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「廃墟」としての「地域アート」

「地域アート」は「廃墟」の夢を見るか

藤田直哉『地域アート: 美学/制度/日本』は、副題にもあるように美学、制度、日本という三つの軸を通して、北川フラムに端を発する「地域アート」について批判的に検証した本である。本書の中心的な論考である「前衛のゾンビたち: 地域アートの諸問題」の内容を要約すると、「地域アート」はニコラ・ブリオーが提唱した「関係性の美学」を悪用した結果、美学的な価値判断基準が曖昧であり、地域活性化というアートとは無関係な行政の問題に回収され、助成金などの税金によって支えられるが故に、過去の前衛性にしがみついたゾンビたちの延命手段になっているとされている。しかし本書が世に出てから数年の月日が経過し、「地域アート」への批判的介入というループが常套手段と化した現在、改めて「地域アート」について考察し直すことには意義がある。

そして現在「地域アート」を捉え直す際に有効なキーワードとは「廃墟」である。何故「廃墟」なのか。まず地域を巡る問題としては空き家の問題がある。空き家は放置し続ければ「廃墟」化するという意味で「廃墟」予備軍であり、「地域アート」において空き家を使用した作品や地域活性化はこのような未来を回避するための手段として使われる側面がある。また日本では2020年に東京オリンピックが開催されるが、世界的にオリンピック跡地が「廃墟」化する傾向にあることが知られており、それは新国立競技場も無関係ではない。さらに将来的な人口減少が確定している中で、日本は地震、津波、台風などを含んだ自然災害が活発な地域であり、それらとの戦いは「廃墟」化する力への抵抗と捉えることができる。

つまり「廃墟」とは少なくとも今後の日本を考える上で長期的かつ大きな問題として横たわっている風景である。そして人口が減少し、空き家が増え続け、否応なく「廃墟」へと近付いていく地域で行われる「地域アート」はその「廃墟」の問題を先取りしている可能性がある。であるならば、「地域アート」における「廃墟」を考察することで、日本の未来に対する一つの処方箋を見出だすことができるはずだ。よって本論考では「廃墟」と関わりのある「地域アート」として、「XX寺」の展覧会とパープルームによる「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」という二つの展覧会を検証してみたい。

XX寺」の展覧会

「XX寺」とはXX県XX郡XX町にある廃寺のことだ。ここでは常時展覧会が開催されているとも言えるし、未だかつて一度も展覧会が開催されたことがないとも言える。過去には信者を多数抱えながら栄えていた歴史があるが、その歴史は霊感商法事件によって唐突に幕を閉じた。現在は人気のない「廃墟」として存在している「XX寺」だが、まず手始めにこの「XX寺」の展覧会を既存の「地域アート」と比較することで、「地域アート」の輪郭と境界線について考えてみたい。

「XX寺」の展覧会は「地域アート」とも展覧会とも名乗っていない以上、当然ながら「地域アート」としての条件を満たしていない点が幾つか存在している。その主要な点をまとめると以下の3点が挙げられる。

・キュレーターが存在しない。

・特定の作家や作品が存在しない。

・地域を活性化しない。

通常の「地域アート」ではキュレーターが存在し、特定のコンセプトを掲げ、招集された作家が作品を制作、提供し、それらは地域活性化の名の下に助成金などを使用しながら運営される。「XX寺」の展覧会ではこれらの特徴が存在しない以上、この展覧会をそのまま「地域アート」として捉えることは難しいだろう。

一方で「XX寺」の展覧会は「地域アート」や展覧会としての条件を満たしている項目も幾つか存在している。先程と同様にその主要な点をまとめると以下の3点が挙げられる。

・人里離れた地域に位置している。

・不定期だが人が訪れている形跡がある。

・作品未満の作品が点在している。

「地域アート」の多くは人里離れた地域に位置しており、アクセスが困難である。また例外はあるがそこに訪れる人も不定期かつまばらであり、都内などで行われる通常の展覧会とは趣が異なる。しかしここまでの特徴だけであれば、それらを満たすものは多数挙げられるので、これを展覧会と呼ぶことも、「地域アート」と呼ぶことにも不十分であろう。むしろここで特筆すべきは「XX寺」には作品未満の作品が点在しており、それらには圧倒的な強度が宿っているということだ。その強度を伝えるために、「XX寺」の展覧会における体験の記録を以下に記してみたい。

