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遊びと畏れ ゲームBGM試論

  1. ゲームにおけるBGM体験の危険性と逸脱

 本節では、昭和から平成になる時期のゲーム(いわゆるレトロゲーム)で起こった、想像力の「逸脱」を扱いたい。そこにはゲームを構成する要素の一つである、音楽が引き起こした現象があると筆者は考えている。ゲームについての言説が増える中(さやわか著『僕たちのゲーム史』、『ゲンロン8 ゲーム特集』など)、ゲームのBGMについての論考が行われることは少なく、その点を補間したいという狙いがある。断っておくと、先に挙げた書籍において、各自が重要だと思う作品が取り上げられていないことに何かを言いたいわけでは無く、批評的言説こそ重視されるという認識は筆者も共有しているつもりだ。一方で、ゲームという複合されたメディアを経験するうえで当たり前に存在しているBGMを扱う言説がまだ存在していないように思える。それを試論してみたいということである。もちろん、レトロゲームという時代において、少ないデータ容量に制限された言葉や画像がプレイヤーの想像力を膨らませ、結果的に豊富な二次創作が生み出されたとされる事例は多く、それは多様なメディアミックスを生み出した。また、レトロゲームで流れる音楽のレトロフューチャー感は、チップチューンという名前で再評価されてジャンルとして既に確立していると言える。しかし、筆者が扱いたいものは、このように分離して解釈してしまうと、それぞれにはうまく当てはまらない。マルチメディアとしてのゲーム体験の中で音楽が受け持った役割には、危険性と新規性があり、新たな創作物へと波及したこと、また過去の日本のサブカルチャー体験を追体験させたこと、さらにその際に起こっていた「逸脱」を改めて見直し、現在この国の社会で忘れられてしまいそうなものを繋ぎ止めたいということである。

 自らの出自から始めたいと思う。筆者は1982年(昭和57年)生まれの36歳で、3つ上の姉がいる。ちょうど年号が平成へと移る頃、姉弟には祖父からファミリーコンピュータ(FC)が与えられた。思い出深いFCソフトの話をする。『えりかとさとるの夢冒険』(ナムコ、1988年)と『ドラゴンクエストⅣ 導かれしものたち』(エニックス、1990年)である。

 

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 『えりかとさとるの夢冒険』は、双子の兄妹「えりか」と「さとる」が主人公のアドベンチャーゲームだった。舞台は動物達が二足歩行し言葉を話す世界であり、宮沢賢治の童話を連想させると評された。祖父は、筆者ら姉弟がファンタジーによって心を育み、また協力して生きて欲しい、という思いを乗せてプレゼントを選んでくれたことだろう。しかし、小学校低学年の筆者らにとってこのゲームは、「怖いもの」となった。

 ストーリーを追ってみる。オープニングでは、夏休みの終わりを嘆く兄妹が二足歩行する猫を見ることからはじまる。猫は家から見える木の下で消える。パジャマ姿でその場所に向かった兄妹は、「ときのかんむり」を探せという声を聞き、冒険の世界(プレイモード)へと移行する。目的が明らかにならないため、ゲーム中では兄妹が出会う動物キャラクターに「ときのかんむり」について尋ねることがひたすら行われる。ゲーム自体はその都度フラグを立ててはつぶすというような内容で、ストーリーが深まることも、意味のあるサイドストーリーが挟まれるわけでもない。後述するように筆者はリアルタイムではゲームをクリアしなかったが、のちにインターネットで知った攻略情報でも、エンディングに至るまでストーリーと呼べるものは無いと言っていい。エンディングでは、冒険中に出会う虚無僧が父だったことが示唆されるが、やはりその意味や含意はほぼ存在しないと言っていいだろう。このゲームは、移動できるフィールドと、世界観だけでできていたのである。

