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平成の最初の十年間において、現代思想はどのようにして論じられなくなっていったのか?

0. 90年代の思想状況はどのようなものだったか(時代区分と論者たちの選別方法について)

 批評と思想(哲学)は、必ずしも重なり合うものではない。ただし、日本において、小林秀雄(1902~1983)に代表される批評家たちは、西欧の思想家の言葉を用いながら、思弁的な評論(=思想についての評論)を発表してきた。また、大澤聡『批評メディア論』にあるとおり、小林が批評活動を本格的に開始した1930年代には、文芸時評(=文学についての評論)が、おもに「論壇時評」の題名によって、総合雑誌から新聞へと展開されていった時代でもあった。
 1970年代から1980年代にかけて、フランス現代思想がアメリカへ導入されて起こった「ニュー・クリティシズム」「ディコンストラクション批評」といった文学理論は、日本へも紹介された。他方で、文学理論とは別のかたちで、構造主義・ポスト構造主義・記号論(いわゆる現代思想)が、日本においてはジャーナリズム界隈において流行した。こうした現象は「ニュー・アカデミズム(ニューアカ)」と呼ばれた。

 平成の30年間を10年ごとに区切ってみると(90年代・ゼロ年代・テン年代)、最初の10年間、つまり90年代においては、文学と思想を論じることの間には、かろうじて繋がりがあった(文学理論が現代思想についての基礎知識を必要としたため)。しかしゼロ年代・テン年代には、現代思想の論者による批評は、一般の読者の前からは、ほとんど姿を消してしまった。以降現在に至るまで、社会学や心理学を専門とする論者の評論が多く流通している。
 本論では、批評から思想が消えていく過程について、どのようにしてそうした状況が生じたのかを考察する。そこで、時代区分としては平成最初の10年間(1989~1999)に焦点をしぼり、この時期に発表された新聞記事・一般書(同期間において単行本化・文庫化されたものを含む)を考察対象とする。したがって美術評論・映画評論などの分野は、本論では対象外となる。

 論者は三つのグループに分けることができる。まず、A=現代思想を土台として批評を書いていた「日本における現代思想の主流派(直系)」がいる。彼らは90年代に起こった、わかりやすい思想の流行に対して、批判的な態度をとっていた。次に、B=「現代思想を解説する傍系派」がいて、現代思想の解説本を書いていた人々が該当する。彼らの本は、難解な現代思想をわかりやすく解説していたが、同時に現代思想は相対主義に陥っていると総括し、現代思想の持つこの「一般的な」傾向を批判してきた。最後にC=思想家(たち)の思想を土台に批評を書くことがあっても、Aのニューアカ(のように)論じる人々や、Bの現代思想の平易な解説をする、といった著作を特に書いていない人々がいる。Cについては、批評から現代思想が衰退した原因に、大きな影響を与えていないと思われるため、本論の対象外とする。

 本論では、まず「1. 現代思想の解説者たち(B)における「相対主義」批判」において、Bの論者たちが、難解と呼ばれる現代思想を解説しつつ、それらの解説本には、現代思想への批判が常に盛り込まれて主張されていたことを明らかにしていく。
 次に「2. 90年代の思想ブームに対する『批評空間』(A)の批判」において、「ニューアカ」現象が終わってからの約10年間(本論ではそれを1990年代であると見定めている)に起こった、二つのの「思想ブーム」において、Aの論者たちがどのように批判的な態度をとっていたのかを、明らかにしていく。
 最後に、結論として、こうした二つの異なる動きが相乗効果を出し、90年代が終わる頃までに、一般の読者が現代思想に対する興味を失ってしまったことを示す。
 ABの状況は、下図のようにまとめられる。

1. 現代思想の解説者たち(B)における「相対主義」批判

 佐々木敦『ニッポンの思想』第2章の末尾に、1984(昭和59)年に刊行され、ベストセラーとなった『わかりやすいあなたのための現代思想・入門』のことが挙げられている(同入門書は1991(平成3)年に単行本化、2000(平成12)年に文庫本化)。そして佐々木の主張では、「わかりたいあなた」たちへ向けて書かれたこの入門書が、新たな読者層を開拓したが、この「わかりたい」とは「わかったつもりになりたい」とほぼ同義(つまり両者の境界線が曖昧であること)であるため、結果として「わかっている(つもりの)わたしたち」を大量生産し、「ニューアカ」的なジャーゴンをふんだんに用いて会話をする、という流行が生じた、とされている。