まず廃寺に入るためには、石段を登る必要がある。神社の鳥居は<こちら側の世界>と<あちら側の世界>を隔てる結界として機能するが、この自然が浸食する風景の中で、石段を下から上に移動していくにつれ、自分の身体はいつの間にか<あちら側の世界>に誘われることになる。境内に入ると、早速一つ目の施設が見える。もちろんそこには「地域アート」のような案内板や作品に対するキャプションなどは存在していない。建物は老朽化しており、ガラスは割れ、過去には宿泊施設であったことが窺えるが、現在は物が散乱した「廃墟」と化している。しかしそこには明らかに人為的に張られたであろう「祝ってやる」と書かれた張り紙や、朽ち果てた和傘、寺の看板などが散乱しており、『貞子vs伽椰子』に出てくる屋敷のような一種のギャグ性とホラーが入り交じった感覚に陥る。

また次の施設の前には文字入りの網代笠が置かれており、そこには「迷故三界城」、「何処有南北」、「同行二人」、「本来無東西」、「悟故十万空」に加えて弘法大師の梵字が書かれていた。扉を開け放つと、向かい側の壁に大きく描かれたグラフィティが目に飛び込んでくる。床には絨毯や硯、仏具などが散乱しており、オウム真理教の元教祖である麻原彰晃の画像イメージが柱に張られている。一見してこの空間自体がインスタレーションのような強度を持っていることが分かる。その暗闇の中を光を頼りに歩いていくと、地下に繋がる階段を発見した。地下には哲学書、傘立て、段ボール箱などが無秩序に置かれており、物置のなれの果てのような様相を呈していた。

そして最後の施設へ。これは扉を開けた瞬間に、叫びたい衝動に駆られた。その施設の中では両側の棚から位牌が雪崩のように溢れ出しており、正面には黄金の仏像が鎮座していた。これらの位牌は水子供養詐欺にも使用された位牌であると推測され、死と資本主義がカルト宗教によって直線的に結びついた象徴でもある。それがこのようにして雪崩を起こして散乱しており、誰もいない倉庫に今もこうして残っている。そこには本来メッセージ性など存在せず、ただ単に人と人の欲望と弱さが露呈するのみだ。しかし、そこに強いメッセージ性を読み取らざるを得ないのもまた人の性である。

このような鑑賞体験をまとめると、「XX寺」の展覧会は「地域アート」未満であるが、「地域アート」以上の強度がある。もちろん強度の証明は難しく、強度があるものを軒並み展覧会や作品と呼んでしまうことには倫理的な問題もある。その手つきはむしろアートを拡張するより、縮小し、貧しくしてしまう危険性もあるだろう。一方で強度とは洗練の末に得られるものではないことも確かだ。作品未満の作品が強度を持ち、純然たる作品たろうとする作品が商品に堕落する様を現代美術は幾度となく目撃してきた。「XX寺」の展覧会は「地域アート」ではないが、「地域アート」になり得るポテンシャルがあり、しかし「地域アート」になってしまったとしたら、そのタブーによる刺激や強度は跡形もなく消え去ってしまうだろう。このような「廃墟」の風景には、「地域アート」の輪郭と境界線を見ると共に、アートの本質的なジレンマが横たわっている。

「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」

ここでもう一方の「廃墟」を舞台とした展覧会である、「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」について考えてみたい。まず「パープルーム大学付属ミュージアム」とは「常陸太田市郷土資料館梅津会館」のことである。これはもちろんパープルームを主宰している「梅津」庸一と「梅津」会館が強引にリンクされていると言えるが、特筆すべきはこの展覧会は県北芸術村推進事業「交流型アートプロジェクト」の一環、つまり「地域アート」のキュレーションの内部キュレーションとして成立している展覧会であるということだ。またヘルスケアは現代美術に対する、もしくは「地域アート」に対する介護を連想させるものであり、パープルーム予備校としての連続した問題意識を今までとは異なる舞台で実践してみせたと考えられる。ここで既存の現代美術や「地域アート」の現場が「廃墟」であると仮定するならば、それらに対しては一体どのようなヘルスケアが考えられるのだろうか。

まず先程も言及したように本展ではキュレーションの内部にキュレーションが存在するという入れ子構造が鍵になっている。そして梅津は常々「キュレーションは災害、余計なお世話」という発言をしているが、自身が強制力の強いキュレーションをしつつ、このような発言をできるのは本展においては自身のキュレーションの外側のキュレーションという仮想的を作り出すことに成功しているからだ。本展においてこの仮想的を作り出すという戦略は徹底されており、それが先程の現代美術や「地域アート」、もしくはそれに関わる行政や地域住民を含めた様々な関係性の中に見出だされていく。そしてそのブランディングとポジショニングの上手さは「パープルーム大学付属ミュージアム」はあくまで付属であって、隣にある「パープルーム予備校合宿所」が本体と言い切ってしまう潔さにも現れているだろう。

