していることを示している。これを平成の批評が辿ってきた道のりに沿って整理するなら以下のようになる。

「90年代」: 「相対化」→「ゼロ年代」: 「ゲームボード」の再設定→「テン年代」: 「ゲームボード」の複数化

しかしこの流れをよく見てみれば、「テン年代」の「ゲームボード」の複数化は「90年代」の「相対化」の構造を無自覚に反復してしまっているとも言えるだろう。

そして後半ではその「ゲームボード」の複数化の時代において「落合陽一ひとり勝ち」の状態を体現している落合陽一の思想の起源を辿り直してみた。これも平成の批評の流れに沿って整理すると以下のようになる。

「90年代」: 浅田彰→「ゼロ年代」: 東浩紀→「テン年代」: 落合陽一

するとここでも「90年代」の浅田彰を「テン年代」の落合陽一が無自覚に反復してしまっている隔世遺伝的な現象が見て取れる。

平成年間の約30年に起こった批評におけるこれら二つの反復は、「ゼロ年代」の反省の欠如として、または同様のものが仮装して再訪する脱出不可能な円環を示している。平成にとって批評とはこの脱出不可能な円環の再確認であり、そこから抜け落ちた「ゼロ年代」を徹底的に掘り下げ直すことでしか、もはやその円環から脱出することはできないだろう。

文字数:7914

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