 これは一面では正しく、確かにそのような知的ファッションを消費することが格好いい、という風潮を生み出していた、と言える。
 しかしその一方で、こうした流行現象の向こうに、流行の知的パフォーマンス以上のものがあるのではないか、という素朴な疑問に対する回答についての、一般読者からの需要があった。そしてさらに、「本当にわかりたい」という疑問をみずから抱いた論者たちが、この入門書の著者たちだった。
 代表的な執筆者は、同入門書で序章・パート1とパート4の大部分を担当した小坂修平(1947~2007)と、パート2・6およびパート5の2章分を担当した竹田青嗣(1947~)である。小坂はこの入門書が出た同年に、『イラスト西洋哲学史』を出版している。以下では、この二人が平成の最初の十年間にどのような著作活動をおこなっていたのかを概観し、そこにはどのような特徴があったのかについて考察する。

 二人に共通しているのは、「わからないフリをする」ことを拒否し、「完全に納得するまで自分で考える」ことを目標としていることである。小坂の著作においては、小坂自身および読者が自ら思考することを確認するかのように、しばしばひらがなで「かんがえる」「もんだい」と表記され、漢字や慣れないカタカナの語を使用することに、慎重になっている。
 また、90年代における両者の著作においては、「現代思想の持つ困難=相対主義の問題」であるという主張が繰り返し登場する。そして、現代思想によって新しい世界の捉え方が示されたのではなく、古代ギリシアから近代哲学の枠組みの内で現代思想の問題は捉え直すことができるとされた。そしてそのことを理解するために、西洋哲学史をできるだけ簡単にまとめることが必要である、とされている。以下にそうした主張のいくつかを取り上げる。

 これは受け合ってもいいが、どれほどいろんな知識を深く持っている思想家や学者でも、結局自分なりにものを考えるときには、まず必ず多くの知識をまとめてひとつのいちばん簡明な像(イメージ)に還元している。(竹田青嗣『現代思想の冒険』1987(昭和62)年→1992(平成5)年ちくま学芸文庫 p.103.)

わたしたちは現代思想の難解さに満ちた複雑精緻な外見を見て、そこに全く新しい世界の捉え方が示されていると考えるかも知れない。しかしいまわたしが示したように、その基本的な骨格は、近代哲学がたどってきたような、主観と客観、認識と構造、一元論と二元論という論理に沿っているのであって、細かな議論を取り払えば、あくまでこの論理の形式、問題の形式をどう処理するかという点に現代思想の骨組みがあるのである。(竹田青嗣『自分を知るための哲学入門』1990(平成2)年→1993(平成5)年ちくま学芸文庫 p.226.)

 竹田の主張の土台には、エドムント・フッサール(1859~1938)によって開始された現象学がある。竹田の主張によれば、現在に至るまで、フッサールの現象学だけが、近代哲学の「主観/客観」問題を解決した、という。ただし、現象学においては、方法論として「主観」の立場が徹底されるのだが、こうした方法は従来「独我論的立場」であるとして、誤解を受けてきた、ということだ。例えばポストモダン思想を代表する哲学者の一人であるジャック・デリダ(1930~2004)からも、フッサールの現象学は「音声中心主義」であるとして批判を受けてきた、という。
 そこで竹田は、現在に至るまで、現象学を擁護するために一連の著作を出していくことになる。

 さらに注目すべきこととして、平成の最初の十年間における、おもに新書で展開された、「西洋哲学の入門書」の書き手としての竹田の一面がある。現代思想において重要な位置を占めるニーチェやハイデガー、また古代ギリシア哲学の礎とも言えるプラトンについて、竹田は入門書を書いている(『ニーチェ入門』(1994(平成6)年)ちくま新書、『ハイデガー入門』(1995(平成7)年) 講談社選書メチエ、『プラトン入門』(1999(平成11)年) ちくま新書)。
 これら一連の著作は、タイトルこそ『◯◯入門』となっているが、本文中において、必ずポストモダン思想に反対する主張が含まれているため、これらの著作を『反=ポストモダン思想入門書』シリーズと副題をつけてもおかしくはない。以下に該当箇所を示す。

 しかしわたしの考えでは、ある意味でニーチェの思想の真髄とポスト・モダニズム思想の根本性格ほどかけ離れたものはない。ニーチェ思想が何だかわけのわからないものになってきたのは、ポスト・モダニズムがニーチェを祭り上げることによってマルクス主義を超える新思想となりながら、そのじつニーチェ思想の精髄とは全然違うものとなっているという事態によるのである。(『ニーチェ入門』 p.230.)

現在、ラカン、デリダ、ドゥルーズ、リオタールなど、その他大勢のフランス思想の基本の”文法”がじつはこれとほぼ近似したものとなっている。それはつまり、彼らが「ハイデガー的な思考」にわれ知らず「ハイデガー的な思考」で対抗してしまっているということであり、そのことで、それは「ハイデガー的なるもの」に敗北していると言えなくない。(『ハイデガー入門』 p.227.)