このようなパープルームの在り方は、ニコラ・ブリオーが提唱した「関係性の美学」ともクレア・ビショップの言う「敵対性」とも異なる構造を持っている。単純化して言えば「関係性の美学」は、コミュニケーションやコミュニティの生成を美学の観点から捉え直した概念だ。一方で「敵対性」はそのような敵の存在しない関係性の生成を悪しきものとして批判する。しかしパープルームの特徴はその「関係性」と「敵対性」の絶え間ない転倒、もしくは構造化にある。それはTwitterをマテリアルとして使用する中で、キャラを獲得した予備校生たちによってリアルタイムで更新され続けていき、観客と作家といった関係性すら転倒していく。これは従来の美学の在り方を更新していると言える一方で、最終的には現代美術の世界における優秀な処世術としても機能しているわけで、梅津自身の言う「茶番」と危ういバランスの中で成立している。

またパープルームが召喚する作家は常に生態系を意識したバランス感覚の中で、それぞれのポジションが期待されている。例えば今回であれば小林椋はメディアアート批判のメディアアートとして、西島大介は地域と一切無関係な遠方からの使者として、ユアサエボシは「地域アート」の時間の流れとは違う時間軸をメディウムとして使用する作家としての役割がある。そしてパープルーム予備校生たちとその他の作家たちが混在する中で、それぞれの「関係性」や「敵対性」が徐々に明らかになり、一つの鍋の中の具材としてそれぞれのポジション獲得競争が繰り広げられる。しかし、それらの生態系は全てパープルームの物語、もしくはパープルームの一部としてパッケージ化され、プレゼンされることになる。

他にもパープルームの展覧会では独特なパネルやフラッグなどが会場の所々に鏤められていることが多いが、本展では既存の梅津会館の資料との対比によりそのキャッチコピー性が極限まで強調されている。例えば《パープルーム予備校3期生智輝の悩み》を「水戸徳川家略系図」の上に置いてみることにより、その空間の意味合いが異空間のように変質する。結果、運営側との軋轢が生まれるが、そのエピソードすらもパープルームの養分として取り込んでいく。本展で一番強度があったのは《吉田十七歳の通学路》と呼ばれる自分語りのパネルだが、その強度は作品、準作品、キャッチコピー性のあるパネル、フラッグ、資料など様々な外部によって担保されている。「廃墟」であったはずの「地域アート」はこのようなキュレーションにおけるCareとCureの中で、様々な軋轢と問題を生じながら、介護の問題と共に捉え直されることになる。またパープルーム予備校合宿所では毎日20:00〜「なべの会: なべから始まるヘルスケア」が開催されていた模様だが、何故「なべ」なのかと考えてしまい、そこに意味を見出だせてしまう時点でパープルームの魔法にかかっていることは間違いがない。この展覧会終了後はまた元の「廃墟」が出現するわけだが、パープルームが一体誰の何に対するヘルスケアを行ったのかは各自がもう一度振り返る必要があるだろう。

「廃墟」に対する処方箋

本論考では「廃墟」というキーワードを元に「地域アート」を捉え直し、今後「廃墟」化していく日本に対する処方箋を探してみた。そのための例示として「XX寺」の展覧会とパープルームによる「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」という二つの展覧会評を実際に書くことで、「地域アート」を通してそれぞれ違う観点からの実態が浮かび上がってきた。「XX寺」の展覧会では作品の強度と「地域アート」に取り込まれることの功罪が明らかになり、「パープルーム大学附属ミュージアムのヘルスケア」ではパープルームの現代美術における生存戦略がクリアになると共に、緊張感のある関係性の中で生まれた「地域アート」に対する過激な処方箋が見付かった。しかしこれらの事例を通して良く考えてみれば、「廃墟」化する地域に対して現代美術ができることは何もないのかもしれない。もしそうであるならば、むしろアートを何かに役立てるという幻想を「地域アート」が完璧に捨て去り、徹底的に役に立たなさを際立たせること。むしろそうすることでしか「廃墟」に対する処方箋が生まれ得ることはないだろう。

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