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カタログとしての日本現代映画輸出50年史

0 以下に述べるのは、2018年の映画をめぐる状況から構想した「カタログとしての日本現代映画輸出50年史」である。目安のために、先に簡易年表を記しておく。
 1966-1970年 「化学品」としての映画輸出の時代
 (1970年代-1980年代 日本映画界の低迷期)
 (1996年頃~ DVDによる映画販売・レンタルサービスの開始)
 2011-2017年 「知的財産」としてのハリウッド・リメイク映画輸出の時代
 (2017年頃~ 定額映画配信サービスの一般家庭普及開始)
 2018年~ カタログとして日本現代映画輸出史を眺めることについての検討開始

 

1 問題の提起:映画輸出に対する公的資金の流入の歴史を概観する
 DVDによる映画販売・レンタルサービスの開始と、その約20年後の現在、普及しつつある動画配信サービスにより、観客たちの映画鑑賞をめぐる状況は、大きく変わりつつある。
 しかし「モノ」としての映画を考える場合、機材費・ロケ費などの製作費用が相当に必要であることから、映画製作の現場では、市場経済の原理が常に働き続けていることがわかる。
 そこで、映画産業への公的支援という観点から、映画製作をめぐる状況についての歴史を参照することは、観客の映画受容にいたる前提として、再考すべきことと思われる。

 今から約50年前、1966年に設立された日本映画輸出振興協会(輸振協)は、日本映画の輸出を促進するために、「輸出適格映画」として認定された映画に対する融資を実行するため設立された、通商産業省(当時)管轄の社団法人である。
 日本政府による映画産業への融資制度は、テレビの普及等の原因により、映画館の入場者数が激減し、不況に落ち込んでいた映画界からの要望により成立した。
 その背景には、東宝製作『ゴジラ』(1954)に始まる特撮怪獣映画シリーズが、海外でも評判となっていたことが理由として挙げられる。
 ところがこの融資制度は、融資相手の決定に偏りがあり、「輸出適格映画」の選定基準も非常に曖昧なことから、マスコミによる批判が起こり、国会においても問題視されたため、1971年度末の1972年3月31日に終了した。

 また近年、日本においては「クール・ジャパン」戦略の一環として、知的財産権の管理等も含めたメディアコンテンツ産業振興政策がとられている。
 2017年、経済産業省管轄下の旧産業革新機構の投資によって2011年に設立された「官製映画会社」ALL NIPPON ENTERTAINMENT WORKS(以下、ANEW)が、出資額22億2000万円をほぼ全損する形で、フューチャーベンチャーキャピタル社に3400万円で売却された。
 ANEWは、日本国内コンテンツのハリウッド・リメイクを共同プロデュースすることを目的として『大空魔竜ガイキング』、『藁の盾』、『TIGER & BUNNY』ほか全7作品の企画を立てていたが、現在までに実現した企画はない。

 日本映画の海外輸出に対する期待の高まりによって起こった公的資金の流入は、かつて失敗した経緯があったにもかかわらず、映画産業特有の絶えざる技術革新の陰に隠れて、忘れられた形になり、その失敗が繰り返されてしまった。
 日本映画の歴史の開始を仮に1900年(日本初の映画常設館「浅草電気館」の開設年)とすると、約120年の歴史を持つ邦画の世界において、急速に進む技術革新の名のもと、過去の失策が省みられないのは、将来にも同様の事態が生じる危険をはらんだまま、現状が放置されている状態であると言っても過言ではない。
 そこで本稿では、1966年に設立し5年間で使命を終えた輸振協と、2011年に設立し短期で売却されたANEWという二つの組織とその成果を検討する。そして、過去の施策への振り返り、つまり歴史的な観点がなければ、政策立案者および関係識者の間においては、映画産業に対する融資・投資失敗の再発防止に対する危機意識が欠けており、また国民に対しても説明責任を欠く態度を示していることについて、問題提起をおこなう。そしてこのような問題提起が、観客の映画受容体験にとってどのような意義をもつか、考察していく。

 

