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地域の生きる道

人口減少社会に備え、地域の生き残りをかけた戦いが静かに進行していっているのが平成という時代である。

そしてそのような時代のあり方をもっとも体現している作品は、平成21年(2009年)に公開された、入江悠監督による『SR サイタマノラッパー』という映画である。監督の出身地である埼玉県深谷市をロケ地とした、サイタマのフクヤという架空の地域を舞台にする物語となる。主人公はアマチュアのヒップホップグループ「SHO-GUNG」のメンバーでニートのラッパーIKKU(イック)。おっぱいパブでバイトする親友のTOM(トム)、実家のブロッコリー畑で手伝いをする後輩のMIGHTY(マイティ)、そして先輩のKEN(ケン)とTEC(テック)とYOSSY(ヨッシー)らと共にラップスターになることを夢見ている。初ライブ開催に向け、病弱で今はぼそぼそとしかしゃべれない伝説のDJ TKD(タケダ)先輩に曲作りも依頼するけれど、簡単にはライブ開催にはたどり着かない。と言うよりも紆余曲折ありながらメンバーはバラバラになってライブ開催には至らない。そんな物語である。

このように書くと、若者の夢も破れる地域の暗澹たる未来を暗示しているように見えなくもないが、実際はその逆であり、地域はどのように生き残り得るのかということを示す物語である。どういうことか、少し平成という時代を振り返りながら書いていきたい。

 

人口減少社会に直面した平成

日本の総人口は平成17年(2005年)に戦後はじめて前年を下回ったのを皮切りに、平成20年(2008年)をピークに、平成23年(2011年)以降、継続して減少し続けている。国内で行われている生産活動に就いている中核の労働力となるような年齢、日本では15歳以上65歳未満の年齢に該当する生産年齢人口でも、平成4年(1992年)をピークに低下していっている。

未来予測というものは大抵外れることが多いけれど、人口動態は比較的精度高く未来予測ができる分野であり、平成元年(1989年)には、民間調査機関の未来予測研究所が『出生数異常低下の影響と対策』と題する研究報告で平成12年(2000年)の出生数が110万人台に半減すると予想し、日本経済が破局的事態に陥ると警告していた。

基礎自治体の財政力を強化するといった目的のもと、平成11年(1999年)から平成18年(2006年)頃には、総務省の政策で平成の大合併による市町村合併が行われ、地方自治体は大幅に削減されて多くの区市町村が消滅した(3,232あった市町村の数は1,820にまで減少)。

また、平成26年(2014年)には日本創生会議人口減少問題検討分科会は、2040年までに出産年齢にあたる若年女性人口が半減すると予想される896の区市町村を、人口減少による固定費の分担に耐えられなくなるということで「消滅可能性都市」として名付け、平成29年(2017年)に1,741ある全自治体の半分以上にその危険性があるという報告は多くの自治体に対して大きな衝撃を与えた。

『SR サイタマノラッパー』のロケ地は埼玉県となるけれども、人口という意味では平成22年(2010年)段階で全国5位と恵まれている。しかし、そのような埼玉県でも平成27年(2015年)以降は減少傾向が見えていて、生産年齢人口は平成12年(2000年)をピークに減少し続けている。ここからも人口減少が社会に与える影響範囲の大きさがわかると思う(映画ではタイトルにもあるようにサイタマという言葉は出てくるが、シーンや物語自体は、東京のような大都市でない地域として普遍性があるように見える。わざわざフクヤと架空の地域を舞台にしたのは、このような普遍性を狙った監督の意図の表れなのかもしれない)。

 

定住人口の獲得を促進するシティプロモーション機運の高まり

何の対策もとらずに人口減少が続いてしまうと、地域の経済活動や市民同士の共助も衰えていくことで地域の活力が失われ、行政機能も低下する恐れがある。そのため、地域に住む定住人口を維持・獲得していくことを目的に、「シティプロモーション」や「シティセールス」を掲げて取り組む自治体が増えていった。

シティプロモーションは、定住人口獲得のための活動であり、地域の魅力を地域内外問わずに効果的に発信し、地域のイメージや認知度だけでなく市民の愛着と誇りも同時に高め、地域への参画意欲を持った人たちを増やす活動全般を指す。朝日新聞、産経新聞、毎日新聞、読売新聞の過去記事によれば、平成元年(1989年)には福岡市東京事務所の中に「シティセールス担当課」が誕生し、1990年代後半には和歌山市が「シティプロモーション推進課」を設置していたようである。

シティプロモーションは、例えば市民参加型のまちづくりワークショップ、アニメや漫画の舞台やモデルとなった場所を聖地巡礼するイベントやアートイベントなどの個別のイベントの効果に注目が集まりやすい。

映画の中では「福谷市における若者と市民の集い」という、地域の高齢者やビジネスパーソンが集う地域参画意欲を高めるまちづくりの場で、IKKU、TOM、MIGHTYがミニライブを行うシーンが一つの見所となっている。しかし、そもそも理解されにくい無茶ぶりの中でのライブでもあったため、当然のようにうまくいかないし、その後の質問コーナーでは学歴や職業を問い詰められて将来を真剣に考えた方が良いと説教されるという、地域参画意欲を高めるどころか著しく下げるような完全なる失敗事例として描かれている(かなり誇張して映像化されていて、ここまで失敗することはきわめてまれだと思うけれど)。