現代思想のシーンでのプラトンは、しばしば悪しき西洋形而上学の源泉として批判されてきた。しかしここでいわれる「形而上学」とは、繰り返し見てきたように、何らかの権威によって特定の理念を特権化し、絶対化するような思考のことである。そしてそれを言語相対主義によって越えようとする試みは、必ずシニシズムに帰着する。(『プラトン入門』 pp.311f.)

 大学入学後に西洋思想史を学ぶ者は、たとえば「主観/客観」「実念論/唯名論」といった新しい概念に初めて向き合い、かつそれらを歴史的に位置づけることが要求されているのだが、多くの学生は、それらを独学で補っている。
 こうした事態に対して、『イラスト西洋哲学史』をはじめとする小坂の著作、また同じく竹田の著作で述べられている簡潔にまとめられた西洋思想史は、読者に親しみやすさを与えるものだった。反して、難解な現代思想の中に、現代史までの複雑な事情を読みとることは、はるかに困難なことである。

 今までおもに竹田の例を挙げたが、小坂もある意味同様の手法をとっている、と言ってよい。『現代思想のゆくえ』(1994(平成6)年)、『はじめて読む現代思想 Ⅰ水源編』『同 Ⅱ展開編』(1995(平成7)年)では、現代思想とそれが抱える相対主義の困難が、簡単明瞭にまとめられた歴史的経緯とともに、述べられているからである。
 つまり、平成の最初の十年間の間に、現代思想に興味を持って上述した入門書を読了した者、および現代思想に手がつけられずに、これらの著述者の本によって「深く了解し、わかってしまった」者たちが多くいるのだ。こうした読者には、現代思想を読む前から「ポストモダン思想は相対主義という困難を抱えている」という先入観が植え付けられている、と言っても過言ではない。
 ここには流行の知的パフォーマンスに踊らされる、といったあやふやなものはなく、読者各自は、自分の言葉によって、未だ読んだことのない現代思想に対する反論を述べることができるかのような、読後感を持つことができる。

 そして、こうした一般の読者の、現代思想に対するアレルギー克服が、佐々木敦が『ニッポンの思想』で述べた、テン年代における「東浩紀ひとり勝ち」となる背景となった要因の一つである、というのが本章の結論である。
 上述したとおり一定の読者層は、わからない思想に対して「現代思想は相対主義だから良くない。それは歴史的経緯を踏まえればわかる」として、自分で了解できるような言葉で、語ることができるようになったからだ。
 つまり、「ポスト・モダン主義の論者はすべて相対主義という袋小路にいる(ラカンも、デリダも、ドゥルーズも、リオタールも、同じ基本”文法”を持つように見えるものは全員)」とレッテル貼りをすることが可能になったことで、東浩紀(1971~)以外の現代思想の論者へ向けられる視線が画一化されたものになってしまったことが、こうした思想状況を生む要因となったのである。

 

2.  90年代の思想ブームに対する雑誌『批評空間』(A)の批判

 この章では、90年代後半において、思想書の売れ行きが流行となった例を二つを示していく。そして、こうした流行に対して、「現代思想の主流の論者たち」がどのような反応を示したのか、少し丁寧に事例を追っていく

 まず一つ目は、1995(平成7)年に発売され、ベストセラーとなったヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』である。
 この本は解説者・訳者によって「ミステリー小説」「哲学ファンタジー」として紹介されたように、西洋哲学史における代表的な哲学者たちの考えが、中学生にもわかるようにやさしく、謎解き形式で著述されている。
 この『ソフィー』ブームに対して拒否反応を示したのが、90年代からゼロ年代にかけて現代思想の主流な論者たちが集まった雑誌『批評空間』の第Ⅱ期9号(1996年4月1日発行日)である。
 この号では二箇所において指摘があるのだが、一つ目は「ドゥルーズと哲学」と題された共同討議(座談会)で、財津理、蓮實重彦、前田英樹、浅田彰、柄谷行人の五名が登壇者となっている。

柄谷 ただ、ぼくが言いかけたのは、たとえばいま日本で「哲学ブーム」とか言って「哲学者」が喜んでいるわけで、そこで下手に「哲学者」なんて言うと、誤解を招くということですよ。
浅田 でも、あれは哲学とは無縁な人生論でしょう。『ソフィーの世界』とか(笑)。
柄谷 『三太郎の日記』みたいなものですよ。しかし、日本の大学の哲学教授なんて、大体それ以下だからね。