 次に、幼少時の筆者のゲーム体験を説明する。最終的に、双子が冒険した世界は夢だったかもしれないしそうでないかもしれないという夢オチに終わると後に知るのだが、当時ゲームをプレイしていた筆者にとってこのゲームの世界は、憂鬱さ・不穏さ・不気味さに溢れていた。その不穏さに阻まれることによってゲームの進行は中断されたのである。ゲームを進めるのを諦めたのは、第二ステージ(第二章)の謎解きに現れる「崖に立つ複数体の地蔵」の場面だった。ゲームシステムについて説明すると、メインではRPG風のフィールド上を移動し、建物などのアイコンの上でボタンを押すとアドベンチャーゲーム風(『さんまの名探偵』を踏襲しているといわれる)の画面に切り替わるという構成だった。地蔵は、フィールド画面のアイコンでは笑顔のマークをしていた。しかしアドベンチャーゲーム画面に切り替わると、ドット絵で粗く書かれた地蔵群は無表情であり、そのいくつかがこちらに手を振っているような、不気味な姿だった。

 その際の音楽が不穏さに溢れていた。楽曲的には短調のワンコードのループとなるが、幼児にとっては、いますぐにその場を立ち去りたいという気持ちにさせられて、粘り強く謎解きをすることがどうしてもできなかったのである。ここにおいて筆者はプレイを諦めるという状態に至った。

 数年が経って、インターネットでレトロゲームの攻略情報が出回るようになった。それと同時に、当時のゲームに入れ込まれていたイースターエッグの情報にも触れることができるようになった。イースターエッグとは、プログラマーが成果物に隠して仕込むものを指す。近年ではスティーブン・スピルバーグ監督『レディ・プレイヤー1』で大々的に扱われた。任天堂スーパーファミコン(SFC)のゲーム以降は『ファイナルファンタジーⅣ』における「開発室」など開発者が登場するモードはゲーム内に埋め込まれていったが、ROM解析が可能になって以降FCの「隠しメッセージ」・「隠しモード」も解読されるようになっていたのである。

『えりかとさとるの夢冒険』にも、イースターエッグが埋め込まれていた。エンディング後長時間が経過した後にコントローラーで特殊な操作をすると表れる、「ひでむし」というゲーム開発に関わる人物によるものだった。「ひでむし」はドット絵によってプレイ中に存在しない姿を描いており、またイースターエッグを仕込むことができていることから、開発において上位のエンジニアだったと思われる。「ひでむし」は、恐ろしく卑猥で殺伐とした言葉で、開発現場の過酷さを語るのだった。おそらく、企画が先行し世界観はできているのに対して開発期間や人材の制約の中で全く整合性のとれたゲームとならなかったことに対して、「にちゃんねる」的な場を必要としたのだろう。特に、ゲーム中のミニゲームとして登場するクイズを担当したと思われる人物に対する言葉が辛辣である。確かに『えりかとさとるの夢冒険』のミニゲームであるクイズは、怖いキャラクターに対決を挑まれた後で唐突に世界観を崩すような剽軽さを有していたため、筆者にとってシュールという言葉で想像する際の最初のイメージとなっている。結局のところ「ひでむし」はこのゲームにおいて怨霊だということが理解できる。子供の心を健全に育てようなどという思いは存在していないか、存在していても実現されることのなかった、まさしく製作者の怨念がこもったゲームだったのである。

ゲームのBGMは、ゲームをプレイする際に理由もなく付いてくる。このような幼少期のゲームの体験は、現実を先回りするリアリティを有することになった。

ゲームをプレイする際のBGMに近い体験は、ウォークマンを聴きながら現実の世界を歩くことに近いと言えるだろう。ここで千葉雅也『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』における、浅田彰のウォークマン観の批判を挙げておきたい。千葉は、浅田が「スキゾ・キッズ」の負の側面としてウォークマン中毒者にあらわれる自閉性を「エレクトロニック・マザー・シンドローム」と糾弾したことに対して次のように述べている。

新しいメディアによる「連関」の増殖において人々は、「画一的な情報」に囲まれた「自閉的」状況に陥っていく・・・・・・こうした浅田の警戒は、常時インターネットから情報=広告を受け続けている––––––「ウォークマン中毒」からスマートフォン中毒へ––––––今日の生活にするどくヒットしそうである。