また、映画内の虚構ではなくリアルな社会では、映画自体を活用した深谷ロケ地巡りツアーも開催されているし、深谷市の自治体もシティプロモーション戦略を掲げている。

実際、この手のイベントは今では数多く開催されていて、シティプロモーションとして効果がないというわけではない。しかし長い目で見れば、地域住民の平均所得の向上による地域経済の活性化なしには定住人口の維持獲得は難しく、「単発イベント」だけでは地域の経済状況を変化させるには小さすぎることが多いため、継続的な地域経済の活性化をどうするかということは現在大きな焦点となってきている。

 

地域経済活性化の鍵は本社機能の地産地消化

地域経済活性化のためには、域外に販売する財・サービスと域外から購入する財・サービスとの地域間収支を見直すことが大事という考えがある。そのとき、食品やエネルギーの地産地消政策がよく持ち出されるけれども、ほとんどの地域にとって最大の輸入品は食品でもエネルギーでも実はない。多くの地域経済にとって最大の輸入品は三大都市圏から購入している「本社」である。この概念は少しわかりにくいため、経済学者の飯田泰之による解説を引用する。

もっとも単純な例としては、東京に本社をもつ製造業企業が新潟県で工場を操業しているとしよう。この工場が三〇万円の原材料を用いて一〇〇万円の商品を製造・販売したとしても、粗利である七〇万円が新潟県内の誰かの所得になるわけではない。本社による様々な活動があるからこそその商品は一〇〇万円で売れたのだ。発生した利益の多くは本社のものとなる。商品の価値を高める本社活動の対価が、「(新潟県の東京都からの)本社」機能の購入である。
東京以外の地域が東京から購入している本社機能は二一兆円にのぼる。
〜中略〜
地域経済の所得を外に逃がさないために輸入代替をめざす——輸入している財・サービスを地域内で生産できるようにするということは、地域の中で開発・企画・マーケティングといった活動(クリエイティブ活動)を行うことである。

飯田 泰之(編)『これからの地域再生』、晶文社、2017、pp47-48

地域経済を潤す鍵は本社機能であり、そのためには多様な人材を地域に引きつけ、クリエイティブ活動の地産地消を進める必要がある。つまり、本社機能を輸入しない個人事業や起業の促進による、「本社機能の地産地消化」が地域経済にとって最大の輸入代替活動となる。

 

ここにきてようやく、地域はどのように生き残り得るのかということをこの作品は示す物語であると冒頭に書いたことの意味が明らかになってくる。

「SHO-GUNG」のメンバーはバラバラになってライブ開催には至らず、外見上イケてるように見える先輩や後輩は東京に向かってしまうが、外見上イケてないように見える主人公であるIKKUとその親友TOMはフクヤにとどまる。そしてIKKUとTOMもすれ違うようになってしまうけれども、IKKUはバイトする焼肉屋で再会したTOMに対してラップで熱く呼びかける。

この場所 フクヤから この狭い 半径1メートルから 俺らが進む道 見えてる!

このシーンは感動的であるけれど、それが彼らにとって本当に幸福な選択なのかは映画の中では描かれない。しかしそれで良いのだと思う。彼らもすでに気づいているように、身も蓋もない話をすれば、クリエイティブ活動による本社機能の地産地消業というのは、そもそも多産多死が普通である。だからこそ、彼らのように地域から東京、世界へと挑むものが多く必要なのである。今までイケてると思われていた大都市は最先端という価値観と、イケてないと思われていた地域は閉鎖的で逃げ出すべきところという価値観が逆転する社会が到来したのだと、本能的に多くの人が共感してしまったからこそヒットして三部作となり、さらにはテレビドラマにもなることで大衆化が進んでいった。

この作品は人口減少に直面した日本社会で地域がどのように生き残り得るかという兆しを提示するのみならず、平成以降の価値観変化を先導し、時代を象徴するものとなった。

 

参考文献

  1. 統計局ホームページ/人口推計/人口推計(平成29年10月1日現在)‐全国:年齢(各歳),男女別人口 ・ 都道府県:年齢(5歳階級),男女別人口‐ http://www.stat.go.jp/data/jinsui/2017np/index.html
  2. 日本の人口統計 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E7%B5%B1%E8%A8%88
  3. 日本の市町村の廃置分合 – Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%B8%82%E7%94%BA%E6%9D%91%E3%81%AE%E5%BB%83%E7%BD%AE%E5%88%86%E5%90%88
  4. 議員NAVI:議員のためのウェブマガジン http://www.dh-giin.com/article/20140910/2425/
  5. SHO-GUNGと行く『SRサイタマノラッパー』深谷ロケ地巡りツアー参加者大募集! : 深谷フィルムコミッション&ふかや映画祭ブログ http://blog.livedoor.jp/fiff/archives/52032589.html
  6. 深谷市シティプロモーション戦略プラン/深谷市ホームページ http://www.city.fukaya.saitama.jp/shisei/keikakushisakuchosa/citypromotion/1522386673535.html
  7. 飯田 泰之(編)『これからの地域再生』、晶文社、2017
  8. 貞包 英之『地方都市を考える 「消費社会」の先端から』、花伝社、2015
  9. 入江 悠『SR サイタマノラッパー ‐日常は終わった。それでも物語は続く‐』 、角川メディアハウス、2012

文字数:4788

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