2 輸振協の活動について(1966-1970):「化学品」としての映画輸出

2-1 輸振協の設立の経緯
 輸振協の設立にあたっては、映画産業振興審議会委員長・通産省化学品輸出会議映画部会長をしていた大映社長の永田雄一と、東和商事社長の川喜多長政が従来から政府に働きかけ、1965年に邦画五社長と自民党三役(前尾繁三郎総務会長、田中角栄幹事長、赤城宗徳政調会長)に対して融資を要望したものが、実現したものである。
 当初の自民党案では、特殊法人(日本映画振興協会)が作られる予定だったが、政府=大蔵省の、特殊法人の新設は認めないという方針の前に構想が崩れたため、第二案の、興長銀を通じて融資がおこなわれることになった(1966年から年額20億円を3年間)。
 積算においては、邦画五社(松竹、東宝、大映、東映、日活)が製作費二億円の輸出向け映画を年に二本製作するために必要な額という永田と川喜多の主張が受け入れられるかたちとなった。最終的には、1966年4月15日に社団法人日本映画輸出振興協会が設立され、永田を含む邦画五社長ら15名が理事に名を連ねた。

2-2 輸振協の活動成果
 輸振協による「輸出適格映画」第一号認定映画は、日本=ソ連合作第一回作品『小さい逃亡者』(監督 衣笠貞之助、エミール・ブラギンスキー)となった。
 1966年『智恵子抄』を含む11作品、1967年『華岡青洲の妻』を含む10作品、1968年『あゝひめゆりの塔』を含む17作品、1969年『男はつらいよ』を含む11作品、1970年『風の慕情』を含む11作品、1971年『ガメラ対深海怪獣ジグラ』1作品、と合計61作品が融資認定された。 また、融資初年度は11作品中4作品が怪獣映画の製作費となり、「輸出適格映画」全体でも61作品中9作品が怪獣映画の費用に充てられ、『ゴジラ』の人気の強さが伺える。

2-3 国会における批判
 輸振協の融資に関して、1973年2月10日の第71回国会予算委員会において、寺前巌理事より融資先および収支状況について、厳しい指摘がおこなわれた。

映画産業の斜陽化、大映が累積赤字をしてくる、こういう中でこの協会ができて、そうしてここで融資の仕事を始める。通産大臣の推薦のもとに映画の製作に入っていく。その半分近くは大映に使われていくわけです。(中略)
ところが、これでまた外貨をかせぐのだとこう言っていましたが、たとえば「宇宙大怪獣」を見たら、一億二千万円お金をかけてつくった外貨の収入は六万四千六百二十ドルというのですから、二千三百四万円。ちっとももうかっていない。「わが闘争」というセックスものといわれる映画、九千七百六十万円をかけたけれども、入ってきたのは六千九百五十ドルというものですから、二百五十万円。ちっとも外貨にはならないし、日本映画の名誉においても、輸出してどこにこれが値打ちがあったんだろうか。そうすると結局どういうことになるのだろう。映画そのものの話ではなくして、国民が汗水たらして貯金をしているところのお金とか年金のお金、その財投のお金、こういうお金は、斜陽化していく産業、会社のために、融資のために、その手当てをしてやったということにしか考えられない。

 1971年に大映は倒産した(1974-2003まで徳間書店の子会社として存続)。
 1970年代から1980年代まで、この後約20年にわたって、日本映画の低迷期が続くことになる。

 

