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映像と楽曲の結びつきについてーyoutubeのtofubeatsチャンネルからー

一、

現在では、テレビを見ない人々の多くは、youtubeを視聴している。

音楽ファンも、例外ではない。これは、ミュージックビデオが日々量産される、ポップミュージックの分野に限らない。
モーツァルトを検索すれば、5、6時間はパソコンを放置しておいても、勝手にスピーカーから音楽が流れっぱなしの状態になる。
ロックを検索すれば、2時間程度のコンサートを、最初から最後まで視聴することができる。多少、画質が荒くとも、レンタルビデオ店から、数少ない種類のビデオテープを借りていた時代に比べれば、夢のような状況だ。

では、現代においては、ミュージックビデオなどの動画作成能力(もしくは動画作成依頼能力)も、ミュージシャンの能力の一つに数えていいのではないか?
 ところが、そうではない。動画作成能力(もしくは動画作成依頼能力)は、楽曲の評価とは関係がない、というのが、本論の主張である。

なぜそう言えるのか?
答えは、tofubeatsのyoutubeチャンネルに、あった。

 

二、

tofubeatsのyoutubeチャンネルは、その内容を大きく三つに区分できる。

一つ目は、曲のミュージックビデオ。二つ目は、DJセット。これは、tofubeatsがDJをする様子を撮影したもので、最近では一時間を超える長さのものも多い。
三つ目は、hard off beatsと題される一連の投稿である。これは、中古CD店のハードオフで購入したCD(予算は千円以内)をサンプリングの材料にして、一人のミュージシャンが、指定時間(1時間)以内に、パソコンで楽曲を製作する、という趣旨の動画である。

1時間以内に楽曲を製作しなければならない、というのがこの番組の肝で、中にはパソコンがフリーズしてしまったり、ハードオフで購入したのがレコードではなくレーザーディスクで全く使えなかったり、と色々ハプニングがあり、見ていて楽しい。
 youtubeにおいても好評のシリーズであり、中古CD店のハードオフから、ぜひ続編を製作してほしい、といった依頼が、tofubeatsあてに届けられた。

 

三、

この中で、直接、曲の売り上げに反映されるのが、一つ目のミュージックビデオである。
ここでは、一風、変わったミュージックビデオを、youtubeから提示する。
「fantasy club」に収録されている、「what you got」という曲である。

最初にまず楽曲の印象的な部分を二箇所、紹介する。次に、動画について説明する。
曲の導入部分に、非常に印象的なフレーズが続く。
「what you got」の一つ目のポイントは、「だ(da)」「で(de)」「ど(do)」のダ行の音が、妙にクセになって、耳に残るのだ。

saturday night 土曜日 funkyな
  (de)  (do)
 友達連れて party time
 (da)
 どうしてる? 電話越し君は元気ないね
(do)      (de)
 でも そんなの気にしない (※ここで語尾が一旦、切れる)
(de)
 で  でも そんなの気にしない
(de)(de)

二つ目のポイントは、上掲の歌詞の三行目の「でも そんなの気にしない(で)」の箇所だ。
意味だけを考えれば、どうしても「そんなこと、気にしないで欲しい」となる。
だが、音だけに注目すると、三行目から四行目にかけて「でもそんなの気にしない」「で でも そんなの気にしない」と分断されている。

曲の導入部分で、音と歌詞が分かれていて、心に引っかかりを残す曲。
例えば宇多田ヒカルの「automatic」がそんな曲だった。

な (※ここで語尾が一旦、切れる)なかいめの
 べ (※ここで語尾が一旦、切れる)るで 受話器をとった君

「automatic」のミュージックビデオも、youtubeにて視聴可能である。
黄色いソファの上で、赤いセーターを着た宇多田ヒカルの姿。そして、青い背景に、白いコートを着た宇多田ヒカルの姿。シンプルな構成ながら、曲と声から、切なさが視聴者にも伝わってくる、素敵なミュージックビデオだ。