 もう一箇所は同じ号で「「悪い年」を超えて」と題された座談会で、坂本龍一、浅田彰、柄谷行人が登壇者となっている。

柄谷 全共闘の連中の多くは反近代なんて言うまでもなかった。彼ら自身も大学も近代以前だったのだから(笑)。今もそれは変わらないよ。
浅田 だから、丸山真男みたいに体系的に考えるより、今だに実感から出発する「自分探し」が好きなんだよね。『ソフィーの世界』とかさ。
柄谷 ああ、あれはノルウェイの全共闘でしょう(笑)。
坂本 あれが哲学だって思っちゃう人たちがいる。

 二つ目の例は、1998(平成10)年に発行されたヘーゲル『精神現象学』長谷川宏訳である。
これは難解なヘーゲル(1770~1881)の読みやすい新訳が出版されたことで話題を呼び、また新聞の書評欄などで、好評を博した。
 この新訳について、英文学者の冨山太佳夫(1947~)が感嘆し、毎日新聞に書評を書いた。冨山は英文学者であり、また文学理論においては、ジョナサン・カラーの『新版ディコンストラクションⅠ/Ⅱ』、クリストファー・ノリス『ディコンストラクション』の共訳者の一人でもある。少し長いが下記に引用する。

 ドイツ観念論哲学は、その思弁の深遠性及び難渋性をもって夙に名高い。例えばヘーゲルの『精神現象学』の冒頭は、「著作に序文において先立たれるのが習慣になっているような説明は…」(岩波書店版、1971年初版、1987年第17刷)となっていて、初めから難解である。いかにもドイツ観念論だ。30年前に大学生をやっていた頃の私には本当に手も足もでなかった。
 それから長い時が流れて、今の私は一応世間並みの常識をそなえた人間になっている、と思う。そしてその常識人の頭で考えてみるー肖像で見るかぎり、確かにヘーゲルは陰気な観念論的な顔をしている。しかし、だからといって、自分の主著をこんな風に書き出すものだろうか。おかしい。次に語学の教師としての私の直感がこうささやくー誤訳だよ、ひどい語学力だ。(中略)
 長谷川訳の『精神現象学』を読みながら体中にくやしさがこみあげてくる。遅かった、遅すぎたという想いがこみあげてくる。30年前、学生のときにこの訳文でヘーゲルが読めていたらと思うと、いたたまれなくなる。もちろん理解できない部分のほうが多かっただろうが、それでもヘーゲルの難解さに納得して、その前で必死に考えようとしただろう。悪訳は、ヘーゲルの難解な魅力にふれる機会を奪ってしまったのだ。いや、ことはヘーゲルだけには限らない。私は悪訳哲学書に汚染された空気の中で育った世代に属している。哲学者とは口から意味不明の漢字をふきだす人種のこと、と定義したくなるくらいであった。(中略)
 ヘーゲル本人が「まえがき」で、「結論とその生成過程を合わせたものが現実の全体をなす」と断言している。レトリックもまたヘーゲル哲学の本質にかかわるのだ。長谷川訳はそのことをはっきりと日本語で読みとれるようにした。この翻訳は何十冊ものヘーゲル研究をもしのぐ貢献をすることだろう。それを読むことは喜びである。(「精神現象学」初出『毎日新聞』朝刊1998(平成10)年6月21日、『書物の未来へ』2003(平成15)年所収)

 この長谷川訳の好評に対する、「現代思想の主流の論者」からの応答の一つとして、『批評空間』第Ⅱ期18号(1998年7月1日発行日)の編集後記の末尾の記述が挙げられる。

 ただし、そのためには条件がある。ベンヤミンが言ったように、そしてデリダも同意するであろうように、翻訳はむしろ逐語的であるべきで、わかりやすい「自然」な日本語に言い換えるなどという恣意は厳に慎まねばならない。「哲学ブーム」のなかで流行しているらしい長谷川宏のヘーゲル「訳」に見られるような安易な我有化に警告を発する所以である。(五月十三日 浅田 彰)

 なおこの『批評空間』第Ⅱ期18号は、巻頭に東浩紀による基調報告「デリダの可能性の中心を読むために」が掲載された号である。そして先ほどの浅田による編集後記も、冒頭部分は「東浩紀との出会いは新鮮な驚きだった(・・・)その驚きとともに私は『構造と力』がとうとう完全に過去のものとなったことを認めたのである」とあり、この一文は東の最初の著作『存在論的、郵便的』の帯文に収まることになる。

 だがこうした些細な発言を一つ一つ指摘して、これらは「上から目線」の「知的スノビズム」に満ちた発言だったと批判することは、容易なことである。それから約20年が経過し、平成が終わろうとする現在において、当時の主流な論者たちについて否定的な態度を取ることに、筆者のかつての自分に対する、批判的な振り返り以上の意義はない。従って、前掲した「1989~1999 現代思想の論者たち」の見取図は、一人の読者が、ずっと様々な方向に分裂していたということ以上を主張することはできない。

文字数:7961

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