3 ANEWの活動について(2011-2017):「知的財産」としてのハリウッド・リメイク映画

3-1 ANEWの設立の経緯
 映画産業は近年、政府からの熱い注目を浴びている。
 「近年、台頭する中国市場にその地位を明け渡すこととなったが、昨年、2016年には、過去最高の2,355億円の興行収入を記録し、また、映画館への入場者数が、42年ぶりに1億8,000万人台を回復するなど、改めて映画の持つ力に注目を集めることとなった」と、2017年の政府の知的財産戦略本部は報告書を発表した。
 ところが同じ2017年、日本のIP(知的財産)を用いてハリウッド・リメイク映画の製作を目的として設立されたANEW(官民ファンドである旧産業革新機構が100%投資)が、出資額22億2000万円をほぼ全損するかたちで売却されていた。
 ANEWの設立は2011年、経産省主導で企画され、同省商務情報政策局文化情報関連産業課長をつとめていた伊吹英明氏(現在、内閣参謀官兼東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部事務局参事官)を中心に進められた。
 代表取締役CEO(最高経営責任者)は米国のMGMスタジオやユニバーサルスタジオなどで経営に携わってきたサンフォード・R・クライマン氏(”The aviator”,”U2 3D”)、代表取締役COOはソニーや日活、円谷プロダクションで日本コンテンツの海外展開を経験した黒川裕介氏である。

3-2 ANEWの活動成果
 既述のとおり、現在に至るまでハリウッド・リメイク作品として実現された企画はない。
 これに対して、ANEWの企画とは関係なく、ハリウッドが実際にリメイク作品を製作している日本映画もある。
 それが、2018年に日本で公開された『ミッドナイト・サン ~タイヨウのうた~』(日本版『タイヨウのうた』2006年)である。
 (ただし、このリメイク映画を製作した米国の独立系映画製作会社グローバル・ロードは2018年9月、連邦破産法第11条を提出し、経営破綻した。)
 他にも『ハチ公物語』(日1987→米2008)『Shall we ダンス?』(日1996→米2004)など、過去にも幾つかのハリウッド・リメイク作品が製作され、逆輸入のような形で日本公開されたが、これらも製作年から分かるように、ANEWとは関係がない。

3-3 国会における批判
 ANEWの売却に関して、2018年6月26日の第196回国会内閣委員会において、清水貴之委員より現状についての追求がなされた。

清水 このサンディ・クライマン氏、そのANEWのCEOを務めていらっしゃいました。結局二十二億使って何も残念ながらできなかった方ですけども。この方以外にも、アンマリー・ベイリー氏、ニコラス・ザバリー氏、鈴木萌子さんという、このANEWで幹部を務めていた皆さんが、日本のスマホのゲーム会社アカツキという会社の子会社アカツキ・エンターテイメントのUSA、アメリカの会社のそれぞれ代表取締役などに、幹部に就かれているわけですね。サンディ・クライマンさんというのもそのアドバイザーとして就任されているという話なんですが、こういった動きというのは御存じでしょうか。
政府参考人(吉田博史 経済産業大臣官房審議官) 承知しておりません。
清水 これ、アカツキ・エンタメという新しくつくった会社、もう同じなんですね。ANEWで幹部を務めていた皆さんが全く違う会社をアメリカで同じメンバーでつくっているんですが、これ事業内容が、説明のところを見ると、日本とハリウッドの橋渡し役と、同じことをやろうとしているわけですね。
ということは、先ほどおっしゃった、例えば二十二億使って、五、六年で結局、まあノウハウは蓄積されたという話ですが、成果は出なかったわけですね。で、そのノウハウだとか、例えばその時点で種をまいていたことがあったとしたら、今度新しくつくった会社でそれがある意味生かされるなり使われるなりしたら、この日本の使った、この国の税金を使った二十二億というのが私は非常に無駄になって、結局そこでかすめ取られて、いいところだけということになってしまうんじゃないかというふうに思うわけですね。
この辺りはしっかり見ていくべきではないかというふうに思いますけれども、いかがでしょうか。

 

4 まとめ:映画産業の公的支援は歴史化できるか

4-1 映画産業に対する融資・投資失敗は経験値として共有できるか
 先述した「映画の振興施策に関する検討会議」報告書においては、動画配信サービスの広がりにともなう、メディア環境の変化について述べられている箇所があるが、変化の前と後の区別については、特段書かれていない。
 同じく、過去の日本映画の国外輸出についての融資・投資の失敗についても記述がないため、事件に直接・間接に関わりのある者以外、国民に対しての十分な周知が行われているとはいえない。
 これは再発防止に対する危機意識の欠如とともに、出資者=納税者に対して、説明責任を欠いた状況だといえる。
 このような状況は、過去の映画産業に対する公的資金の融資・投資の失敗を記録し、適切な情報公開を行うことによって、克服されるべきである。