恐らくtofubeatsの「what you got」も、こんな感じで作られているのだろうか、と憶測しながら、yutubeを検索する。
そして、誰もが思うのではないか?「なんじゃこりゃ?」と。

土曜日に、友達とパーティで踊る男の子。彼はふと、気になる女の子に電話をかける。
シーンが切り変わって、女の子が一人で、少しさびしそうにしている。
その声を聞いて、「大丈夫かな」と心配そうになる男の子。
このような画像が、一瞬たりとも登場しないのが、「what you got」のミュージックビデオなのだ。

以下に正解を示そう。
「what you got」のミュージックビデオにおける、主要な登場人物は、西洋人である。
主にスーツを着た白人が、ひたすら、変なダンスを踊っているのだ。
広場の階段で正面を見つめ、微笑みながら踊る、白人の青年。
会社のロビーかどこかで、皆が横一列に並んでいるなか、身をかがめて、ニコニコしながら腕を振る、管理職らしき白人の中年男性。

曲とは全く関係のない、不思議な動画だ。

 

四、

このミュージックビデオの秘密は、同じくyoutube内の動画「tofubeats、曽我部恵一、ユキエ(Awesome City Club)【WOWOWぷらすと】音楽の水曜日(https://www.youtube.com/watch?v=m6ykAtXp3Z4)」にて、tofubeats本人が質問に応じて、回答している(上掲動画の34分ごろ、tofubeatsの解説が始まる)。

いわく、予算の範囲内で安価で動画を作成するために、動画依頼サイトを利用した、とのことである。
 上掲動画における番組内でも、「DJらしい発想」と、賞賛の声が挙がっていた。

従って、動画作成能力(もしくは動画作成依頼能力)は、楽曲の評価とは関係がない、という本論の問いに対する、(少しユニークな)回答の一つといって差し支えないのではないか。

 

五、(補遺)

それでは、映像と楽曲の素晴らしい結びつきを、もう人々は期待することができないのだろうか?
 一体、何をもって、映像と楽曲がピタリと重なり合うことが可能である、と言えるのだろう?
例えば、「川」の情景を、最もよく耳に響かせるには、水の流れるチョロチョロ、という音を流せば、こと足りるのだろうか?

濱口竜介監督の映画「寝ても覚めても」においては、映画音楽および主題歌を、tofubeatsが担当している。
この映画のラストシーンでは、家のベランダ越しに、淀川が映る。
ベランダの柵にもたれかかって、淀川を見つめるのは、自分の心のままに行動して、周囲を混乱に陥れた主人公の朝子と、朝子に一度は裏切られてしまった、恋人の亮平だ。
これから、この二人は、うまくやって行くことができるのだろうか?

そのラストシーンに重ねるようにして、tofubeatsの歌う映画の主題歌「river」が流れ出す。
この曲では、五段落目の「沈みゆく私をそっと すくい上げて」と、そこに至る数小節のみ、女性の視点で描かれている。
残りの部分は、男性の視点で歌われていると思いきや、以外にもtofubeats自身の解説によると、「この曲は一人称ではないので。神視点というか、(以下略)(1)」とのことであり、必ずしも男性が「ふたりの愛は 流れる川のようだ とぎれることがないけど つかめない」と自身の感情を吐露していると断定できない。

目の前のスクリーンに映し出される淀川の映像と、二人の恋人の心情を(誰の視点からともなく)歌い上げるtofubeatsの主題歌。そして、その川を見つめる、朝子と亮平。
いくつもの視点(カメラ、曲中の「神」視点、朝子、亮平)から語られる、淀川のシーン。
ここに、物語と映像と楽曲の複雑な交錯を、観客はスクリーンの中に見出すことができるのだ。

 

【引用箇所】

(1)tofubeatsインタビュー、聞き手・構成 木津毅(2018)『ユリイカ』9月号、p114

文字数:3257

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