子供の「気が散る」こと、また「よそ見」「より道」という表現は、気が散ってしまう、視点が移ってしまう、そして徘徊してしまうといった、もっと非意志的な身ぶりを示していないか。スキゾ・キッズの本性は、受動的・惰性的な非知における切断ではないのか。このことは、特定の対象への集中、視野狭窄、常同的な所作––––––「自閉的」な––––––にさえ、通じているだろう。むしろ「ウォークマン中毒者」こそが––––––正確に言えば、異なる対象への中毒=依存をザッピングしている状態こそ、スキゾ・キッズの実情ではないだろうか。

千葉が述べる中毒(アディクション)というのが、ゲームにおいてBGMの果たした役割である。私たちが日々活動する中で、自然にバックグラウンドとして音楽が流れることはない。ソニーのウォークマンが発売されたのは1979年であり、その後1980年代に日本社会で一般化した。これはニューアカデミズムの隆盛および消費のポストモダン化と一致している。幼少期にレトロゲームをプレイする体験においては、自らの体を動かして移動することや何かに出会うことがBGMと共にあり、これはウォークマンを装着して現実の人生を体験することの先取りとなっていた。

筆者は、先に述べたように『えりかとさとるの夢冒険』を怖ろしさから中断した。ゲームの中断に影響を与えていたのは永遠にループする短調のBGMであり、またゲームというプレイヤーの判断で参加を中断したり完全に諦めることができる形式であった。そしてそこには製作者の怨念が確かに存在していた、ということになる。これ以上進まないほうがよいという畏れの感覚が正しかったということが、インターネット以降再確認されたのである。付け加えれば、後日知ることになる攻略情報ではゲームは墓に入って探検したりストーンヘンジの謎解きをするようになっていた。これらは畏れの感覚から好奇心をそそられ、かつ深入りしてはいけない感覚を引き起こす象徴たちであり、日本のサブカルチャーでいえば諸星大二郎の世界観が残滓として含まれていたのではないだろうか。

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『ドラゴンクエストⅣ 導かれしものたち』のBGMの影響として、『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』が登場した時期を巡り、衛藤ヒロユキの漫画について書く。

 『ドラゴンクエスト4コママンガ劇場』の第1巻が発売されたのは、ファミリーコンピュータ用ゲーム『ドラゴンクエストⅣ 導かれしものたち』の発売直後だった。エニックス社が公式で刊行したこのオムニバス漫画と、元となるゲームの発売時期の近さは、パロディの仕方に様々な効果をもたらしたと言われる。以下、ニコニコ大百科から引用する。

 ・原作の世界観を尊重するためにある程度の制限はあったものの、内容はかなり自由なギャグてんこ盛りであり、特に初期のドラクエではファミコンの容量の問題で台詞がとても少なくグラフィックもドット絵で詳細はほとんど分からなかったため、逆に各作家達が原作のキャラやモンスターの性格や振る舞いを想像する自由度は非常に高く、様々な設定でギャグからラブコメに至るまで多数の名作が生み出された。

 ・まだ公式の設定絵も無かったために、各作家がそれぞれドット絵から想像したものを様々なバリエーションで描いていた。

これらは、『ゲンロン8 ゲーム特集』でも語られていたとおり、メディアミックス・出版の論理で周辺の創作が為されていったものと見ることができるだろう。しかし筆者が付け加えたいのはここでもBGMが果たした役割である。