4-2 カタログとしての日本現代映画50年史:観客の映画受容体験を広げる一つの方法
 映画はジャンルが細分化され、また映画鑑賞の可能な環境により、人々は「自分が見たい分野の映画しか見ない傾向がある」と言うことができる。
 しかし、YouTube等の無料動画配信サービス、Netflix等の有料動画配信サービスの映画のラインアップは以外と少ない。
 従って、人々は「自分が見ることのできる条件の範囲内でしか、映画を見ることができない」ということに、もっと自覚的になるべきである。

 そのために、どのような方法が挙げられるだろうか。
3-2でハリウッド・リメイク版が製作された日本版『タイヨウのうた』が公開されたのは2006年6月だが、この作品の当該年度における邦画興行収入の順位は28位と、実はかなり低調だった。 ちなみに、2006年度における邦画興行収入上位5位までは以下のようになっている。
 1位 ゲド戦記
 2位 LIMIT OF TIME 海猿
 3位 THE 有頂天ホテル
 4位 日本沈没
 5位 デスノート the Last name
 『タイヨウのうた』はドラマ化されたり、主題歌が流行するなどの波及効果をもたらしたが、結果としてどの作品が世に残り、アマゾンプライムビデオやNetflixで鑑賞することが可能か否かについては、観客の側ではなく、提供企業の側の論理に左右されることになる。
 ましてや、2-2で挙げられた50年前の映画については、現在一般的に知られているのは、2019年に公開50周年を記念して公開される『男はつらいよ』シリーズくらいではないだろうか。

 過去の映画を鑑賞する際に人々がまず目安として挙げるのは、様々な評論家の著作を参考にすることである。
 だがそれ以外の方法としては、個別の監督や俳優を点として追うことから始めることのほか、なかなか思いつくことができない。
 つまり、どうしても主観的な好みに偏重してしまう。
 そこで今回採り上げた映画製作の側の環境、つまり2-2でいえば、映画産業の斜陽化による公的融資の導入と、その結果といった社会的条件を眺めてみる、という方法が挙げられる。

 必ずしも、映画評論のように読後に実際の映画鑑賞をともなわなくとも、(たとえば大映の倒産といった)社会的事件と対応させることで、映画史に対する複眼的な見方を身につけることができるのではないだろうか。
 タイトルだけでもざっと眺めて、カタログ的に、頭の片隅に整理しておく。
 そのことが、公的融資・投資に対する注意を促し、より健全な映画産業の発展に貢献し、結果として水準の高い映画作品への製作につながれば…と願うばかりだが、それはこれからの歴史意識の醸成にかかっている。

 

【参考文献・参照サイト(URLについては最終確認2018年11月12日)】
谷川健司「日本映画輸出振興協会と輸出向けコンテンツ」『戦後映画の産業空間 資本・娯楽・興行』(2016)森話社
中村恵二・有地智枝子『最新 映画産業の動向とカラクリがよ~くわかる本』(2007)(株)秀和システム
衆議院会議録情報「第071回国会 予算委員会 第10号」(昭和四十八年二月十日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/071/0380/07102100380010a.html
「映画の振興施策に関する検討会議」報告書~我が国映画の更なる発展に向けて~(平成二十九年三月)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kensho_hyoka_kikaku/2017/movie/houkoku.pdf
参議院会議録情報「第196回国会 内閣委員会 第21号」(平成三十年六月二十六日)
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/196/0058/19606260058021a.html
22億円もの公金をつぎ込んだ官製映画会社がタダ同然で売り飛ばされていた!経産省クールジャパンのデタラメ
https://lite-ra.com/2017/09/post-3443.html
成果なき「官製クールジャパン会社」の信じ難い実態
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8306
ヒロ・マスダのブログ
https://hiromasudanet.wordpress.com

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