「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」はゲーム「ドラゴンクエスト」の二次創作ギャグマンガで、当時特に地方の子供が最初に触れるメディアミックス作品のひとつだった。1990年に発売された第2巻で衛藤ヒロユキの『落ち着け!』という4コマに登場したのが、「ふんどし」だ。
モンスターの突進を踊り子の女性キャラクターであるマーニャがジャンプして避ける。その際のマーニャの股間を目撃した男性キャラクターたちは3コマ目で顔を赤らめ放心してしまう。男性キャラクターの勇者は危機的状況に焦りの表情を浮かべ、味方の男性キャラクター達を叱咤しながら責任感を全うしようとする。自分が呪文をかけると言って4コマ目に放つのが「ふんどし」という言葉で、ドラゴンクエストの世界観に存在せず、似つかわしくもない大根を勢いよく振り上げる。その表情はそれまでのコマのデフォルメされたものと異なっていて、劇画風で真剣である。
最初に重要なのは、勇者が振り上げているのが西洋風なファンタジーの世界よりも私たちの日常の「食」に近い大根という野菜であるという点だ。そしてこの大根の細部は、シワが寄っていたり毛が生えていたりする。同じ4コママンガ劇場には柴田亜美も作品を載せており、柴田の描く勇者もまた「日の丸の扇子」という世界観を崩す道具をしばしば持っている。しかし柴田の扇子はほとんど質感が無く、デフォルメされている。柴田亜美の作品にも「すね毛」や「粘液」のようなものは登場するが、描かれる質感としてはポップなものだった。
次に最終コマの勇者の顔に注目する。劇画風のリアリズム調へ、ギャグ風から変化した、という対比がオチになっているだけではない。ここで顔の中の縦線が、ショックで青ざめたことを示す漫符に見えるようになっている。通常青ざめた漫符は額に書かれることが多いが、額部分の影は斜線で書かれている。にもかかわらず、前髪が縦に流れていることから、青ざめた漫符という記号を鑑賞者は受け取ることになる。この青ざめた表情は、諸星大二郎の描線を思い起こさせる。この後衛藤ヒロユキは『魔法陣グルグル』で商業的成功を収めるのだが、グルグルにおいては諸星大二郎風の線が失われてしまった。平成においてデフォルメされた身体感に全てが回収されてしまったことを思わずにはおれないが、この4コマの瞬間には、日本的なアニミズムでの畏れが確かに回帰していたのである。
『ドラゴンクエストⅣ 導かれしものたち』は、章立てされたオムニバスという構成になっており、Ⅰ〜Ⅲが大塚英志的「大きな物語」消費を巡っていたのに対して、その後のポストモダン消費の予感を存分に含んでいたといえるだろう。音楽で言えば、第1章は宮廷騎士であるライアンの物語から始まるのだが、その始まりがⅢの世界観から大きな違いを表していた。ドラゴンクエストⅢのゲーム開始においては、主人公である勇者が目覚める町の音楽と、続くお城の音楽は、共に長調であり、フィールドに出た後モンスターと出会って初めて明確な短調の音楽が登場する。一方でドラゴンクエストⅣは始まりの宮廷の音楽が短調で始まる。さらにその曲中では長調への転調を起こす。これは幼児に対する音楽的な啓蒙である。特に強調したいのが変拍子の導入だ。戦闘の音楽が、ループの終盤変拍子となる。よい音楽文化に触れている家であれば転調や変拍子の体験は音楽史から経験されるものだろうと思うが、ゲームによって音楽に触れる状況ではこれらは新しい体験だったといえる。このような音楽的に新しい経験が、ドラゴンクエストⅣにもとづいた二次創作の広がりをもたらしたのではないだろうか。
ゲームにおけるBGMはウォークマンを装着した現実であると先に述べたが、ゲームBGMがウォークマンと異なるのは、プレイする本人が音楽を選べないということだ。本人が選べない音楽を常に纏うというのは、洗脳に近いと言えるだろう。特に、オウム真理教がシンセサイザー音楽を重視していたことを思い出すべきである。聴覚は閉じることができないものであり、感情を動かしてしまう。それを本人の意志で選択するのが自閉的な情報環境であり、暴力的に与えることはマインドコントロールと親和的である。ゲームにおいてこそ、選択できないBGMを、プレイしているという環境によって自らその場を離れる(
プレイをやめるという判断をする)ことや、与えられたものの逸脱(転調、変拍子)に注目して新たな創作に向かうという心性が可能になったのである。

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